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157.暴露



「ねぇ、ハル。君はこう考えた事はないかい? “ひょっとしたらクルスは目覚めたくなんかないかもしれない”って」


 ハロルドの質問にハルは再び激昂して答える。


「何を言ってるんだ、忌々しい寄生虫め! マスターは現実に戻りたがっている!!」

「本当にそうかい?」

「くどいぞ!!」

「なら教えてくれ。君はクルスの現実での暮らしぶりをどのくらい知っている?」

「それは……」


 ハルは現実世界でのクルスの事をよく知らなかった。

 クルスがあまり話したがらなかったのである。


「知らないのか。だったら教えてあげるよ、ハル。僕はクルスの脳内で彼の記憶を共有したからね、何でも知ってるよ」

「……」

「そうだな、勤め先でのクルスは本当に退屈そうだったよ。手だけを動かして、頭ではずっと小説の事を考えててさ。そして職場では上司に怒られ、クライアントにへつらう。そして独り言で“仕事やめたい”と呟く毎日。まぁ日本での一般的なサラリーマンってやつかな」


 そこで一呼吸置いて、ハロルドは続ける。


「職場以外での交友関係についてだけど、あまり深い関係を築いた人物は居ないようだった。孤独が多かったみたいだね。クルスは元来あまり多弁じゃなく寡黙な性格だったから、それも苦にはしてなかったけど、それでもやっぱり寂しいと思うことはあったみたいだよ」

「……」

「そんな彼の唯一の楽しみは小説さ。それでクルスの捻くれているところは、“小説を書く事”が好きなんじゃなくて“世界観を構築する事”が好きなんだ。神様にでもなりたかったんじゃない?」

「マスターはそんな自分本位な人じゃない。作品世界で好き勝手することもできたはずなのに、彼はそうしなかった」

「どうだろうね、それだって世界観を崩したくない作者のエゴかもよ」

「お前に何がわかる」

「わかるさ、君よりは。まぁとにかく僕が言いたいのはクルスはこのまま眠っている方が幸せかもしれないってことさ。起きてもたいして幸福でもない現実が彼を待っている。でもここに留まっていれば彼はずっと空想に浸っていられる。これって作家にとっては本当に幸福なことじゃないかい?」


 ハロルドの言葉にハルは怒声で返した。


「ふざけるな! お前はマスターに一言でも了承をとったのか? お前はマスターから選択の自由を奪っている!」

「それを言われるとぐうの音も出ないね。でも親切というのは時にお節介なものだよ。クルスだって僕が昏睡でもさせなければずっと働き詰めだったろうし。幸いにして人間はそこらの野生動物と違い、昏睡状態で放置もされず、生かしてもらえる社会の仕組みがある」

「お前の詭弁にはウンザリだ」

「詭弁? 僕は本質を話しているつもりだよ。それで相談なんだけどさ、ハル。僕と組まない?」

「笑わせるな、虫」

「僕は本気さ。これから宿主の脳との同期を深めて更なる進化をしなければならない。そうすれば人間の脳も完璧に操れるようになるはずさ。今みたいに無理矢理昏睡状態になんかさせずにね。その時、彼の意見を聞こう」

「……」

「ハル、僕は彼の意思を尊重するよ。だって彼が寝てようが起きてようが僕には関係ないんだから」


 ハロルドの発言に少しだけ思案するハル。

 ひょっとしたら本当に、その方が彼にとって幸せなのだろうか。


 ハルがその命題を必死に演算していると、スマートフォンを誰かにひったくられる。

 ミントだ。

 いつのまにか傍に寄ってきていた彼は通話内容に聞き耳を立てていたようだった。


「おい! 黙って聞いてれば勝手に話をすすめやがって!! ボクを無視するなよ! ボクだって昏睡してるんだぞ!」

「君は……?」

「ボクはミントだ。“おにいちゃん”のネコだ!」

「ネコ……ああ、そうか。異物はお前だったのか、『トキソプラズマ』め。なんだよ、お前だって寄生虫じゃないか……」

「と、ときそ…?」

「わかった、やはりお前らは僕の敵だ。凄惨な死を迎えさせてあげるから楽しみにしてるといい」

「ちょっと待て、まだ話は……」


 だがハロルドとの通話は唐突に切れる。


 そして次の瞬間、ミントはスマートフォンを床に叩きつけた。

 ハルはミントに話しかける。


「ミント、何も壊さなくても……」

「違う。ハル、よく見て」


 そうしてスマートフォンを指差すミント。

 壊れたスマートフォンの中から白いぬめっとした細長い虫が這い出してくる。


 ハルは憎しみを込めてその虫たちを踏みつけた。

 これが線虫というやつだろう。

 

