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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
191/327

191.聞いてない



 静けさを保っているアルシアの森に立ち上る二本の煙。

 アルシアの森を見張っていた監視員が上げた狼煙を見てレリアは青ざめる。


 狼煙の立ち上った方角を見て、自身の推論を述べるレリア。


「あの位置は……デズモンドさん達かしら?」

「かもね」

「チェルソさん、どうするの?」


 隣に居るチェルソに意見を求めるレリア。

 敵軍の接近がここまで早い接近は想定されていなかったのだ。


「今日は良く晴れてる。あの狼煙はアルシアの町で待機している兵士達にもちゃんと見えてるはずだ。であるならば僕らも煙の辺りに向かって詳しい情報を収集した方が良いだろう」

「そうね。なら急がないと」

「ああ」


 そう言って森の中を駆けるレリアとチェルソ。

 デズモンド達が監視しているのは森と平野のちょうど境目、いわば最前線である。


 しばらく走った後に後にデズモンド、ブリットマリー、リオネルが監視している場所に着いた。


「デズモンドさん!」

「おお、レリアちゃんか」

「敵が来てるの?」

「ああ、お客さん方は大勢でお越しだよ。見てみろ」


 そう言って双眼鏡を手渡してくるデズモンド。

 それを覗いてレリアは息を呑んだ。


 まだ豆粒ほどの大きさしか見えないが、ザルカ軍の部隊が横に大きく展開しながらこちらに向かってくるのが見える。

 双眼鏡をレリアが見ているとリオネルが言葉を発した。


「とにかく、ここで見ていても仕方が無い。我々も事前の打ち合わせどおりの行動をとろう」


 その言葉に全員が頷く。

 臨時指揮官であるエセルバードは、アルシアの森監視を実施する前から段取りを考えていたのだった。


 その作戦手順に従いレリア達は行動を開始する。


 まずは全員で森の奥を目指した。

 その途中で赤い印が塗られた木製の立て札に出くわす。


 その立て札は罠のある地点を示すものだ。

 敵の進軍を少しでも遅延させる為、また敵兵士の隙を作ってこちらの攻撃が通り易くするための策だ。


 罠の内容は簡素な落とし穴だ。

 時間が無く深い落とし穴は掘れなかったので、せいぜい腰まで埋まる程度の穴である。

 しかしただ穴を掘ってその上から擬装用の草を被せたものではなく、穴の中には手足に絡み易い蔦植物を入れてある。

 その穴に入った者はもがけばもがくほど蔦が絡み付いて脱出が困難になるという寸法だ。


 レリア達は慎重に落とし穴地帯を通過する。

 そしてその際に赤い印の立て札は見えないように地面に倒した。

 これで敵軍がマヌケにも罠に引っかかってくれたら言う事なしだ。


 そうしてアルシアの町まで歩を進めるレリア達は、途中で二人組みのサイドニア軍の兵士達に遭遇する。

 彼らはエセルバードが配置した連絡要員で、森と町の意思疎通をスムーズに運ぶのに不可欠な存在だ。


 レリアは彼らに敵軍の接近は誤報ではないこと、そして敵軍の規模を大まかに伝える。

 すると連絡員二名が突如、近くの樹に登り始めた。


 彼は樹上のてっぺんに登ると、色つきの旗を振って合図を送る。

 その合図を丘陵にあるアルシアの町の兵士達に伝えることで状況を伝えているのだ。


 しばらく合図の交換を行った連絡員たちは、樹から下りてきてレリア達に告げる。


「あなた達は街に向かってください。近衛兵長殿がお呼びです」

「え? 私たちが?」

「はい」

「戦闘には参加しなくていいの?」

「詳しい意図はわかりません。とにかく近衛兵長殿とお話を」

「……わかったわ」


 そう言い残して後ろ髪を引かれながらも、その場を後にするレリア達。

 とはいえこれから町に向かうのも中々に時間のかかる行程である。

 その為レリア達は更に歩を進めるスピードを上げる。


 暫く進んだ所で、馬の蹄の音が聞こえてきた。

 その馬はどうやら町から走ってきた伝令のようで、背にサイドニアの兵士を乗せている。

 おそらくエセルバードが“町に向かえ”と指示したのはレリア達と彼と会わせるためだったのだろう。


 彼はレリアたちの姿を見つけると話しかけてきた。


「冒険者の皆さん。近衛兵長殿からの伝言を預かってまいりました」

「聞かせてちょうだい」


 一同を代表してレリアが言うと、伝令が口を開く。


「この後皆さんは戦闘には参加せずに森の端に移動してもらいます。あの辺りです」


 そう言って伝令が指差すのは西側の森の端だ。

 だがレリア達にはその意図がわからない。

 事前の作戦手順には無い行動だ。


 他のメンバーの顔に疑問符を浮かべている。

 その中のブリットマリーが伝令に尋ねる。


