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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
183/327

183.開戦間近



「ふぃーっ。やっと着いた!」


 陽光の眩さに目を細めながらミントは大きく息を吐き出す。

 もうすっかり手馴れたものとなった地下のトロッコでの移動である。


 ボレアレのドワーフ達が掘り進めた移動用トロッコはノアキス方面にも掘られており、サイドニアから直通で移動できた。

 陸地を馬車で通るのであれば森や山岳、河川の影響を受けて速度が出ない区画がどうしても出てきてしまうが、このトロッコならそれらを無視できてしまう。


 まるで“でんしゃ”である。

 と、ミントは思った。


 そうなると唯一の欠点は暗い坑道を高速移動するせいで前後不覚に陥り、通常の乗り物よりは酔いやすい事であるがミントには段々と耐性ができつつあった。


 一方、ミントの後ろを歩く男はそうもいかないようだ。

 青ざめた顔で口元を一瞬抑えるものの、吐き気を意志の力でねじ伏せて健気にミントの後をついてくる。

 その男に声をかけるミント。


「おじさん、大丈夫?」

「なんのこれしき。心配は要らん。この程度で音を上げてはサイドニアの近衛兵長の名が泣く」


 そう言って強がる男はエドガーの右腕、エセルバード・スウィングラーであった。

 しかし言葉とは裏腹に青い顔をしているエセルバードを気遣うミント。


「本当に大丈夫? 休んでてもいいんだよ? 僕一人でもお使いはできるし」

「そうもいかん。私には陛下からのご命令を遂行する義務がある」

「ふうん。志が立派なのはいいけど、無理しないでよ」

「わかっている。それより驚いたぞ。ドワーフがこんな移動手段を隠し持っていたとは」


 そう言って目つきを鋭くするエセルバード。


 今回のサイドニア~ノアキス間の移動にあたって、当初リチャードは馬車を手配してくれていたのだがミントはそれを拒絶した。


 開戦前のこの状況で悠長に陸路を進んでいては、ナゼールが戦闘に巻き込まれてしまうやもしれぬ。

 そう考えたミントはビョルンに“トロッコの事を教えるべきだ”と提案したのだ。


 それを聞いたビョルンは難色を示すかと思われたが意外にも快諾し、地下トロッコの存在をあっさりとエドガーに暴露する。

 そしてビョルンは“このトロッコを使わせてやる代わりにボレアレにも利益をよこせ”と告げる。


 彼の言う利益というのは戦争に勝利した後、ザルカから支払われる戦後賠償金の事を指しているらしい。

 スムーズに提案されたその条件を聞く限り、どうもビョルンはトロッコの存在を教えるタイミングを見計らっていたようだ。

 最も効果的な、価値のある場面に高く売りつける意図があったのかもしれない。


 以前ミント達にトロッコに関して緘口令かんこうれいを敷いたのも、こういう理由があるのだろう。


 ビョルンからの提案を受けて暫し黙考するエドガーだったが、最終的にはビョルンの提案を飲む事に決めた。

 そこから具体的な金額を巡って揉めるビョルンとエドガーを尻目に、ミントはさっさとトロッコへと向かったのであった。


 そのミントのお目付け役としてついてきたのがエセルバードである。


 地下トロッコの坑道出口を這い出て、地上に出た後しばらく歩いて進むとノアキスが見えてくる。

 入り口を固めている若い兵士がエセルバードの姿を視認すると大慌てで駆け寄ってきて開門してくれた。


 そうして町の中に入り様子を窺うミント。

 もともと荘厳な景観の宗教都市のノアキスだが、サイドニアから来た兵士や義勇兵が多くたむろしていると軍事要塞に見えてくる。


 それに加えて民間人の姿が少ない。

 聞くところによると疎開が始まっており、町の人間の何割かは別の所に避難しているようだ。


 たまたまグレアム夫妻の食堂近くを通りかかったミントは、建物の中を覗き込むが中には誰も居なかった。

 レジーナの育ての親の二人は避難ちゃんと避難できているだろうか。


 ミントがそう考えながら歩いていると、やがて二人はノアキスの中枢である大聖堂へとたどり着いた。

