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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
162/327

162.変則二刀流



 鉱山都市ボレアレの洋服屋にて。


 仲間のイェルドの買い物に付き合っていたコリンに、突如として獣人族ライカンスロープの少年が話しかけてくる。


「あのー、いきなりすいません。ボクにこれ似合うと思いますか?」

「え? ……う、うん。に、似合ってるんじゃない……?」


 驚きと困惑で上手く声が出ないコリンがどうにか言葉を搾り出すと、少年はイェルドにも意見を求める。


「そっちのエルフのお兄さんはどう思いますか? 似合ってると思う?」


 するとイェルドは腕を組んで考え始める。

 もしかすると少年本人よりも真剣かもしれない。


「ふむ……。いささか体と帽子のバランスが悪いな。帽子が大きすぎるせいで、全体の調和がとれていない。だがデザインには問題は無いと思うから、もう少しサイズの小さいものを選ぶと良いだろう」

「おお、凄い!! 参考になりました」


 少年が感動した様子で目を輝かせていると、奥から女性の声が聞こえてくる。


「おーい、ミント。いきなり知らん人に声かけんなよー」

「だってヘルガが全然まじめじゃないんだもん」


 ミントと呼ばれた少年がふくれっ面で頬を尖らしていると向こうからヘルガの謝罪が聞こえてくる。


「わーったわーった。それは悪かったって」


 そしてハンガーにかけられた服の向こうからドワーフの女性が姿を現す。


「すいませんね。うちのネコがびっくりさせちゃって」

「ううん。全然、大丈夫」

「それは良かった………ん?」


 ヘルガはコリンの出で立ちをじっくりと観察している。

 不思議に思ったコリンは彼女に問いかけた。


「どうしたの?」

「あんたさぁ、ひょっとして“小さな大魔術師”のコリンじゃないの?」


 ギクっとするコリン。

 あまり《魔術》に詳しくなさそうな二人だったが、コリンのことを知っているのだろうか。


 そう思ってコリンが二人を良く見ると、首から“銅”のタグをぶら下げている。

 二人は冒険者だ。

 もしかするとギルド等でコリン達の勇名を聞いていたのかも知れない。


 とにかくザルカの工作員が潜伏しているかもしれないこの町で、コリン達があまり大っぴらに名乗るのはよろしくない。

 今だって“白金”のタグは服の中にしまっている。


 すると、ヘルガの言葉を聞いたミントが駆け寄ってくる。


「へー!! 君がコリンなの? ボクはミント! でねボク、ハルマキスの学院でマシューって先生に《魔術》について教わったよ」


 それを聞いたコリンに衝撃が走る。

 マシューはコリンが在学時代に唯一、“コイツだけは他のゴミとは違う”と一目置いていた学徒であった。

 それは成績的にも人間的にもそうだ。


 懐かしい名前を出されたコリンはミントに問いかけた。


「君はマシューの知り合いなのかい?」

「うん! だってマシューからコリンの事を聞いたんだもん」

「そうだったんだ。で、マシューはどんな様子だった? 彼は元気だった?」

「うん、元気だったよ。でも“親友の退学を止められなかった”ってちょっと落ち込んでたよ」


 それを聞いてコリンとしても少し胸が痛くなる。

 結局彼とは退学以来顔を合わせていない。


「そっか……」

「コリンもさ、もしハルマキスに帰る事があったらさ。マシューに会ってあげなよ」

「うん、考えとく」


 コリンが返事をすると、隣で話を聞いていたイェルドがミントに声をかける。


「ふむ、君はハルマキスに居たのか」

「そうだよ」

「そうか、ならばカールシュテイン王家の宮殿は見たか? 気品溢れる優雅な建造物であっただろう?」


 自慢顔でミントに問いかけるイェルド。

 この男は自身が褒められるのは嫌いだが、その一方で自分の家族である王家が褒められるのを非常に喜んでいた。


「うん、すっごい綺麗だったよ。……おばあちゃんの部屋はちょっと汚かったけど」


 それを聞いたイェルドの眉がピクリと上がる。


「おばあちゃん? 誰の事を言っている?」