「どうして? あんな端っこに行ったところで、それに意味があるとは思えないのだけれど……」


 それにはレリアも全くの同意見だった。

 あんなところに熟練パーティであるデズモンドたちを追いやって、貴重な戦力を余らせる事に一体どういう戦術的価値があるというのだ。


 その疑問に伝令が答える。


「近衛兵長殿のお考えでは、おそらく今回も敵軍の砲弾の雨が飛んできます。そこで皆さんにはその発射地点を見極めて、それを阻止してほしいとのことです」


 伝令の言葉によってエセルバードの意図を把握するレリア達。

 砲兵狩り専門の人員を割くのは前回の反省を踏まえているのだろう。


 そして感心したようにチェルソが言う。


「ふうむ、それはたしかに有効な作戦ではあるねぇ。ちょっと僕らの責任が大きいけど……」


 それを聞いたデズモンドが豪快に笑う。


「ははは! なーに、おいしいところを譲ってもらったって考えりゃいいんだよ。これが成功すりゃ英雄だぜ」


 皆を鼓舞するかのような明るい笑顔を見せるデズモンド。

 そんな彼に釘を刺すブリットマリー。


「ちょっと、笑い事じゃないわよデズ。私たちが敵の砲兵を早く倒さないと味方の被害が大きくなるんだから」

「わぁってるよ、ブリマリ。だから頑張ろうぜって話だろ」

「だからその呼び方やめてって言ってるでしょ!」


 そうしていつもの茶番を繰り出すデズモンドとブリットマリー。

 だが今回は少し意味合いが違う。

 敢えて茶番の会話をすることで心の平静を保とうとしているのだった。


 その茶番に付き合うようにレリアはわざとらしいため息をつきながら言う。


「まったくもう、じゃれてないで行くわよみんな。早くしないと砲弾が飛んできちゃうわ」





------------------------------






 アルシアの森へ向けて進軍するザルカ軍。


 その列から少し離れた後方にジープの車両が十台ほど停まっている。

 ハロルドの私兵の部隊だ。


 座席のリクライニングを目一杯倒してハロルドは優雅に寝転がっている。

 彼が横になりながら陽光を浴びて気持ちよくなっていると、部下のフロスト少尉が声をかけてくる。


「ハロルド様、そろそろ本隊が森に侵入します」

「え? もう?」

「はい」

「ったく、もうちょっと寝てたかったのになぁ……」


 ハロルドは渋々座席から起き上がると迫撃砲部隊に指示を出す。


「バーンズ少尉!」

「はっ!」


 ハロルドが名前を呼んだだけでバーンズは指示を理解し、迫撃砲に榴弾を込め始める。

 そして部隊に合図を出し、迫撃砲を撃ち始めた。

 事前に射角を調整しておいたので榴弾は友軍の遥か前、アルシアの森に続々と着弾する。


 今回のアルシアの森攻略線において迫撃砲部隊の役目は敵先陣の露払いだ。

 森に潜伏していると思しき敵部隊に先制攻撃をかまして、後は味方任せである。

 ハロルドとしては別に迫撃砲の攻撃を継続しても良いのだが、そうすると今度は森を攻略する友軍を吹っ飛ばしてしまう。


 そのため、ある程度撃ったら、この部隊はお役御免である。

 前回の激務が嘘の様な楽な仕事だ。


 そんな事を考えながらハロルドが森の方を眺めていると、フロストが話しかけてきた。


「それにしても、今回の侵攻ルートには驚きました」

「ん? あー……このアルシアの森を経由するルートね。まったくお父様にも困ったもんだね」

「ハロルド様は予期されていたのですか? 皇帝陛下がこのルートを採用することを」

「まさか! ただ僕がそう思うっていうことは、敵さんの虚も突けたんじゃない?」

「そうですね」

「それにお父様も自分の力を解放してみたいんだろうし」

「力……あの“黒い骨の竜”ですか」

「そーそー。おっと、バーンズ少尉!! もう充分だ、砲撃やめ!!」


 ハロルドが指示を出すとバーンズたちは砲撃を中断する。

 その様子を見届けたハロルドは再びシートに背中を預けて目を閉じた。


「ふぅ、これでやっと静かになった。フロスト少尉、戦闘が終わったら起こしてね」

「了解しました」


 そしてハロルドは満足げに目を閉じる。

 ここのところの激務に体がすっかり悲鳴を上げていた。


 こんないたいけな子供をこき使うなんて、あのリチャード・ダーガーという男はやはりロクな父親ではない。

 できればレジーナあたりと相打ちにでもなってほしいものだ。


 そんな罰当たりな事を考えながらハロルドは目を閉じた。





-------------------------------






 サイドニア軍兵士の一人であるディランはアルシアの森の中でじっと息を潜めていた。

 元々は王都サイドニアの守りを固める衛兵であったディランだが、ノアキス陥落の報を受け急遽こちらに派兵されてきたのだ。

 

