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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
182/327

182.困ったことに





「遠路遥々よくお越しくださいました。ご案内させて頂きます」


 黒い燕尾服に身を包んだ執事風の男に先導されて、サイドニア王城内の真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を歩くミント達。

 

 ミント、テオドール、フォルトナの三人は鉱山都市ボレアレの頭領ビョルンのサイドニア訪問に付き合っていたのであった。

 ミントがビョルンの様子を横目で観察すると、緊張しているようだった。


「あれ? とうりょう、緊張してるの?」


 ミントが問いかけるとビョルンは慣れないフォーマルなジャケットの襟をいじりながら答える。


「うるせえな……。こういう小綺麗なところは性に合わねえんだ……」

「そんな緊張しなくても大丈夫だってぇ」

「ネコに言われても説得力がねえな」

「にゃんだとー?」


 などと会話をしつつ王城廊下を歩く一行。

 やがて王の執務室へと通される。


 執事が慣れた手つきで規則的に扉を叩くと、中から衛兵が出てきた。


「どうした?」


 それに返答する執事。


「ボレアレからのお客人をお連れしました」

「わかった、暫し待て。通してよいか確認してくる」


 そう言って部屋の中へと引き返す衛兵。

 十秒ほどで戻ってくると彼はビョルンたちに告げる。


「お待たせ致しました。どうぞ中へ」


 言われるがままに執務室へ足を踏み入れると、そこには書類の山が渦高く積まれた机。

 そしてそこに座って険しい顔で報告書を眺めているサイドニア国王ウィリアム・エドガーの姿があった。


 部屋の惨状を目にしたビョルンは小さく“ウチの事務所と変わんねえな”と呟くとエドガーに声をかける。


「よう」


 過労なのか寝不足なのか、目の下にクマを刻んでいるエドガーはビョルン達に気がつくと顔を上げる。


「む、ようやく来たか頭領。待ちくたびれたぞ」

「これでも急いで来てやったんだよ。それより随分と健康そうじゃねえか、王様」


 挨拶代わりに小粋なジョークを挟むビョルンだったが、エドガーはそれを無視する。


「そんな能天気な事を言っている場合ではないぞ。戦争だ。既に始まっているぞ」


 それを聞いて目を丸くする一行。

 ビョルンが叫ぶ。


「もう開戦しているのか!?」

「いや、まだ水面下だ。だが、遠からず実際の戦闘行為も開始されるだろう」

「根拠は?」

「ザルカから大規模な部隊が出兵したのを我らの諜報員が目撃している」


 そう言ってエドガーは気だるげに地図を取り出すとそれを衛兵に渡す。

 衛兵がコルクボードに地図を貼り付けたのを確認してエドガーが状況を説明してきた。


「今回の出兵は千人規模だな。だがこれは先遣隊で本隊が後から出てくるだろう。問題はその行き先だ」


 エドガーはゆっくりと立ち上がると地図の一点を指で指し示す。


「ノアキス……」


 ミントがぽつりと呟く。

 つい先日ミントも訪れたばかりの町だ。

 レジーナにとっての第二の故郷でもある町であるノアキスが戦場になってしまうのだろうか。


 そう考えたミントに親切なグレアム夫妻の顔が眼に浮かび、そして胸がざわついた。

 一方エドガーはミントの様子を見て意外そうに言う。


「ほう、ネコも知っておったか。まぁとにかく、奴らは十中八九そこを目指すだろう。ノアキスそのものが目的というわけではなく、サイドニア侵攻の為の橋頭堡にする為だ」


 そこへフォルトナが挙手してエドガーに質問をする。


「陛下、先ほど敵軍が千人規模だとおっしゃいましたが、その戦力でノアキス攻略は可能なのでしょうか?」

「厳しいであろうな。連中が軍の規模を敢えて絞っているのは移動にかかる時間短縮と、補給物資節約の為だ。軍隊の規模が増えれば力も増すが、そのぶん多くの腹が減る。腹が減っては戦は出来ぬ」

「では、ノアキスは防衛できるんでスね?」

「これまでの戦の常識ならな」

「……?」

「次の戦ではこれまでの常識が通用しない恐れがある、といことだ」

「はぁ」


 意味ありげなエドガーの言葉にフォルトナはきょとんとする。

 そこへエドガーが一枚の紙を取り出した。

 そしてそれを見せてくる。


「我らの諜報員が描いたものだ。敵の軍勢の先陣を切ってそいつらが走っていったそうだ」


 そこにはラフなスケッチが描かれていた。

 軍用ジープのようなシルエットの自動車だ。


 それを見て声を上げるテオドール。


「こりゃあ、ジープですね……」

「うむ、お前らがザルカから逃げるときに乗ってきたものもこちらで調べたが、再現には程遠い。その点、ザルカはこちらの先を行っていたようだな」


 テオドールとフォルトナが逃亡に使用したジープは燃料切れの状態で回収されたが、サイドニアの技術力ではまだ再現に至っていないようだ。


 そのときテオドールが何かに気付いたように呟く。


「……妙だ」


 その声を聞き逃さなかったエドガーがテオドールに問いかけた。


「何が妙なのだ?」

「いえ、このジープじゃ大した人員も兵器も運べません。そんなジープを先行させてどうするのか……と」

「ふうむ……」


 テオドールの言葉を材料に考え込む一同。

 だがミントはすぐにぴんときた。

 ミントは自分の考えを口に出す。


「“グスタフ”だ。“グスタフ”になる人間を運んでるんだよ、絶対」


 たしかにテオドールの言う通り、大量の重火器や大型兵器を運ぶならもっと大型車両が必要だろう。

 だが竜へと変異する生物兵器“グスタフ”ならば、人間一人運ぶだけの手間で済む。

 

