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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
175/327

175.地図の黒点




 前触れも無く急にノアキスに現れた長寿エルフ、セシーリア。

 何やら火急の用件を携えてやってきた彼女はハル達に伝えなければならない事があるらしい。


 ハル達は彼女に誘われるまま情報交換のための会合の席を設けることになった。

 近くのカフェのテーブルを数席ほど占拠して、セシーリア主催の急造の会合は開かれる。


 当初はカフェの店主が難色を示したが、セシーリアが気前良くチップを弾んでやると態度が一変する。

 カフェの主人から“好きに使ってください”との言質をとることに成功した。


「さてと、お話を始めようかのう」


 軽く自己紹介を済ませた後、上座の席に陣取ったセシーリアがテーブルに両肘をついて一同を見回す。

 その動作は一見すると貫禄たっぷりだったが、彼女が今腰掛けているのは子供用の足の長い椅子である。

 そのミスマッチが少し可笑しくて、ハルは笑みを浮かべそうになるがそれを我慢した。


 そしてハルはセシーリアをじっくりと観察する。

 一見すると小さな子供でしかない彼女であったが、その態度といい落ち着いた佇まいは人生経験豊富な老人を彷彿とさせた。


 ハルがセシーリアを観察しているとレジーナが発言した。


「そっちの話に行く前にちょっといいか」

「何じゃ?」

「ハルに聞いておかなくちゃならねえことがある」


 そう言ってレジーナは真っ赤な色をした宝石をテーブルの上に置く。

 それを見たハルは一目でぴんときた。


「おっ! 手に入れたんですね、“竜の血”を」

「ああ、お前が言ってた“あるもの”ってコレだろ?」

「ええ」

「で、どう使うんだよ? これ。“体内に取り込む”って」

「え、そんなの決まってるじゃないですか。飲むんです。ゴクリと」


 レジーナは露骨に嫌そうな顔をする。


「やっぱりそうなのかよ……」

「ええ、そうなんですよ。そしてそれを飲み込んで無事体内に取り込めればあなたの内に眠る“竜”の力が覚醒します」


 “竜の血”はザルカ領内で発見された竜の死体から摘出した血液を、高純度に圧縮して凝固させた結晶体である。

 その結晶体を体内に取り込むことで、レジーナはザルカ開発の生物兵器“グスタフ”最初の成功作として完成する。

 

 そこへコリンが割り込んでくる。


「ねえハルさん! ちょっといい?」

「何ですか? コリン」

「“竜の力”って何? レジーナは普通の人間じゃないの?」


 コリンの質問にマルシアルとイェルドも便乗してくる。


「それは私も是非聞いておきたいところだな。なぁ老マルシアル」

「そうだな。仲間の事は深く知っておきたいものだ」


 やはりレジーナのパーティメンバーの彼らは気になる事であるらしい。

 そんな彼らの視線を受けてハルはクルスの作った設定を語り始める。


「レジーナさんがザルカ出身というのはこの前お話した通りなんですが、レジーナさんが生まれる直前の時期って丁度サイドニアとザルカの戦争が休戦になって間もない時期だったんです」


 ハルの言葉にレジーナが反応する。


「ああ、あたしもお父様から聞いたことがある。休戦中でもザルカはずっと戦争の準備してたって」

「そう、そこなんです。ザルカ帝国は領土は狭くはないですが、その多くがやせた土地で作物もあまり採れません。それでも製鉄技術は高く質の良い武具を生産できていたので、国力で劣るサイドニア相手に互角に渡り合えていました」


 ハルの話を聞いていたヘルガが補足してくる。


「製鉄技術が高いってのもかなり昔の話だろ? 今やボレアレに抜かされている。じゃなきゃ魔鉱ミスリルを狙いになんか来ない」

「ええ、その通りですヘルガさん。ザルカは長い時間をかけて戦争準備をしたはいいんですが、それが仇となって技術が陳腐化してしまいました。そこでザルカでは質の良い武具に代わる新しい力を欲したのです。それが“竜種”と呼ばれる生物兵器です」


