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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
186/327

186.悪あがき



 神教の総本山であるノアキスの大聖堂前にて。

 そこでは突如降り注いだ榴弾によって多数の死傷者が出ていた。

 

 榴弾が直撃して四散した遺体や、周辺の石畳等や建物を吹き飛ばして出来た瓦礫の山が散在している。

 そして大聖堂前に集まっていた兵士達はもろにその攻撃を受け、甚大な被害を被っていた。



 そんな阿鼻叫喚の大聖堂前の広場の一角で、一人の男が目を覚ます。

 サイドニア国王ウィリアム・エドガーの腹心であるエセルバード・スウィングラーだ。


 付近に迫撃砲が着弾した際の衝撃で暫く気を失っていた彼は、全身を走る鈍い痛みと頭に響く耳鳴りに顔をしかめながら起き上がろうと試みた。

 だが自分の体の上に何か重たいものが、のしかかっている。

 瓦礫だろうか。


 エセルバードはそれを体の上からどけようと手を掛けて、予想よりも柔らかいべっとりとした手ごたえにぎょっとする。

 見ると、それはサイドニアの将軍であるクルックシャンクの体であった。

 彼も気を失っているのだろうか。


「将軍、ご無事ですか?」


 そう言って彼の体を揺すって起こそうとするエセルバードだったが、クルックシャンクは微動だにせず意識を失ったままだ。

 次の瞬間、エセルバードもその理由を理解する。


 クルックシャンクは胴体が千切れており、下半身はどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 エセルバードの体にのしかかっていたのは彼の上半身と、腹からこぼれた臓物だけだ。

