173.とんだ泥棒ネコ
グレアム夫妻の営む食堂にたどり着いたレジーナとミント。
レジーナは顔を上げてその食堂を改めて見上げる。
落ち着いた雰囲気の小さい建物で、レジーナが暮らしていた頃と何も変わっていない。
食堂の外にはこじんまりとしたテラス席が一テーブルあり、天気の良い日はそこが人気席だ。
食堂内には四人掛けのテーブルが四つとカウンター席が三人分ある。
窓から中を覗くが、客は入っていなかった。
まだ昼食にはちょっと早い時間だ。
呼吸を整えてレジーナは食堂の扉に手を掛けた。
「いらっしゃいませー」
ドアを開けて入ったレジーナとミントを出迎えたのは、見知らぬ若い男女だった。
グレアム夫妻と再会するつもりで緊張していたレジーナが肩透かしを食らって呆けてると、女性が声をかけてくる。
「どうぞ、空いてる席にお座りくださーい」
「あ、ああ……」
テーブル席の一つにレジーナが腰を降ろすと、向かいの席にミントが座る。
「ごはん~ごはん~」
ミントはゴキゲンな様子で体を横に揺らしている。
そんな彼の様子を見るとレジーナも少し緊張が解けてきた。
そこへ女性店員が話しかけてくる。
「はい、これメニューです」
「ああ、ありがとよ。おいネコ、お前なに頼む?」
レジーナの問いに威勢の良い声でミントが返す。
彼はアサリのパスタを頼んだ。
「うーん……ボンゴレビアンコ! レジーナは何たべるの?」
「あたしは……チキンドリアで」
二人の注文を聞いた店員が笑顔を浮かべて言った。
「かしこまりましたー、少々お待ちください」
そして奥のキッチンに引っ込もうとする女性店員に、レジーナは質問を投げかける。
「おい、姉ちゃん。ちょっといいか?」
「はい、なんでしょう?」
「トムおじさんとリンジーおばさんは居るか?」
「店長たちは今、食材の仕入れに行ってます」
「そうか。どのくらいで戻ってくる?」
「うーん……。もう少ししたら戻ってくると思います。お客さんのお食事が終わるまでには、たぶん」
「わかった。ありがとよ」
奥に引っ込む女性店員をレジーナが見送っているとミントに話しかけられた。
「ねえ、レジーナ」
「んだよ、どうした?」
「レジーナってさ、家出してからずっと冒険者やってたの?」
「んー? そうだな。最初は荷物持ちでカネを稼いでた。そんで段々と知識と体力がついてから武具を買って、冒険に出て、それからはずっと剣をぶん回してたよ」
「へぇー……」
その時、奥から先ほどの女性店員と共に男性店員が出てきて、二人で料理を運んでくる。
「はい、おまちどうさま」
芳しい香りが皿から漂ってくると、ミントは満面の笑みを浮かべる。
「わーい! 頂きます」
そしてレジーナも料理に手をつけようとしたところで、男性店員に話しかけられる。
「あのう、お客様は店長たちのお知り合いですか?」
「ああ、昔世話になったんだ。もう何年も会ってねえけどな。あんたらは?」
「私たちは店長たちの……弟子といいますか。ここで修行させてもらってるんですよ。いずれは自分の店を持ちたくて」
「なるほどな。じゃあお手並みを拝見してやるぜ」
レジーナがドリアにスプーンを埋めると、男性店員は自信たっぷりに告げる。
「ええ。食後には是非、味の感想をお願いしますよ」
不敵な顔つきでキッチンへと去っていく男性店員を尻目にレジーナはチキンドリアを口に運ぶ。
濃厚なバターや鶏肉、玉ねぎの味がライスに染み込んでおり、その上からチーズが蓋をして味を逃がさないように閉じ込めていた。
レジーナがドリアをじっくりと味わっていると、向かいの席からフォークが伸びてくる。
「ボクにもちょっとちょうだい」
「あっ、てめ!」
「いいじゃん、レジーナの奢りなんでしょ」
そしてレジーナの了承をとらずに鶏肉を一欠けら拝借するミント。
とんだ泥棒ネコである。
レジーナはぶーぶーとミントに文句を垂れながらも、ドリアを完食する。
するとそこへ男性店員が、紅茶を持ってやって来た。
「如何でしたか?」
「ああ、美味かったよ。ライスにしっかり味が染みてたし、鶏肉の味付けもあたし好みだ」
「それは良かった」
「でも」
「でも?」
「やっぱりトムおじさんの作ったやつの方が美味いな。個人的な感想だけどよ」
「……そうですか。まだ修行が足りませんかね?」
「さあね。別にあたしは料理のプロじゃねえし、そんなのわかんねんよ」
その時、食堂のドアが開く。
見ると、そこには食材の詰まった紙袋を抱えた年老いた男女が居た。
グレアム夫妻だ。
長い時を経て再会した夫妻はすっかり頭髪も白くなり、そして顔に刻み込まれた皺の数も増えていた。
「帰ったぞ、二人とも」
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。おや、お客さんもいらしてたか。ごゆっくりどうぞ」
