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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
169/327

169.戦犯



「私たちは今、監視されています。光学迷彩を施されたドローンが近くを飛んでいるんです」


 険しい顔でハルがミント達に告げる。


 ハルの言葉を聞いたコリンとマルシアルはぴんと来ていない。

 だがミントはドローンという言葉を知っていた。


 過去に“にゅーす”番組で見た事がある。

 ある少年がドローンを警察の警告を無視して飛ばし、そして捕まったとニュースキャスターが言っていた。


「ボク知ってるよ、それ。何か空飛ぶ奴でしょ。ぶーんって」

「その通りです、ミント。敵はそれを使ってこちらの動向を窺っています」


 それを聞いていたコリンとマルシアルは表情を引き締める。

 そしてコリンが聞いてきた。


「ねぇ、ハルさん。なら、ここでその事を喋るのもマズくない? そいつに聞かれちゃう」

「いいえ。大丈夫ですよ、コリン。あのドローンはジュノー社製の『NT-818型』ですね。偵察兼奇襲用のモデルで、搭載マイクの収音性は良くないです」

「? ごめん、わかるように言って」

「ええと、“耳が良くない”ってことです」

「なるほどね」


 今度はマルシアルがヒゲをさすりながら聞いてくる。


「では、さっさとレジーナ達と合流した方が良いのか?」

「いえ、敵勢力の規模が不明です。わざわざ敵をこちらの主力の元に案内させるわけにはいきません」

「だったら、どうするつもりだ? このまま黙って偵察させておけと?」


 それに対してハルは“秘策あり”とでも言いたげな表情で、告げた。


「とりあえず、ごはん食べましょうか」




----------------------





「し、少尉殿。連中、暢気に食事しておりますよ。チャンスです!」


 『NT-818型』のタブレット型操作デバイスを持つジョゼフ・バーンズ少尉の横で工作員ギャレットが口うるさく言ってきた。


 それを聞き流しながらバーンズは数分前の映像について思案する。



 黒髪の女、否、アンドロイドが、何の脈絡も無く一瞬空を見上げた時があった。

 たった一回の出来事だったが、その一回で彼女はこちらのドローンに気付いたのだろうか。

 あのアンドロイドなら《温度感知サーモ》を使えばドローンの存在に気付けるはずだ。


 だが、いまいち確証を持てない。

 気付いたにしてはとっている行動に余裕があり過ぎるからだ。

 結局、バーンズは監視を続行することにする。


 彼が現在操作している『NT-818型』は静音性と攻撃能力を重視した偵察兼暗殺向けのドローンだ。

 敵が潜伏している地点へ飛ばして偵察に使うも良し、そのまま攻撃対象を殺害しても良し、という設計思想で開発されている。


 このような性質上、静音性は何より重要であり不要なものを極限まで削ぎ落として軽量化している。

 その為、バッテリー容量に不安が残るモデルでもあった。


 通常飛行ならかなりの長時間飛行できるが、光学迷彩の出力をした途端に一気に電力を喰ってしまう。


 そこまで考えてバーンズはアンドロイドの狙いに気付く。

 奴はドローンのバッテリーが長く持たない事を知っているのだ。


 やはりこちらの存在に気付いている。

 気付いた上で泳がせているのだ。


 連中が悠長に食事している理由がわかったのは良いが、問題なのはこれからバーンズがどうするかである。


 バーンズとしては“白金”級冒険者の実力、特にレジーナの戦闘シーンを是非とも映像に収めたかった。

 だが監視がばれた今となっては、それも期待できそうにない。

 このドローン一機で襲撃をかけても返り討ちに遭うのがオチだ。


 じっと考え込むバーンズにギャレットがまくし立てる。


「少尉殿! 何を迷っておられるのです! 連中が油断している今こそ……」

「うるせえ、今考えてる。ちょっと黙ってろ」

「は、はいっ」


 尚も考え込むバーンズ。

 こうして悩んでいる間にもドローンのバッテリーは無くなってゆく。

 もちろんそれが連中の最大の狙いであり、アドバンテージは向こうに握られている。


 その時、映像の隅っこの建物の影に妖しい人影を発見した。

 バーンズはモンソン・ファミリーのチンピラに尋ねる。


「おい、この黒い装束のやつらは何だ?」

「あっ、そいつらはウチで雇った暗殺者です」

「そうか。それにしても、白昼堂々仕掛けるとは男気溢れる連中だな」


 皮肉を込めて言うバーンズ。

 ルサールカの殺し屋はもっと闇に紛れて仕事をするものだったが、こちらではそうでもないらしい。


 バーンズの言葉に反応したチンピラが背景を補足する。


「いや、彼らも後が無いんです。暗殺者ってのは仕事を失敗しちゃいけないのに、あいつらは失敗した。それどころか何人かは捕まって、たぶん情報を吐いている」

「なるほどな、とっとと仕留めないと依頼主のファミリーからの報復が来るってか」

「はい」


 バーンズたちが話している間に暗殺者の一団がアンドロイドたちに襲い掛かる。


 四人の中でそれに最も早く反応したのはネコ耳の少年であった。

 襲撃に向けて暗殺者達が武器を準備し始めた時から微かな物音を聞きつけ、仲間に耳打ちする。


 そして暗殺者が動き出した頃には素早く迎撃体勢を整え、仲間に何事か叫んでいる。

 おそらく敵が来る方向と人数を伝えているのだろう。


 それらの情報を受けてネコ耳の仲間達はそれぞれ動き出す。


 アンドロイドは《フックショット》を使った高機動で敵を撹乱し、老いた武人は斧槍を振り回し他を圧倒している。

 とんがり帽子の少年が手品で火の玉を手から出してそれを投げつける。

 そしてネコ耳の少年は電気的な力を以って暗殺者たちを麻痺させていった。


