194.彼の面影
ボレアレのドワーフ達が掘り進めたトロッコ用の坑道。
その坑道をトロッコが爆走している。
その動力源はもちろんミントであった。
王都サイドニアでエドガーにノアキス陥落の報を伝えたミントはすぐさま鉱山都市ボレアレに赴き、レジーナを筆頭とした“白金”の冒険者たちとハル、ヘルガに声をかける。
そして皆で協議した結果、冒険者たちはレジーナ本人を“移動手段”とすることになった。
“竜種”に変異したレジーナは飛行能力を持った赤い竜となるので、それを有効活用しようということであった。
そしてそれは“敵と戦う前に竜種の力を慣らしておきたい”というレジーナたっての希望でもある。
一方、ミント達はトロッコを使ってきた道を引き返すルートでノアキス方面へと戻ることにした。
ミントの後ろでは乗り物酔いの激しいヘルガがぐったりとしており、その隣ではハルが落ち着かない様子で前方に目を向けている。
そしてハルがじれったそうに声を上げてきた。
「ミント!! もっと飛ばせないんですか!?」
「うっさいなぁ。これでも飛ばしてるよ!!」
「急いでください! あなたしかコレ動かせないんですからね!」
普段は飄々(ひょうひょう)としていて掴みどころの無いハルであるが、ノアキス陥落の報を聞いて以来ずっとこんな調子である。
それに付き合わされるミントもついついイライラが募ってしまう。
「だから、わかってるって! 静かにしててよハル!」
ミントはぴしゃりと言い放つと、まだ後ろでブツブツ言っているハルを無視してトロッコの運転に集中した。
するとハルの隣のヘルガが顔を青くしながら口を開く。
「ハルさん、あんまり大声出さないで……。頭に響く……」
「あ、ごめんなさい……。私、どうしても気が急いちゃって」
「いいよいいよ、静かにしててくれれば……。あと私の相棒にあんまり当たらないでくれよ。こいつ、これでもノアキス~サイドニア~ボレアレ間を走りっぱなしなんだからさ」
そう言ってミントの顔を立てるヘルガ。
それを聞いて内心でちょっと気分が晴れるミント。
そうなのだ。
ミントはこう見えてへとへとで疲れきっている。
だがそれを自分でアピールしてしまうと何だか恩着せがましくなってしまうような気がして、自分からは言い出せなかったのだ。
ヘルガの言葉を聞いたハルは神妙な顔つきになって、ミントに謝罪してくる。
「ミント、ごめんなさい。ひどい言い方をしてしまいました」
「いいって」
「でも、これだけは言わせてください。今回の戦いは本当に重要なんです」
「『ナイツオブサイドニア』の最終局面なんだっけ?」
敬愛する“おにいちゃん”の書いた小説のタイトルを口にするミント。
「ええ。その通りです。レジーナさんのご家族の無念が晴らされるかどうか……いえ、彼女が復讐から解放されるかどうかが懸かっています」
「ふうん」
「それにこの戦いでザルカに大打撃を与えれば一気に戦争を終結させられるやも知れません。そうなれば『世界の歪み』の捜索に専念できるでしょう」
「そっか。じゃあ絶対に負けられない戦いなんだね」
「はい……!」
そうして強い決意を滲ませた眼差しで前を見つめるハル。
するとヘルガが再び口を開いた。
「でもさ、ノアキス方面に向かう前にサイドニアに寄るんだろ? 相棒」
「うん、若様とイェシカ様を拾いに行かなきゃ」
「そっか、結局あの二人も前線に戻るんだな」
サイドニアに着いたナゼールとイェシカの二人は、ミントやデボラの説得空しく再びの前線行きを強く希望した。
ナゼールとイェシカは共に固い結束で結ばれた仲間を前線に置いて来た。
当然二人とも“仲間を助けさせろ”と強く主張して、結果ミントとデボラは折れざるを得なかったのであった。
ミントとヘルガの会話を聞いていたハルが呟く。
「あの二人は仲間思いで、しかも頑固ですからね。説得を試みるだけ時間の無駄ですよ」
「そっかぁ、そうだよね」
「ええ」
「ところでハルさぁ」
「なんですか? ミント」
「敵の親玉……リチャード・ダーガーだっけ? どんな竜に変身するの?」
「リチャードは“黒い骨の竜”です」
「ホネ? なんかピンとこないなぁ」
「いやいや、相当な強敵ですよ。そしておそらくリチャードは既にその力を使いこなせているはずです」
「え? まずいじゃん!」
「大丈夫です。レジーナさんも仕上がっています。トレーナーの私が言うんですから間違いありません」
まるで世界チャンピオンを育成している名トレーナーのように太鼓判を押すハル。
だが彼女は表情を暗くして続けた。
「でも心配事もあるんですよねぇ……」
「え、何さ?」
尋ねるミントにハルは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「あいつですよ、あいつ……ハロルド・ダーガー」
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ザルカ軍の迫撃砲部隊を潰すべく森の西端でじっと息を潜めていたレリア達。