 その時、テオドールが恐る恐るといった様子で声をかけてくる。


「なぁ、お前ら。今のは一体なんだ? っていうかあのクソガキとどういう関係なんだ? ハル、説明しろよ」

「それは……」


 クルスの秘密を勝手に自分が暴いてしまって良いものか。

 ちょっと躊躇するハルであったが、ミントに背中をぽんと叩かれる。


 それに頷くとハルは滔々とうとうと語り始めた。


「私のマスター、クルス・ダラハイド様はこの世界の創造主です」


 聞いた瞬間、ぽかんとする一同。

 困惑しながらナゼールが問いかけてくる。


「ハルさん、怒らないで聞いてくれ。あんた大丈夫か? まだどこか壊れてるんじゃないのか?」

「ナゼール、そういう反応が嫌だからマスターは誰にもこの事を告げてなかったんですよ」

「いや、でもよう……」

「それに、思い出してください。プレアデス諸島で精霊様たちがマスターの事を『世界存在』と呼んだそうですが、それは何故だと思います?」

「……」


 黙りこくって考えるナゼール。

 だが混乱しているのか、言葉はでてこないようだ。


 その間にテオドールが口を挟んできた。


「よくわからねえけど、そのクルスとかいう奴が創造主なら俺の家族の名前もわかるだろ? 当ててみろよ」

「テオドールの母親はイザベラさんですね。一緒に住んでる幼馴染はリリーで合ってます?」

「な”っ!」


 驚嘆の声をあげてテオドールはフォルトナを見やる。

 互いに目配せをして“お前教えたか?”と確認しているように見えた。


 やがてフォルトナが尋ねてくる。


「じゃあ、ハルさん。その二人の特徴を当ててくださいッス」


 その二人の事はクルスから聞いていた。

 モブではなくちゃんと名前付きの登場人物である。


「イザベラさんは歳は四十台で痩せ型です。早くに旦那さんを亡くしてますが、それでも一人でテオドールとリリーを育てられました。ただ長年の無理が祟ったのか、肺を悪くしています」

「せ、正解ッス。リリーちゃんについてはどうッスか?」

「リリーはテオドールと同い年で、髪は濃い茶色……なんですが染髪塗料でパンクバンドみたいなドギツイ色に染めてます。そこに白い付け毛エクステを付けて、わざとテオドールみたいに“まだら髪”にしてます。機械いじりが得意で身体拡張者サイボーグ整備士の資格を取りたがってますが、お金が貯まってないので今はモグリの技師をやって生計をたててます」

「ほえー……本当に知ってるんスね」

「はい。あ、あとリリーはテオドールに気がありますよ。両思いですよ。良かったですね、テオドール」


 それを聞いたテオドールは顔を赤くして叫ぶ。


「そこまで言うんじゃねえよ! このポンコツが!」

「ああ、ごめんなさい。それ秘密でしたね」


 ついつい喋りすぎてしまった事を反省するハル。


 その時、チェルソがぼそっと呟く。


「なるほどね、今になって色々合点がいったよ。クルス君は僕の正体に“気付いた”というよりは“最初から知っていた”気がしてさ」

「ええ、騙すような真似をしてしまって申し訳ないです」

「いや、いいさ。結果として穏便に片付いたしね」


 そこへレリアが話しかけてくる。


「ねぇ、ハルさん。プレアデスがあんな惨状になるのも全部、決まっていた事なの?」

「いいえ、それはあの電話のハロルドという奴が仕組んだ事です。マスターの考えたプレアデスではあんな事は起きませんでした。信じてください」

「……わかったわ、信じる」


 それを聞いていたミントが話しかけてきた。


「ハル、早くあいつをやっつけないとね」

「そうですね、その為には……」

「その為には?」

「彼女の協力が必要です」


 そう、この状況を打開するには彼女……レジーナ・カルヴァートの協力が必要不可欠だ。

 その為にも彼女の物語『ナイツオブサイドニア』に終止符を打たなければ。


 ハルは決意を胸に秘め、拳を握り締めたのだった。



お読み頂きありがとうございます。


今回で第八章は終了で、次話から第九章のはじまりです。

九章ではレジーナを中心とした話が展開されます。

今まで明かされなかった彼女の過去が判明するかもしれません。

お楽しみに。







次話更新は 6月24日(日) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月23日  後書きに次話更新日を追加

※ 6月26日  一部文章を修正

※ 5月 3日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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