「ああ、ええとセシーリア様のお部屋ね。ボクお世話になってたから」


 その言葉にイェルドは驚きの声を上げる。


「君は婆様のお知り合いなのか?!」

「うん、そうだよ~」


 どうやら二人にも共通の知人が居たらしい。

 コリンはその人物についてイェルドに尋ねる。


「ねえ、イェルド。そのセシーリアって人は誰? 凄い人なの?」

「それはだな……」


 イェルドが答えようとしたところで、今度はミントが驚いて声を上げる。


「えー?! あなたがイェルド様なの?」

「そうだ。その様子だと婆様から聞いていたか」

「うん、“たまには帰って来るのじゃ”って言ってたよ」

「そうか。仕事が片付いたら考えよう」


 すると、ヘルガが思い出したように言葉を発した。


「あ、そういえば」

「どしたの、ヘルガ?」

「あんたら、レジーナって知ってるだろ? 今はどこに居るんだ?」


 コリンとイェルドは顔を見合わせる。

 ザルカの工作員への警戒を強めていたコリン達は、あまり不用意に宿を他人に教えないようにとパーティ内で話し合って決めていた。


 だが見たところ今目の前に居るこの二人はザルカの工作員には見えないし、それぞれに共通の知人もいるようだ。

 警戒の必要は薄いだろう。


 だがコリンは念の為に尋ねる。


「ミント、ヘルガ。二人はレジーナに何の用があるの?」

「ええとね、会わせたい人が居るんだ」

「会わせたい人、誰?」

「それはね、コリンも知ってる人だよ」

「?」


 コリンが顔に疑問符を貼り付けるが、ミントはそれを見てにっこりと目を細めた。





--------------------





「おい、レジーナ。起きろ」


 ベッドの上でうとうとしていたレジーナはマルシアルの声で目を覚ます。

 ビョルンから何の情報も提示されなかった事に腹を立てて、そのままベッドに横になっていたレジーナだったが、いつのまにやら眠りについていたらしい。


「どうした、おじじ」

「シッ」


 レジーナの問いにマルシアルは人差し指を立てて“静かに”というジェスチャーをする。

 その動作で事情を察したレジーナは物音を立てずに戦闘準備に取り掛かる。


 すでに準備万全のマルシアルは指で天井を指し示す。

 その時、微かに物音が聞こえた気がした。


 何者かがこちらの動向を窺っている。

 準備を終えたレジーナはマルシアルの耳元で囁いた。


「どうする? おじじ。やっちまうか?」

「どちらにせよこの部屋を出るべきだ。外にも敵が潜んでいるかもしれん」


 その意見はレジーナにも大いに賛成できた。


 連中がこれから攻撃を仕掛けてくるのか、それとも単なる偵察なのかはわからない。

 だが現在は四人パーティは二人ずつに分断されている。

 襲う側から見れば実に好都合だ。


 それに加えて戦闘になった場合、こんな部屋ではレジーナの大剣は振り回せない。

 だったらさっさと部屋を出た方が生存の確率は高いだろう。


 そう決めた二人は安宿の部屋を出る。

 廊下に敵影は無かったが、用心深く慎重に歩を進める。


 そのまま廊下を歩き、安宿の無愛想な受付もスルーして外へと出る二人。

 敵の狙いは襲撃ではなく偵察だったのか。


 レジーナ達がそう思いつつも辺りを注視していると突如、後方から爆発音が聞こえてくる。


 反射的に身を屈めて防御姿勢を取る二人。

 二人の泊まっていた安宿に爆薬をセットしていたらしい。

 さっきの物音はそれを仕掛けている時の音で、それが起爆するまでの僅かな時間のうちにレジーナ達は外へと出られたのだろう。


 吹っ飛んだ建物の破片が体に石つぶてのようにヒットしていたが、頑健な体を持つレジーナは幸い無事であった。


 だが、隣を見るとマルシアルは頭から血を流して倒れている。

 不運な事に破片が頭に直撃していた。


「おい、おじじ! しっかりしろ!」


 レジーナが呼びかけるがマルシアルは起き上がる気配が無い。

 まだ息はあるが、完全に気を失っている。



 その時、周囲から複数人の足音が響く。

 レジーナが顔を上げると黒い覆面で顔を覆った男達が姿を現す。


 おそらく、工作員が雇った暗殺者アサッシンだ。

 彼らはそれぞれ手に曲刀やダガーナイフ、カタールなどで武装している。