 ミントの言葉を聞いてテオドールも頷く。


「あの生物兵器か。たしかにあいつらを町に潜伏させれば奇襲し放題だ。で、てんやわんやになったところで先遣隊が襲撃をかければ人数不利も楽勝で覆せるって判断だろう」


 それを聞いたエドガーは大いに感心した様子だ。


「ほう……中々考えるようだな、ザルカどもめ。だが余も対策を講じていないわけではない」


 ビョルンがエドガーに尋ねた。


「対策だぁ?」

「ああ、そもそもノアキスがこちらにとっても敵にとっても重要な地になるのは前から見えていた。だからこそ銃の製作拠点もノアキスに置いたのだ。そして」

「そして?」

「既に我がサイドニア軍の先遣隊をノアキスに派兵して防備を固めておる。フン、ザルカどもめ。行動するのがほんの少しだけ遅かったな」


 勝ち誇っているような口をきくエドガーだったが、その目つきは油断が無い。

 ビョルンがエドガーの慧眼を称える。


「ほう、随分タイミングがいいじゃねえか。敵の行動を読んでたのか?」

「まあな。そのための情報収集さ」


 そう言って机の上の膨大な量の報告書を指差すエドガー。

 あれらの紙の束はエドガーの防衛意識の高さの表れだ。

 少しの違和感も見逃さないように丹念にチェックしていたに違いない。


 そして再び椅子に座るとエドガーは頬杖をつきながら告げる。


「それに先遣隊だけではなく、ギルドに依頼して義勇兵を募らせた。自由参加ではあるが、ほとんどの冒険者が参加したと聞いている」


 それを聞いたミントはエドガーに確認せずにはいられない。


「え? じゃあ若様……ナゼール・ドンガラも参加してるんですか?」

「……うむ。困ったことにな。ドンガラ族次期族長殿には後方でじっとしていてもらいたいのだが、正義感が強すぎるというのも厄介なものだな」


 その時、扉がコンコンとノックされる。

 衛兵が入り口まで確認に行き、そしてエドガーに耳打ちした。


「お通ししろ」


 エドガーが短く言うと扉からエスニックなローブを纏った肌の浅黒い女性が入ってくる。

 見た目から察するにプレアデス諸島から来た人間だ。


 何となくレリアに似ていると思いながらミントが見ていると、エドガーが女性に声をかける。


「すまない、オーベイ族族長。いま先客と取り込み中でな」

「いえ、どうぞお構いなく。陛下」


 それを聞いてミントは合点がいった。

 彼女はレリアの異母妹のデボラ・オーベイだ。


 そういえばナゼール達はミント達と別れた後プレアデスに赴き、会合のために族長を連れて来ると言っていたが、どうやらその際にこのデボラを連れて来たようだ。

 

 デボラは豊かな黒髪をかき上げると、流暢なマリネリス公用語でエドガーに提案する。


「ところで、さっき部屋の外で待っているとき、会話内容が少し聞こえてしまったのですけれど」

「む?」

「私が若様……いえドンガラ族の次期族長を説得に参りましょうか? 私の言葉なら聞いてくれるかと」

「それではあなたに危険が及ぶかも知れぬ」

「オーベイの地位は二年前より多少向上しましたが、それでも私よりドンガラの次期族長の方が価値は上です」


 デボラの言葉にエドガーは眉間に皺を寄せて考え込む。

 そしてため息を吐きながら告げた。


「いや、ダメだ。あなたの身に万が一の事があったらプレアデスの他の族長に顔向けできない」

「そうですか……」

「しかし、こうしてはどうだろう。誰か代理の者を立てるというのは」

「代理……」

「そう。プレアデスの者とも親交があって、身軽で行動の早そうな者だ」


 そう言ってエドガーはミントに視線を向けてくる。

 困惑しながらミントは尋ねる。


「え、ひょっとしてボクですかぁ?」

「ああ、お前が適任だ」


 半ば押し付けるように言うエドガー。

 すると、未だ返事を決めかねているミントにデボラが声をかけてくる。


「あなた、ミントでしょ? お姉様から聞いてるわ。“見た目より腕は立つ”って」


 なんとも微妙な褒め言葉に苦笑するミント。


「う、うん……」

「ねえ、お願い。若様を連れて来て。ドンガラの次期族長の身に何かが起きたら、プレアデスがまとまらなくなるかも」

「うう……。わかったよぉ。やるよお……」

「ありがとう、ミント」


 ミントとしてはさっさとボレアレに戻ってハルやヘルガと合流したかったが、こう頼み込まれては了承する他なかった。

 渋々引き受けたミントにエドガーが告げる。


「ミントよ。ナゼールの説得ついでに現地の兵にグスタフの事を教えてやれ。“既に町に潜伏している可能性がある”とな。仕掛けてくる事はまだ無いだろうが」

「わかりました……」

「そう嫌な顔をするでない。成功の暁には報酬を弾んでやる。この王城で一番の魚料理だ」

「え”っ! ほんとうですか?」


 エドガーの垂らしたエサに、“ネコまっしぐら”を体現するかのように食いつくミント。

 そして先ほどとは打って変わって乗り気で宣言した。


「わかりました。ドンガラ次期族長を説得して参ります!!」


 その後ろでテオドールがぼそっと呟く。


「いくらなんでもチョロ過ぎだろ……」



お読み頂きありがとうございます。


次話は掲載済みです。

誤って本来の予告を次話に記載してしまっていました。

申し訳ございません。


引き続き物語をお楽しみください。






※ 5月26日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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