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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
184/327

184.変異



 宗教都市ノアキスにて。


 ミントはレリアとデズモンドに連れられて、ノアキスの一般住民が生活している居住区へと向かっていた。


 ミントの探しているナゼールとイェシカは、そこで住民の疎開準備の手伝いをしているらしい。

 しばらく歩くと大きな馬車が複数台泊まっており、そこに荷物が運び込まれている。


 荷物を運んでいるのは冒険者たちだ。

 その光景をデズモンドが説明する。


「今回の疎開も急な話だったからな。まだ避難できていない民間人をギルドの人間が助けてるんだ」

「へえ、そうなんだ」


 その時三人の視界にイェシカの姿が入る。

 彼女は同じパーティメンバーのリオネルとブリットマリーと共に、民間人の荷物を運び入れていた。


 ミントが大きな声を張り上げてイェシカ達に声をかける。


「おーい!! イェシカ様ー!!」


 その声に気がついた三人は作業の手を止めミント達の方を見やる。

 イェシカがミントに話しかけてきた。


「おお、どうしたよ“ごろねこ”」

「どうしたよ、じゃないよイェシカ様。何でここに居るのさ? もうすぐ戦闘が始まるんだよ?」

「んなこたぁ言われなくても、わかってるよ」

「だったら……」

「戦闘が近付いているからこそ、一刻も早く民間人を避難させねえとダメだろ」

「いや……もちろんそれは、そうなんだけどさ、イェシカ様はお姫様じゃん」

「は? 何言ってんだネコ、今は緊急時だ。こんな時に身分がどうとか堅苦しい話は時間の無駄だぜ」

「う、うん。そうだね……。いやそうじゃなくて」


 イェシカを説得してノアキスから出ようとしたミントだったが、気付けば論破されかけている。

 ミントの隣でレリアが呆れる。


「ちょっと、あなたが丸め込まれてどうするのよ。ミント」


 そこへ、ブリットマリーがミントに問いかけてくる。


「ねえ、ネコちゃん」

「何?」

「戦闘はまだ始まらないんじゃないかしら? だってまだ敵の軍勢はまだ近くに来てないって聞いてるわ」


 ブリットマリーの言葉にデズモンドも同意する。


「そうだぜミント。俺もさっき広場前のテントで情報を集めてたが、敵軍はどんなに急いでもあと二~三日はかかるって話だったぜ」

「違うんだよ、その情報は古いんだ。“グスタフ”がもう町に入り込んでいるかも知れないんだ」

「あ? なんじゃそら」


 疑問の表情を浮かべるデズモンド。

 ミントは“グスタフ”についてハルから受け売りの説明する。


「普通の人間がおっきな“竜”に変異するっていう生物兵器だよ。みんなもナブア村ってところでそいつと戦ったんでしょ?」


 それを聞いた一同はその情景を思い出したのか青ざめる。

 デズモンドが信じられない様子で聞いてきた。


「おいおい、アレが元は人間だったってか? 冗談きついぜ、ミント」

「ボクだって見たことないけど、でも……」


 そこへ作業の手を止めたリオネルが割り込んできた。


「ミントよ」

「どうしたの、リオネル?」

「さっき“もう町に入り込んでいる”と言っていたが、その根拠は何だ?」

「ああ、サイドニアの諜報員が見たんだって。ザルカから車が複数台出発してここに向かってるって。たぶんそいつらは先遣隊より早く到着してるはずだよ」

「ふむ、であるならば……町に入り込んだ連中には心当たりがある」

「そうなの?」

「ああ、今日の朝早くに神教の信徒の集団が町に入った」


 それを聞いて露骨に顔をしかめるミント。


「ええ? このタイミングで? すっごい怪しいじゃん!」

「それは確かにそうなんだが、検問で僧兵が調べたところ武器類は何も持ち込んでいなかったという。なら僧兵が彼らの町入りを断るわけにも行くまい」

「むむむ……」

「そして彼らも我等と同じく逃げ遅れた民間人の疎開を助けていると聞く。それは非常にありがたい話なのだ。今はどこも人手不足だからな。だがもし彼らが敵の間者だとすると由々しき事態であるな」


 リオネルの情報を聞いたレリアがミントに聞いてくる。


「どうするの、ミント? 先にそっちを当たってみる?」

「ええと……ちょっと待って」


 考え込むミント。

 そっちを調べたいのも山々なのだが、よく考えたらまだイェシカの説得に成功していない。


 そもそも自分の目的はナゼールとイェシカの安全の確保であって、“グスタフ”の捜索ではない。

 そこまで考えて、ミントはもう一人の重要人物の存在を思い出す。


「ねえ、若様はどこに居るの?」


 それに答えるリオネル。


「ああ、ナゼールならチェルソと一緒に教会に……」


 そこまで言いかけてリオネルが言葉を飲み込む。

 不審に思ったブリットマリーがリオネルに問いかけた。


「リオネル、どうしたの?」

「皆、あれを見ろ」


 リオネルはそう言って空を指差す。

 そこにはミントが戦争映画などで見た閃光弾が打ちあがっていた。





-------------------------




 



