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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
173/327

173.とんだ泥棒ネコ



 グレアム夫妻の営む食堂にたどり着いたレジーナとミント。

 レジーナは顔を上げてその食堂を改めて見上げる。


 落ち着いた雰囲気の小さい建物で、レジーナが暮らしていた頃と何も変わっていない。

 食堂の外にはこじんまりとしたテラス席が一テーブルあり、天気の良い日はそこが人気席だ。


 食堂内には四人掛けのテーブルが四つとカウンター席が三人分ある。

 窓から中を覗くが、客は入っていなかった。

 まだ昼食にはちょっと早い時間だ。


 呼吸を整えてレジーナは食堂の扉に手を掛けた。


「いらっしゃいませー」


 ドアを開けて入ったレジーナとミントを出迎えたのは、見知らぬ若い男女だった。

 グレアム夫妻と再会するつもりで緊張していたレジーナが肩透かしを食らって呆けてると、女性が声をかけてくる。


「どうぞ、空いてる席にお座りくださーい」

「あ、ああ……」


 テーブル席の一つにレジーナが腰を降ろすと、向かいの席にミントが座る。


「ごはん~ごはん~」


 ミントはゴキゲンな様子で体を横に揺らしている。

 そんな彼の様子を見るとレジーナも少し緊張が解けてきた。


 そこへ女性店員が話しかけてくる。


「はい、これメニューです」

「ああ、ありがとよ。おいネコ、お前なに頼む?」


 レジーナの問いに威勢の良い声でミントが返す。

 彼はアサリのパスタを頼んだ。


「うーん……ボンゴレビアンコ! レジーナは何たべるの?」

「あたしは……チキンドリアで」


 二人の注文を聞いた店員が笑顔を浮かべて言った。


「かしこまりましたー、少々お待ちください」


 そして奥のキッチンに引っ込もうとする女性店員に、レジーナは質問を投げかける。


「おい、姉ちゃん。ちょっといいか?」

「はい、なんでしょう?」

「トムおじさんとリンジーおばさんは居るか?」

「店長たちは今、食材の仕入れに行ってます」

「そうか。どのくらいで戻ってくる?」

「うーん……。もう少ししたら戻ってくると思います。お客さんのお食事が終わるまでには、たぶん」

「わかった。ありがとよ」


 奥に引っ込む女性店員をレジーナが見送っているとミントに話しかけられた。


「ねえ、レジーナ」

「んだよ、どうした?」

「レジーナってさ、家出してからずっと冒険者やってたの?」

「んー? そうだな。最初は荷物持ちポーターでカネを稼いでた。そんで段々と知識と体力がついてから武具を買って、冒険に出て、それからはずっと剣をぶん回してたよ」

「へぇー……」


 その時、奥から先ほどの女性店員と共に男性店員が出てきて、二人で料理を運んでくる。


「はい、おまちどうさま」


 芳しい香りが皿から漂ってくると、ミントは満面の笑みを浮かべる。


「わーい! 頂きます」


 そしてレジーナも料理に手をつけようとしたところで、男性店員に話しかけられる。


「あのう、お客様は店長たちのお知り合いですか?」

「ああ、昔世話になったんだ。もう何年も会ってねえけどな。あんたらは?」

「私たちは店長たちの……弟子といいますか。ここで修行させてもらってるんですよ。いずれは自分の店を持ちたくて」

「なるほどな。じゃあお手並みを拝見してやるぜ」


 レジーナがドリアにスプーンを埋めると、男性店員は自信たっぷりに告げる。


「ええ。食後には是非、味の感想をお願いしますよ」


 不敵な顔つきでキッチンへと去っていく男性店員を尻目にレジーナはチキンドリアを口に運ぶ。

 濃厚なバターや鶏肉、玉ねぎの味がライスに染み込んでおり、その上からチーズが蓋をして味を逃がさないように閉じ込めていた。


 レジーナがドリアをじっくりと味わっていると、向かいの席からフォークが伸びてくる。


「ボクにもちょっとちょうだい」

「あっ、てめ!」

「いいじゃん、レジーナの奢りなんでしょ」


 そしてレジーナの了承をとらずに鶏肉を一欠けら拝借するミント。

 とんだ泥棒ネコである。


 レジーナはぶーぶーとミントに文句を垂れながらも、ドリアを完食する。

 するとそこへ男性店員が、紅茶を持ってやって来た。


「如何でしたか?」

「ああ、美味かったよ。ライスにしっかり味が染みてたし、鶏肉の味付けもあたし好みだ」

「それは良かった」

「でも」

「でも?」

「やっぱりトムおじさんの作ったやつの方が美味いな。個人的な感想だけどよ」

「……そうですか。まだ修行が足りませんかね?」

「さあね。別にあたしは料理のプロじゃねえし、そんなのわかんねんよ」


 その時、食堂のドアが開く。

 見ると、そこには食材の詰まった紙袋を抱えた年老いた男女が居た。


 グレアム夫妻だ。

 長い時を経て再会した夫妻はすっかり頭髪も白くなり、そして顔に刻み込まれた皺の数も増えていた。


「帰ったぞ、二人とも」

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま。おや、お客さんもいらしてたか。ごゆっくりどうぞ」