 日頃なら静謐せいひつな雰囲気を漂わせている大聖堂ではあるが、今日は物々しい空気に包まれている。


 大聖堂の前の大きな広場にノアキスの僧兵、サイドニアから派兵されてきた兵士、そしてギルドの冒険者と思しき義勇兵達が集まっている。

 時折、散発的に銃声が響いているところを見るに射撃訓練も行われているのだろう。


 エセルバードは広場をずんずんと歩いていく。

 二人の行く先には大きなテントがあり、テントにはサイドニア王国の国旗が掲げられていた。

 歩いていると二人に気付いた兵士達が敬礼動作をしてくる。


 それに軽く手を上げて応じながらテントへと歩を進めるエセルバードについていくミント。

 テント内では簡素なテーブル越しに作戦会議が開かれているようだった。


 一声かけて中へと入るエセルバード。


「失礼」


 その声に反応した皆が一斉にこちらを向く。

 身なりから察するにノアキス、サイドニア、ギルドのそれぞれの責任者か何かだろうか。


 その中の一人が声を上げた。

 重厚な甲冑を身に纏っている御仁で、額に古傷の痕がある事から過去に視線を潜っている事は想像に難くない。

 だがその一方で口元のヒゲは綺麗に整えられており、その身なりから察するに長らく第一線から退いていたのだろう。


「エセルバード兵長! どうされたのですか、前線に来られて」

「なあに、ちょっとした野暮用ですよ。クルックシャンク将軍」

「野暮用ですと? どんなものですか?」

「二つございます。一つは敵の生物兵器について。もう一つはプレアデスのナゼール・ドンガラの保護」


 それを聞いた無精髭の男が口を挟んでくる。

 彼はミントも一回見かけたことがある。

 たしか、ドゥルセのギルド長だ。


「なぁ、兵長さんよ」

「何だ、ミルズ殿」

「ナゼールなら広場の奥まった所に居るはずだぜ。あっちの方だ」


 そう言って指で方向を示すギルド長。

 それを聞いたエセルバードはミントに告げる。


「聞いたか、ネコよ。彼の説得を頼む。それが済んだらここに戻って来い」

「わかった!」


 元気良く返事をしたミントは勢い良く駆け出した。


 小走りで広場を横切っていると、遠めに見知った顔が居るのを見つけた。

 プレアデスの呪術師レリアだ。


「レリアー!!」


 ミントの呼び声に気付いたレリアは振り返る。


「ミント? あら、あなたも前線に来たのね」

「うん、あれ? 若様はどこ?」


 キョロキョロと辺りを見回すミント。


「ああ、ナゼールはね……」


 そうレリアが答えようとしたところで、ミントの後ろから男性の声がした。


「あいつなら疎開する人たちの手伝いしてるぜ。“ごろねこ”」


 ミントが声の方を見やるとデズモンドがそこに居た。

 彼もここに駆り出されたらしい。


「そうなの? デズモンド」

「ああ。ところでお前さんはどうしてこんなところに?」

「あのね、デボラに若様を連れ戻して来てってお願いされたんだ。次期族長が危ない事しちゃダメだって」


 それを聞いてため息を吐くレリア。


「なるほどね。流石は私の妹だわ。デボラのツメの垢でも煎じてあのバカに飲ませてやりたいものね」

「っていうかレリアは若様を説得しなかったの?」

「勿論したわよ!! でもあのバカ、ちっともいう事聞きゃしないんだから。挙句“昔プレアデスの飢饉を救ってくれた礼をする時だ。今度は俺達がマリネリスの危機を救うんだ”とか言われたら私も強く反対できないし……」


 そう言って頭を抱えるレリア。

 ナゼールの言っている事が無茶苦茶だったら論破して強引に連れ帰るつもりだったのだろうが、なまじ正論を言っている故にたちが悪い。


 すると隣でデズモンドも同じように頭を抱える。


「そっちも苦労してるんだな。ウチも似たようなモンだな。困ったもんだぜ、あのお姫サマにもよ」


 お姫サマという言葉を聞いてミントは飛び上がる。


「え! ひょっとしてイェシカ様もここに居るの?」

「ああ、“故郷くにへ帰れ。お前にも家族が居るんだから”って言ってやったら、“じゃあこの町の人間の家族は誰が守るんだ?”って返してきやがった。そんな立派な事言われちゃ、こっちも無碍にできねえ……」


