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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
159/327

159.人は見かけによらず



 マリネリス大陸の東側、サイドニア王国から遠く離れた山岳地帯に製鉄が盛んな場所がある。

 鍛冶仕事と酒をこよなく愛する種族、ドワーフ達が掘り進めた巨大な鉱山だ。

 その鉱山には鉄を求めて鉱夫達が押し寄せ、やがて町と呼べる巨大な集落を形成した。


 それが鉱山都市ボレアレの成り立ちである。


 鍛冶仕事や製鉄業でドワーフ達が起こす煙が立ち込めるボレアレを、二人の冒険者が歩いている。


 そのうち一人は如何にも経験豊富そうな老人だ。

 白髪の長髪を後ろで縛っており、口元には長く伸ばした髭が垂れている。


 そして斧槍ハルバードを背負っている。

 そのハルバードは通常の物と異なり、斧の部分に丸く湾曲した刃がついていた。

 彼の出で立ちは敬虔な聖職者のようにも見えるし、歴戦の武人と言われても違和感が無い。


 そしてもう一人の耳長の男は、エルフの若い男だ。


 どこかの王族かと思うような気品のある所作に、整った顔をした優男である。

 ボレアレの煙を嫌っているのか、つば広の帽子にロングコートを着込んでいる。


 腰には華美な装飾が施されたエストックを差し、左手には篭手と一体になった特殊な盾であるランタンシールドを装着していた。

 本来ランタンシールドには小型の槍も固定されているがそれは取り払われており、代わりに別の武器が仕込まれている。



 ボレアレの町外れの崖の手前まで歩いたところで、エルフの男が口を開く。


「そろそろ目的の建物だな。用意はいいか、老マルシアル」


 するとマルシアルと呼ばれた老人はエルフの男に向かって返事をした。


「お前こそ、手はず通りに頼むぞ。イェルド」

「ふっ、言われるまでもない」


 二人の目の前には崖に面した二階立ての建物がある。

 昔は賑わっていたが今は寂れた鍛冶場、といった面持ちの建物だ。


 だが、その建物は現在とある反社会勢力の拠点のひとつになっているという。



 イェルドが目線でマルシアルに合図する。

 合図を受けてマルシアルが頷くと、イェルドは《魔術》の詠唱を始めた。


 詠唱が完了したイェルドはふわっと浮きあ上がると、その建物の外壁を篭手でがっしりと掴む。

 今では使い手の少ない古代魔術《浮遊》だ。


 そのまま建物二階の窓付近まで上り、中の様子を伺う。

 そしてエストックで窓を突き破り中に突入する。


 彼はこのまま二階を強行捜索し、目標を発見したら確保する手はずになっている。


 一方、マルシアルは背中からハルバードを抜いて正面玄関前に陣取る。

 三方を崖に囲まれているこの町外れの鍛冶場から逃げうる退路を塞ぐのだ。


 そしてもうすぐマルシアル達のパーティメンバーである別働隊の二名が行動を開始する頃合だと思われた。


 次の瞬間、建物の中から爆発音、男達の怒声、何かが割れる音などが響き渡り一気に騒がしくなる。

 どうやら別働隊が行動を開始したらしい。

 後は別働隊に追い出されて外に出てきた目標の人物を捕らえるだけだ。


 マルシアルが臨戦態勢で待っていると、正面玄関の扉が勢い良く開けられる。


 中からだらしなく太った男と、その取り巻きの武装したチンピラが出てきた。

 だらしなく太った男は鞄を大事そうに抱えている。


 その一行の進路に立ちふさがり、妨害するマルシアル。

 チンピラの一人がマルシアルを恫喝した。


「ああ? んだジジイ!! そこ、どけや!!」

「そうはいかんよ。わしはその太っちょと、そいつが持っとる鞄に用があるんでな。それをくれるっていうなら通してやってもいい」


 それを聞いた太っちょがチンピラに指示を出した。


「チッ、殺せ!」


 その号令と同時にチンピラ達がマルシアルに襲い掛かってくる。


 同時に三人のチンピラがマルシアルに突っ込んできたが、マルシアルはその攻撃全てをハルバードで巧みに受け流すと目にも止まらぬ速さの突きを見舞う。

 喉元を貫かれたチンピラが血ヘドを吐きながら仰向けに倒れる。


