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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
174/327

174.甘々



 「ほら、レジーナ。読んでごらん。それは君に宛てたお父さんのメッセージだ」

 「うん、ありがとう。おじさん」


 トムから手渡された手紙に目を通すレジーナ。

 だが、意外と文字数は少ない。

 おそらく果汁で文字を書くのに慣れていなかったのだろう。


 そこに書かれていたのは、小包みに入っている赤い宝石は“竜の血”の結晶だという事。

 それをレジーナが体内に取り込む事で、レジーナの内に秘められた“竜”が覚醒する事。


 そして文末には一際丁寧な字で“最愛の我が娘レジーナよ、光がお前を照らさんことを”と記されていた。

 どうやら父は、レジーナの事を本当に心の底から案じていてくれたようだ。



 不意に頬を水滴が伝う感覚を憶えるレジーナ。

 “悲しい”や“悔しい”“怖い”などという感情を抱く前に彼女の瞳から涙が流れる。

 それは彼女にとって生まれて初めての経験だった。


 父の愛に触れたせいだろうか、と思いながらレジーナが涙を指で拭っているとトムがハンカチを差し出してくる。


「ほら、使いなさい」

「ありがとう。おじさん」


 その様子を見たミントがぼそっと呟く。


オーガの目にも涙、かー……」

「うるせえよネコ。てめえ、“久しぶりの再会には水を差さない”って言ってたのに、さっきから口出ししまくりじゃねえか」

「いいじゃんよー、炙り出しに気付いたのもボクのおかげでしょ?」

「そりゃまぁ……そうだけどよ」

「でさ、その“竜の血”だっけ? “体内に取り込む”ってどうすんの? たべるの?」


 それに関してはレジーナにもよくわからなかった。

 手紙には具体的な方法は記載されておらず、どうやって取り込めば良いのか不明だ。


「わかんねえな、あたしにも」

「ふーん。じゃ、ハルに聞かないとね」

「……そうだな」

「ん? どうしたの、レジーナ? 不服?」

「いや、そういうのじゃねえんだが。何だかあいつの手の平の上で踊ってるみたいでな」


 実際、レジーナはハルに“ここであるものを受け取って来い”と言われるままに、トムから“竜の血”を受け取ったに過ぎない。

 そこに自分の意思が介在していないというのが、何とももどかしかった。


 そんなレジーナにミントは静かに言う。


「気にしすぎじゃないの」

「そうかもな……。さて!」


 そう言いつつ立ち上がるレジーナ。

 そしてトムに向かって告げた。


「ありがとう、おじさん。あたしはおじさんの望むような良い子じゃなかったけど、でもおじさんとおばさんに育ててもらって良かったと思ってるよ」


 それを聞いてトムは少し俯いた。

 そして低い声で言葉を紡ぐ。


「言っておくが、私は今でも君が冒険者として活動するのは反対だ。君のお父さんの望み通りに、もっと穏やかに暮らしてもらいたい」

「……」

「だが、冒険者としての活動は“父を助けたい”という善意が出発点の決断だ。それを私は理解はしよう。賛成はしないがな」

「うん」

「レジーナちゃん、心が折れたらいつでも戻ってくるといい。その時はこの食堂を継いでもらうから覚悟するんだね」

「はは、やっぱりおじさんには敵わないや」


 レジーナはこの日初めて、にっこりと笑みを浮かべた。


 レジーナ、ミントはトムに連れられ、食堂へと戻る。

 レジーナ達が奥に引っ込んでいる間に、食堂には別の客も増えていた。


 栗色の綺麗な髪をした女の子と、その保護者らしき男性のエルフだ。

 女の子はこちらに背を向けて、食後の紅茶を啜っていた。