 まったく困ったことにイェシカの方も素晴らしい人格者である。

 普通の人間ならこんな危険な状況に踏み込みたくないと思うのだろうが、正義感の塊であるところの彼らは逆に闘志に火が付いてしまっているようである。

 その結果として説得者がことごとく返り討ちに遭っているのが何とも遣る瀬無い。


 だがミントにはそんな事を言っている暇は無い。

 この町に既に“グスタフ”が潜伏している可能性があるのだ。


 一刻も早く説得して町から離脱させるのだ。

 そう考えたミントは提案する。


「とりあえず、ボクが説得してみるよ。二人はどこに?」


 それを聞いたレリアが頷く。


「案内するわ。一緒に行きましょう。デズモンドさんもいいかしら?」

「勿論だ。ウチの姫様を頼むぜ、ミント」


 そうして三人は歩き出した。



 だが彼らはまだ知らない。

 戦争の足音はもう背後に忍び寄っていたのだ。




--------------------------




「まったく、父上にも困ったものだね」


 軍用ジープの座席に体を預けたハロルドがぼそっと呟いた。

 特注の子供サイズの指揮官用軍服に袖を通したハロルドは目を細める。


 現在ハロルドは私兵を伴ってノアキス郊外の森林に身を潜めている。

 ザルカ皇帝リチャードは自身に“竜の細胞”を投与して、暫くは竜の力の習熟に専念するかと思いきや急遽ノアキス攻略の為に動き出したのだった。


 この世界の理に精通し、大抵の事は見通せるハロルドであっても虚をつかれる判断であった。

 やはりあの男は狂っている。


 そう思いながらハロルドがゆったりと座っていると、高性能義眼で周囲を警戒していたフロスト少尉が声をかけてくる。


「ハロルド様でも今回の派兵は予想できなかったのですか?」

「いや、派兵自体は予想の内なんだけど……タイミングがね。まさか自分のコンディションが完璧でない内から仕掛けるなんて、ほんと勝負師だよねえ」


 賞賛とも呆れともつかない調子でハロルドが答えた。

 リチャードはまだうまく“竜の力”を使えず、おまけに体力も戻っていないが、なんと自ら先遣隊の指揮に当たっている。

 自分自身が戦闘行為をこなせなくても指揮能力は活かせるからだ。

 今回の作戦立案は勿論彼によるものだが、それだけに飽き足らず現場指揮もしたがるのは万が一にも負けたく無いためであろう。


 などとハロルドが考えていると、外で作業していたバーンズから声をかけられる。


「ハロルド様」

「ん? どうしたの、バーンズ少尉?」

「迫撃砲の用意が整いました」

「そっか、町の中のトカゲさん達からの合図は?」


 それに答えるフロスト少尉。


「いえ、まだ確認できません」

「そっか、じゃあまだ待機」

「了解」


 作戦では中に入りこんだ量産型“グスタフ”たちが行動を起こすときに閃光弾を上げることになっている。

 それを確認し次第、ここからバーンズたちの迫撃砲とフロストたちの狙撃兵で援護することになっている。


 特に迫撃砲による攻撃は実質的に無差別攻撃であるが、町中に潜伏している友軍は人間ではなくトカゲのバケモノだ。

 多少の砲撃くらいは耐えてくれるだろう。


 たぶん。


 そして、敵もバカではない。

 おそらくザルカから軍勢が出撃した事もジープの事も気付いている。

 その証拠に連中はかなり早い段階で防備を固めていた。


 だがまさか先遣隊到着前のこのタイミングで攻撃が始まるとは思っていないはずだ。

 ある意味、先遣隊は陽動でもある。


 今回の奇襲の本命はグスタフとルサールカの装備で固めたハロルドの私兵の精鋭部隊だ。

 万一、奇襲が上手くいかなくてもある程度敵の戦力を削れていれば、残りを先遣隊が叩いてくれる。

 ハロルドから見ても勝算は充分にあると思われた。


 開戦の時は近い。

 しかも、こちらの勝利で終わる戦闘だ。


 ハロルドは口角を目一杯あげて気味悪い笑みを浮かべた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 8月22日(水) の予定です。


ご期待ください。




※ 8月21日  後書きに次話更新日を追加 

※ 5月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


予告に誤った日付を記載してしまっていました。

申し訳ございません。



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