 思わず後ずさる他のチンピラ。

 彼らにもマルシアルの達人的な技が理解できたようで、戦意が削がれてしまったようだ。

 だが、そんな彼らに背後から叱咤が飛ぶ。


「何してる!! 早く殺せ! さもないとお前らの借金はチャラにならんぞ、バカモノども!!」


 どうやら太った男はチンピラ達に借金返済をチラつかせて、言う事を聞かせているようだ。

 だが一向に動く気配のないチンピラ達に業を煮やした太った男は、建物の中に声をかける。


「先生ー!! 来てくれー! こっちを頼む!」


 そして中から重い足音を鳴らしながら大柄な男が姿を現す。

 フルプレートメイルを着込んだ重装備の大男だ。


 彼は左手にタワーシールド、そして右手にトゲ鉄球のついたモーニングスターを持っている。

 太っちょが雇った用心棒のようだ。


 用心棒は面倒臭そうに呟く。


「ったく、後ろの敵を足止めしろって言ったり、前の敵を倒せって言ったり忙しいなオイ」

「いいから頼む! あいつを倒せ!」

「けっ、ジジイじゃねえか……。あんなん一捻りだぜ」


 そう言って大型の盾であるタワーシールドを構えながら、用心棒はこちらに歩いてくる

 おそらくマルシアルの技量で以っても、あの盾を正面から打ち破るのは不可能だ。

 それをわかっているのだろう、余裕たっぷりの様子で用心棒はずかずかと距離を詰めて来る。


 そこでマルシアルは手に持っているハルバードの持ち手の出っ張りを思いっきり引いた。

 シャキンと音を立ててハルバードが変形する。


 穂先に取り付けられた丸く湾曲した刃が開き、ハルバードはショーテルへと変貌を遂げる。

 三日月のように大きく湾曲した刃を持つショーテルは、盾殺しの武器として最適だ。


 マルシアルはショーテルを横薙ぎに払い、盾の横から用心棒に刃を浴びせる。

 その一撃は見事用心棒の左手をとらえ、肘にショーテルの切っ先が突き刺さった。


「ぐあぁ”ああっ!!」


 痛みでタワーシールドを取り落とした用心棒の頭を、ショーテルで容赦なく刎ね飛ばすマルシアル。

 用心棒の首から鮮血が噴き出し、辺りを赤く染める。


「ひぃいっ」


 あっけなくやられてしまった切り札の姿に錯乱した太っちょとチンピラ達。

 だが建物内に戻ろうにも中ではマルシアルの仲間達が未だ暴れている。


 やがて観念したように地面にへたり込む太っちょの男。


「わ、わかった。投降する……。だから、命だけは……」

「うむ、いいだろう。周りのチンピラどもは、太っちょから離れてうつ伏せになれ。三つ数える。一、二……」


 すぐさまチンピラ達がマルシアルの指示通りに動いた。

 そして太った男を取り押さえようとしたマルシアルだったが、ここで想定外の事が起きた。


 太った男がいきなり走り出して、急加速したのだ。

 魔術《風塵》である。

 人は見かけによらず、とはよく言うがこの太った男も意外なことに《魔術》の覚えがあるらしい。


 彼はマルシアルとすれ違いように駆け抜けての突破を狙っている。

 反射的にショーテルで足を狙うマルシアルだったが太った男はそれをひょい、と飛び越えた。

 その勢いのままマルシアルの横を駆け抜けてゆく。


 このままでは取り逃がしてしまう。

 そうマルシアルが焦りを見せた時、二階から人影が降りてきた。

 イェルドだ。


 彼は二階に目的のブツが無い事に気付いて、階下に下りてきたのだ。

 マルシアルはイェルドに叫ぶ。


「イェルド! そいつを逃がすな!」

「任せろ」


 イェルドはランタンシールドを太っちょに向ける。

 そしてランタンシールドの裏に仕込まれた隠し散弾銃ショットガンをぶっ放した。

 ノアキスのオットー工房から提供された試作品の散弾銃だ。


 散弾が太った男の右半身にヒットし、悲鳴を上げながら彼は倒れた。


「ぐふっ!」


 そしてびくっと痙攣し、動きを止める。

 その様子を見ていたマルシアルはイェルドに文句を言う。


「おい、イェルド! 殺すなと言われていただろう」

「仕方あるまい、散弾だから狙いを逸らしても多少は当たってしまう。手加減に向いた武器ではないのだ。そもそも老マルシアルがこいつを逃がさなければこんな事にはなっていない」

