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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
168/327

168.廃坑道にて



 鉱山都市ボレアレには数多の坑道がある。

 鉱石を求めるドワーフ達が出鱈目に坑道を掘り進めては、鉱石を根こそぎ採掘してしまうのだ。


 ドワーフによって鉱石を採り尽くされた坑道は、やがて誰も訪れなくなる。

 そのような廃坑道は、反社会組織にとってはいい隠れ家になっていた。


 その廃坑道のひとつをザルカ帝国の工作員のギャレットはアジトにしている。

 ただし、ザルカの工作員というのは本当の身元を隠す為の仮の姿で、本当の彼は海を越えたルサールカ人工島の出身であった。


 ギャレットがアジトで今後の計画を練っていると、誰かがやって来る音がした。

 坑道内は足音が反響してよく聞こえるのだ。


 やがてその足音が近くなり、ガラの悪い男達がやって来る。

 ボレアレで幅を利かせている“モンソン・ファミリー”の下っ端構成員達、いわゆるチンピラだ。


 ギャレットは来客に応対する。


「ああ、これはこれはモンソン・ファミリーの皆さん。こんな穴倉までわざわざどうも」


 ギャレットの言葉にチンピラの一人が応える。


「ギャレットさん、この前はすまねえ。アンドレの野郎が……」


 アンドレというのはモンソン・ファミリーと懇意にしている地上げ屋だ。

 モンソンの後ろ盾を得て荒稼ぎしていたアンドレに目をつけて、金策を任せてみたはいいが見事に失敗して捕らえられたらしい。


「捕まった無能の事は忘れましょう。今更あれこれ言っても時間の無駄だ。重要なのは失敗を踏まえてこれからどう行動するかです。違いますか?」

「あ、ああ……違わねえ」

「で、例の“四人組”は排除できたんですか? 暗殺者アサッシンを雇ったんでしょう?」

「それなんだけどよ、ギャレットさん。暗殺は失敗した」

「…………は? 今、何か言いました?」


 たっぷり間を置いてから、ギャレットはモンソン・ファミリーの若い衆に凄みを利かせる。

 気圧されて後ずさりするチンピラたち。


 それを見て悦に浸るギャレット。

 目の前の哀れな連中は彼のバックにいるザルカ帝国の名と、そして目の前で尊大な振る舞いを見せたギャレット本人に屈したのだ。


 理由はどうあれ他人が自分を恐れおののく様を見るのは気分が良い。

 ギャレットは醜く顔を歪ませながら詰め寄った。


「一体、何回失敗すれば気が済むんですか? このボンクラどもが! 相手はたった四人でしょ? そんなの一瞬でケリが着くはずだ!」


 激昂しながら人差し指を突きつけるギャレット。

 だが目の前のチンピラが反論する。


「で、でも相手は“白金”級の冒険者達で…」

「“白金”? ああ、冒険者……でしたっけ? でも、たかが四人でしょ? そんなの言い訳になりませんよ」

 

