188.ノアキス陥落
エセルバード達と別れた後、ミント、イェシカ、ナゼールの三名はノアキスの惨状をサイドニアに伝えるため街の南門に向かっていた。
敵の大半は大聖堂付近に固まっていたため、三名の進む先には特に危険も無かった。
だが南門が目と鼻の先まで近付いてきたところで、不意に甲高い銃声と少女の泣き叫ぶ声を耳にする。
瞬間的にミントが南門の外壁に目を向けると、何かが反射する光が見えた。
それが狙撃銃の照準器に太陽光が当たって反射した光だと気付いたミントたちは、即座に行動を開始する。
ミントとイェシカは敵の狙撃手を排除するため射線の死角を通りながら外壁に近付き、ナゼールは撃たれたと思しき四頭立ての馬車を確認に行った。
その結果、脅威の排除に成功したものの敵の投げた閃光手榴弾をまともに食らってしまう。
「あー、まだ頭がガンガンするよう……」
側頭部の辺りを手でさすりながらミントは顔をしかめる。
閃光手榴弾の発した強烈な光と爆音に目と耳をすっかりやられてしまっていたのだ。
そしてその効果は普通の人間よりも聴覚が優れているミントにとってはより大きいものとなっていた。
そんなミントをイェシカが気遣う。
「おい、“ごろねこ”大丈夫か?」
「う、うん……。イェシカ様は?」
「多少、耳鳴りはするが私はもう大丈夫だ」
「そっか」
「ああ、とにかく。これで南門を見張ってた敵は居なくなった。脱出するなら今のうちだぜ」
「そうだね」
ミントはそう言って町の方へ振り返ると、四頭立ての馬車の様子を見に行ったナゼールに呼びかける。
「若様ー!!」
すると馬車の中からナゼールの返事が聞こえてきた。
「ちょっと待ってろ、二人とも!」
その言葉の後、ナゼールが大型の馬車から出てきた。
そしてその後から白髪の老夫婦と小さな女の子がついてくる。
ミントはその老夫婦に見覚えがあった。
レジーナの育ての親でもあるグレアム夫妻だ。
「あー! レジーナのおじさんとおばさん!」
「む、君か。ネコ君」
「良かった、無事だったんだね」
「おかげで私たちは無事だ。……だが」
グレアムは悲痛な面持ちで小さな少女を見る。
その少女は目から大粒の涙をぽろぽろと零し、悲嘆に暮れていた。
その時ミントは馬車の近くに横たわる男女の死体に目が行く。
おそらく少女の両親だ。
敵の狙撃手に殺されたのだろう。
彼女の目の前で。
まるで我が事のように胸が苦しくなるミント。
するとナゼールが少女の頭に自分の上着をぽんと被せて、静かに一言。
「思いっきり泣け」
「……」
「そしたら歩くぞ。この町から出るんだ。お前のお父さんお母さんも、きっとそれを望んでいる」
「……」
少女は腕で瞼をゴシゴシと拭きながら黙って頷いた。
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ノアキス郊外の森にて。
ハロルドの率いる私兵部隊が迫撃砲の砲声を響かせている。
その様子をじっとハロルドが眺めていると、稜線の向こうから一台のジープが走ってくるのが見えた。
ハロルドが双眼鏡で確認すると、それはフロスト少尉の車であった。
フロストは片手に矢を受けながらも、器用にハンドルを操作しここまで帰ってきていた。
「やぁ、フロスト少尉。もう引き上げかい? あと、その腕のアクセサリは中々おしゃれだね」
フロストが食らった矢を軽く皮肉るハロルド。
一方のフロストは申し訳なさそうに答える。
「申し訳ございません、ハロルド様。敵に遅れをとりました」
「もっと詳しく」
「はい。敵はザルカでも開発されていない新型の誘導式グレネードランチャーを持っていました」
「ほう。それは驚きだ。本当かい?」
「間違いありません。私の部下もそれで吹き飛ばされて死にました。」
「ふうん。それは恐ろしいねぇ」
口に手を当ててハロルドは関心を示す。
敵がそんなものを作っているとは予想外だ。
どうにか鹵獲できないものか。
そう考えたハロルドはフロストに問いかける。
「ちなみにその武器の使い手の姿を君は捉えられたのかい?」
「ええ、この目で確かに。ネコ耳の少年です」
「ネコぉ?」
一瞬怪訝な顔を浮かべるハロルド。
だが次の瞬間、ある考えにたどり着く。
そいつはひょっとすると来栖家の飼い猫である『みんと』かもしれない。
否、来栖の体内に入り込んだ寄生虫『トキソプラズマ』と言った方が正確か。
ハロルドこと『バルトロメウス線虫』が来栖の脳内に入り込んで思考能力を借り受けたように、『トキソプラズマ』もこの世界に来ることで高度な思考能力を得たのだろう。
