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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
193/327

193.レッドドラゴン



 自分は空を飛翔している。

 それも、他ならぬ自分自身の背中に生えた大きな翼で。


 眼下に流れる景色を眺めながら、レジーナはどこか他人事のようにぼんやりと思考した。



 鉱山都市ボレアレで“竜種”の力を制御するための訓練を行っていたレジーナ。

 “竜種”の設定を創造主から聞いていたハルの教練メニューを消化していったレジーナは、だんだんと自分の中に眠る竜の力を使いこなせるようになっていった。


 最初は竜に変異して人間に戻るだけで体力をほとんど使い果たしてしまっていたレジーナであったが、やがて思うままに変異後も動けるようになる。

 とはいえ、変異状態は長持ちはしない。

 レジーナの体力もしくは精神面に問題があれば人間状態に戻ってしまう。


 そのため、ハルからは“竜はあくまで切り札だ”と釘を刺されている。



 そうして順調に訓練に励むレジーナ達のもとに急報はもたらされる。


 サイドニアに向かっていた頭領ビョルンがミント、テオドール、フォルトナを連れてボレアレに戻ってきたのだ。

 そしてミントからノアキス陥落の知らせを聞いたレジーナ達は、ノアキスに急行する事に決める。


 テオドールとフォルトナはビョルンの補佐を務めるらしい。

 一応はサイドニアお抱えの技術屋の二人だが、ビョルンが強引にエドガーから借りたようだ。


 そしてミント、ハル、ヘルガの三名はトロッコで急ぎ引き返し、レジーナ、コリン、イェルド、マルシアルの四名は空路を行くことになった。


 空路、即ちレジーナが竜に変異して空を移動するのである。



 このような経緯で、レジーナはボレアレの坑道以外の場所で初めて変異した。

 体長十二メートルほどの赤い竜に変異したレジーナは、背中に仲間を乗せて大空を凄まじいスピードで飛翔していた。

 そして飛び方についてはボレアレの穴ぐらでは訓練できなかったが、ハルが懇切丁寧に説明してくれた。


 ハル曰く、空を飛ぶ鳥は地上から吹き上がる上昇気流を翼でうまく捉えて空高く飛び上がるそうだ。

 だがレジーナの変異した赤い竜はその大きな翼と強靭な脚力を使って跳躍して自ら上へと飛翔する。

 気流が無いなら自分で起こせば良いのだ。


 これも並外れた質量と筋力を持つ竜だからできる事なのだろう。

 ある程度高く飛んだ後は上空の気流を読んでそれを利用すれば、スタミナの節約になる。


 こうして大空を飛翔するレジーナにコリンが話しかけてきた。

 二枚の翼のやや上の比較的動きの無い箇所に陣取った彼はレジーナの肩の辺りまで移動してくる。


「レジーナ、体の調子はどう? 問題ない? “はい”はまばたき二回、“いいえ”は三回して」


 レジーナは竜になると人語を発声できなくなってしまう。

 本当に発声できないのか幾度か試したが上手くいかなかった。


 おそらく声帯の構造が人間と竜とでは根本的に違うのだろう。

 そのため意志の疎通には一工夫が必要なのだった。


 コリンの問いにレジーナはまばたきを二回する。

 体力的には何の問題も無い。


「そっかぁ。良かった。ちゃんと気流は読めてる?」


 まばたき二回。


「ふうん、僕には全然わかんないなぁ」


 そう言って首を傾げるコリン。

 最初にレジーナの変異した姿を見た時に彼は腰を抜かしていたが、訓練の過程ですっかり見慣れてしまったようだ。

 今ではこの落ち着きようである。


「あ、そうだ。下の景色はちゃんと見えてる?」


 まばたき三回。

 上空の気流を読むのに集中していると、自分が現在どの辺りを飛んでいるのか見失いそうになってしまう。

 この辺は実際に飛んでみないとわからないことであった。


「やっぱりそうか。じゃあ僕が見ててあげるよ。いいでしょ?」


 まばたき二回。


「うん、レジーナは気流に集中しててね」


 まばたき二回。



 そうしてレジーナが飛翔を続けていると、背中の方に居たイェルドとマルシアルが肩の方にやって来た。

 そしてイェルドが口を開く。


「コリン、どうした?」

「レジーナが上空に流れる気流を読んでいると、あんまり下を向けないんだってさ。だから僕が下を見てる」

「なるほどな。なら我々も下の様子を見ようか。なぁ老マルシアル」


 そう言ってマルシアルに同意を求めるイェルドだったが、マルシアルは否定的だった。


「い、いや悪いんだが、この高さで下を向くと……気が遠くなって……しまってな」


 そう言いつつ青い顔を見せるマルシアル。

 どうやら彼は高い所が苦手のようだった。

 そんなマルシアルにコリンが告げる。


「わかった、おじじ。無理しなくていいよ。背中で休んでな」

「すまない」

「いいっていいって。こーゆーのは若いものに任せなよ」

「ああ、ありがとう……」


 そう言って背中の方へと戻ろうとするマルシアル。

 だがその直前に彼は眼下の森に何かを発見した。


「おいコリン。あの“黒いの”は何だ。(わし)にはよく見えん」

「えー? どれ? イェルド、見える?」

「あの森のやつか? 老マルシアル」

「そうだ」


 三人の会話を聞いてレジーナも視界を下に向ける。

