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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
158/327

158.人心掌握



 陰鬱な表情で歩く黒髪の女性。

 ハルだ。


 彼女はミント、ヘルガ、そしてテオドールとフォルトナの四人と共にある場所へと向かっている。

 これからテオドール達と共に旅に向かうのだが、その前にどうしても寄っておきたい、いや寄っておかなければならない場所があった。


「ねぇーハルー、どこいくのー?」


 後ろを歩くミントが聞いてくる。

 その声はちょっと不満げだ。

 彼としてはセシーリアに命じられたレジーナ捜索にとっとと移りたいところなのだろう。


 後ろを歩くミントにハルは告げる。


「そう文句言わないでください、ミント。これから我々が訪れる場所はマスターにも縁の深い所です」

「へえ、そうなんだ。なんてところ?」

「バーラムです。バーラムのダラハイド農場。かつてマスターが過ごしていた所です」

「ふうん、ハルもそこで暮らしてたの?」

「そうですね、ナゼール、レリア、ポーラとフィオさんも一緒でした。あの時間は本当に幸福なひと時でした」

「じゃあ、里帰りだね」

「そうですね」


 すると二人の会話を聞いていたヘルガが、ハルに声をかけてくる。


「その割にはあんまり楽しそうな顔じゃないけど?」


 そう言ってハルの顔をじいっと見上げてくるヘルガ。

 ハルは彼女の問いに正直に答える。


「ええ、本当はマスターと一緒に来たかったんですけどね……」

「ああ、クルスさんね……」

「ええ」


 そう、ハルの気持ちは憂鬱であった。


 ダラハイド男爵から厚い信頼を得ていたクルスを守れなかった自分が、一体どの面下げて農場へ戻れば良いのか。

 そう考えると気が重くなってしまって、自然と顔が曇ってしまう。


 ハルとしてはナゼール達にも付いてきて欲しかったのだが、彼らにはプレアデスに行く用事ができてしまったのだ。


 近々プレアデスの族長オサ達を招いての会合が開かれる予定があるらしい。

 そのため、ナゼール達も一旦帰郷し族長達を引き連れてまた帰ってくるそうである。


 ハルが暗い表情で歩いているとフォルトナの能天気な声が聞こえてきた。


「別に私は美味しいものが食べれれば、行き先はどこでもいいッスよ」

「安心してください、フォルトナ。農場の採れたて野菜を使ったキャスリン奥様のお料理はとても美味しいです。私が保証します」

「そッスか、それは良かったッス」


 満面の笑みを浮かべるフォルトナであったが、その隣のテオドールは仏頂面でハルを一瞥しただけであった。

 リリーの事を好いている事を皆の前で暴露された事に対して、彼は大変ご立腹のようであった。


 あれ以来彼とは口を聞いていない。

 早期の関係修復が望ましかった。


 そうして暫く歩いている内に目的地のバーラムの町が見えてくる。

 その景色を見た瞬間、故郷をもたないハルにも郷愁めいた感情が溢れてくる。

 ハルが胸に湧いた感情に少し戸惑っていると、ミントが目を輝かせながら聞いてくる。


「ねえ、ハル! あれがバーラム?」


 最初はバーラム行きに難色を示した彼であったが、その本質は未知のものには何にでも興味を示すネコそのものだ。


「ええ、そうですよ。さぁ皆さん、農場に向かいましょう」


 そうして町へと足を踏み入れるハル達。


 町の様子は二年前とあまり変化はなかった。

 変化があるとすれば、町や畜産牧場を取り囲む柵が頑強なものに強化されている点だ。


 以前オオカミの群れがこの町に襲来したというが、それ以降も何らかの獣害に見舞われたのだろうか。

 その時、ふと声をかけられる。


「あ、あの。すみません」


 ハルが返事をしようと振り返ると、一人の青年が立っていた。

 その青年にはハルも見覚えがある。

 モーリスとかいうパン屋の青年である。


 そしてモーリスはハル……ではなくフォルトナに向かってこう言う。


「あ、ごめんなさい。急に呼び止めてしまって。昔この町に居た女性にあなたが似てて」

「はぁ、そッスか」


 フォルトナがそっけなく返すと、モーリスの他にもう一人の男がやってくる。

 腰に刺剣を差しており、堅気とは少し違う雰囲気を出している。

 その男はモーリスに向かって話しかけてきた。


「よう、どうした? モーリス、店はいいのか?」

「あ、すぐ戻るんで大丈夫です。それより見てくださいよ、この人」

「ふむ、たしかにハルちゃんにそっくりだな。でも、別人だろ」


 そう冷静に観察する男にハルは声をかける。

 彼のことはハルもよく知っている。


「ダリルさん。お久しぶりです」

「あ?」


 ダリルは目を見開いて、ハルをまじまじと見つめる。

 そしてゆっくりと口を開いた。


「……その声、ハルちゃんか?」

「ええ、ご無沙汰してます。ハルです」


 にっこりと微笑んでハルが告げると、ダリルは卒倒せんばかりの勢いで仰け反る。


「ハルちゃん!? まーじか!!」

「まじですよー。あ、モーリスさんもお久しぶりです」


 それを聞いたモーリスは腰が抜けそうなくらいに驚きながらも、何とか頷く。


