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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
160/327

160.頭領



 クルスの第二の故郷バーラムの農場にて。

 ダリルに先導されてダラハイド農場へと足を踏み入れるミント達。


 歩きながらミントは農場の様子を興味深く眺めていた。

 かつてハルマキスの宮殿で働いていた際にも農家との取引はあったが、ここバーラムの農場はまた違った趣があった。


 森林に囲まれたハルマキスの農場とは違い、バーラムの農場は面積がかなり広いのだ。

 そのせいで心地よい開放感を感じるのだろう。


 ダリルが歩きながら説明してくれたところによると、ここで様々な作物を育てているらしい。


 ミントの好物は魚であったが、野菜も好きであった。

 現実世界では稲に似た“ねこくさ”という植物を食べた事もある。


 魚にはないシャキシャキとした食感がミントは好きで、一回食べ出すと止まらない。

 彼はその食感を思い出し、舌なめずりをする。


 そうして暫く歩くと、ここの農場の主が暮らしているという家が見えてきた。

 結構な広さの農場を有している割にはこじんまりととした家である。


 ドアを開けながらダリルが中に呼びかける。


「奥様ー。いるかー?」


 すると遠くから返事が聞こえてきた。


「どうしたんだい、ダリル。まだ昼食には早い時間だよ」

「客が来てるんだ。上げちまってもいいか?」

「お客さん?」


 そう言って奥から小太りな婦人が顔を覗かせる。

 彼女がこの農場主の奥方のキャスリンだろう。


 ミントが観察していると隣にいるハルが、僅かに身じろぎするのが見えた。

 そして同時にキャスリンもミント達を見てハッと息を呑む。


 キャスリンはどたどたと足音を響かせながらこちらに近寄ってきて、こう言った。


「ハルちゃん、なのかい?」


 どうせまたフォルトナの事をハルだと思っているのだろう、とミントは冷めた目で観察していた。

 だがキャスリンは黒髪のハルのことをじっと見据えている。

 その視線を受けてハルは震えながらキャスリンに告げる。


「奥様、ただいま……」

「ハルちゃん……! よく帰ってきたね」

「遅くなってしまって、ごめんなさい……」


 二人は抱き合い、キャスリンは顔をくしゃくしゃにしながら号泣している。

 ハルは機械ゆえに涙は流せないが、表情はキャスリン同様にくしゃくしゃである。


 感動の再会を目の当たりにしてミントも思わずもらい泣きしてしまいそうになる。 

 何とか踏ん張ったミントが、ふと隣を見るとヘルガが声を上げて号泣していた。


「うう”うーー。何だかよぐわかんないげど、よがっだなぁ”ぁー」


 下手をすると当人達よりも多く涙を流しているヘルガに、無言でハンカチを貸すミント。


 その時、泣き声を聞きつけたと思われる男性が一人と子供が二人やって来た。

 男性が声をかけてくる。


「おい、キャスリン。何の騒ぎだ。一体どうしたのだ?」

「あなた……この子、ハルちゃんよ……」

「何だと!?」


 驚く男性たちに向かってハルが言った。


「旦那様、ジョスリン君、フレデリカちゃん、ただいま戻りました」





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 炭鉱都市ボレアレにて。


 冒険者レジーナはパーティメンバーであるコリン、イェルド、マルシアルを引き連れて、とある場所へと向かっていた。

 ボレアレを取り仕切る頭領、ビョルンに呼び出されているのだ。


 頭領が根城にしている古い鉄工所へと歩いていると、コリンが話しかけてきた。


「今日は一体何の用だろうね、ビョルンさんは」

「下らない用件だろうぜ。どうせまた雑用だ」


 とレジーナはボヤく。

 彼女にとって昨日の戦闘は雑用レベルの退屈な仕事であった。

 そこへイェルドが口を挟んできた。


「昨日、捕らえた男が何か吐いたのではないか?」


 それに返事をするのはマルシアルだ。


「どうだろうな、わしの見た印象ではあの太っちょは末端の使い捨てだ。大した情報を持っているとは思えんぞ」


 などと四人で話をしていると古鉄工所へとたどり着く。


 ここはビョルンが現役の頃に稼動していた施設で、現在は鉄工所としては使われていない。