 途端に緊張が体を走り唇が震えだすレジーナだったが、それを意志の力で抑え込む。

 そしてグレアム夫妻に向かって言った。


「おじさん、おばさん。私の事覚えてますか?」


 じっと目を見据えて言うレジーナ。

 トムは目を薄めてレジーナを注視する。

 会っていない間に視力が低下しているようだ。


 やがて、目を見開いてトムが呟く。


「……レジーナちゃん、か?」

「はい……!」


 それを聞いてリンジーが悲鳴にも似た甲高い声を上げる。


「えっ!? レジーナちゃん? あらやだ、大きくなっちゃって……。どれ、ちょっと私にもよく顔を見せてちょうだい」

「はい」

「本当、立派になって……また会えて嬉しいわ。ねぇ、あなた?」


 リンジーがトムに同意を求めるが、トムは難しい顔をして黙っている。

 やはり、冒険者になるなどという無謀な選択をしたレジーナのことを怒っているのだろうか。

 レジーナがどきどきしながらトムの様子を窺っていると、彼は静かに告げた。


「レジーナ、このあと時間はあるか?」

「はい」

「ならいい、ちょっと話そう」

「私もそのつもりで来ました」

「そうか、リンジー。店を頼む」


 そう言ってレジーナを店の奥へと連れて行くトム。

 その後ろからミントがついて来ると、トムは難色を示した。


「ん? 君もついてくるのか? 獣人族ライカンスロープくん」

「だって、レジーナは仲間だもん。心配だよ」

「……しかしだな」

「大丈夫だよ、久しぶりの再会に水を差したりはしないから。隅っこで置物みたいに座ってるだけだよ」

「……わかった」


 店の奥のキッチンを抜けたその先、グレアム夫妻の居住スペースへと案内されるレジーナとミント。

 そこはかつてレジーナが長い時を過ごした思い出の場所だった。


「ほら、座りなさい。二人とも」


 言われるままに椅子に腰掛ける二人。

 そしてトムは語り出す。


「さて、まずはコレを渡さなければならないな」


 グレアムは棚の引き出しから封筒と、何やら小さな小包みを取り出す。

 それらを黙って受け取るレジーナ。


 まず封筒の方を開ける。

 中身に目を通すレジーナにトムが説明する。


「それは君のお父さんが書いた手紙だ。君がメアリーさんに渡されたものだね」


 そこには丁寧な字でレジーナの引き取りを頼むという旨の文章が記されている。

 父が最期にこれを書いてメアリーに託したのだと思うと自然と目頭が熱くなった。


 だがなんとか踏みとどまり、もう一つの小包みを開ける。


 中には血のように真っ赤な色をした宝石が入っている。

 素人目に見てもかなりの値がつきそうな一品だ。


「これは……?」

「それはある時私の店に郵送されて来たものだ。おそらく自身の身に危険が及ぶ前に発送しておいたのだろう。だがそれが何なのかは私にもわからない。同封されていた手紙には“もしその時が来てしまったらレジーナに渡してくれ”としか書いていなかった」


 そしてレジーナもその手紙を読んでみる。

 だが、トムの言葉以上の情報は読み取れない。


 その時、横に居るミントが口を挟んでくる。

 先ほどは“再会に水は差さない”などと言っていたが、あっという間に前言を反故にしてきた。


「ねえ。その手紙、何だかヘンじゃない?」

「ヘンって何が?」

「だって不自然だよ、その余白」


 そう言われてレジーナもよく見てみると、本文の下の余白部分が確かに大きい気がする。

 するとトムが何かを閃いた様子でレジーナに言った。


「レジーナ、ちょっとそれを貸してくれ」


 レジーナが手紙を手渡すと、トムは唐突にマッチを擦る。

 目を剥いて驚くレジーナ。


「ちょっと! おじさん、手紙を燃やす気?」

「そんなわけないさ。そういえば、こういう遊びはお前には教えてなかったな……」


 トムは手紙をマッチの火で炙り始める。

 すると手紙の余白部分に文字が浮かび上がった。


「なっ……」

「“炙り出し”だよ。レジーナ。果物の果汁なんかで文字を書いておいて、それから炙るとこうして浮かび上がるんだ。バースデーカードなんかで使う子も居たりしてな」

「……そうなんだ」


 思えば自分はあまりそういう遊びに触れてこなかった。

 レジーナは思い返す。


 父を置いて逃げた自分が遊ぶ資格などない、などと思っていたのかもしれない。

 そんなレジーナにトムは手紙を差し出す。


「ほら、レジーナ。読んでごらん。それは君に宛てたお父さんのメッセージだ」

「うん、ありがとう。おじさん」


 レジーナは静かに頷くとその手紙に目を通した。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月27日(金) の予定です。


ご期待ください。



※ 7月26日  後書きに次話更新日を追加

※ 5月18日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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