 食堂に戻ってきたトムをリンジーが出迎える。


「あら、あなた。お話は終わり?」

「ああ」

「なら、レジーナちゃん。これ食べて。あなたの好きなプディングよ。急いで用意したの」


 リンジーが皿に乗った自家製のプディングをレジーナに見せる。

 それはレジーナの大好物だった。


「ありがとう、リンジーおばさん! うれしいよ!」


 満面の笑みで喜びを表すレジーナの横で、ミントが不貞腐れる。


「いいなー、プリン。ぼくもたべたいなー。イイナー……タベタイナー」


 ジトッとした視線を向けてくるミントだったが、レジーナは気付かない振りをしてプディングを頬張る。

 途端に卵黄とカラメルの織り成す濃厚な甘さが口いっぱいに広がった。


 至福の表情を浮かべるレジーナにミントが縋る。


「レジィーナァ! ひとくち! 一口で良いんだよう! お願い、ちょうだい!」

「わかったよ。一口だけな。ほい、あーん」


 大口を開けて待機するミントの口にスプーンを運ぼうとしたその瞬間。


 いつの間にかすぐ近くまで来ていた栗色の髪の少女がそのスプーンをぱくりと頬張る。

 そしてとろけるような舌触りのプディングをゆっくりと咀嚼して、一言。


「ふむ、たしかに中々美味じゃのう」


 歳に似合わない仰々しい喋り方の少女を見てミントが目を丸くする。


「おばあちゃん!! 何でここに?」

「お前が心配でのう。千里眼でお前の居場所を視たら、ノアキスまで来ているようじゃったからな。急いで来たのじゃ」

「急いで?」

「ああ、取り急ぎ伝えたい事があっての。それよりミント、お前注意力散漫じゃぞ。なぜわしに気付かぬ」

「ご、ごめんなさい」

「そんなんじゃイザという時、生き残れぬぞ。甘々じゃ、このプディング並みに」

「う、うう……」


 ネチネチと嫌味を言う少女に手も足も出ないミント。

 どうやら二人は親しい間柄であるらしい。

 そして少女がレジーナに向き合って鋭く告げる。


「おぬしがレジーナじゃな。ウチのネコが世話になってるのう」

「別に世話してるつもりはねえが」

「謙遜せずとも良い。お主の事はポーラ達から聞いておるぞ」


 その少女はプレアデスの黄色いスナネコの獣人族ライカンスロープポーラとも懇意にしているらしい。


「あっちのネコとも知り合いかよ」

「そうじゃ」


 そこへ少女の保護者と思しきエルフの男が耳打ちする。


「セシーリア様、そろそろ……」

「おっそうじゃな」


 その丁寧な物言いを見るに彼は保護者ではなく従者のようだ。

 従者の言葉に頷いた少女がレジーナに告げた。


「レジーナ、早速じゃが頼みがあるのじゃ」

「頼み?」

「うむ、わしをハルとやらに会わせるのじゃ」


 それを聞いたレジーナはじぃっと少女の目を見つめた。

 その視線に臆することなく少女は視線を返してくる。


 彼女の様子を見て固い意志のようなものを感じ取ったレジーナは頷いた。


「わかったよ、お嬢ちゃん。会わせてやる」


 レジーナは少女に告げるとリンジーのプディングの皿を返した。


「おばさん、美味しかったよ。ありがとう」

「あら、もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていってもいいのよ?」

「ううん、これから忙しくなりそうだし」

「そう、じゃあ用事が終わったらまた顔見せにいらっしゃい。今度はちゃんとした料理をごちそうしてあげるから」

「わかったよ、おばさん、おじさん。またそのうち帰ってくるから」

「ええ、行ってらっしゃい」






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 教会に行っていたハルがコリンを連れて宿に帰ってくると、ヘルガとイェルド、そしてマルシアルが談笑していた。


