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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
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18.受付嬢の苦悩




「はぁぁぁ……」


 交易都市ドゥルセにある冒険者ギルド

 そこの受付嬢であるメイベルは椅子にもたれながら長いため息を吐いていた。


 ここドゥルセはマリネリス大陸中からあらゆる人・モノが集まる、

 言わば貿易の中心地である。


 当然、人が集まるという事はトラブルの情報も多く寄せられる。

 そのトラブルを解決するのが冒険者の主な役割だ。

 今や冒険者は無くてはならない存在となっているといっても過言ではない。


 しかし、とメイベルは思案する。

 冒険者というのは何故こんなにも愚かなのか。


 先ほどこのギルドに訪れた新米の四人組の事を思い出す。

 彼らは初仕事に、あろうことかゴブリンの巣の殲滅を選んだ。


 新米戦士が言うには以前住んでいた村にゴブリンがやってきて難なく撃退したそうだ。

 だからこの仕事は簡単だ、と。


 はっきり言って話にならない。

 ゴブリンという魔物は基本的には巣穴に篭り、飛び込んできた間抜けを狩る。

 時たま物資の補充の為に少数の子鬼が巣の外に出没するが、そういう個体はたいがい下っ端だ。


 その新米戦士が倒したのも単なる“はぐれ”に過ぎない。

 小物だ。

 それを武勇伝のように語る時点でそいつの“格”が知れるというものだ。


 自分のホームで“はぐれ”を倒すのと、アウェイで巣穴のホブやらシャーマン等のゴブリンから待ち伏せを食らうのでは困難さの次元が違う。

 そう何度もメイベルが釘を刺したにも関わらず、その新米どもはゴブリン討伐を選んだ。


 もう知らん。

 私はちゃんと忠告したのだ。

 あとは本人達の自己責任というやつだろう。


 そのように開き直るメイベル。

 とはいえ無知な新米を見殺しにしているような、何とも言えぬ罪悪感を感じてしまう。



「はああぁぁぁ……」


 先ほどよりも幾分大きいため息を吐き出したところで、ギルドの入り口から一人の男がやってくる。


「どうしたんだよ、メイベルちゃん。でっかいため息なんか吐いちゃって」

「あれ、デズモンドさん。しばらく休暇って言ってませんでした?」


 ドゥルセでも実力者と目されている、熟練冒険者のデズモンド・ボールドウィンだ。

 彼のパーティは最近キマイラを討伐したばかりで、大仕事を終えた後の休暇を満喫しているはずだったのだが。


「おう、たしかに休暇中なんだけどよ。他の連中が親元に帰っちまって暇でよ。だから酒場の方にな」


 ギルドには依頼受付の窓口の他に冒険者同士の情報交換の場として酒場が併設されていた。

 だが酒場のオープンは日が暮れてからだ。


「酒場は、まだ仕込みが終わってないから何も出せませんよ」

「いやいや、隅っこの方で寝かせてくれりゃいいからよ。酒場が営業開始したら起こしてくれよ」

「あーはいはい、じゃあ勝手に寝てて下さいよもう」


 面倒になったメイベルが不機嫌を露にして告げると、デズモンドが問いかけてきた。


「お、どうしたよメイベルちゃん? さっきのため息といい今の不機嫌な物言いといい。何か悩みがあるなら聞くぜ?」

「いや、悩みっていうか……」


 そう言い、メイベルは先ほどの新米冒険者の話をした。


「成る程ね。まぁそいつらの自己責任とはいえ、あんまり寝覚めのいい話じゃねぇな、確かに」


 酒場の席に寝っころがりながらデズモンドが答える。


「でしょう? でも私にできることはもう無いんですよ」

「せいぜい祈ってやれよ。帰ってくるようにさ」

「それで生還率が上がったら私は今頃、教会の聖者様になってますよ」

「ははは、聖メイベル様か。良いじゃねぇか」

「良くないっ!」


 そんな他愛も無い会話に興じていると、又も一人の男がやってきた。

 が、この辺ではまず見ない黒髪の男だ。

 おそらく異民だろう。



 うげ。

 メイベルは内心の動揺を押し隠し、営業用スマイルを浮かべる。


 異民の相手なんて初めてだ。

 冒険者ギルドに何の用だろう。

 依頼だろうか。

 それともまさか冒険者になりたいなんて言い出すんじゃなかろうな。


 いや、そもそも大前提として言葉が通じるのか。

 などとメイベルが思考を巡らせていると、男が話しかけてきた。


「あの、冒険者登録をお願いしたいのですが」


 意外にも、その男が喋ったのは流暢なマリネリス公用語である。

 若干驚きつつもメイベルは答える。


「はい、それではこちらの用紙にご記入をお願いします。あ、失礼ですが文字は読めますか?」


 この大陸の識字率は低く、文字を読めない者も珍しくは無かった。


「あ、大丈夫です。すみません、ペンをお借りしても?」

「どうぞ」


 一連のやり取りを終えじっくりと男を観察するメイベル。

 異民など皆蛮人だと思っていたが人は見かけによらないものだ。

 男は丁寧な字でスラスラと用紙に記入していく。


「終わりました」

「はい、ありがとうございます……ん?」


 メイベルがよく用紙を見ると、身分欄に“貴族”と記載されている。

 

 は?

 こいつが貴族?

