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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
16/327

16.女神の名はフレデリカ



 拳闘会で激闘の末、図らずも対戦相手のレジーナを締め落としてしまった来栖。

 それを目撃した観客達は思わぬ結末にざわめいている。


 やっちまった……。

 来栖はバツの悪そうな表情を浮かべて頭をかく。


 いくら狂戦士とはいえ仮にも女性を“落として”しまうとは、しまったなぁ。

 絞め技だけに。


 などと来栖がおぞましいオヤジギャグを考えていると、小さな闖入者が目の前に現れた。

 レジーナの相棒の魔術師の少年コリンだ。


「レジーナッ!!!」


 息を切らしながらレジーナの元に飛んで来たコリンを来栖は驚いた顔で見やる。


 コリンが……叫んだ?

 と、来栖は大いに驚いた。


 彼は超弩級の人見知りで“レジーナ以外の人間が居る場所ではロクに喋れない”という設定だったはずだ。

 そんな人見知りが、来栖に向かって怒りを露にする。


「おい! 異民! お前! レジーナに何をしたっ!」

「落ち着け、少年。頚動脈が絞まって気を失っているだけだ。そのうち目を覚ます」


 そこへ、ベルナール神官が駆けつけてきた。


「クルスさん、これはどういう症状ですかな?」


 と、聞いてくるベルナール。

 症状によって使うのを、上位奇跡か下位奇跡かを決めるのだろう。


「それは……、いや、その前に向こうに運びましょう。ほら、少年も来い」


 そう言って、ぐったりしているレジーナを試合場から運び出す。

 来栖とベルナールで大柄なレジーナを運び、その後ろからコリンが険しい表情でついてくる。


 運び終わった来栖は大きなため息をついた。


「いやぁ参ったなぁ。素直にタップしてくれりゃいいのに、意地張っちゃって」


 と、ボヤく来栖。

 そこへ噛み付くコリン少年。


「おい! レジーナは無事なんだろうな! そうじゃなかったらタダじゃおかないぞ!!」

「だから落ち着けよ……っと!」


 来栖は気を失っているレジーナを座らせると背中に膝をあてがい、ぐいっと両肩を引っ張った。

 その衝撃を受けてレジーナが目を覚ます。


「……あぁ? あ?」


 周りを見回すがいまいち状況が掴めていない様子のレジーナ。

 彼女を心配したコリンが話しかける。


「レジーナ! 無事か? 痛いところはない?」


 コリンは半狂乱になりながらレジーナを心配している。


 一方、神官のベルナールは来栖がとった行動を見て大いに感心していた。


「ふむ、絞め技の“気つけ”はそうするのですか」



 そういえばうっかり現代医療をしてしまった。

 みだりに使うな、と忠告されたのに。

 来栖は自分の失態に気付く。


 しかしベルナールはそれを気にする風でもなく、ただただ頷いていた。

 特にお咎めは無いようだが、一応言い訳を述べる来栖。


「こ、これは医療行為といいますか……ただ“気つけ”をしただけなので……」

「ええ、わかっていますよ。この程度の事なら他の神官に見せてもさほど問題にはならないでしょう。さて意識は戻ったようですが、打撲の治癒がまだですね」


 そう言って、ベルナールはレジーナに奇跡を発動させる。

 来栖の打撃によってできた青アザ等の打撲傷が治っていく。


 《奇跡》による治癒を来栖が見物していると、後ろから声をかけられる。

 ベルナールの弟子と思しき剃髪の男性神官だ。


「それでは、クルスさんは私が」


 そう言ってベルナールのお付きの神官が、来栖に治癒を施す。

 彼らは修行中の神官で、この拳闘会はそれにもってこいなのだそうだ。


 治癒を受けて体が回復した来栖はそそくさと立ち上がる


「じゃあ、俺は決勝の準備あるから……」


 自分が絞め落とした相手の傍にいるのが無性に気まずかった。

 それに、彼女が状況を理解する前にさっさと立ち去ったほうが賢明だろう。

 触らぬ狂戦士に祟りなし、だ。


 その様子を当の本人レジーナは、ぽかんと見送っていた。





---------------





 レジーナはどこか釈然としない様子で異民を見送っていた。


 あれ?

 今あいつ、決勝がどうとか言っていなかったか。

 その瞬間、はっと思い出し傍らに居る相棒を詰問する。


「おい! コリン! あたしは、あの時どうなった!?」


 するとコリンは大変答えづらそうにして、しかし意を決して告げる。


「レジーナはあの時、あいつの足に捕まって身動きが取れなくなって、そのまま締め落とされて、ぐったりと……」


 その言葉を信じられないという思いで聞くレジーナ。

 いや、他ならぬコリンが言うのであれば真実なのだろう。


 大変な屈辱だった。

 “銀”持ちの自分がこんな片田舎の喧嘩大会で負けるなんて。

 

 今日は厄日だ!