ハロルドは身を乗り出してフロストに問いかける。
「フロスト少尉。そいつの毛並みは何色だった? 灰?」
「灰色です。そして目は黄色と白のオッドアイです」
その答えにハロルドはにんまりと笑みを浮かべる。
やはりそいつは『みんと』だ。
トキソプラズマ君もなかなかやるじゃないか。
できればこの後にでもちょっと姿を拝んでみたいものだが、南門を守っていたフロストが敗走したということは既にノアキスからは脱出済みであろう。
甚だ残念ではあるがトキソプラズマ君と会うのはまた今度となりそうだ。
ハロルドは機嫌よくフロストに告げる。
「よーくわかったよ、フロスト少尉。貴重な情報をありがとう」
「私には勿体無いお言葉です」
「謙遜しなくていい。ほら、これで怪我を治しなよ」
「ありがとうございます」
ハロルドが気前良く高級な回復薬をくれてやるとフロストは恭しく頭を垂れる。
その時、バーンズ少尉がハロルドに声をかけてきた。
「ハロルド様!」
「ん? どしたの、バーンズ少尉」
「制圧完了合図の信号弾です」
その言葉に釣られてハロルドがノアキスの町の方を見やると、大聖堂方面に緑色の煙が垂直に伸び上がっている。
“緑”は制圧完了で、“赤”が失敗の合図だ。
竜もどきの“グスタフ”たちが上手く事を運んでくれたようだ。
ハロルドは手を振り部下達に毅然と告げる。
「ようし!! 迫撃砲撃ち方止め!! 皆でノアキスに入るよ!!」
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「……ろ、お……! ……き……」
誰かが自分を呼びかける声がする。
その声を認識したドゥルセのギルド長ブライアン・ミルズはゆっくりと意識を覚醒させた。
「うう、メ、イベル……?」
反射的に娘の名を呼ぶブライアン。
だが帰ってきたのは野太い男の声だ。
「ほう、俺の顔がメイベルちゃんに見えるってか。ギルド長」
「……んだよ。デズモンドかよ。がっかりさせやがって」
「うるせえ、勝手にがっかりしてな。そんで、今の状況思い出せるか?」
「……ちょっと待て」
ブライアンは頭を抱えながら起き上がる。
周りを見ると、どこか郊外の岩場だ。
だがその光景は自分が意識を失う前に見たものとは一致していない。
ブライアンは思考を口に出して、考えをまとめようと試みる。
「たしか自分はギルドの義勇兵を伴ってノアキス入りして、その後……ええと、なんだっけ」
「爆発に巻き込まれただろ」
「!!」
デズモンドの言葉が引き金となって記憶が呼び起こされる。
「そうだ! “ひゅううん”って耳障りな音が降って来たと思ったら近くで何かが爆発しやがった!」
「それは敵の砲撃だ。ギルド長」
「笑えねえ冗談だな、おい」
「冗談じゃねえよ。敵の奇襲ががっちりハマった。主力部隊は壊滅だとよ」
「……」
絶句してしまうブライアン。
上手く考えが纏まらない。
震えながら首を回して周りを見る。
「デズモンド、俺ら以外には誰も居ないのか?」
その問いにデズモンドが答えようとしたその時、岩場の影から足音ともに人の声が聞こえてきた。
サイドニア近衛兵長のエセルバードだ。
「お目覚めか、ギルド長」
「あんたも生きてたか、エセルバード」
「私だけじゃないぞ」
エセルバードの言葉とともに彼の後ろから他の生き残りが姿を現す。
その中にはデズモンドのパーティメンバーやレリア等のブライアンも良く知る面子も混じっている。
とはいえ、生き残りの数の少なさは気を滅入らせるには充分すぎた。
せいぜい数十名かそこらの数である。
「これだけしか残らなかったか……」
「逆だ。こんなにたくさん生き残った。完璧に奇襲を決められたのに、だ」
「そのポジティブ思考には恐れ入るぜ、近衛兵長殿」
「褒めても何も出ないぞ」
「馬鹿野郎、呆れてるんだよ」
その時、ノアキスの町から緑色の煙が垂直に打ち上げられる。
何らかの合図だろう。
その煙をどこか遠い目で眺めながらブライアンは気だるげに立ち上がる。
「とりあえず、移動するか。ここでこのまま終わるのは面白くねえ」
そう言いつつ、生き残った面子の顔を見渡す。
彼らは皆一様にボロボロであったが、それでも眼は死んでいないように思えた。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 9月10日(月) の予定です。
ご期待ください。
※ 9月 9日 後書きに次話更新日を追加
※ 6月 2日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。