表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
163/327

163.煙たい町で



 クルスの第二の故郷であるバーラムでダラハイド農場の面々と再会を果たしたハル。

 そこで穏やかなひと時を過ごしたハルは、後ろ髪を引かれながらも新天地へと旅立つ。


 向かう先は鉱山都市ボレアレだ。

 そこでは魔鉱ミスリルという特殊な鉱石が産出する。

 それをテオドールとフォルトナが命ぜられた銃器開発に活かせないかと考えたのだ。


 バーラムを出たハル達は早速ボレアレへの移動を開始する。

 ハル、ミント、ヘルガ、そしてテオドールとフォルトナの五名でボレアレ行きの馬車をドゥルセで手配し、それに揺られて七日が過ぎた。


 長時間の移動に辟易しながらも目的地に到着した一行は、活気溢れる鉱山都市の様子に度肝を抜かれる。

 あちこちで鉄を打つカンカンという音が響き、そしてもくもくとした煙が立ち込めていた。


 到着早々テオドールが口元を押さえながら顔をしかめる。


「それにしても、煙てえ町だな」


 するとドワーフ女ヘルガが笑いながら彼をからかう。


「おんやぁ? テオドール、もう弱音吐いてんのか? ルサールカの有害な外気でも死ななかったお前が?」

「うるせえ。それはそれ。これはこれだ。んな事より早く宿を押さえちまおうぜ」


 テオドールの提案に同意し手早く宿を押さえたハル達は町へと繰り出すと、二手に別れる。


 まずは美味しいものでお腹を膨らませたいと駄々を捏ねたフォルトナと、それに同意するテオドール。

 対して町をあちこち見て回りたい希望したミントとヘルガの意見が割れ、それぞれ別行動をとる事になった。


 ハルはどちらについて行っても良かったのだが、マリネリスの文化に明るくないテオドール達について行く事にした。


 ミント達と別れ、手近な露店を物色するハル達。


 鉱夫達が多いこの町では、手早く食事をとれる料理が人気で皿料理を扱っている店は非常に少ない。

 ホットドッグ、ピザ、串焼き、サンドウィッチなどが大半を占める中、フォルトナが一つの店に興味を惹かれている。


「あ! あの店なんか良さそうじゃないッスか?」

「どれどれ」


 ハルが見てみるとそこはハンバーガーを扱った店で、露店の鉄板からジュージューと香ばしい音を立ててビーフパティが焼かれている。

 そこに塩や黒コショウ、ニンニク、香草が乗せられ更に香りが引き立った。


「うまそう!」


 匂いにやられたテオドールが思わず声を上げる。

 それを聞いてハルは二人に告げた。


「じゃ、あの店にしましょうか」


 ハルが宣言するとテオドールとフォルトナが大きく頷く。


「ああ!」

「ッス」


 そうして三人はハンバーガーを注文し、広場に設置された簡素なベンチに腰掛ける。

 美味しくハンバーガーを平らげた三人は満足げな表情だ。

 鉱夫達向けのため、かなりのボリュームのあるバーガーであったが人間のテオドールもぺろりと完食している。



「満足しましたか?」


 ハルが尋ねるとテオドールがゲップ混じりに答えた。


「ああ、ヴッ。すっげぇ美味かったよ」


 そんなテオドールに注意するフォルトナ。


「ちょっとテオ。マリネリスではゲップはマナー悪いって私聞いたッスよ」