 メイベルは訝しげな表情を浮かべつつ男に質問した。


「あ、あの失礼ですが、身分の証明になるようなものはお持ちで?」

「これで良いですか?」


 そう言って男が一枚の羊皮紙を差し出す。

 その紙にはステファン・ダラハイド男爵の名前でこの男クルス・ダラハイドの身分を証明すると記載されている。

 ご丁寧に魔術刻印までしてある。本物だ。


 うわぁ、こいつ貴族の養子かよ。

 新たな悩みの種に、メイベルは戦慄する。


 こういう手合いはたまに居るものだ。

 時には道楽で、また時には社会勉強と称して、危険な冒険者の世界に足を突っ込むバカ貴族が。


 しかもたちが悪いことにバカ貴族の場合は根無し草の連中とは違い、その身に何かあると必ずギルドにクレームが飛んでくる。

 死んだりしたら大事だ。

 だったら冒険者ギルドに来るなよ、と思うがこればっかりはメイベルにはどうしようもない。

 本人の意思だ。


「……確かに確認いたしました。これで登録は完了です」


 半ば諦めるようにしてメイベルは告げる。

 後はギリギリ死なない程度に痛い目に遭って貰って、二度とこんなギルドに訪れない事を願う他ない。


「それではこれよりタグを作成しますので、少々お待ちください」


 そう言って、メイベルは専用の器具で“錆び”のプレートに刻印を施していく。

 貴族だからといっていきなり“銀”やら“銅”等のタグをもらえるわけではない。

 冒険者は例外なく“錆び”のプレートからのスタートだ。


 “錆び”は鍛冶屋の打ち損ねだったり、破損した中古装備から造られる再利用品である。

 そう言えば、以前“錆び”に文句を言ってきたバカ貴族も居たっけ。

 過去の事を思い返しつつもメイベルは手早くタグに刻印を済ませた。


「はい。こちらがクルス様のタグになります」


 完成したタグを目の前の男に渡す。

 男はただ無表情にタグを首からぶら下げた。


 下らない文句を言う手合いじゃなくて助かった。

 ほっとするメイベル。

 しかしここからが本番だ。

 早速、男が聞いてくる。


「今日から依頼を受注することはできますか?」


 ほら来た。

 間違っても死ぬような事がない依頼を薦めねばならない。


「はい、可能でございます。ええとそうですね、こちらの採取系の依頼などはいかがでしょうか?」


 メイベルが薦めたのは難易度も低い代わりに報酬も安い、初心者が受ける依頼としては非常に無難なものだ。

 が、実力がない癖にプライドが高いバカにこういう仕事を振ると激昂したりする。

 果たしてこのクルスとやらの反応は、如何に。


「分かりました。それを受注します」


 良かった。

 これでよっぽどこの男が無茶でもしない限りは安泰だろう。

 報酬は出来高制であり、採取の心得に乏しい初心者が稼ぐことはまず無理だと思われる。

 これで、冒険稼業が割りに合わない仕事だと悟ってくれれば言うことはない。


「それでは、ご武運を祈っております」


 本日一番の営業スマイルを浮かべ、クルスを見送るメイベル。

 その声を背にクルスはしっかりとした足取りでギルドを後にした。

 一連のやりとりを見守っていたデズモンドが声をかける。


「まーた新米か。しかも異民。ついてないなメイベルちゃん」

「本当ですよ。しかもあいつ貴族の養子ですよ? 本当に面倒くさいったらありゃしないですよ」

