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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
19/327

19.“キツめに”



 ドゥルセの町から南西に七キロほど進んだ場所にある森。


 そこで新米冒険者クルスは採取系の依頼クエストに勤しんでいた。

 内容はとある花の採取である。


 目的の花はチャポディア・スプレンデンスという赤と黄色のコンストラストが美しいアカネ科の植物だ。

 下向きになった茎から多数の赤いガク片が伸び、そこから黄色い花が垂れ下がっているのがチャポディアの特徴だ。

 遠めに見たら七夕の飾りつけか何かに見えなくもない。


 現実世界ではメキシコで自生していたが土地開墾により自生途絶。

 その後は研究機関の冷房室などで保管されているが、この種は自家受粉では種子ができない為いずれ確実に滅ぶ種であると言われている。


 しかしながらここマリネリス大陸では普通に自生しており、その独特の容貌を眺めることが出来る。

 観賞用としても人気な他、近くの人間の魔力回復を早めるという設定も追加されているのが現実との大きな相違点であろうか。


 クルスはこういう絶滅危惧種の植物・動物に、ファンタジー設定を無理やり盛り込むのが大好きであった。


 今回の依頼はこのチャポディアをなるべく多量集めるのが目的だ。

 出来高制なので多いほど報酬も増える。

 クルスはひとまず五束を目標に定めた。


 日当たりの良い斜面や川辺、林の縁などを重点的に捜索する。

 自制場所もだいたい目星をつけておいた事もあって二時間程で目標数に達した。

 

