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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
185/327

185.砲声



 ノアキス郊外の森林にて。


 私兵を引き連れたハロルドは、町に潜入した“グスタフ”の部隊からの合図を待っていた。

 開戦前に力みすぎてもいけないので、ジープの座席に体を預けて虚空を見つめる。


 だがそれにも飽きてしまったハロルドは車から少し離れた所に居るバーンズに話しかける。


「バーンズ少尉」

「はっ、なんでしょうかハロルド様」

「“それ”はすぐにぶっ放せそうかい?」


 ハロルドが迫撃砲を指差しながら尋ねるとバーンズは自信たっぷりに答えた。


「ええ、点検は先ほど済ませてあります。後は中の部隊の合図を待つばかりです」

「それは良かった」

「それにしても……驚きましたよ。この“迫撃砲”……。これはルサールカでも使われていない兵器ですからね」


 そう言って発射口を上に向けている筒を見つめるバーンズ。

 それは八十一ミリの榴弾を打ち出す迫撃砲だ。


 迫撃砲の斜め前上方に向けられた射出口から榴弾を発射すると、弾は大きい放物線を描きながら前方に着弾するため障害物を無視してピンポイントに攻撃できる。

 射程が長く、おまけに軽量で持ち運びも容易なので今回の作戦にはうってつけの代物であった。


 唯一の欠点は精密性に欠けるという点であるが、今回の作戦では友軍の“グスタフ”に当たってもたいして問題ではないので同士討ちを気にする必要もない。


 そしてこの迫撃砲はルサールカではとうの昔に廃れた旧兵器、というのがクルスのつくった設定である。

 迫撃砲をシェルター内部で撃つと天井や隔壁に傷をつけてしまい、最悪の場合シェルターに汚染された大気が入り込んでしまうからだ。

 そのため旧時代の迫撃砲がたまに発掘されても、ルサールカの民達はただのガラクタと見なしていたのである。


 その時、高い樹上に昇りノアキス方面に目を光らせていたフロストが声を上げる。


「ハロルド様っ!」

「どうしたの、フロスト少尉?」

「閃光弾があがりました」

「よしよし。聞いたね、みんな。 砲声を鳴らす時間だよ! 慣れてないだろうけど撃ちながら調整してね!」


 パンパンと手を鳴らし迫撃砲部隊に指示を出すハロルド。

 それを聞いた彼らは手早く榴弾を筒に込め、射角を調整し始めた。


 更にハロルドはフロスト少尉にも指示を出す。


「フロスト少尉、君達も準備してくれ」

「はっ! 行って参ります!」

「うん、気をつけて」

「はっ! ハロルド様もご武運を」


 フロストは少数の人員を引き連れてノアキスへと車を走らせる。

 彼女達はノアキスの外壁に昇り、高所からの狙撃をする手はずだ。

 少人数編成のため撃破数には期待していないが、“狙撃手スナイパーがいる”と相手に意識させるのは牽制として非常に大きな意味がある。


 今回は彼女が今まで使っていた対物ライフルではなく、対人ライフルを使用しての人狩りマンハントである。

 高威力の対物ライフルでは友軍のトカゲにも致命傷を与えてしまう恐れがあるため、敢えて通常のスナイパーライフルを使うのだ。


「さてと、敵さんがどれくらい頑張るのか。お手並み拝見といこうじゃないか」


 ハロルドは足を組んでシートに腰掛けると、不敵な笑みを浮かべた。





-----------------------------






 突如打ちげられた閃光弾を見て、ノアキスの町を全力疾走するミント。

 彼はハルマキスで覚えた魔術《風塵》と、持ち前の身体能力を駆使してサーカスの曲芸師のように軽やかな動きで移動した。


 数分ほど移動し閃光弾の発射場所に近付いたその時、ミントは体長五~六メートルほどはありそうなトカゲの集団と、それに対峙するナゼール、チェルソの姿を発見する。

 おそらくあれが“グスタフ”だ。


 ミントは即座に背中に担いだ誘導式ホーミング粘着爆弾セムテックスを構えて初弾を射出する。

 銃口から放たれた玉がグスタフに引っ付いたのを確認してから、筒の引き金を引くミント。


 誘導式ホーミング粘着爆弾セムテックスの利点は初弾が当たってさえいれば、次発はただ引き金を引くだけで良いという点だ。

 適当に狙っても仕込まれた“双子石”のおかげで誘導してくれる。


 実際ミントの狙いはだいぶ適当であったが、まるで磁石で引き寄せられるかのように爆薬が詰まった細い筒が玉へと向かってゆく。

 そして着弾と同時に爆発してグスタフの一頭を吹き飛ばした。


 テオドールお手製の新兵器を見て、他のグスタフはミントから距離を取る。

 ルサールカにも存在しない未知の武器に警戒を強めているようだ。


 それを確認してナゼールに声をかけるミント。


「若様ぁーー!! 無事ぃーーー!?」

「ミント!? なんでこんなところに?」

「話は後だよ! 早くコイツラをなんとかしないと!!」

「ああ……それができりゃ苦労しねえけどな……」

「え? ……あ」


 ミントは素っ頓狂な声をあげるが、すぐにナゼールの言葉の意味を理解する。

 先の攻撃で吹き飛ばしたグスタフは、ただ爆発の衝撃で吹き飛んだだけで致命傷には至っていない。

 せいぜいウロコをちょっと剥がしただけだ。


「ま、まずくない?」


 思わず弱気な声を上げてしまうミント。

 だが、ナゼールは前向きだった。


「まずくてもやらなきゃならねえ。ここで時間を稼がなきゃ民間人が逃げ遅れる」


 その時チェルソが何かに気付く。


「いや、勝算はあるよ二人とも。ウロコが剥がれた箇所はこちらの攻撃が通り易くなっているはずだ。そこを狙えばダメージは与えられるだろう」