 生物兵器、という言葉を聞いて表情を硬くしたコリンが聞いてくる。


「それってどういうものなの?」

「簡単に言うと“人間を竜にする”っていうものです。想像してみてください。普通の人間がいきなり竜に変身したら、奇襲し放題ですからね。あっという間に都市を蹂躙できますよ」

「っていうことは……レジーナも?」


 コリンが恐る恐るハルに聞いてくる。

 レジーナ本人も固唾を飲んでハルの言葉を待つ。


 ハルはひと呼吸置いてから、話を続けた。


「ええ、そうです。レジーナさん……いえ、レジーナさんのお母さんはグスタフというイカれた宮廷魔術師の実験のモルモットでした」

「お母様が?」

「はい。“竜種”はザルカ領内で見つかった竜の死体の細胞を人体に移植するという方法で作られていたのですが、竜の細胞を一向に人体に移植したところで拒絶反応で被験者が死亡するのがお決まりでした。そこでグスタフは、当時子供を身ごもっていた研究員の夫婦に目をつけました」

「おい、その夫婦って……」

「レジーナさんのご両親です。グスタフは“成功の見込みが非常に高い実験”だとしてレジーナさんのお母さんに竜の細胞を移植したんです」


 実際、レジーナという成功作は生まれたので彼の言は間違っていない。

 ただ母体の安全に触れていなかっただけだ。


 震える声でレジーナが尋ねてくる。


「それで、お母様は……どうなったんだ?」

「あなたを産む直前に息を引き取りました。竜の細胞を移植した際に拒絶反応が発生して全身が焼け爛れてしまったと聞いています」

「っ!」


 ガタっと音を立ててレジーナが椅子から立ち上がる。

 その両手は硬く握られ血が滲んでいた。


 隣に座っていたコリンがレジーナの手に触れる。


「レジーナ……」

「悪い、ちょっとびっくりしただけだ。ハル、続けてくれ」


 ハルは頷くと続きを話しはじめる。


「そんな非人道的なグスタフの実験に耐えかねたレジーナさんのお父さんは赤子だったレジーナさんをつれて逃亡します。帝都ザルカから遠く離れた寒村にお屋敷を立ててそこに暮らしました。あなたの暮らしていたあの屋敷ですよ、レジーナさん」