 さて、どうするか。

 クルスは考える。


 日没まではあと一、二時間程度だろうか。

 もう少し粘って探すか、それとも早めに切り上げるか。

 一応この森にも魔物の出現報告が無いわけではない。


 小休止をしながらクルスが思案していると、森の奥から何やら物音が聞こえてきた。

 すぐに姿勢を低くし耳を澄ます。


 剣戟音だろうか、金属製の何かがぶつかり合う音。

 荒い息遣い。

 明らかに人のものではない、敵を威嚇するような声。

 ゴブリンだろうか。


 程なくして成人男性の叫び声が響きわたる。

 それは断末魔のようにも聞こえた。


 思ったより近い位置だ。

 クルスは決断を迫られる。


 魔物の数と種類が不明な現在、単身で挑むのは無謀だろう。

 マリネリスのゴブリンは強いのだ。


 男性が生存している可能性も無くはないが、逃走する方が賢明に思える。

 その時、近くの茂みから草木の揺れる音が鳴る。


 咄嗟にその場から飛びのくクルス。

 次の瞬間、クルスが居た場所に槍が突き刺さった。


 くそ、判断が遅かった。

 逃げるならば即座に行動に移さねばならなかったようだ。

 そう後悔したが、後の祭り。

 茂みから二体の子鬼が現れた。

 二体のゴブリンがじりじりと距離を詰めて来る。


 そしてまだ向こうから棍棒を打ち付けるような鈍い打撃音が聞こえている。

 今クルスの目の前に居るのは、男性を襲っているのとは別個体のようだ。


 今度は判断を誤れない。

 クルスは迅速に決断する。


 この二体を手早く無力化し残りの個体に備える。

 もし子鬼の増援が来て、数が多かったら背嚢はいのうを捨てて逃げる。

 逃げるには持ち物を軽くせねばならないからだ。


 その場合、男性のことはきっぱり諦める。

 自分の身を守ることで精一杯だ。

 選択の余地はない。


 プランは決まった。

 あとは実行するのみである。


 クルスは虚空に指で《しるし》を刻む。

 『プレアデス諸島』に伝わる《印術ルーン》の一種、術者の身体能力を一時的に向上させる《勝利》のルーンだ。


 クルスがルーンを刻んでいる隙にゴブリンが槍を突き出してくるが、彼はターゲットシールドで矛先を逸らし最低限の動作で回避した。

 そしてそのまま流れるような動きでゴブリンの首を刎ねる。


 ダリルとの交換授業で徹底的に体に染み込ませた動作である。



 まずは一体を撃破したクルス。

 しかし子鬼は怯まない。

 続いて片割れが棍棒を振り下ろしてくるが、《勝利》のルーンで身体能力が強化されたクルスは難なく剣で受けきる。


 その体勢のまま膝蹴りを見舞い、よろけたゴブリンを刺殺した。

 これで二体。

 思いのほかルーンの効果は大きいようだが過信はできない。


 物音を聞きつけた残りのゴブリンが姿を見せる。

 こちらも二体だ。

 どうやらツーマンセルで行動していたらしい。

 なかなか統率のとれている群れのようだ。


 先ほどの二体とは違い仲間の死体を見た新たな二体はクルスを警戒してなかなか襲ってこない。

 じっと様子を伺っている。


 ならばこちらから仕掛けるまで。

 覚悟を決めたクルスは自分の足元に《風塵》を発動させる。

 その風の勢いを利用してゴブリンの片割れに向かい突撃する。

 印術の効果も相俟って凄まじい突進力を得たクルスの刺突は、ゴブリンの見切れる限界を超えていた。


 一突きでゴブリンを始末すると、残った片割れは怯えを露にして逃走を始める。

 クルスは逃げるゴブリンに背中に《水撃》を見舞い、転倒させる。

 そして倒れたゴブリンの後頭部を切りつけた。


 ゴブリン四体を片付けたクルスはじっと耳を澄ます。もう気配は無い。

 どうやら殲滅できたようだ。


 討伐の証となる犬歯を手早く切り取る。

 魔物を討伐した場合、証をギルドに提出することで幾ばくかの報酬を得られる。

 そしてクルスは先ほど悲鳴が聞こえた方角に向かう。


 そこには前衛職ファイターと思われる男が倒れていた。

 装備はボロボロで殴打された痕が無数にある。


 さっきの連中だけではなくもっと多数の個体に嬲られたのだろう。

 顔の傷は特に酷く少なくとも右目と鼻がぐちゃぐちゃに潰されていた。

 正視に堪えない。


 胸元のタグを見るとクルスと同じ“錆び”だった。

 新米の癖にゴブリンの巣の殲滅依頼でも受注したのだろうか。


 無謀なことだ。

 クルスとて同時に相手したのが、最大で二体だけだったから勝てたようなものだ。


 気の毒だがもう生きてはいまい。

 せめてタグを回収してギルドに届けてやろう。

 そう思ってクルスが男のタグに手を伸ばした瞬間。


「ゴボッ、ゴホッゴホッ」


 男が血を吐き出しながら咳をした。

 クルスは意識確認の為に男に呼びかける。


「おい、あんた大丈夫か? 俺の声が聞こえてるか?」

「ゴフッ、ガハッハッ」


 男は咳き込む。

 これでは男が意識があるのか、それとも無いのか素人のクルスには判然としない。

 意識があっても上手く喋ることができないだけなのかもしれない。

 肺に骨でも刺さっているのだろうか。


 だとしたら、ここでクルスにはできることはなさそうだ。

 しかしだからといって見捨てるわけにもいかない。


 とりあえず手持ちの回復薬を男に振り掛ける。

 が、体の表面の傷がいくらか癒えたのみ。