「……な、なんという……」


 言葉を呑むギャレット。


 それはバーンズも同様であった。

 ドローンが捉えた映像には暗殺者たちが一方的に返り討ちにされている様子が写っている。

 それを見たバーンズは結論づけた。


「こりゃ無理だな」

「む、無理とは……?」


 恐る恐る問いかけてくるギャレット。


「だって無理だろ、あんなの。こっちが一個小隊連れて来ても余裕で壊滅するぜ」

「で、ですが……」

「おまけにあの中にレジーナとやらは居ないんだろ? 無理無理、撤退したほうが良いな」


 その時、アンドロイドが《フックショット》をドローンに向けて打ち込んでくる。


「やばいっ!」


 なるべくなら、この場にザルカ帝国とそしてジュノー社が関わった痕跡を残したくない。

 何とかアンドロイドの攻撃に反応できたバーンズはドローンを操作し、紙一重で《フックショット》を避けた。


 しかし。


 次の瞬間、別角度からネコ耳が襲ってくる。

 彼は異常な跳躍力で飛び上がるとドローンに向かって飛び掛ってきた。


「ちっ!」


 咄嗟に搭載されている小型マシンガンで迎撃しようとするバーンズ。

 だが次の瞬間、画面が白く光る。


 バチッという音と共に映像が復旧したときにはドローンは地に転がり、取り押さえられていた。

 カメラの映像には横向きの地面が映し出されている。


「ああ、びっくりした。《電磁》の魔術を憶えておいて正解だったよ」


 あどけない少年の声が聞こえてくる。

 ネコ耳の発した声だ。


 そして今度は女性の声が聞こえてくる。


「そのまま押さえといて下さい。ミント」


 そしてカメラを覗き込む黒髪の女性型のアンドロイドの姿が映し出された。

 彼女は憎悪の表情を浮かべながら低い声色でドローンに告げる。


「おいハロルド、見てるか? いずれお前には苦しんで死んでもらうから、せいぜい楽しみにしてろよ」


 ネコ耳の少年に話しかけた時とはまるで別人の声だ。

 そして彼女はドローンのカメラを踏みつける。


 ガシャという音と共に映像は途切れた。

 アンドロイドらしからぬ憎しみに満ちた表情にバーンズは薄ら寒さを感じた。


 その時、一部始終をバーンズの隣で体を震わせながら聞いていたギャレットが聞いてくる。


「し、少尉殿。ど、どうされるのですか?」

「だから、さっき言ったろ。撤退だ」


 言うなりバーンズは無線を取り出す。

 そして町に潜伏している部下達に連絡した。


「ジャクソン、アレン、撤退だ。帰投せよ」

「少尉殿は?」

「まだ“やる事”がある。後で合流する」

「了解、交信終了アウト


 無線機をしまうバーンズ。

 そのバーンズにギャレットが話しかけてくる。


「でしたら、少尉殿。その“やる事”をお手伝い致します。ですから……」

「ああ、今回の仕事に成功したら地位を約束されてたんだっけ?」

「ええ。流石に今回の仕事内容で地位を得られるとは思っておりませんが……せめて少尉殿のお手伝いを……」

「なるほど。失敗を和らげようってか。見上げた忠誠心だな」

「ええ! ですから私に出来ることであれば何でもやります」


 悲壮な決意を滲ませるギャレット。

 どうやらこの男の事を少々見くびっていたらしい。

 バーンズは明るい表情で彼に頼んだ。


「なら早速やってもらおうか」

「ええ! 何なりとお申し付けくださ……い……」


 バーンズは懐から取り出した拳銃をギャレットに向ける。


「少尉……?」

「流石に“成果なし”じゃ俺も帰れないからな。魔鉱ミスリル調達失敗の責任はお前が取ってくれ。というか元々お前が戦犯だしな」

「なっ! ちょっ……待」


 パン、という銃声と共にギャレットの脳天に風穴が開いた。


 その様子を呆然と見守るチンピラ。

 そして震え声で尋ねてくる。


「あ、あの、俺らは……?」

「ん? ああ、そういえば目撃者がいたっけな。悪いな、お前ら」


 そう言ってチンピラにも銃を向けるバーンズだったが、その内の一人がナイフを手に斬りかかってくる。

 そのナイフをスウェーしてかわし、カウンターの左フックを浴びせるバーンズ。

 脳を揺らされ崩れ落ちたチンピラの胸を撃ち抜き、恐れをなして逃げる残りの二人にも背中に鉛玉を浴びせる。


 瞬く間に血風呂ブラッドバスと化した廃坑道を後にするバーンズ。

 歩きながら彼は考えた。


 ハロルド・ダーガーは魔鉱の運用にどれほど本気だっただろうか。

 バーンズの見立てではザルカとサイドニアが戦争した場合にはザルカの大勝で終わると思っていたが、今日見た光景を見るとそれも思い違いかもしれない。


 いや、考えすぎだ。

 いざとなればルサールカのジュノー社を頼れば良いし、それに開発中の“グスタフ”もある。


 自分は勝利する側の軍に所属しているはずだ。

 そう自身に言い聞かせるバーンズ。


 そして自らも帰投するべく足を速める。

 ハロルドは迅速な報告を望んでいるに違いない。


 同僚のフロストは見せしめで目を潰された。

 自分のは場合はどうなるか知れない。


 ギャレットの死でハロルドはは溜飲を下げるだろうか。

 願わくば、バーンズが都市アレスに戻る頃には彼の機嫌が良くなっている事を。


 ラルフはマリネリスに来て初めて神に祈ったのであった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月16日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 7月15日  後書きに次話更新日を追加

※ 5月14日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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