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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
187/327

187.良心の呵責



 突如として戦闘が始まったノアキスの町。


 それに巻き込まれた平民の娘であるエルマは、両親とともに四頭立ての大型の馬車に乗っていた。

 普段町で見かけるような馬車とはまるで違う威容にエルマは目を惹かれる、


 プレアデス出身のナゼールとかいう冒険者に急かされて急遽出発した馬車は、ノアキスの石畳の上でガタガタとうるさく車輪を響かせる。

 馬車が走っている最中にもザルカ帝国の攻撃と思しき砲弾が続々と降り注いでいるが、幸い砲撃は町の中心部へと向けられておりエルマの乗る馬車が砲撃を浴びることは無かった。


「エルマちゃん、大丈夫かい?」


 不意に声をかけられる。

 エルマの家族と共にこの馬車に乗っている老夫婦のグレアムさんだ。

 エルマの両親は御者台で馬の手綱を握っている。


「は、はい……」


 声を震わせながら返事をするエルマだったが、先ほどから砲声とは別に何か魔物のような咆哮を聞いてからずっと落ち着かない。

 そんなエルマを安心させるようにグレアムはにっこりと微笑みかけてきた。


「エルマちゃん、心配はいらないよ。ノアキスの町の出口までもうすぐだ。町を出たら安全な筈だ」

「はい、ありがとうございます……」


 グレアムの言葉でエルマが少し落ち着きを取り戻すと、馬車が停車する。

 町の出口に着いたのだろうか。

 そう思って馬車の幌の隙間から外を窺うが、依然として目の前の景色は町中である。


 不審に思ったグレアムが確認の為に御者台に声をかける。


「どうした、何か障害物でもあるのかい?」

「いや、違うんだグレアムさん。この道の先にたくさんの……死体が」


 エルマの父がそこまで言いかけたところで、遥か前方からタァンという乾いた音が聞こえてきた。

 その直後、父の胸部から鮮血が噴き出した。





-----------------------------






 ノアキスの外壁に登ったフロスト少尉の小隊は守衛達を手早く無力化した後、二人一組で狙撃に当たっていた。

 フロストは部下のボウマン曹長に狙撃手スナイパーを任せ、自らは観測手スポッターを務めている。

 フロストたちの持ち場はノアキスの南門であった。


 ボウマンはヴァルズ社製のセミオートスナイパーライフルである《グライフ》を使用している。

 一発ごとに排莢が必要なボルトアクションライフルと異なり、連続した射撃が可能なのがセミオートライフルである《グライフ》の強みだ。


 一方でセミオートライフルは複雑な射撃機構を持つため遠距離狙撃の精度はやや落ちるが、市街戦ではそのデメリットの影響も受けにくい。

 それを実証するかのように次々と狙撃を成功させてゆくボウマン。

 つい今しがたも、四頭立ての馬車の手綱を握る男性の胸部を撃ち抜いたばかりだ。



 狙撃において狙撃手と観測手で役割を分担するのは非常に重要である。

 周辺の状況を観測手が把握しておくことで狙撃手が狙撃に専念できる。

 つまり命中率が上がる。

 それに加えて高倍率の照準器スコープをずっと覗いている為、敵の接近に気付きにくい狙撃手を護衛するのも観測手の仕事だ。


 そして前述のような分業の結果、このノアキスの南門前の道には多くの人民の死体が転がっている。

 ほとんどが非戦闘員と思しき人々だった。

 その光景に何も思うところが無いと言えば嘘になるがフロストはこういう時、感傷だの罪悪感だのはとりあえずは棚上げにする事にしている。


 色々と悩んでシェルショックやPTSDで苦しむのは生き残った後でも出来る。

 殺すのに躊躇して、自分が死んでからでは遅いのだ。


「うわ……」


 微かにボウマンの口から嘆きが漏れた。

 彼がたった今撃ったのは、親子連れの父親であるらしい。

 その子供と思われる少女の泣き声がこちらまで響いてくる。


 今までは狙撃対象にこのような悲鳴を上げる隙も与えずに始末してきたが、ここにきてボウマンに僅かながら動揺が走ったようだ。

 だがフロストは心を鬼にしてボウマンに告げる。


狙えエイム


 彼の銃口の先では、さっき撃った男の妻と思しき女性が御者台の夫の死体を幌の中に引っ張り込もうとしていた。

 その女性にボウマンが狙いを定めたのを確認してフロストは命令した。


撃てファイア


 再び乾いた銃声が響き、今度は女性の頭部に風穴が開く。

 仰向けに倒れる女性の体。


 すると、少女の泣き叫ぶ声がますます大きくなる。

 それを聞いてボウマンが小さく舌打ちをした。

