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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
172/327

172.ありがとう




 レジーナとミントがグレアム夫妻の食堂前に到着した頃。


 古い教会が多く立ち並ぶ区画を黒髪の女性と小さな少年が歩いていた。

 コリンとハルだ。


 町を歩くコリンは憂鬱であった。

 古くからの相棒レジーナが苦しんでいる時に、自分は何もできない。


「はぁ……」


 ノアキスの町を歩きながら、長いため息を吐くコリン。

 するとコリンの隣を歩くハルがコリンの顔を覗き込んで来る。


「レジーナさんが心配なんですか?」

「うん、まぁね……。本当は僕もついていきたかったけど」


 心細そうな表情を見せたレジーナに同行したかったコリンであったが、彼女にそれを拒否されてしまう。


「大丈夫ですよ、ミントもついてる事ですし」

「そうだけどさ……」


 再び長い息を吐き出しつつ歩を進めるコリン。

 そんなコリンに向けてハルが言ってくる。


「それより、すみませんねコリン。私の用事に付き合ってもらっちゃって。私、どうしてもあそこに行きたくて」

「いいよ、別に。宿でじっとしてるのも退屈だしさ。あ、見えてきたよ。あそこでしょ?」


 コリンが指差す先には老朽化した古い教会が建っていた。

 ここは今では聖人と称えられているフィオレンティーナ・サリーニの古巣の教会であるらしい。

 フィオレンティーナがかつて過ごした礼拝堂には、彼女の遺灰が安置されているそうだ。


 そして教会前には熱心そうな神教の信徒たちが列を成している。

 礼拝の順番待ちだろうか。


「うわぁ、懐かしい。私、昔ここに泊まった事があるんですよ」

「へえ、そうなんだ。それにしても、順番待ちの列が長いね。どうする、ハルさん。並ぶ?」

「そりゃもちろん。せっかく来たんですから」


 そして最後尾に並ぶ二人。

 白いローブやら笠を被った巡礼たちに混じって列の中に入っていると、後ろから声をかけられた。


「あっ、あの」


 少女の声だ。

 振り返るコリンとハル。


 そこには如何にも平民の娘、といった出で立ちの少女が居た。

 コリンと同じくらいの背丈で、手には花束を持っている。


 そんな少女を見て一瞬ハルの表情が強張ったが、それもすぐに戻った。

 ハルが少女に尋ねる。


「どうしました? お嬢さん」

「あっはい。その、綺麗な黒髪だなって思って……」


 そう言ってハルの黒髪を見つめる少女。

 一方、ハルはその髪をいじりながら少女に答えた。


「ああ、ありがとうございます。でも今時黒髪なんて珍しくもないでしょう? プレアデス諸島から来た人たちだって黒髪ですよ」

「プレアデスの人たちは、あんまりノアキスに来ないんです」

「あ、そうなんですか。言われてみれば、確かに彼らがノアキスに来る理由もあんまり無さそうですね」


 ハルの言う通り、神よりも精霊信仰の強いプレアデスの民たちにとっては、ノアキスはあまり魅力的な町ではないかも知れなかった。

 納得した様子で頷くハルに少女が話を続ける。


「それで私がおねえさんに声をかけたのは、昔あなたとおんなじような綺麗な黒髪の人を見たことがあるからなんです」

「へえ? どんな人ですか?」

「えっと、男の人なんですけど名前は聞いてません。その人に昔私の悩みを解決してもらった事があって」


 その話にハルが食いつく。


「詳しく聞かせてください」

「は、はい。ええと私はその頃、友達と喧嘩……じゃないんですけどちょっと気まずくなってしまって……。それで悩んでたんです」

「それは大変」

「で、何か贈り物をしよう! って思いついたんですけど、何を贈ればいいのかわからなくなってしまって」

「ふんふん」

「その時、同じお店の中にその男の人が居たんです。で、アドバイスをもらったんです。“何か心のこもったものがいいと思う”って」

「心のこもったもの……」

「その言葉で私閃いたんです。私は絵は得意だからその友達の絵を描こうって。それで小さな額縁の小物を買おうとしたら、お金が足りなかったんですよ」

「え、それでどうしたんですか?」

「その男の人がお金を出してくれたんです。それで私お礼を言ったんですけど、“いや、これはお詫びだから”って。私、今でもその意味がわからなくて不思議なんです。おねえさんはわかりますか?」