 心の中で大きな叫び声を上げるレジーナ。


 二日酔いで目を覚まし、相棒に乱暴に《水球》をぶつけられ、そしてノコノコと誘い出された拳闘会で敗北を喫した。

 本当に散々な日だ。


 そこへ、少女の声が投げ掛けられる。


「あ、レジーナさん起きたの? 良かった! 心配したんだよ」


 “良かった”っつたかこのガキ。

 この屈辱を“良かった”だと?

 レジーナの腸が一瞬で煮えくり返る。


 怒りで血が煮立っている狂犬女が少女に噛み付こうとしたところで、コリンから予想外の発言が飛び出す。


「あ、フレデリカ! ごめん、いきなり飛び出して行っちゃって」


 相棒であるコリン少年が少女に謝罪するのを、ぽかんとした顔で眺めるレジーナ。

 随分打ち解けた様子で会話を交わすコリンとフレデリカは、二人を知らない人間が見たら親密な関係に見えなくもない。


 いつの間に色気づきやがったんだ、このガキ……。

 普段から人見知りを直せとコリンに言っておきながら、いざ実際に治されるとどことなく寂しさを憶えてしまうレジーナであった。


 その時、観客席から大きな歓声があがる。

 もうすぐ決勝だろうか。


「ねぇ、もう治ったんでしょ? せっかくだから見に行こうよ! ほらレジーナさんも!」


 そうフレデリカに邪気の無い笑顔を向けられると、流石のレジーナも無碍には出来なかった。


「しょうがねぇな……」


 観念したようにレジーナは呟くと三人で観客席に向かう。




 席に戻ると周りの観客たちから、様々な声がとんできた。


「おう! 赤毛の姉ちゃん大丈夫か!」

「次からは、ちゃんとタップしろよ!」

「あのクルス相手によく健闘したぞ!」


 などと無遠慮な言葉をかけられる。

 再び怒りが鎌首をもたげるが、意志の力で押さえつける。


 自分に足りないのは忍耐だ。

 さっきも安い挑発に乗った結果、あんな風になってしまったのだ。

 自戒したレジーナは気を取り直して前方に目を向けた。


 試合場を見ると来栖とダリルが開始位置に移動している。

 反対側のブロックはダリルが勝ったようだ。

 丁度、二人が向かい合っているところである。


 その光景を指差して嬉しそうに笑うフレデリカ。


「あ、もう始まるよ! 間に合って良かったね!」


 三人は試合が良く見える場所に陣取る。



 ふとダリルが来栖を指差した後、親指で首を切るジェスチャーをして来栖を睨み付ける。

 対する来栖はそのお返しに、にこやかに笑いながら人差し指と中指で首を刎ねる動作をして見せた。

 そのやりとりを受けて、盛り上がる観客。


「うおおおおおおおおおおお!」


 歓声を聞きながらレジーナはフレデリカに尋ねた


「何だあの二人、仲悪りいのか?」

「ううん、そんな事ないよ。さっき二人でこそこそ打ち合わせしてたの見たもん」

「エンターテイナーの鑑だな」


 そしてダラハイド男爵が両者の間に入り、構える。

 間も無く試合開始の合図を出すのだ。

 会場が息を呑む一瞬。


「始めっ!!」



 決勝戦が始まった。


 まず距離を詰めるのは来栖だ。

 挨拶がわりのワンツーを叩き込むが、ダリルは的確にブロックし反撃のショートフック。

 どちらも有効打にならず。


 今度はダリルが左ジャブ右ローの《対角線コンビネーション》。

 その右ローに左フックを合わせようとする来栖。

 しかし届かず。


 そこへダリルは右ローフェイントの《スーパーマンパンチ》で強襲。

 ブロックに成功する来栖。


 ショートアッパーからのストレートで反撃する来栖。

 ヒットはしたものの有効打ではない。

 更にパンチを浴びせるべく、来栖が前進したその瞬間。

 来栖の視界からダリルの姿が消える。


 ダリルは足関節技狙いで瞬時に自分から倒れこんだのだ。

 そして来栖の足に絡みつく。


 両足で来栖の右足を挟み足首を掴んでバランスを崩しにかかるダリル。

 そして倒れた来栖の足首を両手で抱え、つま先を伸ばしにかかる。

 足首を極める足関節技《アンクルホールド》だ。


 右足を取られて危険な状態の来栖だったが対処は冷静だった。

 固められてない方の左足でダリルの腕や顔に蹴りを数発浴びせる。


 その蹴りが来栖のつま先を抱えているダリルの腕に当たりロックが外れた。

 その隙にエスケープして上のポジションを取ることに成功する来栖。

 ハーフガードの体勢だ。


 更に来栖はそこからパウンドを数発放ちつつ、足を抜きサイドポジションに移行。

 選択肢は多いが安定感に欠けるマウントポジションは狙わず、サイドでダリルのスタミナを削る事を選択する。


 サイドからヒジをダリルの顔面にこすりつけるように攻撃する。

 瞬く間に顔面が真っ赤になるダリル。

 