 既に絶命しているのは一目瞭然だった。


 暗澹たる思いでクルックシャンクの遺体を脇へどかし、エセルバードは首だけを動かして周りを見る。


 辺りには未だ榴弾が降り注ぎ、そして幸か不幸か、おそらく後者だが即死できなかった者達のうめき声や悲痛な叫び声が響いている。

 きっと地獄があるのだとしたらこの様な景色に違いない。


 だがいくら絶望的とはいえ、生存者皆無では無いはずだ。

 自分のようにまだどうにか動ける者がまだいるとしたら、一刻も早く彼らを纏め上げて敵の攻撃に備えなければならない。


 そう考えたエセルバードは、全身が軋むのを堪えて起き上がろうとした。

 それと同時に腹部に激痛が走る。

 ひょっとするとあばらにヒビでも入っているかもしれない。


 そして次の瞬間、継続的に鳴っていた砲声とは別のずしんという重い音が辺りに響く。


 何か大型の動物の足音だ。

 さらにその足音は不意に加速した。


 きっと、獲物を見つけたのだ。

 そしてその大型の動物を見たと思しき生き残りの兵士の叫び声が、エセルバードの耳に届く。


「う、うわああああ!! 来るなぁ! バケモノ!!」


 当然ながらそのような言葉は何ら意味をなさず、声の主は五秒と経たずに“静かになった”。

 エセルバードは横になったまま目だけを動かし大型動物の姿を盗み見る。


 体長四~五メートルほどの巨大なトカゲの群れであった。

 おそらくあれがテオドールとフォルトナがザルカ領で目撃したという生物兵器であろう。


 そしてエセルバードは大聖堂にも目を向ける。


 どうやら榴弾の最終的な攻撃目標は大聖堂のようだ。

 念入りな攻撃により、荘厳な大聖堂は既に廃墟のようにボロボロだ。


 そして外壁が崩れて大きく穴が開き、その穴から数対のトカゲが大聖堂内部に侵入している。

 おそらく、中の人間は無事では済むまい。


 それを確認したエセルバードはここから離脱する算段を整え始める。


 幸い、トカゲはこちらに気付いていない。

 血だらけで横になっている自分は、傍から見れば死体とそれほど変わらないだろう。

 ならば気付かれないうちにこっそりと離脱してしまうのが最善だ。


 そう考えたエセルバードはクルックシャンクの流した血を体に塗りたくる。

 あのトカゲどもがどの程度鼻が利くのか不明であったが、少しでも発見される可能性を下げるためにはやむをえない。


 そうして死臭の篭もった血を自身に擦りつけながら、エセルバードは身を屈めて広場から這い出した。




--------------------------------





「こちらの主力部隊は……壊滅だ。聖堂方面は敵に蹂躙されている」


 近くに降り注いだ迫撃砲を何とかやり過ごしたミント達の前に現れたエセルバードが、苦しそうに言葉を吐き出す。


 ミントが彼の体を観察したところ、エセルバードは自身の血か他人の血かも判別もつかないほどの大量の血に塗れている。

 だがそんな逆境にも心折れる事無く、ここまで逃げ延びて来たのは彼の強靭な精神力の賜物だろう。


 そのようにミントが考察していると、神官崩れの冒険者リオネルがエセルバードに駆け寄り治癒の奇跡を顕現させる。


 エセルバードの体を暖かい光が包み込み、怪我を癒していく。

 一流の《奇跡》の使い手であるリオネルの手によって、生命の危機を脱したエセルバード。

 彼はリオネルに礼を言った。


「すまない、助かった」

「構わん。それより近衛兵長殿、先の言葉はどういう意味だ?」

「どうもこうも、言葉通りの意味だ。主力部隊の損害は甚大だ。砲弾の雨が降る中トカゲのバケモノに襲われたおかげで、誰も彼もが恐慌状態に陥ってしまっている。おまけにトカゲに大聖堂への侵入を許してしまった。指揮系統はズタズタだ」


 エセルバードの言葉に一同の表情が硬くなる。

 敵の強引な奇襲により瞬く間に趨勢を決められてしまったのだ。


 重苦しい空気の中ナゼールが口を開く。


「エセルバード、大聖堂にいらっしゃるガンドルフォ猊下はご無事なのか?」

「わからん。だがその可能性は低いだろう。敵は大聖堂を重点的に攻撃している。もし捕虜を取るつもりならこんな無差別攻撃は仕掛けない」

「……なんてこった」


 思わず天を仰ぐナゼール。

 だが彼の視線の先には、尚も飛び交う榴弾があった。

 榴弾が描く放物線を忌々しげに眺めながらナゼールは吐き捨てる。


「ザルカどもめ……。これ以上好きにはさせねえ……」


 ナゼールの言葉を受け、おもむろにエセルバードが告げる。


「同感だ。……皆、聞け」


 その言葉で顔を上げる一同。


「いずれ敵の本隊もここに到着する。だが、それまでにこの戦況をひっくり返すのは不可能だ。はっきり言う。ノアキスは墜ちた」


 きっぱりと告げるエセルバード。

 そこへデズモンドが問いかける。


「それに関しては否定しようもねえが……だったら一体全体どうするつもりだ?」

「端的に言うなら“悪あがき”だな」

「悪あがき?」

「ああ。さっきも言ったとおり、この戦闘において我々にもはや勝ち目は無い。であるならば、我々は今出来る最善の事をしなければならない」

「続きを聞こう」

「目下重要な事は二つだ。一つはこの惨状を一刻も早く王都に伝える事。そしてもう一つは一人でも多くの民間人を逃がす事だ。この惨状で逃げ遅れている者も少なくないだろう」


 そしてエセルバードはミントに向き合うと、じっと視線を送りながら言葉を続ける。


「ミント、お前は急いでノアキスから離脱しろ。強力な武器を持ち、そして逃げ足も速いお前が一番脱出できる可能性が高い。トロッコでサイドニアに向かい、この惨状を陛下にお伝えするのだ」

「うん、それはいいけど……トロッコまで無事にたどり着ける自身が無いよう……」


 ミントはネコ耳をぺたんと寝かせながら呟く。

 耳の良いミントは先ほどから継続的に響いている砲声で、おかしくなってしまいそうだった。

 今は普段よりも索敵能力が低下している自覚があったのだ。

 もしかすると敵の接近に気付けないかもしれない。


 元気の無いミントを鼓舞するようにエセルバードは言う。


「大丈夫だ、ミント。この危険な状況の中、お前一人で行かせるつもりはない」

「え?」


 疑問符を口に出すミントにエセルバードは告げる。


「ミントには護衛を二人つける。一人はナゼールだ。ナゼール、構わないな?」

「それは勿論構わねえが、人選の理由を聞きたい」

「ある程度素早い動きが出来て、尚且つ接近戦闘をこなせるからだ。ただ護衛するだけならタワーシールドを持つデズモンドが最も適任だが、しかし重装備ゆえに迅速な脱出には不向きだ」

「なるほどな、異論はねえ」


 そしてエセルバードは今度はイェシカの方を見て告げる。


「もう一人はお前だ。エルフよ」

「あ? 私かよ」

「ああ、ナゼールではカバーできない遠い距離に敵兵が居たら、その弓で静かに排除してくれ。そうすれば安全に移動できるだろう」

「……ふん、面白え。やってやろうじゃねえか」


 それを聞きながらミントは密かに感心していた。

 非の打ち所の無い戦術論を短時間で捻り出したのもそうだが、さりげなくナゼールとイェシカをノアキスから脱出させる提案を成立させている。


 そしてエセルバードは一同に向かって毅然と述べた。


「他の者と私で民間人の救助をしつつ、この町を離脱する。いいか、必ず生き延びるぞ!」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月 5日(水) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月 4日  後書きに次話更新日を追加 

※ 5月31日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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