 宿の建物の外には複数の屋台が集まっており、そこから食欲をそそる香りが漂ってくる。

 昨夜聞いた話によると彼らは宿と提携している業者の屋台で、宿泊客をターゲットに商売しているらしい。


 ヘルガたちはその露店で買ったミートパイを美味しそうに頬張っている。

 その時ヘルガがハルとコリンの姿に気がついた。


「あ、おかえり。ふたりとも」

「ただいま戻りました。ヘルガさんは工房どうでした? オットーさんと仲直りできました?」


 ハルが訪ねるとヘルガはちょっと照れくさそうに言った。


「何か目茶苦茶褒められちゃったよ。“あのライフルはすげえな”ってさ」

「良かったじゃないですか」

「うん、本当にな。試作品の拳銃もくれたんだ。回転式リボルバーっての? あとで改造しなきゃ」

「ヘルガさんは工房に戻ったりはしないんですか?」

「んー、それもちょっとは考えたよ。工房長や皆も私の事を認めてくれたし戻ってもいいかな、って。でもやっぱり私はもうちょっと自由にあちこち回って、インスピレーションを得たいんだよね」


 目を輝かせながら語る彼女はやはり根っからの職人気質のようだ。

 そして残りのミートパイを頬張り完食すると、ハル達に提案してくる。


「ハルさん達もお昼食べちゃえば? ここの美味しいよ」

「ええ、そうします。コリン、注文に行きましょう」


 ハルはコリンにそう提案し、屋台でミートパイを購入した。

 そして二人で肉汁が染み込んだミートパイを頬張る。


 牛のひき肉と刻んだ玉ねぎの旨味が口に広がる。

 ヘルガの言う通りそこの屋台のミートパイは美味であった。


「なっ、美味いっしょ?」


 聞いてくるヘルガにコリンが返事する。


「スタンダードで美味しいね。また食べたくなる味だよ」


 大人びた感想を述べるコリンに、マルシアルが質問してくる。


「で、教会はどうだったのだ?」

「うん、凄かったよ。フィオは今ではすっかり聖女様だね。神教の信徒達がすっごい並んでてさ」

「ふむ」

「それに何か“奇跡”じみた事もあってさ」

「何だと?」

「ほんの一瞬、フィオの声が聞こえたんだよね。その場に居た全員」

「ほう、わしも興味が出てきたな。行ってみるか」

「だったら早く行かないとマズいんじゃない? 順番待ちで日が暮れるよ」

「それほどの人気か。凄まじいな」


 その時、イェルドが不意に目を見開いて立ち上がる。

 そしてキョロキョロと辺りを見回し始めた。


 その様子を訝しげに見つめるマルシアル。


「どうした、イェルドよ」

「いや、何やら見知った気配が近くに来た気がしてな。まあ、気のせいだろう。あの方がハルマキスの外に来られるはずも無い」


 そう言って座るイェルド。

 ところが、イェルドの隣にはいつの間にか小さなエルフの女の子が腰掛けていた。


 その少女が口を開く。


「誰がハルマキスの外に出られないのじゃ? イェルドや」

「な”っ!! ば、婆様?」

「なんじゃ、ミントだけじゃなくお前もたるんどるのう。こんなに接近されるまで気付かなんだとは。何やら綺麗なタグをぶら下げているが、その“白金”冒険者のタグは飾りかのう?」

「ぐっ……」


 ぐうの音も出ないイェルド。

 彼がこんな醜態を晒すのは珍しい。


 そこへ向こうからミントとレジーナ、そして見知らぬエルフの男性が走ってくるのが見える。

 そしてミントが叫んだ。


「おばーちゃーん! 勝手に一人で行かないでよー!!」

「やれやれ、あやつらもまだまだじゃのう。そう思わんか?」


 少女はハルに向き合って肩をすくめて見せる。

 その時ハルは確信を得た。


 彼女こそミントの育ての親の突然変異の長寿エルフ、セシーリアに違いない。

 ハルはセシーリアに頭を垂れる。


「初めまして、ハルと言います。お会いできて光栄です。セシーリア様」

「ふむ、礼儀を知っているようじゃな。ハル、こちらこそ会えて嬉しいぞい」


 そう言うとセシーリアは、にやりと口の端を歪めた。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月31日(火) の予定です。


ご期待ください。



※ 7月30日  後書きに次話更新日を追加

※ 5月19日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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