 きっと良心の呵責に苛まれているのだろう。


 そんなボウマンにフロストは声をかける。


「貴様は私の指示に従って撃ったに過ぎない。集中しろ、曹長」

「……了解」

「あの娘も、せめて苦しみを与えずに送ってやろう。それが慈悲というものだ」


 フロストが言ったその時、彼らが潜んでいる外壁に何かが投げ込まれる。


「……む?」


 見ると、親指ほどのサイズの何か小さな玉である。

 玉には中に何かべったりした糊のようなものが詰まっており、それが中から溢れて外壁のへりにくっついていた。

 直感的に嫌なものを感じ取ったフロストはボウマンに告げる。


「移動するぞ。曹長」

「ちょっと待って下さい少尉。あのガキが顔を出しそうだ」


 ボウマンの言葉の直後。

 何か細長い筒のようなものがこちらに飛んできた。


「ボウマン!!」


 言いつつフロストは後ろに飛びずさりながら近接戦闘用に持ってきたマシンピストル《リューグナー18》で弾幕を張る。

 弾幕による迎撃が筒にヒットした瞬間、その筒が爆発した。


 反射的に距離を離していたおかげで致命傷を免れたフロスト。

 だがフロストの警告に素直に従わなかったボウマンは、その爆発の衝撃をモロに受けてしまう。

 筒に詰められていた爆薬が外壁の縁を吹き飛ばし、破片を辺りにばら撒いた。


 その破片を全身に食らったボウマンは衝撃で後方に飛ばされて、外壁から転落してしまう。

 縁から身を乗り出し彼の姿を探すフロスト。


 その視線の先には潰れたトマトのような血だまりがあった。

 後ろ向きに高所から転落したボウマンは後頭部を地面に強く打って死亡していた。


「くそっ……」


 小さく悪態をつくフロスト。

 次の瞬間、近くの建物の二階に人影を発見する。


 ネコ耳の少年が何やら見たことも無い武器を構えている。

 新手のグレネードランチャーだろうか。


 とにかく先ほどの爆発は奴の射撃によるものだ。

 フロストは自分用の《グライフ》を構えて、ネコ耳に銃口を向ける。


 その瞬間。


 不意にフロストの居る外壁の遥か下から矢が飛んでくる。

 熟練の弓使いが射ったと思われるその矢は、空気抵抗を完全に計算された曲射で放たれていた。


 地上から真上に放たれた矢はフロストの眼前まで来ると、まるで生きているように突如方向を変えてフロストの左手に突き刺さる。

 とんでもない神業のような弓捌きにフロストは面食らう。


 直後にネコ耳が“イェシカ様、ナイス!”と叫ぶのが聞こえてくる。


 激痛に顔を歪めながらも、フロストは冷静に判断を下す。

 左手を封じられ満足にライフルも撃てなくなった現状での戦闘継続は自殺行為だ。


 そう考えたフロストは逃げるために準備していたある装備を使う。

 腰にぶら下げていた閃光手榴弾フラッシュバンを右手に持ち、口でピンを抜いた後連中の良く見える所へ放り投げた。


 閃光手榴弾による強烈な光と爆音に襲われたネコ耳とイェシカとやらが動けないでいる間に、フロストは事前に外壁から垂らしておいたロープを使いラペリングによる垂直下降をした。


 そして南門のすぐ近くに停めておいたジープに乗り込み、キーを回す。

 さらにアクセルを思いっきり踏み込むと車を急発進させた。



 車両を使って離脱するフロストは悔しさと腕の痛みに唇を噛み締めるが、それでも全速力でハロルドの下に急ぐ。

 元々大した人員を与えられていなかったフロスト少尉の狙撃部隊の仕事は、あくまで足止めだ。

 ノアキスの生き残りが他の町へこの惨状を伝えるのを遅らせられればそれで良いのだ。


 もう充分目的は達成できた。


 それに土産話もできた。

 未知の武器を持つネコ耳の少年のことだ。

 その情報で多少はハロルドの機嫌が良くなることを願うフロスト。


 果たして博識なハロルドは彼の持つ武器の事を知っているのだろうか。

 否、おそらく知らないだろう。


 根拠のない只の勘だったが、フロストはそう思った。




用語補足


グライフ (Greif)

 ナイツアーマメント社製の狙撃銃M110 SASSを参考にクルスが設定した架空銃。

 実銃の高い射撃精度はそのままに小型化が図られ、市街戦での扱い易さが向上しているという設定である。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月 8日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月 7日  後書きに次話更新日を追加

※ 6月 1日  一部文章を修正 

物語展開に影響はありません。

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