161.ショッピング
鉱山都市ボレアレの一角にある安宿。
その一室をレジーナ達は借り受けている。
先日のビョルンとの会合で“次の標的が見つかったら追って連絡する”などと豪語していたが、それから何の進展も無く一週間が過ぎようとしていた。
その現状に業を煮やしたレジーナとマルシアルがビョルンの元へ直談判しに行くのを見送ったコリンとイェルドは、部屋の中で漫然と時を過ごしていた。
遠くの作業場でカンカンとドワーフが金槌で鉄を叩く音を聞きながら読書に耽るコリン。
一方のイェルドは普段使っている武器や道具の点検に余念が無い。
無言でそれぞれ気の向くままに過ごしていた二人であったが、やがてそれにも飽いてしまう。
退屈に耐え切れなくなったコリンがイェルドに話を振った。
「ねーイェルド」
「何だ」
「イェルドってさ、何で家を出たの? ハルマキスの宮殿で何不自由ない生活をしてたんでしょ? わざわざ危険を冒してまでこんな仕事する必要無いじゃん」
今コリンの目の前に居る優男のエルフは、なんとハルマキスの王族らしい。
そのことをイェルドはあまり語りたがらなかったが、折角時間が余っているので質問をしてみたのであった。
コリンからの言葉に、イェルドは作業の手を止めて答える。
「そうだな……。一言で言うなら“好奇心”だろうか」
「はぁ?」
「例えばここボレアレではハルマキスでは珍しいドワーフ達が沢山いるし、ここまで製鉄な盛んな場所はマリネリス広しと言えどここ以外にないだろう」
「ああ、なるほど。ハルマキスの外を回って知見を得たいんだ?」
「それもあるな。それとは別に自分の強さも測りたい。自分自身では強い方だと思っているが、井の中の蛙かもしれんからな」
さすがにそれは謙遜が過ぎるだろう、とコリンは思ったがそれは心の中にしまって置く。
この男は実力が有る癖に、それを褒められる事を極端に嫌っていた。
“慢心の温床になる”などと言って、褒めた相手を睨みつけることもあるくらいだ。
その時、コリンの脳裏にふとした疑問が生じた。
その事を尋ねてみる。
「それにしても、周りの人たちはよく許したよね。止められなかったの?」
「勿論、止められた」
「あ、やっぱり」
「ああ、そこで私は父上と話し合い、ある約束を取り付けた」
「約束?」
「父上の推薦した騎士達と御前試合を行い、その全てに勝利すれば自由にして良い、とな」
「へー。で、勝ったんだ?」
「ああ、最終的には父上は私の考えを支持してくれた。“多くのものを得て帰って来い”と送り出してくれた」
「良かったじゃん」
コリンがそう声をかけるとイェルドは、彼にしては珍しく自虐的に呟く。
「ああ、確かにそれは良かった。だが結局、好奇心の根底にあったのは姉上への憧れなのかもしれない」
「え、イェシカに憧れてるの?」
コリンにとってはいささか同意しかねる発言であった。
イェルドの実姉イェシカは荒っぽさや酒好きでトラブルメイカーな部分がレジーナにそっくりであるためだ。
唯一、弓の腕前だけはコリンが出会ってきたどんな冒険者よりも卓越していたが。
だがイェルドは真剣な調子で言葉を紡ぐ。
「姉上は私よりずっと先にハルマキスを出た。それも彼女がまだ子供だった時に、だ。私が彼女くらいの年頃の時にはそんな事は考えもしなかった」
「ふうん」
「やがて、私も段々と気になってきたのだ。“姉上が宮殿を飛び出して見た景色はどんなものなのだろうか”と」
「なるほどね。で、そうまでして見た景色はどうだった?」
「とても、興味深い。私の知らないものがたくさん見れたし、私より強い者にも会えた。有意義だよ、とても」
「そっか」
その時、部屋の扉が開く。
出かけていたレジーナとマルシアルが帰ってきたのだ。
二人に声をかけるコリン。
「おかえり、どうだった?」
コリンの問いに黙って首を横に振る二人。
まだ、目標は見つかっていないらしい。
がっくりと肩を落としながらレジーナが吐き捨てる。
