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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
189/327

189.作戦会議



 ノアキス陥落から三日。


 ザルカ皇帝の養子であるハロルド・ダーガーは廃墟のようにボロボロになったノアキス大聖堂に居た。

 “グスタフ”のおかげで風通しが良くなった建物内を探索したハロルドは、比較的損壊の少ない資料室を発見する。

 そこに臨時の指揮所を設置したハロルドは私兵たちに指示を飛ばした。


 更にバーンズ少尉に大聖堂を探索させて残党を炙りだす。

 フロスト少尉の部隊には外壁で侵入者が居ないか監視するように命じた。


 その間“グスタフ”の部隊にローテーションを組ませて町中を巡回させた。

 廃墟のような町を“グスタフ”がのしのしと闊歩する様は大変におどろおどろしく、町に生き残りが居たとしても裸足で逃げ出してしまうであろう。



 そうして状況が落ち着いてから、養父リチャードが率いる本隊の受け入れ準備を進めた。

 町に存在した備蓄食糧をかき集めて、兵士達の寝床も確保したところで外壁で見張りをしていたフロスト少尉から連絡があった。


 曰く、リチャードの本隊が到着したらしい。

 それを受けたハロルドは大急ぎで大聖堂の外に出る。


 そして広場にて前方に目をやると、向こうからリチャード率いる本隊がこちらに進んでくるのが見えた。

 彼らを出迎えるように広場中央にハロルドが陣取っていると、一人の男性がこちらへ足早に近付いてくる。


 ザルカ皇帝リチャード・ダーガーその人だった。

 ハロルドの姿を見るや否やリチャードは普段の冷徹な表情を崩し、柔らかい微笑を浮かべる。


「ハロルド! 無事か!」

「はい、お父様」

「そうか。それは何よりだ」


 そう言ってハロルドに抱擁してくるリチャード。

 普段は厳格かつ冷酷であるリチャードであるが、養子のハロルドの前ではまるで別人のように人間味を見せてくる。


 だがリチャードの事を単なる手駒の一つとしてしか見なしていないハロルドは、それを非常に煙たく思っていた。

 自分で考えた登場人物キャラクターならともかく、他人の考えた登場人物に愛着なんぞ湧くはずもない。


 尤もそんな真意を外に出す事は勿論せず、ハロルドは愛想の良い笑顔を浮かべる。


「お父様こそ、お体の具合は大丈夫ですか?」

「余なら心配はない。それより感心したぞ、ハロルド。たったあれだけの戦力でノアキスを落とすとは」

「いえ、たまたま戦術が当たっただけです」

「そう謙遜するでない。仔細を聞かせてくれ」

「ええ、もちろん。大聖堂の中にご案内します」

「ああ、頼む」


 リチャードが部下に指示を出して本隊の指揮を預けるのを見届けたハロルドは、彼を大聖堂内部へと誘う。

 程なくして二人は大聖堂の中心部である巨大な礼拝堂にたどり着く。

 ここはノアキスを治めていたジャンルイージ・ガンドルフォや他の聖人達が使用していた場所らしい。


 美しい壁画が両脇に並んでおり、天井は煌びやかなステンドグラスがしつらえられていた。

 さらに腕の良い職人達の仕事と思われる彫像がいくつもあった、のだろう。


 今はどれも跡形も無い。

 ハロルドたちの攻撃によって壁には大きな穴が開き、穴の無い部分にはヒビがいくつも走っている。

 彫像はグスタフが暴れた際に大半は砕かれたようで、今は部分的に無事な彫像が少しばかりあるのみだ。


 その様子を見てリチャードが呟く。


「だいぶ、損壊が激しいようだな」

「申し訳ございません。暴れすぎてしまいました」

「ふふ、構わん。勇ましいのは良い事だ。で、敵将はどうした?」

「それなんですが、いささか問題がありまして」

「何だ、申してみろ」

「はい……」


 ハロルドは部下を呼んであるモノを持ってこさせる。

 一分と待たずに部下が駆け足でソレを持ってくる。


 腐臭を放つそれは布にくるまれていた。

 ハロルドは顔をしかめながらそれを受け取ると、布を取る。

 それは老人のものと思われる千切れた左腕だった。


「ハロルド、何だ? それは」

「はい。“グスタフ”部隊の者が言うには……“たしか、これがガンドルフォだ”と……。見つかったのは今日の出来事です」


 呆れた事に、あのトカゲどもは自分が誰を殺したのかも定かでは無いようだった。

 ハロルドが問い詰めた際にも彼らの口からは、“たぶん・たしか・だった気がする”などと、ふわふわした言葉しか出てこなかったのだ。


 それを聞いたリチャードは苦笑する。


「やれやれ。お前が飼っているトカゲどもも随分と凶暴なのだな」