「……」

「そこで幼少の頃にレジーナさんが飼い犬のフランシスの小屋を破壊してしまったのは、無意識的に“竜の力”が発動してしまったからなんです」


 その時の記憶を思い出したのか、口をきっと結ぶレジーナ。


「……」

「レジーナさんのお父さんはそうならないように、“自分を律しろ、他人を愛せ”と仰ったんですね」

「……ああ、なるほどな」

「ちなみにですが“竜種”は今では開発者の名前から“グスタフ”と呼ばれてます」

「グスタフ……」

「はい、そして“グスタフ”の失敗作はレジーナさんとコリン君もその目で見ているはずです」


 ハルの言葉を聞いてレジーナとコリンが目を剥く。


「なんだと?」

「昔、ナブアの村って所でリザードマンの大群が発生したの憶えてます?」

「そんな事もあったな」

「その時に一際でっかい奴が居ましたが、アレがそうです」

「はぁー……アレがそうだったのか。……ちょっと待て。だったらそのグスタフってのは大したことないんじゃねえか? あたしもお前も苦戦したってわけじゃなかったろ」


 たしかにその時ハルはグスタフの攻撃全てを完璧にかわして見せたし、レジーナとコリンも奴を難なく撃破している。


「レジーナさん、奴はあくまで“失敗作”ですよ。成功作はあんなもんじゃありません。今頃ザルカで量産されてます」

「じゃあ、やべえじゃねえかよ!」

「ええ、やばいです。実にやばい。だからレジーナさんには“特訓”してもらわないといけないんです」

「特訓?」

「レジーナさんはお父さんの方針で、今まで“竜の力”を制御する訓練をしてきませんでした。よって訓練が必要です」

「そういう事なら仕方ねえ。やるか! 特訓!!」


 自身の両の拳を打ち付けて気合充分のレジーナ。


 そこへ今までじっと話を聞いていたセシーリアが割って入ってくる。


「さて、そっちの話は終わったかのう?」

「ああ、すまねえな。遮っちまって」

「なあに構わんぞい。……ほれ、お前もいつまで寝てるのじゃミント」


 そう言ってセシーリアはいつの間にかすやすやと昼寝をしていたミントをたたき起こす。


「痛”っったい! 何すんのさ、おばあちゃん!」

「起こしてやったのじゃ」

「え? ぼ、ボク寝てないよ」

「じゃあ、話の内容を言ってみい」

「ええと、そのーアレがアレして……。そんでコレがああなって……ごめんなさい、ねてました」


 言い訳を早々に諦めてしゅん、とするミント。

 そんなミントを冷たく一瞥し、セシーリアは話しはじめる。


「さて、バカネコは放っておいてこちらの話を進めるとするかのう。まずはコレを見てもらいたいのじゃ」


 セシーリアは右手を上げて指をパチンと鳴らそうとするが、上手く音が鳴らない。

 何回か指をぺちぺちとしたところで諦めて護衛の若いエルフの男を呼び出す。


「おい、ヨアキム」

「はっ」


 ヨアキムが鞄から一枚の羊皮紙を取り出し、それを机の上に広げる。

 それを見ながらセシーリアがハルに問いかける。


「どうじゃ、ハル? 何に見える?」

「地図……ですね」


 それはマリネリス大陸、プレアデス諸島、そしてルサールカ人工島の位置が示された地図であった。

 大海である『危難の海』を挟んでの大陸間の位置情報が記されている。

 この位置情報はハルもクルスから知らされていなかったものだ。


 ハルはセシーリアに問いかける。


「セシーリア様、これをどこで?」

「わしが自分で描いた」

「え?」

「うむ、何というかの。急に千里眼で“視える”ようになったのじゃよ。なんでかは知らんが」


 それを聞いて考え込むハル。

 この地図自体は喜ばしいものではあるが、セシーリアがそれを見出せた理由がわからないのは不気味だ。


 その時、ミントが閃く。


「あっ、わかった。ボクがおばあちゃんの言ってた三人に会ったからじゃない? ハル、この前話してくれたじゃん。“三人はマスターの書いた小説の主人公”だって」


 それを聞いたハルは合点がいく。


 『この森が生まれた朝に』主人公のナゼール。

 『機械仕掛けの女神』主人公のテオドールとフォルトナ。

 『ナイツオブサイドニア』主人公のレジーナ。


 これらの三人全員に現実世界からの来訪者であるミントが出会った事で、この空想世界に何らかの影響が出たのだろう。


 その時、ハルは地図に何やら黒点があるのに気がついた。

 各大陸に一つずつ黒点が点在している。

 その黒点についてセシーリアに尋ねるハル。


「セシーリア様、この点は一体なんでしょう?」

「む、それか。わしにもよくわからんのじゃ」


 するとミントにも気になる点があったようで、セシーリアに質問をする。


「ねえ、おばあちゃん。ここの点だけ小っちゃい気がするんだけど」


 ミントが指差す点はプレアデス諸島のとある島。

 その島の形状にハルは覚えがあった。

 かつてレリアとラシェルが死闘を繰り広げたオーベイ族の拠点ステロペ島である。


「ああ、ここの点は……なんと言えばいいかのう。何か『歪み』が小さいのじゃ」


 その瞬間に、ハルに黒点の正体がわかる。

 歓喜に打ち震え、静かにガッツポーズをするハルにセシーリアが聞いてくる。


「どうしたのじゃ。何かわかったのか、ハル?」

「ええ、セシーリア様。それにミント。大手柄ですよ」


 そう言って笑みを浮かべるハル。


 その黒点はクルスの脳内の空想世界の『世界の歪み』を示していた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 8月2日(木) の予定です。


ご期待ください。





※ 7月31日  一部文章を修正

※ 8月 1日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月 2日  矛盾点となる記述を削除 一部文章を修正

※ 5月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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