「へぇ、異民の養子かよ。物好きな貴族様もいたもんだな。ちなみにどこの誰よ?」


 そういって無遠慮に用紙を覗き込んで来るデズモンド。

 メイベルは彼に先ほどの羊皮紙を見せる。


「私この貴族知らないんですけど、デズモンドさん知ってます? ダラハイドって」

「あー確か、領地で農場経営してけっこう稼いでる貴族だな。しかもけっこう高品質の野菜をつくるもんだから“農卿”とか呼ばれてるぜ」

「へぇ……」


 なんとも貴族らしくない異名をお持ちのようだ。

 やがて異民にも興味を失くしたのか、デズモンドは再び酒場の席に戻る。


「さて、それじゃ新米の坊ちゃん達の健闘を祈って飲むとするか」

「だーかーらー! まだ仕込み終わってないですよ!」





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 クルスは依頼書を注意深く眺める。

 どうやらメイベル嬢はクルスが貴族の倅だと知って、随分慎重に依頼を選んだようだ。

 万が一にも何かあっては困るとの配慮だろうか。

 貴族身分も存外不便なものだ。


 クルスがバーラムの町を出て、既に一週間が経過している。

 その一週間をクルスは冒険の準備に費やしていた。


 冒険者とは読んで字のごとく“危険を冒して何かを得る者”である。

 故に入念な事前準備が必要であるとクルスは考えていた。


 ダリルから剣と小盾は購入していたので軽装の中古防具を揃え、回復薬も仕入れた。

 さらに三つの簡単な魔術のスクロールも購入した。

 《水撃》《氷床》《風塵》だ。


 《水撃》はコリン少年も使う術だ。

 攻撃用としては威力不足は否めないが、水分補給できない場所で水を生成できるのは冒険者にとって大きなアドバンテージである。


 《氷床》はその名の通り床に氷を張り足場を不安定にする。

 これで敵を転ばせて隙をつくれば攻撃にも逃走にも使える万能術になり得る。


 《風塵》は指定した場所に風をおこす。

 ある程度の高所であれば一瞬で移動できる他、敵の懐に飛び込む強襲用術としても機能するだろう。


 これらの術が記載されたスクロールを脳裏に焼き付ける。

 するとスクロールは青白い炎に包まれ消滅した。


 これがこの大陸の魔術の覚え方だ。

 魔術の記憶容量は個人差があるがクルスの場合三つだった。

 平均的な数だ。


 さらにクルスは己の考えた物語の設定から、現在でも自分が使える有用な術を思い出す。

 それはここ『ナイツオブサイドニア』の舞台であるマリネリス大陸ではない別の地に伝わる知識だった。


 クルスの二作目の小説『この森が生まれた朝に』に登場するプレアデス諸島。

 そこの密林に住む民に伝わる秘術。


 指で印を刻み、自らの能力を強化する『印術ルーン』だ。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月26日(水) の予定です。


ご期待ください。




※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 2月23日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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