 耳の穴をポリポリと小指で掻きながらギャレットは呆れ顔で告げた。

 実際、ルサールカ育ちのギャレットに“なんとか級の冒険者”と言われたところで凄さが分らない。


 そんなギャレットを諭すようにチンピラが説明してくる。


「なぁ、ギャレットさん。頼む、聞いてくれ。冒険者の中でも“白金”はヤバい。人間を辞めたバケモノみたいな連中なんだよ」


 それを聞いたギャレットはケタケタと笑い出す。


「ハハハ! それが本当ならこの町には人の皮を被ったバケモノが徘徊してるって事になりますね。 そりゃ傑作だ」


 腹を抱えて笑うギャレット。

 彼はチンピラ達の話を真に受けてはいなかった。


 どうせ責任逃れの為の稚拙な作り話に違いない。

 何も知らないよそ者だと思って適当な話を吹き込んでいるのだ、と。


 その事を咎めようとしたギャレットだったが、その時坑道の向こう側から足音が聞こえてきた。

 このチンピラ達以外に来客が来る心当たりは無かった。

 念のため、チンピラに確認をとる。


「他に誰か呼びました?」

「い、いや……」


 ギャレットは腰に差したスタンガンに手を触れる。

 戦闘が不得手な彼であったが、不意をついてスタンガンで昏倒させてしまえば相手が誰であろうと関係は無い。


 段々と足音が近付いてきて、坑道の曲がり角から男が一人姿を現す。

 ぼろい外套を纏った労働者風の男で、大きな鞄を背負っていた。


 そいつを見てギャレットは直感する。


 明らかに堅気ではない。

 労働者を装ってはいるが、本業はもっと危険な事をしている人種だ。


 その男は油断の無い目つきでギャレット達を見渡す。


「おい、ギャレットってのはどいつだ?」


 男の持つ凄みに気圧されそうになりながらも、ギャレットは強気に返す。


「私だ。そういうお前はどこのどいつだ?」

「俺はハロルド様直属の部隊から来たジョゼフ・バーンズ少尉だ。今回はハロルド様の命によりここの様子を見に来た」


 それを聞いてギャレットは一気に全身の血が逆流する心地であった。

 急に動悸が激しくなり、眩暈を覚える。


 ギャレットの耳にも“小さき暴君”ハロルドの名は轟いていた。

 直接お目にかかった事は無いが、聞いたところによると皇帝リチャードよりも恐ろしい存在かもしれないとのことだ。

 今目の前にいる少尉はその暴君の使者だという。



「は、ははははハロルド様のししし使者殿?」

「ああ、そうだ。ギャレット、仕事の途中経過を教えろ」

「は、はいっ。少尉殿」


 途端に怯えた子犬のようになりながら報告を開始するギャレット。

 先ほど散々チンピラ達に偉ぶった後でこの醜態は、恥かしいなどという領域を軽く超えていたが、それでも背に腹は変えられない。

 ギャレットは直立不動の姿勢でバーンズと名乗る少尉に報告を開始する。


魔鉱ミスリル調達は難航しております。現地民を使ってどうにか調達できないかと考えておりましたが、ここの町を仕切る頭領に感づかれました。現在は暗殺者を雇っていますが、彼らはその頭領が雇った用心棒に苦戦している、と聞いております」

「なるほどな、“冒険者”ってやつか。俺も二年前の船上で実際に見る機会があったが、恐ろしい奴だったよ」


 戦場を渡り歩くこの少尉は“冒険者”の恐ろしさを肌で知っているようだった。

 チンピラ達が“だから言っただろう”という視線を飛ばしてくるが、ギャレットは気付かないフリをした。


 バーンズがチンピラに尋ねる。


「そいつらの情報は無いのか?」

「ええと、四人組の“白金”級の冒険者達です。特に強いのが“紅のレジーナ”と呼ばれてる女で、接近戦では無双の力を発揮するといわれてます」

「なるほど、とはいえ実際に見ないとわからんな」


 そしてバーンズは背負った大きな鞄を地面に置いて中から何かを取り出そうとする。


「少尉、それは何ですか?」

「これか? こんなこともあろうかと、“相棒”を連れて来たのさ」






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「ふみゃあ……ねむい……」


 天高く上った日の光を浴びながらミントは大きな欠伸をした。


 朝一で頭領ビョルンの元へと赴いたミント、ハル、コリン、マルシアルは彼の事務所で新たな情報を得る。


 暗殺者たちは“モンソン・ファミリー”とかいうヤクザ者に雇われたらしいこと。

 そしてそのヤクザを影から動かしているザルカ工作員はどこかの廃坑道に潜伏している疑いが強いこと。


 これらの二点の情報を得たミント達は、他の皆が居る作業場へと持ち帰ることにした。

 いつまた奇襲されるかわからない以上、迅速な情報の共有は重要であると考えたのだ。



 欠伸をして眠そうなミントにコリンが聞いてくる。


「ちょっと、ミント。大丈夫? 頭領の話、ちゃんと聞いてた?」

「聞いてたよう」

「ほんとかなぁ……。心配だ」


 険しい顔をするコリンだったが、彼のパーティメンバーのマルシアルは落ち着いた表情だ。


「ははは、コリン。ネコはよく寝るもの、と相場が決まっておるだろう」


 ネコに理解を示すマルシアルに笑いかけるミント。


「流石、おじじ! よくわかってるよ。そうなんだよ、ネコはよく寝るんだよ!」

「うむ、そうだな。だが、もうちょっとだけでいいからシャッキリした方が良いぞ。大切な人を救うのだろう」


 やさしく諭すように言ってくるマルシアル。

 その言葉で“おにいちゃん”ことクルスの事を思い出す。


「うん、そうだね……」


 短く言ってから自分の頬をパシッと張った。 

 少しは目が覚めた気がする。


 そうしてシャッキリしたミントは、何か目に見えないものの存在を近くに感じ取ったような気がした。

 見えない何かが近くを飛んでいる。 


 虫、ではない。

 もっとこう、機械的な何かだ。


 辺りをキョロキョロと見回すミントだったが、それはハルによって止められる。


「ミント、キョロキョロしないでください」

「え、でも……」

「キョロキョロしたら、あいつに気付かれます」

「え?」


 意味がわからず困惑するミント。

 それを聞いたマルシアルが問いかける。


「ハル、どういう事だ?」

「私たちは今、監視されています。光学迷彩を施されたドローンが近くを飛んでいるんです」





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月14日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 7月13日  後書きに次話更新日を追加

※ 5月13日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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