「お、お久しぶりです。あ、あの僕、みんなに知らせてきます!!」


 そう言うなりモーリスはパン屋の方に走り去って行った。

 モーリスを見送っているとダリルが声をかけてきた。


「とりあえず、農場に行こうぜ。色々話を聞かせてくれよ」

「ええ、もちろん」


 そうして農場へと歩き出す一行。

 途中でダリルが聞いてくる。


「そんでハルちゃんよ、その髪はどうしたんだ?」

「ああ、これですか。マスターとお揃いの黒髪にしたくって」

「へーそうか。それにしてもどうやって髪色を変えたんだ?」


 マリネリス大陸やプレアデス諸島は、ルサールカのような染髪という概念は一般には無い。


「それは……こうです!」


 そう言ってポリエステル製の人工頭髪内部の色素比率を調整する。

 今度はレジーナのような赤い髪色にしてみる。


「うおお、なんじゃそりゃ」

「驚きましたか?」


 そう言いつつ黒髪に戻すとダリルはため息を吐きながら呟いた。


「まったくハルちゃんには驚かされてばっかりだな。で、そっちのそっくりさんは? 双子か?」


 ダリルの問いかけにフォルトナが答える。


「フォルトナッス。双子とはちょっと違うッスけど、まぁ似たようなもんス」


 これ以上ない程の雑な説明だったが、ダリルは納得したようだ。


「そうか。お、農場が見えてきたぜ」


 言われて前に目を向けるとダラハイド農場がすぐそこにあった。

 途端に顔が険しくなってしまうハルであったが、その時ミントに背中をぽんと叩かれる。


「大丈夫だよ。誰もハルを責めたりなんかしないよ。ほら、行こ」


 ミントによる思わぬ励ましにハルは力強く頷くと、一歩前に踏み出した。





------------------






「はぁ、困ったなぁ。“逃がすな”って言ったろ?」

「……申し訳ございません」


 ハロルド・ダーガーの私兵の一人であるキーラ・フロスト少尉は、ザルカ領の都市アレスにある邸宅に呼び出されていた。


 狙撃によるテオドールとフォルトナの殺害に失敗した彼女はその後も部下を引き連れて二人の追跡にあたっていたが、その追跡も打ち切られハロルドによって呼び戻され今に至る。

 あの二人はどこぞで野垂れ死んでいる可能性もゼロではないとフロストは考えていたが、ハロルドは何らかの手段で二人の生存を確認したらしい。


 深く頭を垂れて謝罪するフロストをハロルドは冷たい目で見つめながら言った。


「ええとね、勘違いしてほしくないんだけどね。別に僕は謝罪が欲しいわけじゃないんだ、フロスト少尉」

「……」

「ただね、見てごらんよ少尉。僕の外見みてくれを」


 言われて顔を上げるフロスト。

 彼女の目の前にはまだあどけなさを残した少年、ハロルドの姿がある。


 ハロルドは言葉を続けた。


「こんな子供の見た目の僕が、ザルカ帝国並びにジュノー社の兵士達を束ねる大変さって君は想像つくかな?」

「……多大なご苦労をされている、としか」

「そう! 苦労してるんだよ、これでも」


 そう言ってハロルドは立ち上がると近くのペン立てから万年筆を一本手に取った。

 それをくるくると手で回しながら語りかけてくる。


「だからさ、少尉。そういう兵士達の荒くれ者達にナメられない為にはね、連中に僕を恐れてもらう必要があるんだ。恐れという感情は人心掌握に必要不可欠だからね」


 そしてハロルドはフロストに近寄ってくる。

 フロストは意を決して口を開いた。


「皆への示しの為の罰が必要なら、甘んじてお受け致します」

「そうかい? 物わかりが良くて助かるよ。だったら皆の“目”に見える形にしないとね」


 次の瞬間、ハロルドは持っていた万年筆をフロストの右目に突き刺した。


 頭部に熱した刃を突き刺されたような、激しい痛みがフロストを襲う。


「……ふっ、……ぐ……っ……!」


 鉄の意志で悲鳴を堪えたフロスト。

 だが、反対側の左目からは涙が溢れてくる。


 その様子を見てハロルドは心配そうに言った。


「おっと、ごめんね。思ったより深々と刺さっちゃった。大丈夫かい?」

「はい……」

「それにしても悲鳴を一切上げないとは立派だよ、少尉。それでこそ一流の軍人だ。よし、じゃあ医務室に行こうか。ふふふ、新しい高性能義眼を用意してあるから、これでもう狙撃失敗はないよ、ふふっ」


 そう言って、たった今目を潰したフロストの手をとって歩き出すハロルド。

 機嫌良さそうに腕を振って歩くその様は、まるで歳相応の子供のようだ。


 フロストは恐怖に打ち震えながらも言葉を搾り出す。


「あ、ありがとうございます。ハロルド様……」


 それだけ言うのが精一杯であった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月26日(火) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月25日  後書きに次話更新日を追加

※ 5月 6日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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