途端に緊張が体を走り唇が震えだすレジーナだったが、それを意志の力で抑え込む。
そしてグレアム夫妻に向かって言った。
「おじさん、おばさん。私の事覚えてますか?」
じっと目を見据えて言うレジーナ。
トムは目を薄めてレジーナを注視する。
会っていない間に視力が低下しているようだ。
やがて、目を見開いてトムが呟く。
「……レジーナちゃん、か?」
「はい……!」
それを聞いてリンジーが悲鳴にも似た甲高い声を上げる。
「えっ!? レジーナちゃん? あらやだ、大きくなっちゃって……。どれ、ちょっと私にもよく顔を見せてちょうだい」
「はい」
「本当、立派になって……また会えて嬉しいわ。ねぇ、あなた?」
リンジーがトムに同意を求めるが、トムは難しい顔をして黙っている。
やはり、冒険者になるなどという無謀な選択をしたレジーナのことを怒っているのだろうか。
レジーナがどきどきしながらトムの様子を窺っていると、彼は静かに告げた。
「レジーナ、このあと時間はあるか?」
「はい」
「ならいい、ちょっと話そう」
「私もそのつもりで来ました」
「そうか、リンジー。店を頼む」
そう言ってレジーナを店の奥へと連れて行くトム。
その後ろからミントがついて来ると、トムは難色を示した。
「ん? 君もついてくるのか? 獣人族くん」
「だって、レジーナは仲間だもん。心配だよ」
「……しかしだな」
「大丈夫だよ、久しぶりの再会に水を差したりはしないから。隅っこで置物みたいに座ってるだけだよ」
「……わかった」
店の奥のキッチンを抜けたその先、グレアム夫妻の居住スペースへと案内されるレジーナとミント。
そこはかつてレジーナが長い時を過ごした思い出の場所だった。
「ほら、座りなさい。二人とも」
言われるままに椅子に腰掛ける二人。
そしてトムは語り出す。
「さて、まずはコレを渡さなければならないな」
グレアムは棚の引き出しから封筒と、何やら小さな小包みを取り出す。
それらを黙って受け取るレジーナ。
まず封筒の方を開ける。
中身に目を通すレジーナにトムが説明する。
「それは君のお父さんが書いた手紙だ。君がメアリーさんに渡されたものだね」
そこには丁寧な字でレジーナの引き取りを頼むという旨の文章が記されている。
父が最期にこれを書いてメアリーに託したのだと思うと自然と目頭が熱くなった。
だがなんとか踏みとどまり、もう一つの小包みを開ける。
中には血のように真っ赤な色をした宝石が入っている。
素人目に見てもかなりの値がつきそうな一品だ。
「これは……?」
「それはある時私の店に郵送されて来たものだ。おそらく自身の身に危険が及ぶ前に発送しておいたのだろう。だがそれが何なのかは私にもわからない。同封されていた手紙には“もしその時が来てしまったらレジーナに渡してくれ”としか書いていなかった」
そしてレジーナもその手紙を読んでみる。
だが、トムの言葉以上の情報は読み取れない。
その時、横に居るミントが口を挟んでくる。
先ほどは“再会に水は差さない”などと言っていたが、あっという間に前言を反故にしてきた。
「ねえ。その手紙、何だかヘンじゃない?」
「ヘンって何が?」
「だって不自然だよ、その余白」
そう言われてレジーナもよく見てみると、本文の下の余白部分が確かに大きい気がする。
するとトムが何かを閃いた様子でレジーナに言った。
「レジーナ、ちょっとそれを貸してくれ」
レジーナが手紙を手渡すと、トムは唐突にマッチを擦る。
目を剥いて驚くレジーナ。
「ちょっと! おじさん、手紙を燃やす気?」
「そんなわけないさ。そういえば、こういう遊びはお前には教えてなかったな……」
トムは手紙をマッチの火で炙り始める。
すると手紙の余白部分に文字が浮かび上がった。
「なっ……」
「“炙り出し”だよ。レジーナ。果物の果汁なんかで文字を書いておいて、それから炙るとこうして浮かび上がるんだ。バースデーカードなんかで使う子も居たりしてな」
「……そうなんだ」
思えば自分はあまりそういう遊びに触れてこなかった。
レジーナは思い返す。
父を置いて逃げた自分が遊ぶ資格などない、などと思っていたのかもしれない。
そんなレジーナにトムは手紙を差し出す。
「ほら、レジーナ。読んでごらん。それは君に宛てたお父さんのメッセージだ」
「うん、ありがとう。おじさん」
レジーナは静かに頷くとその手紙に目を通した。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 7月27日(金) の予定です。
ご期待ください。
※ 7月26日 後書きに次話更新日を追加
※ 5月18日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。