やがて敵が放った砲声が鳴り響き、レリア達は行動を開始する。
チェルソ持参の双眼鏡で敵部隊を視認した後、作戦の打ち合わせをした。
まずブリットマリーの氷魔術で敵に陽動をかけ、そのスキに残りのメンツで一気に制圧するという計画であった。
そしてレリアは、かつてクルスがプレアデスで使用したギリースーツなるものを『生成の指輪』で生み出し、それを着用して敵に接近する事にした。
移動の際に発生した雑音はチェルソの魔術で消すことによって敵にまったく気取られることなく近付くことに成功する。
そして接近したレリアは最も守りが堅いと思われるジープの近くに行く。
そこには黒髪の少年が居た。
少年を一目見て、そいつが『バルトロメウス』ことハロルド・ダーガーであることを一瞬で直感したレリア。
黒髪の少年にナタを突きつけながらレリアは強い語調で詰問する。
「さて僕ちゃん、私が誰かわかるかしら?」
だが少年はレリアの問いかけに対して嘲るように返してきた。
「さぁ? 雑魚には興味ないんだ」
腸が煮えくり返り、こめかみ付近の血管がブチッと音を立てた気がした。
だがレリアはその憤怒をどうにか収める。
敵の安い挑発に乗ってはダメだ。
自制したレリアは情報を引き出すべく言葉を続ける。
「言ってくれるじゃない。私はあなたに利用されたラシェル・オーベイの妹よ」
「ふうん。ごめん、記憶に無いや」
非業の死を迎えた異母姉の最期が目に浮かび、レリアは一瞬理性を失った。
「……どうやら命が惜しく無いようね」
レリアは冷淡に呟くとナタを頭の上の高さまで振り上げて、それを一気に振り下ろした。
その瞬間、ハロルドの近くに居た兵士が声を上げる。
「ハロルド様っ!!!」
直後、ナタがジープの車体に当たる音が響く。
レリアは一瞬我を忘れかけたものの、ギリギリで踏みとどまる事が出来たのだった。
そして少年がレリアの直感通り、ハロルドであることもわかった。
レリアは口の端を上げて、ハロルドに問いかける。
「……なんてね。少しはびっくりしたかしら? ハロルド君」
ところがハロルドは眉ひとつ動かさずに言った。
「いーや、全然。だって状況から見ればお前が僕を殺すわけないじゃんか。僕を殺せばお前らは僕の部下の手によって蜂の巣になる」
「……あら、よくわかったわね」
「そりゃわかるさ。それにアレだろ? 僕から何か情報を聞き出そうとしてるんだろ?」
たしかにコイツには色々と聞きたい事がある。
その情報はハルやミント、そして創造主クルスにとって重要なもののはずだ。
「あら、喋ってくれるのね。ありがたいわ」
レリアが感謝の言葉を述べるとハロルドはそれを突っぱねた。
「誰が教えるっつったよ。僕はお前らみたいな有象無象どもと違ってヒマじゃないんだよ」
「逃げられると思ってるの?」
レリアが再びナタを握る手に力を込めると、唐突にハロルドが叫んだ。
「あ!! ねぇ、アレ見てよ! すごいよアレ! 僕、あんなの見たこと無いなぁ!」
レリアの背後に視線を向けながらハロルドがまくし立てる。
大方、レリア達の注意をあさっての方向に向けて、そのスキに逃げようという魂胆なのだろう。
ハロルドの幼稚な狙いに呆れるレリア。
「そんな子供だましに誰が引っかかると……」
そう言った瞬間、ずしんという地響きとともに巨大な何かが木々をなぎ倒す音が聞こえてきた。
その轟音に一瞬、ほんの一瞬気を取られてしまう。
「今だ!! フロスト!!」
ハロルドが部下の女性兵士に命令を飛ばした直後、レリア達の視界が強烈な閃光によって白く塗りつぶされる。
フロストが投擲した物体から強い光と爆音が鳴り出し、その場を動けなくなるレリア達。
そして視界と聴覚が戻り始めた頃にはハロルドたちは遠くまで逃げ果せていた。
遠くに彼の乗ったジープが見える。
そのジープから閃光弾が打ち上げられるのが見えた。
がっくりと肩を落とすレリアの方にぽんとデズモンドが手を載せる。
「あんまり気を落とすなよ。迫撃砲で撃たれる心配を排除できただけで良しとしようや」
「ええ、そうね」
レリアは頷くと手を口元に当てて思案する。
ハロルドの顔に何故だか既視感を覚えたのだ。
その様子を不思議に思ったチェルソが尋ねてきた。
「レリア、どうしたんだい?」
「チェルソさん、あのハロルドって少年なんだけど……似てないかしら?」
「似てるって誰に?」
「クルスさんに、よ」
「……!」
息を呑むチェルソ。
あの少年、ハロルドはまるでクルスを幼くしたような外見をしていた。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 10月 2日(火) の予定です。
ご期待ください。
※10月 1日 後書きに次話更新日を追加 一部文章を追加・修正
※ 6月 8日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。