 数箇所をヒジで切られたようだ。

 これでダリルのスタミナもかなり削れている事だろう。

 そこから更にヒザをぶちかまし勝負を決めにいく来栖。


 一方のダリルはヒザの来ないタイミングを見計らい、来栖の顔に左手前腕部を押し付けてスペースをつくる。

 そのスペースに右手も差込み来栖の左肩を押す。

 来栖の上体が持ち上がったところで自分の体を上へ脱出させ、見事立ち上がる事に成功する。


 来栖は立ち上がったダリルのスタミナ回復を阻止すべく、タックルでテイクダウンを狙う。

 しかしそれを読んでいたダリルにタックルを切られ、上からがぶられる。


 そこから飛んでくるダリルのヒザ。

 上半身を押さえ込まれた状態で来栖はダリルの膝を頭部に受ける。

 ヒザがヒットする度に観客が大きな歓声を上げた。


 ヒザを三発もらい、意識こそ飛んでいないが明らかに動きが鈍る来栖。

 その隙をダリルは逃さずバックを奪う。

 そこから来栖のアゴめがけてパンチを突き上げる。

 しかしチョークを警戒している来栖は決してアゴを上げない。


 そこでダリルは狙いを首から腕へと変更する。

 バックを捨て、来栖の左腕を両足で挟むとそのまま梃子てこの原理で肘関節を極めにかかる。

 最もポピュラーな関節技《腕ひしぎ十字固め》だ。


 来栖は左手を伸ばされまいと右手でクラッチして耐えていたが、やがて力尽き腕が伸びる。

 そして観念したようにタップした。



「おおおおおおおおおおおおお」


 来栖がタップした瞬間、観客から大きな歓声が上がる。

 前回のリベンジを果たしたダリルに、会場から大きな拍手が送られていた。


 レジーナの横でコリンは激闘を湛える拍手を送り、フレデリカは飛び跳ねて喜んでいる。


「やったーダリルさん勝ったー! でも、クルスさんも頑張ってたから両方勝ちでもいいと思うけどなー」


 喜びながらも、勝負論を全否定する発言をしたフレデリカ。


「………」


 その隣で勝負を見届けたレジーナは、しばらく言葉が見つからなかった。

 ハイレベル過ぎる技術のぶつかり合いであることは疑いようも無く、あの二人には力はあれど無策である自分を一蹴するなど容易い事であろうと確信できた。

 そんなレジーナの心境を知ってか知らずか、コリンが尋ねてくる。


「ねえレジーナ、もう一回戦ったら勝てそう?」

「素手じゃなけりゃ余裕だ」


 ぶっきらぼうに答えると、コリンは呆れたように言う。


「いやいや……拳闘で、だよ。武器ありだったら殺し合いになっちゃうでしょ」

「ふん。奴らに勝つんだったら、かなりの量の拳闘の修練が必要だ。だが、今はそんな暇はない。なぁに、そのうち落ち着いたら必ず借りは返してやるさ」

「うん」

「ところでコリン。賭けについてなんだが……。あたしに賭けてどのくらい負けた?」


 自分に賭けたコリンがどのくらいの損失を出したかが気がかりだったレジーナ。

 大口を叩いておきながら不甲斐無く負けてしまったので、負け分は甘んじて負担しなければならないと覚悟していた。


「あぁそれなんだけど、レジーナが負けた試合はどっちにも賭けてないから心配しなくていいよ。むしろ負ける前に切り上げられたから、そこそこ勝ってるよ」


 それを聞いてレジーナは激怒する。


「はぁ!? てめぇ長年の相棒のあたしを信じてなかったのかよ?」

「どっちが勝つか読めなかったんだから、しょうがないだろ。それに実際負けたじゃないか。僕の判断は間違ってない。文句があるならベスト4記念の祝杯はキャンセルだ。勝ち分は僕が全部もらう」

「何だとコラァ! 最後はともかく前半はあたしのお陰で勝ってたんだろうが! あたしにもよこせ」

「レジーナのお陰じゃないよ。フレデリカのお陰。僕が尋ねた勝敗予想は全部当てたんだから。勝敗予想の女神だよ」


 と、コリンに絶賛された女神・フレデリカは、


「ふふーん、まいったか!ぐみんども!」


 と自慢げな表情を浮かべていた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月24日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 2月21日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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