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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
171/327

171.家出少女



 また、夢を見た。

 幼い頃の夢だ。


 雨の夜、住んでいた屋敷を連れ出されたレジーナ。

 家政婦のメアリーと別れ、決死の逃避行を続けた。

 漆黒に包まれた夜の林を抜けザルカ領を抜け出た彼女は、古い教会が立ち並ぶ神教の総本山ノアキスへとたどり着いていた。


 ノアキス入り口を固めていた僧兵達に事情を話し、教会へと連れて行かれるレジーナ。

 幼い彼女の胸中は心細さで一杯であったが、教会のシスター達がレジーナに対して非常に親切に接してくれたのは不幸中の幸いであった。


 深い悲しみに包まれていた彼女だったが教会のシスターたちの優しさにより安寧を得た結果、深い眠りにつく。

 翌朝、教会で目を覚ました彼女を待っていたのは中年の夫婦であった。


 彼らはレジーナに自己紹介をする。


「君がレジーナちゃんかい? 私はトム・グレアム。こちらは家内のリンジーだ」

「こんにちは、レジーナちゃん」


 レジーナは慌てて立ち上がり、お辞儀をした。


「こ、こんにちは……」

「はは、そんなに緊張しなくていいよ。実は、私は君のお父さんに昔お世話になってね」

「えっ、お父様に?」

「うん、だから今日から君の世話をさせてもらうよ。君のお父さんが帰ってくるまでね」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げて礼を言うレジーナを見てリンジーが笑う。


「あら、あなた。礼儀正しい良い子じゃない。良かったわね」

「ああ、そうだな。レジーナちゃん、よろしく」


 そう言って人の良い笑顔を浮かべるグレアム夫妻。




 そこで目が覚めた。


 レジーナが起き上がるとまだ辺りは薄暗い。

 彼女は眠い目を擦りながら、現在の状況を確認する。


 ボレアレの地下を走る線路でトロッコを爆走させた一行は、かなりの超スピードでノアキスにたどり着く。

 だが暴走トロッコに振り回されたおかげで、ハルを除く全員が著しく消耗するハメになってしまう。

 しばらくは一同フラフラでまともに歩けず、動力を担当していたコリンに至っては何度も嘔吐していた。

 

 そんなわけで昨日は宿へと直行し、ハルの言う“用事”は翌日へと持ち越しとなった。

 レジーナはヘルガ、ハルと相部屋だ。



「レジーナさん、おはようございます」


 レジーナの起床に気付いたハルが小声で挨拶してくる。


「ああ、おはようさん。ハル」


 一方でヘルガは幸せそうに寝息を立てている。

 悩みの無さそうなヘルガを羨ましく思って見つめていると、ハルが話しかけてくる。


「レジーナさん、ひょっとして夢を見てました? 眉がぴくぴくって動いてましたけど」

「……見てたらどうなんだよ」

「いえ、別に?」


 どうしてもハルに対してはトゲを含んだ物言いになってしまうレジーナ。

 だがハルは特に気にした様子も無く、話題を振ってくる。


「それよりですね、レジーナさん。今日こそは“用事”を片付けちゃいましょう」

「……昨日も思ったんだけどよ。何だよ、“用事”って? あたしはそれが何なのか聞いてない」

「おっと! 私とした事がすっかりちゃっかり忘れてました。“用事”というのはですね、レジーナさんに縁のあるとある夫婦から“あるもの”を受け取って欲しいんですよ」

「それ、トムおじさんとリンジーおばさんの事か?」

「そうです、あなたの方がよくご存知でしょう?」

「……」


 悲痛な顔で目を伏せるレジーナ。

 その顔をハルが覗き込んで来る。


「あれ、レジーナさん。お二人に会いたくないんですか?」

「……うるせえ、そんなわけじゃねえ」

「え? じゃあ、何で………あ、そっか。レジーナさんとグレアム夫妻は喧嘩別れしてるんでしたっけ」


 思い出したように言うハル。

 その言い方に腹が立つが、何とか自分を押さえ込むレジーナ。


 喧嘩別れ、というかレジーナの家出によって、お互いの関係に終止符が打たれたのは事実であった。


「てめえ、知ってるんじゃねえか。どうせクルスに聞いたんだろ」

「ええ、もちろん。ねえレジーナさん、もし夫妻に会い辛いのであれば、私もついて行きましょうか?」


 ハルが提案してくる。


 たしかにレジーナはグレアム夫妻に、一人では会いたくなかった。

 いきなり彼らを訪ねたところで会話が続くか怪しい上に、話している途中で自分の感情を抑えられなくなりそうだからだ。


 そんな時、クッションとなる第三者が居てくれたら話がスムーズに進むに違いない。


 だが夫妻と再び会えばレジーナはおそらく、みっともない姿を晒す事になるだろう。

 その姿を、見知った仲に見られたくは無い。


 普段の勝気で粗暴な女剣士の仮面が剥がれる瞬間を見られたくないのだ。



「……」


 黙って考え込むレジーナ。

 そこへハルが妥協案を示してくる。


「じゃあ、こういうのはどうです? 彼と一緒に行くっていうのは」

「……彼?」

「ええ、いるじゃないですか。そこまで見知った仲じゃないのが」



 夜が完全に明けるのを待ってからレジーナは“彼”を連れて宿を出発した。

 そいつは初めて訪れる宗教都市ノアキスの風景を興味深そうに眺めている。

 そして歩きながらレジーナに聞いてきた。

 