「これで全部かな、ナゼール君」

「ああ、そうだな」


 そう言って額の汗を拭うナゼール。

 ナゼールはパーティメンバーのチェルソとともに、ノアキスのとある教会で疎開準備に追われていた。

 現在ノアキスでは民間人の避難が急ピッチで進められており、各地のギルドから派遣されてきた冒険者がそれを補助している。

 どちらにせよ本格的な戦闘が始まるまでは冒険者達は待機することになるので、暇を持て余すくらいだったら民間人避難に協力した方が良いに決まっていた。


 この教会には付近の住民が集められており、その住民達の必要最低限に纏められた荷物を四頭立ての大きな馬車に積み込んでいる。

 このような大きな馬車を民間に貸与してくれる事が、ノアキスを治めるジャンルイージ・ガンドルフォ猊下の懐の深さを表していると言えた。


 汗を拭いてナゼールが一息ついていると、民間人の女の子がこちらに歩み寄ってくる。

 彼女を見てナゼールの隣のチェルソが笑顔を浮かべた。


「エルマちゃん、どうしたんだい」

「ねえチェルソさん、ルチアちゃんは元気ですか?」

「うん、元気さ」

「背は伸びました? 私と比べてどうですか?」

「えっ……とねぇ、うん。……エルマちゃんと同じくらいかな」


 ちょっと言葉に詰まりながらもエルマの問いに答えるチェルソ。

 吸血鬼ヴァンパイアのルチアはこのエルマとは違い、歳もとっていないし背も伸びていない。

 故に、会わせる訳にはいかないのだ。


 だがそれを知らないエルマは顔をほころばせながら、言葉を続ける。


「そうなんですか。会いたいなぁ」

「うーん……。それはちょっと厳しいかもね。もうルチアは家に帰っちゃったし。ルチアのお父さんとは僕もたまにしか会えないんだ」

「えー……」


 たしか“ルチアとジルドはチェルソが彼らの両親から預かっていた”という設定である。


 そんなチェルソの言葉を聞いて、途端に表情を曇らせるエルマ。

 その落胆はチェルソの予想よりも大きかったらしく、彼は目に見えて慌てる。


「あ、え、ええとね、じゃあこうしよう。エルマちゃんが手紙を書いてくれたら、ルチアのお父さんに渡しておくよ」

「ほんとですか!?」

「う、うん。短いやつね」

「わかりましたっ! すぐ書きますっ」


 言うなり手紙を書き出すエルマ。

 その様子を見たナゼールはチェルソに耳打ちした。


「いいのかよチェルソさん。二人を合わせるわけには行かないんだろう?」

「……うん、不味い。凄くまずい」

「おいおい……」

「でもさ、見てごらんよ! あのキラキラした目! あんな目を向けられて突っぱねるっていうのはちょっと酷いだろう?」

「……気持ちはわかるけどな。でも、変に希望を持たせる方がもっと酷いと思うぜ」

「……」


 と、密談を交わす二人であったがそこへエルマが話しかけてくる。


「何コソコソ話してるんですか?」


 一瞬びくっと体を震わせたチェルソは、咳払いをしてエルマに返事する。


「い、いや何でもないよ。それで手紙は書けたかい?」

「はい、これ」


 手紙には可愛らしい字で短く“また会おうね!”と書かれており、その字の上にはエルマの自画像が描いてあった。

 時間がなかったのでさらっと描いたラフな絵だが、うまく特徴を掴んでいて上手である。

 どうやら彼女は絵が好きなようだ。


「うわあ、上手いねえ。きっとあの子も喜ぶよ」

「そうですか? 良かった」


 満面の笑みを浮かべるルチア。

 一方のチェルソも笑顔を浮かべているが、こちらは作り笑顔だ。


 チェルソの内心を慮るとナゼールも心が痛いが、こればっかりはどうしようもない。



「あのう、冒険者さん」


 唐突に喋りかけられたナゼールは振り返る。

 白髪の老夫婦がそこにいた。

 たしかグレアムとかいう夫婦だ。

 食堂を経営しているらしい。


「どうしたんですか?」


 ナゼールの問いにグレアムが答える。


「冒険者さんの他に神教の信徒も作業を手伝ってくれていたんだが、その内の一人が体調を崩したんだ。見てくれ」

「え?」


 指差すグレアムにつられてその方向を見るナゼール。

 そこには苦しそうな表情でうずくまる信徒と、それを取り囲んで何やら声をかけている他の信徒の姿があった。


 今日の朝方にノアキスに到着した彼らは、精力的に民間人の疎開作業に手を貸してくれていた。

 それは実際大きな手助けになっていたので、ナゼールとしても彼らの存在はありがたかった。