 この前退治したチンピラ達とは比べ物にならない、強者の匂いをレジーナは感じ取る。


 そして傍らには負傷して倒れているマルシアル。

 《奇跡》の使い手が先に倒れてしまっている今の状況はかなりまずい。

 レジーナも多少はプレアデスの《祈祷》を使えるが、これほどの怪我をすぐ治せるレベルではないのだ。


 先ほどの爆発音を聞きつけた近隣住民が建物の窓から顔を出していたが、暗殺者たちの姿に怯え彼らは全員姿を消した。

 ここはコリン達と合流するまで何とか持ちこたえるしかなかった。


 覚悟を決めたレジーナはプレアデスで憶えた《印術ルーン》を指で刻む。

 毒物への耐性を上げる《活力》のルーンだ。


 レジーナの動作に反応した暗殺者の一人が投げナイフを投擲してくる。

 それを鉄板のような大剣で受け止めるレジーナ。

 彼女がかつて使っていたバスタードソードは折れてしまったので、現在はこの“鉄板”ことグレートソードを使っていた。


 投げナイフを投げた者とは別の暗殺者が接近して、レジーナに細身の曲刀・キリジによる斬撃を見舞ってくる。

 それにレジーナは鉄板をぶん回して迎撃するが、キリジの暗殺者は反応してバックステップでかわす。


 次の瞬間、別方向から暗殺者が迫ってくる。

 カタールの切っ先をこちらに向けながら突っ込んできた。

 レジーナの大振りの隙を狙っていたのだ。


 だがレジーナは焦ることなく、腰に差した直剣を右手で抜き放つ。

 防御用のハンドガードがついた剣、マンゴーシュだ。


 レジーナが鉄板を振り回した際の、隙の大きさを補うために導入した補助武器である。

 この特注のマンゴーシュはレジーナの体格と膂力を考慮して刀身が長めに作られている。


 レジーナはマンゴーシュでカタールの突きを逸らし、暗殺者の首を斬りつける。

 切断こそならなかったが、動脈から多量の血を滴らせながら倒れるカタールの暗殺者。


 その屍を踏み越えて別の暗殺者が更に攻めてくる。

 対してレジーナは今度はマンゴーシュで牽制して動きを止めてから、左手一本の怪力で鉄板を薙ぎ払った。

 石畳の地面に擦れて火花を散らしながら振りぬかれた鉄板に胴体を両断される暗殺者。


 この左手のグレートソード“鉄板”と右手のマンゴーシュの変則二刀流がレジーナの新たな戦闘スタイルだ。

 どちらの剣でも攻撃・防御の役割がこなせる隙の無い編成である。


 だが暗殺者達は戦意喪失はしておらず、投げナイフをさらに投擲してくる。

 それらを左手に持った鉄板で防御するレジーナ。


 今度は先ほどの様な拙攻ではなく、じっくりとレジーナの隙をうかがう暗殺者達。

 自分からも仕掛けたいレジーナだったが、マルシアルが未だ意識を失っている為それもできない。


 事態がジリ貧の持久戦の様相を呈し始めたその時、頭上からレジーナがかつて聞いた事がある声が響いてきた。


「お困りのようですねぇ、イノシシ女さん」


 レジーナが上を見上げると、近くの建物の屋上から黒髪の女が飛び降りてくる。

 そしてレジーナのとなりに着地すると、赤い目で見つめてきた。


 見覚えのある顔の造型と佇まいにレジーナは戸惑いながらも尋ねる。


「お前、……ハル?」

「話は後ですよ、レジーナさん。とりあえずは目の前の敵を何とかしましょう」




用語補足


マンゴーシュ

 主武器の補助に用いる両刃の小剣。

 手を保護するハンドガードがついているため、防御用途にも使える。

 マンゴーシュとは“左手”という意味であるが、作中のレジーナは右手に持っている。

 これはマンゴーシュの方が正確な剣さばきを要する為である。







お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月30日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月29日  後書きに次話更新日を追加 

※ 7月15日  一部文章を修正

※12月16日  一部文章を修正

※ 5月 7日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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