 “黒い骨の竜”が“グスタフ”どもを引き連れてアルシアの森を疾走しているところであった。


 レジーナは高度を落とし、その竜たちに近付いた。





---------------------------






 サイドニアの兵士ディランは驚愕の表情で、空から飛来してきた赤い竜レッドドラゴンを見る。


 その竜はザルカの羽根の無い“グスタフ”とも“黒い骨の竜”とも違い、雄大で力強くそれでいてどこか気品を感じさせる佇まいを有していた。

 その竜の威容に“グスタフ”どもは恐れをなして後ずさる。


 骨の竜も警戒しているようで、じっと動きを止め赤い竜の動きを注視している。


 ディランが腰を抜かしたまま動けないでいると、赤い竜の背中から冒険者達が降りてきた。

 その彼らの首からは白金に光るタグがぶら下がっている。


 “勇者”と呼ばれる一流冒険者たちだ。

 そしてとんがり帽子の少年が赤い竜に声をかけた。


「レジーナ!! 思いっきり暴れちゃえ!!」


 レジーナと呼ばれた赤い竜はその声に呼応して前へ一歩を踏み出した。

 それを迎え撃つ骨の竜。


 体格では骨の竜が上回っているが、すかすかの体の骨の竜とがっしりと肉の付いた赤い竜が向き合っているのを見る分には、質量では大差ないように見えた。


 不意に黒い骨の竜が鋭く飛び掛って引っ掻き攻撃を見舞う。

 レジーナはそれを右手でがっちりと受け止めると、左手で骨の竜に掴みかかる。


 そして左手で骨の竜の体を押さえると、思いっきり頭突きをかました。


 轟音が響き渡り、後ろ向きに昏倒する骨の竜は数十メートル後方に吹っ飛んだ。

 森の木々を倒しながら倒れた骨の竜に、追撃を見舞うレジーナ。


 翼を広げてふわっと跳躍したレジーナは、その勢いを利用してストンピングを仕掛けた。

 その攻撃をすんでのところでかわす骨の竜。


 周囲に地響きが鳴る中すばやく立ち上がった骨の竜は、突如あばら骨を大きく広げた。

 そしてそのあばら骨をレジーナに突き刺してくる。


 それを両手で受け止めるレジーナ。

 強固なウロコを持つ竜のレジーナだったが、鋭利な骨刺突を受けて出血した。


 ギィアアアと叫び声を上げて怯むと、相手に背を向けるレジーナ。

 その隙を見逃さず、骨の竜は更に刺突攻撃を重ねる。


 次の瞬間、くるっと一回転したレジーナのしっぽが横向きに骨の竜を打ちつけた。

 レジーナは怯んだわけではなく、最初から尾を使った攻撃を狙っていたのだろう。


 再び後方に吹き飛ぶ骨の竜。

 レジーナは今度は跳躍はせずに、大きく息を吸い込んだ。


 すると周囲の気温が急上昇したような感覚を覚えるディラン。

 次の瞬間、レジーナは大きく口を開けて炎の息を吐き出した。


 その炎をまともに喰らった骨の竜はグオオオオオと咆哮を上げて、ぶんぶんと全身を振るい炎を振り払おうともがいている。

 そうしてスキだらけになった骨の竜にさらに攻撃を加えるレジーナ。


 今度の攻撃は勢いをつけたショルダーチャージだ。

 赤い竜の体当たりを受けてさらに後退する骨の竜。

 相当のダメージを負ったらしく、動きがだいぶ鈍っていた。


 そして骨の竜の取り巻きであるグスタフどもは二匹の竜の壮絶な潰しあいに割り込む余地もなく、周りの冒険者たちと戦闘している。

 つまり今、骨の竜を助ける存在は居ない。


 勝てる。

 あの赤い竜、レジーナはあのスケルトンドラゴンに勝てる。


 そう確信したディランは叫んでエールを送った。


「行けえ!! やっちまえ!!」


 だが声援をよそに、レジーナの足はピタリと止まる。

 不思議に思ったディランがレジーナをよく観察してみると、レジーナの体の表面のウロコの隙間から白い何かが漏れ出してくるのが見えた。


 何かでんぷんの塊のようなものだ。

 漏れでているのは少量ではあったが、それでも戦闘継続に支障を来しているのかもしれない。

 ひょっとすると上空を飛んでいる内に体力を消耗し過ぎていたのだろうか。


 互いに一歩も動かず、もしくは動けずに膠着状態となる両者。

 だが、程なくしてその膠着状態に終止符が打たれた。



 森の遥か向こう。

 西方面の平野に信号弾が打ち上げられた。


 骨の竜はそれを視界に入れると、何の躊躇も無く後退を始める。

 他のグスタフたちもそれに追従して続々と撤退していった。


「助かった……」


 掠れ声で呟くディラン。

 二体の巨大な竜のぶつかり合いに心奪われ、その戦いについつい見入ってしまっていた。


 そんな彼が赤い竜に再び眼を向けると、その竜はすっかり白いでんぷん質の塊に変化しており、そしてその中心部には紅い髪をした一人の女がぐったりしていた。

 その女に仲間の冒険者が駆け寄る。


 まさか、あれが人間だったというのか。


「嘘だろ……?」


 驚愕に満ちた面持ちで、ディランはその光景を見つめていた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月29日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月28日  後書きに次話更新日を追加

※ 6月 7日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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