 その問いに深く考え込むハル。

 たっぷり考えてからハルは答えた。


「ごめんなさい、ちょっと私にはわかりません」



 そうして古い教会の中の礼拝堂へと入るコリンとハル。

 その後ろから少女もついてくる。


 礼拝堂に足を踏み入れた彼女は教会のシスターに花束を渡した。


「はい、アルベルタさん」

「あらあら、いつもありがとうね。エルマちゃん。フィオもきっと喜ぶわ」


 花束を受け取ったアルベルタは、エルマをからかうように言う。


「ねえ、エルマちゃん。そこの彼はボーイフレンド?」

「ええ、そ、そんなんじゃないよ。ついさっき会ったばかりだよ」


 首を凄い勢いでぶんぶんと横に振るエルマという少女。

 その様子を見るにおそらく本気のリアクションだ。


 それに若干のショックを覚えながら、コリンも同意する。

 俗に言う“効いてないアピール”というやつだ。


「そうだよ、シスター。勝手に焚き付けられたら困るよ」

「あら、そうかい。ごめんなさいねぇ」


 それにハルも補足してきた。


「そうですよ。そもそもコリンには、バーラム農場のフレデリカちゃんという意中の人が居るんですから」

「ちょっ!!」


 思わず耳を真っ赤にしてしまうコリンがハルに抗議しようとすると、アルベルタがハルを見て驚愕の表情を浮かべる。


「あれ、あなた……ひょっとして」

「ええ、お久しぶりです。シスター・アルベルタ。その節はお世話になりました」

「ああ、やっぱり! ここに泊まりに来たフィオのお友達よね。ええと……」

「ハルです」

「そう! ハルさんね。思い出したわ。でもあなたってそんな黒髪だったかしら?」

「これには色々深い事情があるんですよ」

「ふうん、あまり詮索しない方がいいみたいね。とにかく、あなたが来てくれてきっとフィオも喜んでるわ。ほら」


 そう言ってアルベルタは礼拝堂のステンドグラスの下に安置された棺を指差す。

 ハルは頷くとその棺の前に跪いて両手を合わせた。


 コリンとエルマもそれに倣って同じように祈りを捧げる。


 その時。


 あまり風通しの良くない教会に一瞬爽やかな風が吹き抜けた。

 そしてその風に乗ってかつて聞いた事がある女性の声が聞こえた、気がした。


「今、何か聞こえた!!」


 エルマが大声を上げる。

 それに同意するアルベルタ。


「わ、私にもあの子の声が聞こえた……。あなたたちは?」


 問いかけられたコリンは静かに頷く。

 一方のハルは大きく目を見開いていた。


 そして一言呟いた。


「フィオさん、“ありがとう”って言ってました……」


 その顔は一見寂しそうでもあり、それでいて清清しい表情だった。



 礼拝を終え、エルマとも別れた後でコリンはハルに尋ねた。


「ねえ、ハルさん。さっきの子が言ってた黒髪の男ってクルスの事でしょ?」

「ええ、そうです」

「やっぱりそうか。じゃああの子が言ってた“お詫び”ってどういう意味?」

「エルマちゃんと親友の喧嘩の遠因を作ってしまったのが私たちなんです。エルマちゃん本人は知る由も無い事だったんですが」

「へぇ……それで罪滅ぼしの為に手助けしたのかな?」

「ええ、きっとそうです……。マスターはああ見えて優しいんです」


 俯いて、噛み締めるように言葉を搾り出すハル。

 コリンはハルの片をポンと叩いて言った。


「ハルさん。クルスを助けられるといいね」

「ええ、ありがとう。コリン」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月23日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 7月22日  後書きに次話更新日を追加

※ 5月17日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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