 だが同時に一つ気がかりな事もある。

 彼らは終始顔色が悪かったというか、どこか体調が悪そうだったのだ。

 気になったナゼールが彼らに尋ねると信徒は“長い距離を移動した疲れが出ている”と答えた。


 その時、苦しんでいる信徒が大きくゲホゲホと咳き込む。

 神教の信徒であるならば《奇跡》の憶えもあるだろうし、勝手に自分達で治すと思っていたが一向にそうする気配がない。


「ちょっと様子を見てきます」

「ああ、頼むよ」


 心配になったナゼールはグレアム夫妻に一言告げて信徒に近付く。

 すると彼らの会話が聞こえてきた。


「おい、まだだ! まだ変異するな! 他の皆が配置についていない。もう少し抑えろ」

「ぜえぜえ……。も、もうダメです……。さっきから頭が割れそうなくらいガンガンしてるんだ」

「もう少しの辛抱だ、我慢しろ」

「……」


 何やらただならぬ様子を感じ取ったナゼールは、信徒達に声をかけた。


「お、おい……あんたら、大丈夫かい?」


 その声にバッと振り返った信徒達。

 信徒の一人が笑顔で答える。


「ご心配なく。すぐに《奇跡》で治しますから」

「そ、そうかい……ん?」


 ナゼールは思わず声を上げる。


 うずくまっている信徒の体から、白いでんぷんの塊のようなものが溢れ出して来る。

 そしてだんだんとそれに色がついてくる。


 緑色に変化したでんぷんの塊が形も変化していき、それは爬虫類を思わせる鉤爪と鱗を形成した。

 尚もでんぷんは信徒の体から溢れており、瞬く間に体を飲み込む。


 それを見たリーダー格の信徒が諦めたように他の信徒に告げる。


「チッ、変異を始めたか……。もういい!! 予定を繰り上げだ。閃光弾を上げろ!! 我々も変異するぞ!」


 その言葉に反応した信徒の一人が空に向けて眩い光を放つ閃光弾を打ち上げた。

 ナゼールはそれを見て思い出す。


 プレアデスのラシェルの屋敷や、『危難の海』でルサールカの連中から襲撃を受けたときに使われていた。

 今こいつらは他の誰かに向けて、何かの合図を出したのだ。


 その瞬間、ナゼールは民間人に大声で叫ぶ。


「みんな!! ここから離れろ!! 今すぐに!!」


 それを聞いて慌てて馬車に乗り込む民間人たち。

 そしてチェルソがナゼールに駆け寄ってくる。


「ナゼール君! うしろ!!」


 ナゼールが気付いた時には、最初に苦しんでいた信徒は既に体長四~五メートルほどの人型のトカゲに変異していた。

 否、それは羽根のない小さな“竜”に見えた。


 そしてその小さな竜がナゼールに鉤爪を浴びせてくる。

 ナゼールは上体を逸らしてかわすと、腰に差していたシミターを抜き放ち竜に切りかかる。

 だが硬い鱗に阻まれて刃が通らない。


「ちいっ」


 そして竜が今度は反対の手を振り上げて引っ掻いて来た。

 その攻撃を後ろにバク転して避けて距離を取るナゼール。


「ナゼール君! 大丈夫?」

「ああ! こいつはやばいぜ、チェルソさん」


 ナゼールの言葉が終わらぬ内に他の信徒達も変異を完了させる。

 気がつくと六体の竜が目の前に居た。


「……本当にやばいね、これは」

「ああ」

「こうなったら、早く逃げたいところだ……けど」

「ああ、今逃げたら民間人が追いつかれる。俺たちで時間稼ぎだ」


 短く会議を済ませるナゼールとチェルソ。

 絶望に打ちひしがれながらも気力を振り絞り六体の竜と対峙しているその時、不意に何か小さな弾が飛んできた。

 それは竜の一体の頭に当たると引っ付く。


 虚を突かれたナゼールが呆けながらそれを見ていると今度は短い筒のようなものが飛んできて、先ほどの弾に吸い寄せられるようにぶつかる。

 すると突如その筒が爆発した。


 そしてその爆発の音に混じって、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 ミントの声だった。


「若様ぁーー!! 無事ぃーーー!?」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 8月28日(火) の予定です。


ご期待ください。




※ 8月27日  後書きに次話更新日を追加 

※ 5月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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