「じ、じゃあ!」

「うん、ミントは敵のウロコを剥がしてくれ。僕らでトドメを刺す」

「わかった!!」


 ミントは再び誘導式ホーミング粘着爆弾セムテックスを構えると、今度は矢継ぎ早に玉を射出した。

 それぞれがグスタフに着弾する。


 だが爆発させる筒の射出タイミングはミント次第なので、グスタフにとってはいつ爆発するかわからない時限爆弾を取り付けられたようなものだ。

 そのせいか動きがぎこちなくなるグスタフを尻目にナゼールとチェルソは果敢に切り込む。


 チェルソは軽やかな動きでグスタフの攻撃を巧みにかわし、仕込み刀でグスタフの目を狙って動きを止めている。

 

 一方のナゼールは先ほどミントがウロコを剥がした個体にシミターで斬りかかる。

 ウロコが剥がれた胴体部分の箇所に刃が通り、グスタフが悲鳴のような咆哮をあげる。

 グスタフが痛みに怯んだ隙をナゼールは見逃さず、胴体深くにシミターを突き刺すとグスタフはびくびくと痙攣しながら地面に倒れる。


 どうやら彼らの弱点は胴体のようだ。

 だからこそ硬いウロコで守られているのかもしれない。


 たおれたグスタフの断末魔は他のグスタフに少なからず動揺をもたらしたようだった。

 動きが鈍ったその瞬間を狙い、ミントは筒を発射する。


「二人とも! 敵から離れて!!」


 二人に警告するとミントは筒を連続で発射する。

 出鱈目に撃たれた筒だったが、双子石の効果でそれぞれの玉に引き寄せられ着弾と同時に爆発する。


 爆発の衝撃で吹っ飛ぶグスタフたち。



 ミント達が戦いを優勢に進めていると、背後から声がした。

 ミントの移動スピードについて来れなかったレリア達が追いついてきたのだ。


「はぁはぁ、やっと追いついたわ」

「みんな! 遅いよ!」

「あなたが早すぎるのよ」


 そして前方に居るグスタフ達を見た彼らは、臨戦態勢に入る。


「とりあえず、話は後みたいね」

「うん。みんな、ウロコの剥がれたところを狙って!!」

「わかったわ!」


 それからの戦いは一方的であった。

 熟練の冒険者パーティであるデズモンドのパーティとナゼール達によって次々と仕留められるグスタフ。


 六体いた数を三体に減らしたところで彼らは突如逃走を始める。


「あっ逃げるよ!!」


 追いかけようとするミントだったが、デズモンドに制止される。


「深追いするな、ネコ。向こうは聖堂の方だ。そこにはノアキスの主力部隊が集まっている。彼らに任せよう」

「うん……あれ?」


 その時、何か妙な音が聞こえた気がした。

 耳をピンと立てて、周囲の音に集中するミント。


 イェシカがミントに問いかけてくる。


「どうした“ごろねこ”?」

「何か、音が聞こえない? ひゅううん、て」


 そう言いながら上を見上げた瞬間。

 何か大きな物体が放物線を描きながらこちらに向かって飛んでくる。


「皆、避けるんだ!!」


 いち早く反応したチェルソが叫ぶ。

 慌てて回避動作を取るミント達。


 轟音とともに近くに榴弾が着弾して爆風と衝撃、そして吹き飛ばした建物の破片に襲われる。

 回避が間に合わないスピードで破片がこちらに迫ってきて、恐怖でミントは動けなくなった。


 一瞬死を覚悟したが、その破片がミントに当たる事はなかった。

 デズモンドの持つ大盾タワーシールドによって破片は受け止められたのだ。


「ネコ、大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう」


 ミント以外の皆も無事である。

 他の皆は奇跡的に破片を回避できたらしい。


 だが尚もひゅうううん、と榴弾が降り注ぐ音がする。

 幸いにして狙いはかなりアバウトなようで、こちらに再び飛んでくる気配は無いがそれでも危険な事には変わりない。


 耳を塞ぎながらブリットマリーが叫ぶ。


「ねえ!! ここも危ないわよ!! 移動しましょ!? ね?」


 それに頷くリオネル。


「賛成だ! 少数で居るのは危険だ。聖堂に戻って主力と合流しよう!」


 提案するリオネルだったが、その意見はイェシカに否定される。


「いや、それはダメだ。よく見てみろよ」


 そうしてイェシカは空を指差す。

 そこには相変わらず榴弾が振ってきているが、バラバラだった先ほどまでとは違い狙いが徐々に固まってきている。


 見ると聖堂方面が狙われているようだった。


「聖堂に戻っても主力がどの程度無事かもわからねえ。だったら、この攻撃を仕掛けてきてる連中を先に潰した方が安全かもしれねえだろ?」


 イェシカの言葉に考え込む一同。


 その時、近くの路地から声がした。


「正解……だ」


 声の方を見ると血だらけになったエセルバードが、よろよろとこちらに歩いてくる。

 それを見てエセルバードに駆け寄る一同。


「エセルバード!! どうした、何があった?」


 ナゼールが強く詰問するとエセルバードは苦痛の表情で言葉を搾り出す。


「こちらの主力部隊は……壊滅だ。聖堂方面は敵に蹂躙されている」





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月 2日(日) の予定です。


ご期待ください。




※ 9月 1日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正 

※ 5月30日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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