「ええ、まったく……。手綱も握れずお恥ずかしい限りで……」

「よいよい、もともと捕虜を取る気は無かったのだからな」

「ちなみに、サイドニアから派遣されてきた将軍と思しき死体は発見されています」


 そちらは八十一ミリ迫撃砲の榴弾で即死したようで、胴体が両断された死体が広場にて見つかっている。


「ふむ、義勇兵を束ねているギルド関係者はどうした?」

「そちらはわかりません。既に逃げ延びたか、それともトカゲの胃袋に収まったか」

「なるほどな、まぁどちらにせよ完勝だ。よくやった、ハロルド」

「お褒めに預かり光栄です」


 深く頭を下げるハロルド。

 そんなハロルドに笑いかけるリチャード。


「お前の様な出来る息子を持って余は幸せだ」


 尚もハロルドを絶賛してくるリチャード。

 ハロルドはリチャードに見られぬ角度でわずかに顔をしかめつつ、いい加減その賛辞を打ち切りたかったので話題を転換させる。


「まだ気を抜かれるには早いです、お父様。我々の真の敵は脆弱なノアキスではなくサイドニアです」

「もちろんそれはわかっている」

「損壊の少ない資料室を指揮所にしております。そこで今後の方針についてお話しましょう」

「うむ、それもそうだな。案内してくれ」

「はい」


 無事に話の方向性を転換させる事に成功したハロルドは、指揮所へとリチャードを案内する。

 そこでは作戦会議の準備を済ませたバーンズとフロストが待ち構えていた。


 彼らは二人の姿を見つけると敬礼してくる。

 それに軽く右手を上げて返事するハロルド。


 用意されたテーブルの上にはノアキス周辺の地形を記した地図があり、そこにハロルドが立てた進軍ルート案の線が複数書き込まれている。


 それを一瞥したリチャードが席に着くのを待ってから着席したハロルド。

 そしてリチャードの言葉を待つ。


 数秒思案してからリチャードは口を開く。


「本格的に話し合う前に本隊の指揮官どもも呼んできた方が良いだろう。ハロルド」

「かしこまりました。バーンズ少尉、頼むよ」


 バーンズは普段より二割り増しのきびきびとした動作で敬礼すると、部屋の外へと駆けて行った。

 それを横目で見送ったリチャードは言葉を続ける。


「では指揮官どもが来るまでの間に、ハロルド」

「はい」

「グスタフの損耗はどの程度だ?」

「敵に潰されたのが六体、変異したは良いものの完全に理性が飛んでしまってヒトに戻れなくなったものが四体、の計十体です。それらはすでに処理済みです」

「ふむ、六体も潰されたのか」

「ええ、ですので補充を頂けるとありがたいですが」

「わかった、手配しよう。だが質には期待するなよ。グスタフ・バッハシュタインが居なくなってから研究の質も下がってしまっている」


 そいつを自分で噛み殺しておいてよく言う、と内心で毒づくハロルド。


 その時、バーンズに連れられて本隊の指揮官連中が入室してきた。

 それを受けて本格的に作戦会議がスタートする。


 会議で一番の争点になったのは侵攻ルートの件だ。

 事前にハロルドが提示したルートは三つあるが、その中で注目を集めたのはアルシアという町を経由するルートである。


 そのルートは直線距離でいえばサイドニアまで最も近いが、付近を森林に囲まれておりおまけにアルシアの町は森を見下ろす小高い丘陵にある。

 仮に敵軍にそこに陣取られていた場合、軍の動きが鈍る森の中で丘陵から一方的に攻撃を仕掛けられる恐れがあった。


 残りの二つのルートはいずれもその森を迂回するルートであり、立案者のハロルド自身もそちらのルートの方が現実的だと考えていた。

 暫し指揮官達の問答を黙して聞いていたリチャードだったが、やがて静かに右手を上げて他の者を静かにさせる。


 指揮所が静かになったところでリチャードはハロルドに意見を聞いてきた。


「ハロルド、お前はどうだ? どのルートが良いと思っている?」

「そうですね。この二つの迂回路のどちらかかと。森を突っ切るルートはリスクが大きすぎます」

「そうか。他の者も同意見か?」


 大きく頷く指揮官たち。

 それを見たリチャードは息を吸うと高らかに宣言した。


「では、森を突っ切るとしよう」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月15日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月14日  後書きに次話更新日を追加 一部文章の追加

※ 6月 3日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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