「……む、それもそうだが」

「それよりも、老マルシアルよ。さっさと《奇跡》でそいつを治すがいい。死んでからでは遅いぞ」

「そんな事はわかっている。お前はそのチンピラどもを見張っててくれ」

「承知した」


 そうして奇跡《大いなる回復》を顕現させる。

 一旦は完全に動きを止めた太った男が微かに呼吸を始めた。


 とりあえずはこれで一安心だ。

 反社会組織の内情把握の為、依頼主にこの男は殺すなと言われていた。


 太った男の容態を確認したマルシアルは彼を縄で縛ると鞄の中身をあらためる。

 そこには太った男が付近の鍛冶場や製鉄業者に暴利で金を貸し、担保として巻き上げた土地の権利書などが入っている。

 これらも押収対象のブツであった。


 マルシアルがそれらの書類に目を通していると、建物内部から二人の人影が出てくる。

 巨大な鉄板の様な大剣を背負った赤毛の女剣士と、とんがり帽子を被った小柄な魔術師の少年だ。


 彼らはマルシアルの仲間で、今回の作戦では別働隊として裏口から突入して敵の戦力を削いでもらっていた。

 こちらに歩いてきた赤毛の女がマルシアルに声をかけてくる。


「おっ、捕まえたのか。やるじゃねえか、おじじ。まだ耄碌はしてねえみたいだな」

「ふん、うるさいぞレジーナ。ガサツなお前には“対象を捕まえる”なんて器用な真似はできんだろう」

「捕まえる前に全部ぶった斬っちまうからな、ははは!」


 そう言って豪快に笑うレジーナの横で少年が呆れている。


「ははは、じゃないよ。さっきなんか僕も巻き添え食うところだったんだからね。あと数センチ距離が近かったら僕の頭もレジーナの振り回した大剣に割られてたよ」

「……だから、コリン。それはごめんって、さっき言ったろ。そんなに怒んなよう……」


 途端にしおらしくなるレジーナ。

 この二人はマルシアルとイェルドが共に行動する前からの腐れ縁だ。

 付き合いの長いコリンは暴れ馬レジーナの手綱の握り方をよく心得ていた。



「おい、お前ら。会話を楽しむのも良いが、そろそろ、ギルドに報告に行ったらどうだ」


 チンピラを見張っていたイェルドが三人に告げる。

 それを聞いたコリンが提案する。


「じゃあ、僕とおじじでその太っちょを護送しよっか。レジーナとイェルドはここ見張っててよ」


 それに返事をするレジーナ。 


「見張る、とか面倒くせえからよ。このチンピラどもぶった斬っていいだろ」


 それを聞いて体をびくっと震わせるチンピラ達。

 コリンは大きくため息をついてレジーナを諭す。


「ダメに決まってるでしょ。尋問するんだから」

「ちっ、つまんねえ」


 そしてコリンはマルシアルを急かす。


「ほら、おじじ。早く行こう。じゃないとレジーナがここを血で汚しちゃう」

「わかったわかった」


 そう言ってまだ気を失っている太っちょを担ぎ上げるマルシアル。


 レジーナ、コリン、マルシアル、イェルド。


 この四人こそが現在マリネリス最強と目されている“白金”級冒険者達であった。





用語補足


ランタンシールド

 十六世紀ごろのイタリアで、夜間防衛を目的に設計された特殊な盾。

 篭手と一体となった盾に小型の槍、トゲ付きスパイクなどが取り付けられた多目的な盾である。

 取り付けられたランタンで敵の目を眩ます事も可能であったが、扱うには高い技量が要されたという。






お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月27日(水) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月26日  後書きに次話更新日を追加 一部文章、用語補足を修正

※ 6月27日  脱字修正 一部文章修正

※ 5月 7日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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