「うっせーなぁ。生理現象にマナーもクソもねえだろ」


 などと身も蓋も無い事を言うテオドール。

 彼にしてみればゲップをしないアンドロイドにそれを注意されても、耳を貸す気にはならないだろう。


 一方のフォルトナはまだまだ食への興味が尽きないようだ。


 『HL-426型』アンドロイドのハルとフォルトナは、出来ることなら常にエネルギーを溜め込んでおきたいと考えている。

 ハルはパイルバンカー、フォルトナはグレンゼンロスの使用にエネルギーを消費するためだ。

 フォルトナは同型のハルに提案してきた。


「テオが無理なら私だけでも、もう一軒回るッスかねぇ。ハルさんも一緒にどうスか?」

「私は別にいいですけど……そんな無駄遣いするお金あるんですか?」

「お金ならエドガーさんにたっぷり貰ってるッスよ~」


 そう言ってフォルトナは巾着袋の硬貨を見せてくる。


「あー、たしかに結構ありますけど……フォルトナ。人通りのあるところでお金を見せびらかすのはマズイです」

「へっ?」

「あまり無用心だと盗まれますよ、この袋。ひょいっと」

「あっ……」


 そう言ってフォルトナはしょんぼりとする。


 ルサールカで用いられている“リッター”は電子通貨であり、ICカード管理だ。

 リッターではなくタンクに入れた水で直接取引する場合もあるが、どちらの場合でもあまりスリを気にする事はない。


 ICカードを盗んでも暗証番号がわからなければ高額取引の際に弾かれるし、カードを再発行した瞬間に盗まれたカードは使用出来なくなる。

 水はそもそも重量が有り過ぎてスリに狙われない。


 しょんぼりと肩を落とすフォルトナとは対照的に、テオドールは感心した様子で呟いた。


「なるほどな、ルサールカではハッキングが出来ない奴がカードを盗む意味は無いが、こっちでは金を盗むのが誰でも可能なんだな」


 ハルはテオドールの言葉を肯定しつつ、フォルトナを慰めた。


「そういうことですね。まぁ知らなかったものはしょうがないですよ。フォルトナ、そう落ち込まないで」

「ハルさん、ありがとうございまス……」

「いえいえ、わからない事があれば何でも聞いて下さいよ」


 ハルが優しげに告げるとフォルトナは安心したようだった。

 そしてハルは二人に提案する。


「とりあえず今日のところは、宿に戻りませんか? あの二人もそろそろ戻ってるかもしれませんし」

「それもそうだな」


 そうして三人が帰路に着こうとしたところで、前方から大きい爆発音が聞こえてくる。

 大量の火薬か何かが破裂したような、耳をつんざく爆裂音だ。


 その音に広場に居た人々も顔を上げ、様子を伺っている。

 そして彼らは口々に噂をし合う。


「何だ今の音は! 宿場町のほうじゃないか!?」

「ああ。あの爆発は掘削用の火薬かねぇ」

「おい! 建物倒壊の危険があるから、近付かねえ方がいいぞ!」


 一方、住民の噂話を聞いたフォルトナが不安げな顔で聞いてくる。


「ハルさん。どうするッスか?」


 短い時間でハルは決断する。


「ミント達が爆発に巻き込まれてないか確認しなければなりません。私が様子を見てきますので、二人はここで待っててください。応援が必要な時は合図します。フォルトナ、《ウステンファルケ》を」