「あたしも、とうとう我慢ならなくてさ。ついに言っちまったよ。“後三日以内に見つけろ。じゃないと町を出るぞ”ってな」
「え、いいの? 戦争になるかもしれないんでしょ?」
「コリン、あの爺さんだって言ってただろ。確証のない単なる噂だって。それにあたしらはこの町の守護者じゃねえんだぜ。他にもあたしらに依頼したい奴は山ほど居る」
「それはそうだけど……」
「だからとにかく、後三日だ。これでしっぽに火が付かなきゃ、それはここのドワーフどもの責任さ」
そう言って、どさっとベッドに寝っ転がるレジーナ。
強情な彼女が一旦こうなると梃子でも動かない。
それに彼女の言い分も完全に間違っているとは言えない。
戦争の件はあくまで噂であるし、ボレアレにザルカの工作員が本当にいるとしても、それを何とかするのはあくまでビョルンの責任である。
ビョルンが依頼さえくれればコリン達は助けるが、そうでなければそれは彼らの自己責任というやつである。
そのまま仰向けに寝て天井をじっと睨みつけるレジーナ。
どうしたものかとコリンが思案していると、マルシアルが声をかけてくる。
「とにかく、今は待つことしか出来ん。コリン、外で遊んできても良いぞ」
「外かー、うーん。どうしようかな……」
インドア派の本の虫であるコリンが逡巡していると、意外な事にイェルドが乗り気であった。
「ならばコリン、一緒に行こうか」
「え、イェルドどうしたの? 急に」
「ちょっと買い物をしたくてな」
「ああ……そう……」
コリンはうんざりする。
イェルドの悪癖である“買い物”である。
世間知らずの彼は店主の言うままに相場より遥かに高値で物を購入したり、考え無しに不必要な物を大量購入してしまう事がしばしばあった。
そんな彼の買い物には“お守り”が必要である。
コリンはため息混じりに告げる。
「わかった、行こうか」
「うむ」
目をキラキラさせるイェルドにコリンは釘を刺す。
「言っとくけどイェルド。買う前に最終的には僕のジャッジが必要だからね」
「心得ている」
「ならいいや、さっさと行こう」
そうしてマルシアルに見送られながら安宿を出るコリンとイェルド。
やがてイェルドが前から気になっていたという服屋に着いた。
ここでは採掘作業に従事する者向けの丈夫なデニム素材の服が人気のようであった。
ドワーフ用の他にも人間用のサイズもある。
イェルドはそれらの服を手にとってはコリンに意見を求めてくる。
それに生返事で答えていると、コリン達の他の客の声が聞こえてきた。
どうやら店に入る前に訪れていた客で、会話内容から察するに二人組みだ。
ハンガーにかけられた商品が邪魔で姿は見えず、声だけが聞こえてくる。
少年と女性の声だ。
「ねーヘルガ。似合う? これ」
「んー? ああ、似合う似合う。凄い似合う」
「あ、また適当に相槌打ったね?」
「そんな事無いって、相棒」
そのヘルガと呼ばれた女は、イェルドをあしらうコリンと同じように生返事で返している。
彼女も苦労しているのだろうか。
などとコリンが考えていると、少年の方の足音がこちらに近付いてくる。
「ふん! もういいよ、そっちの人に聞くもん!」
そしてその声と共にハンガーにかけられた商品が横にどかされて少年の姿がコリンにも見える。
その少年は灰色の毛並みをした獣人族だ。
手にはテンガロンハットを持っており、それをヘルガに見せていたようだった。
その少年がコリン達に向かって口を開く。
「あのー、いきなりすいません。ボクにこれ似合うと思いますか?」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 6月29日(金) の予定です。
ご期待ください。
※ 6月28日 後書きに次話更新日を追加
※ 5月 7日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。