 その建物を事務所として再利用しているのであった。


 入り口で受付のドワーフの男達に挨拶をすると中に通された。

 そのまま、頭領の部屋へと向かう。


 尤も“部屋”といっても、だだっ広い作業スペースに大きな板を置いて区切ったものを、“部屋”と言い張っているだけの貧相なものだった。

 だがここの頭領は形式ばったものにこだわりは一切なく、使えるものは何でも使うという実用主義者であった。


 この鉄工所も“まだ使えるから”使っているだけだ。


「おう、お前らか。よく来たな」


 部屋に入るなり頭領ビョルンが声をかけてくる。

 この町を取り仕切るビョルンは年老いたドワーフの男性であるが、そのはつらつとした佇まいは老齢を感じさせないものがある。


 彼の部屋を見渡すと全体的に雑然としており、机には大量の資料が散乱していてこれ以上物を置く場所もない。

 そして立てかけてあるコルクボードには所狭しとメモ紙が留められているが、字が汚くて何が書いてあるか判然としなかった。


 そんな部屋を見てレジーナが皮肉を言う。


「相変わらず、整然とした部屋だな。ビョルンさんよ」

「だろ? まぁ、座れや」


 適当に置かれた小さな椅子に腰掛けるレジーナ達。

 ドワーフ用の為、長身のレジーナにはだいぶ小さい。

 座りながらレジーナが問いかける。


「で? 今日は何の用だよ」

「ああ、実は昨日お前らがとっ捕まえてくれた奴の素性が割れた」

「ほう、もうゲロったか。根性のねえ野郎だな」

「まったくだ。で、そいつ……アンドレって野郎なんだが、そいつはザルカの工作員を名乗る男の指示に従って金策をしていたらしい」

「ザルカだと?」


 その単語を聞いたレジーナは眉間に皺を寄せる。

 ザルカ帝国は彼女にとって憎き仇敵であった。


「ああ。何でもザルカは最近ウチで作ってる魔鉱ミスリルを狙っているみてえなんだな。迷惑なことによ」

「それでそのアンドレは魔鉱を買い付ける為の金を工作員に渡そうとしてたのか」

「ああ。成功すればザルカでの地位が約束されてたらしい」

「地位? へっ、くっだらねえ」

「同感だ。とにかく、アンドレは末端の一人に過ぎない。元凶の工作員を潰さねえ限りボレアレの脅威は消えない。いや……」


 急に、何やら言いよどむビョルン。

 疑問に思ったレジーナが問いただした。


「どうしたよ、頭領」

「いや、これはひょっとしたらボレアレだけの脅威じゃねえかも知れねえんだ」

「あ? どういうこった?」

「これは、あくまで噂の一つに過ぎねえんだけどよ。ザルカの連中は戦争の準備を整えてて、近々それが完了するんじゃねえかって」


 それを聞いて思案するレジーナ。

 彼女達はそんな噂は聞いたことが無い。


 レジーナは再びビョルンに尋ねる。


「その噂の出所は?」

「サイドニアだ。王都サイドニア。そこから来た商人が向こうでその噂を聞いたらしい。信頼できるやつだよ」

「そうか。だが結局のところあたしらに出来ることは、その工作員をとっちめることだけだ。そいつをどうするかってのはあんたら次第だ」

「ああ、わかってる。とりあえず次の標的が見つかったら追って連絡する。その時はよろしく頼むぜ」

「任せとけ」


 そう言ってレジーナ達が部屋を出ようとした時、ビョルンに呼び止められる。

 彼はイェルドに話しかける。


「そういえばエルフのあんちゃん」

「なんだ?」

「その散弾銃ショットガンの使い心地はどうだ?」

「む、そうだな。イザという時には頼りになるのは確かだ。《魔術》と違い詠唱に時間をとられることもない。ランタンシールドに仕込む隠し武器としては最上のものかもしれん」

「そうか、伝えとくぜ」

「ん? 設計者とは知り合いなのか?」


 イェルドの問いにビョルンは自慢げに答えた。


「俺の弟子だよ」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月28日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月27日  後書きに次話更新日を追加 

※ 5月 7日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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