「ねーえー、レジーナ。どこいくのー?」

「いいから黙ってついて来いよ、ネコ」

「ひどいなぁ。元はといえばレジーナが“一緒に来てくれ”って頼んできたんでしょ」


 そう言ってふくれっ面になるミント。




 そう、ハルの示した妥協案がコレである。

 レジーナともそこまで見知った仲でも無く、そして本人の性格的にもシリアスと無縁のネコを連れて行けば話し合いも少しはスムーズに運ぶだろうという目論見だ。


 さすがに到着前にヘソを曲げられても困るので、ミントのご機嫌をとることにするレジーナ。


「まあそう言うなよネコ。おじさんのとこに着いたらメシ奢ってやるから」

「え? いいの?」

「ああ」


 グレアム夫妻は夫婦で食堂を営んでいる。

 レジーナもそこで、よくお手伝いをしていたものだ。


 いつしか、レジーナは歩きながら当時の事を思い返していた。




 グレアム夫妻の元に預けられて七年の月日が流れた頃、レジーナは十二才になっていた。

 食堂の仕事が終わり一家団欒の時を過ごしていた時、トムが聞いてくる。


「レジーナちゃん、そろそろ将来の事は考えてるかい? どんな仕事をしたい、とかさ」

「ううん、私はお父様が帰ってくるまでここの食堂を手伝うよ。私の将来を考えるのはそれからだよ」


 レジーナはきっぱりと言った。

 父と生き別れて以来、ずっと再会を夢見て彼女は過ごしてきたのだ。


 だが、そんなレジーナを見て悲しそうな表情を見せるグレアム夫妻。

 リンジーがレジーナを諭すように言う。


「それはもちろん、嬉しいんだけどね。でもレジーナちゃん、そろそろ自分の事も考えないとダメよ。あなたの人生はこれからなんだから」


 それを聞いてレジーナは口をキッと結ぶ。

 今までずっと我慢してきたが、そろそろ限界だった。


「ねえ、おばさん。それって私にお父様の事を忘れろって言ってる?」

「そんな事ないわ! でも……」

「でも?」

「いつまでも待つって訳にもいかないでしょう? あなたのお父様はきっとそのうち帰ってくる。だからそれまでは……」


 そこまで言いかけたリンジーをトムが手で制した。


「あなた……」

「リンジー、ここまでだ。彼女ももう幼くはない。ちゃんと言おう」

「で、でも……あなた」

「いいから」


 そしてトムはレジーナの目をじっと見据えると、口を開いた。


「いいかい、レジーナちゃん。君のお父さんは、たぶん帰ってこない」

「嘘よ!」

「嘘じゃない。君はメアリーさんに封筒を渡されただろう? それに書いてあったんだ」

「……何て書いてあったの?」


 その封筒の中身はレジーナは見ていない。


「“娘を健やかに、穏やかに育ててくれ。私にはおそらくそれはできない”と」

「……」

「もちろん、私たちは君のお父さんの事を忘れろって言ってるわけじゃない。でもね、レジーナちゃんがいつまでも待ち続けるのを、お父さんは望んでいると思うかい?」


 目に涙を溜めながら黙りこくるレジーナ。

 そんな彼女にトムはやさしく話しかける。


「レジーナちゃんを幸せにする義務が私たちにはあるんだよ。だからレジーナちゃんが、やりたい事があれば全力で応援する。何でも言ってくれ」

「じゃあ……」

「じゃあ?」


 レジーナは大きく息を吸い込んでから答えた。


「私、冒険者になる。うんと強い冒険者になってお父様を助けるの」


 それに難色を示すグレアム夫妻。

 冒険者などという生き様は“健やかに、穏やかに”とは最も遠いものだ。


「レジーナちゃん……」

「帰ってこれないって事は、お父様はザルカの悪い人に捕まってるの。だから私は強くなってお父様を助け出すの!!」


 それを聞いたトムは大きな声でレジーナを叱りつける。


「いい加減にしないか!! 君のお父さんがどれだけ君の事を心配してたかわからないのか!」


 今まで聞いたことの無いトムの怒声にたじろぐレジーナ。

 一方のトムは憮然とした表情を崩さなかったが、横に居たリンジーが助け舟を出してくれた。


「あなた、その辺にしておきましょう」

「……レジーナ。今日はもう寝なさい。寝て頭を冷やすんだ」


 レジーナは黙って頷くと自分の部屋へと行き、そして布団を被って泣いた。

 かつて父に教えられて以来、自分の感情を律する努力をしてきたが今日ばかりはそれも無理であった。


 散々泣いた後、レジーナは荷物を纏める。

 彼女の決心は固かった。


 そして翌日の早朝、別れも言わずに家を出た。

 それ以来、グレアム夫妻とは会っていない。



「レジーナ?」


 ミントの声に顔を上げる。


「どしたの? ボーッとして」

「なんでもねえよ」

「ふうん。ま、いいや。それより、ここじゃない? その食堂」


 ミントが指差す先にはかつてレジーナが暮らしていた食堂がある。

 レジーナは大きく息を吐いて、気を落ち着けるとドアノブに手を掛けた。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月21日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 7月20日  後書きに次話更新日を追加

※10月 1日  一部文章を修正

※ 5月16日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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