 回復薬で治せる限度は超えている。

 このような場合には町の神官の手を借りなければならない。


 クルスは男の鎖帷子くさりかたびら等の装備を外し、裂傷部分を包帯で止血すると男を背におぶる。

 自分の背嚢は体の前面に掛けた。

 助かる見込みは薄いがこうして町に運ぶ意外に方法を思いつかなかった。


「辛いだろうが、頑張ってくれよ」


 聞こえているかどうかも分からない男に一声かけると、クルスは町に向かって歩き出した。





-----------------------




「ぬぬぬ……」


 遅い。

 遅すぎる。


 交易都市ドゥルセにある冒険者ギルドの受付嬢、メイベルは不機嫌に唸っていた。

 その原因は今日の昼前にギルドを訪れた新人パーティの四人組と、ソロの貴族養子の坊ちゃんだ。


 もうとっくに夕刻で併設されている酒場ではとっくに仕込みが始まっている。

 四人パーティが受けたのはゴブリン討伐依頼だから、不測の事態で遅れが生じるのは理解できた。

 討伐の成否に関わらず日没後には報告に来いと伝えているので、今日来なかったらおそらく何処かでくたばっているのだろう。


 問題は坊ちゃんの方だ。

 奴が受けたのは採取依頼で、あの森近辺は比較的安全な筈なのに何故帰還が遅れるのか。


 やばい。

 クレームものだ。

 そう思い、青ざめるメイベル。


 そんな彼女に如何にも他人事と言った風情で話しかけてくるデズモンド。


「あーあ、ひよっこ共は帰ってこなかったか。残念だ」

「ちょっと! やめてくださいよ。縁起でもない」

「だってよ、日没前に帰ってくるだろ普通」


 魔物の活動が活発になる日没後は、外壁のある町に帰るのが冒険初心者の鉄則だ。


「うー……四人組はともかく、貴族の方は門前払いにしておけば良かったんですかね……」

「かもな。なんで仕事振っちゃったんだよ?」

「……私、苦労知らずの貴族の人って大っ嫌いなんですよ。だから、ちょっとだけ痛い目みてもらおうと思って」

「人を呪わば何とやら、ってやつだなそりゃ」

「うう……」


 そんなことを話しているとギルドの扉が勢い良く開かれた。

 軽装備を身につけた弓使いの女性が駆け込んでくる。

 新人四人組のうちの一人である。


「あ、あなたはええと……」


 名簿を確認しようとするメイベル。それより先に女性が答える。


「アンナですっ! それよりもっ! ほ、他の三人は帰ってきてますか?」


 よほど急いで走ってきたのだろう。

 アンナはぜえぜえ言いながら尋ねてきた。


「いえ、あなた以外には」


 冷徹に告げるメイベル。


「……そんな……」


 対してアンナはその場にへたり込む。

 その様子を眺めていたデズモンドが問いかけた。


「一体どうした?仲間とはぐれたのか?」

「は、はい。子鬼どもの巣穴で散り散りになってしまって……」

「そうか、そいつは気の毒にな」


 その時、アンナの目にデズモンドの下げている“銀”のタグが目に入ったようだ。


「あ、あの」


 遠慮がちにデズモンドに話しかけるアンナ。

 デズモンドは笑顔で返事をした。


「なんだい、お嬢ちゃん」

「も、もしよろしければ、その、仲間の捜索を手伝って頂き……」

「幾らだ?」

「え……?」

「まさか無料ロハで手を貸してくれるとは思って無いだろう? こっちもリスクを冒すからには報酬が無いとな。で、幾らだ? 俺は“銀”だから値が張るぞ」

「……」


 それきりアンナは黙ってしまった。

 自分の無知・無計画さを呪うように。

 思わずメイベルは助け舟を出す。


「あ、あの。とりあえずここでお仲間の到着を待つ、っていうのはどうですか? まだ無事じゃないって決まったわけでは無いですし」

「……はい、隅の席をお借りします……」



 アンナが席に向かった後でメイベルはデズモンドに尋ねる。


「あえて“キツめに”言ったんですか?」

「ああ、あの嬢ちゃんは冒険者に向いてねえ。他の道に進むべきだ」


 それが彼なりの優しさなのだろうか。

 こう見えてこの“銀”持ちの男は面倒見の良い冒険者だ。

 そんな事を考えているとまたも扉が開く。


 彼女の仲間だろうか。

 いや、違った。

 ソロの坊ちゃんだ。

 メイベルはほっと胸を撫で下ろす。


 メイベルとデズモンドが見つめる中、黒髪の異民はゆっくりとギルド受付に向けて歩いてくる。

 そしてひどく疲れた様子で口を開いた。


「すみません。少々遅くなりました」




用語補足


自家受粉

 自分の花粉が自分の雌しべに付くこと。

 自家受粉しても受精に至らない植物は、自家不和合性という遺伝的性質を有している。

 これは自家生殖を防ぎ、新しい遺伝子型をつくる為のもの。

 他に該当するのはナシ、ダイコン等。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月27日(木) の予定です。


ご期待ください。


※ 4月26日  誤字等を修正

※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 2月23日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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