 先ほど森を監視していた冒険者たちが敵接近に気付き、急ぎアルシアの町から出撃した兵士達。

 今回の戦闘では森中に部隊を散開させてのゲリラ戦となる見込みが強かった。


 そのため森に入る兵士たちはオットー工房開発の散弾銃ショットガンで武装している。

 一方、丘陵の上に陣取る防衛部隊は射程の長いヘルガ式ボルトアクションライフルを装備していた。

 散弾銃を握り締めながらディランはその頼もしさを感じると同時に、今までの常識では計れない新しい戦争の形に身を震わせる。


 その時、ひゅうううんという耳障りな高音とともに何かが空から飛翔してきた。

 そしてそれは数十メートル離れた茂みに大きな土埃を立てて着弾する。

 凄まじい衝撃と爆音に一瞬怯みかけるディラン達。


 ディランの隣の兵士が情けない声を上げる。


「う、うわっ!」


 その兵士を落ち着かせるべく話しかけるディラン。


「慌てるな! 事前の作戦説明で言ってたろ。あれが“迫撃砲”だ」

「あ、ああ……」

「とにかく、音を立てるな。じきに敵が踏み込んでくる」

「で、でもよ。あれがこっちに飛んできたらどうするんだよ?」

「そんときゃ一瞬でお陀仏さ」

「……」

「なあに、心配するな。トカゲのバケモノに食われるよりはいい死に方だぜ」

「……」


 それっきり兵士達は黙りこくり、じっと息を潜めて前方を窺う。

 しばらく砲弾は降り注いできたが、幸いにしてディラン達の居る場所には飛んでこなかった。


 やがて迫撃砲の雨と入れ替わるように、今度は前方からザッザッと草や土を踏みしめる足音が響き始める。

 ザルカ軍の歩兵部隊が接近してきたのだ。

 その音はどんどんこちらに近付いてくる。


 ディラン達は音を立てないように奇襲準備を始める。

 散弾銃を前に向けて構えた後、引き金に指をかけた。


 次の瞬間ガサッと音がして、男がわめく声が聞こえてくる。


「クソっ!! 落とし穴だぁっ!!」


 それが聞こえたと同時にディラン達は散弾銃を前方に向けてぶっ放す。

 落とし穴にはまった敵兵士には散弾に対処する術はなく、瞬く間に緑豊かな森が血に染まってゆく。


 こうして危なげなく第一波を退けたディラン達ではあったが、すぐに後続の部隊の気配を察する。

 前方に目を向けると遠くに敵部隊が展開していた。


 そいつらがセミオートライフルをこちらに発砲してくる。


「皆、樹に身を隠せ!」


 そう呼びかけながら自らも樹を盾にして銃弾をかわすディラン。

 その間に散弾銃の装填リロードを済ませる。


 ディラン達の散弾銃は敵のライフルに比べて射程が劣る。

 その為、敵をもっとこちらに引き寄せる必要があった。


 敵が来るのを待ち構えているディラン達。

 その時。


 どしん。


 何か大型の動物が地面を揺らしながらこちらに歩いてくる。

 音と振動がそれを物語っている。


 おそらく噂に聞く“グスタフ”とやらであろう。

 事前の作戦説明では“グスタフ”接近の際には素直に後退しろという指示を受けていた。

 接敵してすぐに戦うよりは、ある程度移動させてスタミナを消耗させた後の方が勝算が高いと考えられていたためだ。


 ディラン達はチーム単位での後退を決断する。

 交代で牽制射撃をしながら後退していくのだ。


 木陰に隠れながら散弾銃をぶっ放すディラン。

 そして敵の追撃が緩くなった瞬間を狙って駆け出す。

 そうやって後退を繰り返していく内に、だんだんと“グスタフ”の足音が近付いてくる。


 そうしてソレがディランの視界に入った。

 その隣の木陰で、先ほど迫撃砲に怯えていた気弱な兵士が掠れた声で呟く。


「おい、あんなのがいるなんて聞いてねえぞ……」


 それはディランも同様だった。


 巨大な黒いスケルトンドラゴンが“グスタフ”達を従えて、のしのしと森を歩いて来ていた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月22日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月21日  後書きに次話更新日を追加

※ 6月 5日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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