「はいッス」


 フォルトナからマグナム銃を受け取ったハルは、二人に向けて指示を出した。


「これが事故でなく敵襲だった場合には、コレを空に向けて撃ちます。銃声が聞こえたら援護しに来てください」


 ハルの指示を二人は了承した。


「了解」

「ッス」


 二人の返事を聞いたハルは広場から宿場町へと走り出す。

 宿場町が近付いてきたところで《フックショット》を近くの建物に打ち込み、高速で移動を開始する。


 建物の屋上へと移動したところで剣戟音が聞こえてきた。

 身を屈めて様子を伺うと二人組みの冒険者が、黒服の男達に取り囲まれている。


 その冒険者の一人は頭から血を流して倒れている。

 そしてもう一人はハルにもよく見覚えがあった。


 燃え上がるような赤毛の長髪に、大柄な体。

 そして以前にも増して巨大な剣を振り回している彼女は間違いなくレジーナだ。


 彼女は数的不利をものともせずに戦っていたが、倒れている仲間を気遣ってその場を動けないようだった。

 手助けが必要だ。

 だが、いきなり近付いても敵と誤認されてぶった斬られる可能性もある。


 そう考えたハルは彼女に声をかける。



「お困りのようですねぇ、イノシシ女さん」


 レジーナがこちらを見上げるのを見てから、ハルは建物の屋上から飛び降りた。


 そしてレジーナのとなりに着地すると、前とは違う黒髪と赤い瞳を見せ付ける。

 果たして彼女は気付いてくれるだろうか。


 ハルがそう心配していると、やがてレジーナは戸惑いながらも尋ねてきた。


「お前、……ハル?」


 その言葉に満足したハルはレジーナに笑いかけながら告げる。


「話は後ですよ、レジーナさん。とりあえずは目の前の敵を何とかしましょう」

「あ、ああ! もちろんだぜ」

「ちょっと仲間に合図しますね」

「あ? 一人じゃねえのか」

「ええ」


 そしてハルはフォルトナから受け取った《ウステンファルケ》を虚空へとぶっ放す。

 その様子を見ていた黒服たちは、これからの方針を決めかねているようだった。


 二人に増えた攻撃対象、しかも増えた者は“金”のタグ持ち。

 彼らは仲間同士で目配せをし合い、このまま攻撃を続けるか撤退するかの二択に悩んでいる。


 その時、《グレンゼンロス》の銃声が響き渡る。

 合図を聞いたフォルトナ達が駆けつけてくれたのだ。



「ハル! 無事か!!」


 自身も《リューグナー18》を撃ちながらテオドールが聞いてくる。


「おかげ様で!!」


 突然の銃撃を受けて黒服たちは本格的に撤退を決めたようだった。

 散り散りになって逃走を開始する黒服たち。


 ハルは《フックショット》を使ってその内の一人に接近すると、黒服を殴りつける。

 鉄の拳をまともに食らい卒倒した黒服を取り押さえた。


 こいつらが何者なのかは知らないが、最低でも一人は生きたまま取り押さえて背後関係を吐かせねばならない。

 黒服を取り押さえるハルにテオドールが聞いてくる。


「ハル、連中とんずらこきやがったぞ。どうする? 追うか?」

「放っときましょう。幸い、一人確保できました。あとはこの人がぜーんぶ教えてくれるはずです」


 にんまりと笑みを浮かべるハルに、フォルトナが話しかけてくる。


「ハルさん、向こうに!」

「ん?」


 ハルがその方向を見やるとミントとヘルガが、コリンともう一人エルフの男性を連れてこちらに歩いてくるところであった。


「あーーー! ハル達いたー! 大丈夫ー?!」


 ミントが大きな声を張り上げてながらこっちに走ってきた。

 ハルは彼に返事をする。


「ええ、何とか。ミント、そっちは大丈夫ですか?」

「うん、だって向こうで買い物してただけだもん」


 ミントは真新しいテンガロンハットを手でくるくると回した。

 そこへ、レジーナがハルに向かって話しかけてくる。


「おい、ハル。色々と聞きたい事があんだけどよ」

「あ、そうですね。ええと何から話しましょう。まずは……」


 そこまで言いかけた時、別の誰かがハル達に対して警告を発してきた。


「そこの者達、動くな!」


 声の方を見ると老ドワーフが自警団と思しき若者達を従えて、こちらに武器を構えている。

 その老ドワーフにレジーナが叫ぶ。


「ビョルン! こいつらはあたしの知り合いだ! 武器を収めろ!」


 それを聞いたビョルンは手を上げて、自警団に武器を下ろさせる。

 そして注意深くハル達を見つめながら、こう言い放った。


「……一切合切を説明してもらうぞ。俺の事務所まで来い」





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月 2日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 7月 1日  後書きに次話更新日を追加 

※ 8月 2日  矛盾点となる記述を削除

※ 5月 8日  一部文章を修正

※ 5月 9日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