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156.ひょっとしたら



 骨董屋パニッツィにて。


 ハル帰還のお祝いとしてチェルソが作ってくれたお手製のディナーを皆で食べる。

 久々に食べるチェルソの料理に満足げな表情を浮かべるハル。


 しばし談笑しながら皆と食事を楽しんだ後、まったりとした時間が訪れる。

 やがてテオドールが呟いた。


「あー、食った食った」


 お腹をさすりながらテオドールが脱力している。

 ルサールカ出身の彼とフォルトナは今までブロック食品やゼリー食品しか食べた事はなかった為、マリネリスで振舞われる料理は何でも美味しそうに食していた。


 フォルトナも食事に大変満足した様子で、チェルソに礼を述べている。


「チェルソさん、ご馳走様ッス」

「お口に合ったかい?」

「はい、とっても!」

「それは良かった」


 すると、チェルソの子供の二人が皿を片付け始める。


「ハルさん、お皿ちょうだい。片付けるから」

「ええ、ありがとうございます、ルチア、ジルド」


 それを眺めながらヘルガが感心したように言う。


「チェルソさんが料理上手いのにも驚いたけど、あの子供たちも働き者だね」

「そりゃどうも。ちょっと待ってて、今お茶を淹れるよ。暖かいカモミールティーは消化にいいんだ」


 そう言って立ち上がるチェルソ。

 そこへポーラも追従する。


「あ、じゃあ私も手伝います」


 そう言って台所へと向かうポーラとチェルソ。


 その時、フォルトナがハルに声をかけてきた。


「ハルさん、ハルさん」

「どうしました?」

「ハルさん達がギルドに行ってる間に、クルスさんって方の話を聞いたんですけど」

「ああ、私のマスターですよ。私を造ってくださいました」


 それを聞いてテオドールとフォルトナは驚く。


「えっ! ハルさんって個人のお手製ハンドメイドなんですか?」

「お手製っちゃ、お手製ですね。『生成の指輪』っていう凄いアイテムがあるんですよ」


 それを聞きつけたレリアが『生成の指輪』を持ってくる。

 

「テオドール、フォルトナ。ほら、これよ。ちょっと見てて」


 そう言って指輪に魔力を込めて念じるレリア。

 すると彼女の手に嵌めた指輪から光が溢れる。


 その光がレリアの念じた物を形成してゆく。

 それはスプーンだった。


「とりあえずお試しでスプーン造ってみたわ。どう?」

「うわぁ、すげえな。どこから出したんだよそれ」

「ふふふ、凄いでしょ」

「俺を捕まえた時の蔦といい、それといいアンタ手品の使い手かよ」

「手品? タネも仕掛けもないわよ。この指輪で今造ったのよ」


 そう言って両手を開いてみせるレリア。

 当然ながら手には何も持っていない。


 そこへフォルトナが補足する。


「実はルサールカのシェルターにもたまにマリネリスからの異民が来てて、手から火を出したり風を吹かせたりするのを見た人が居るんス。それでルサールカではそういう人たちは手品師マジシャンって呼ばれてるんスよ」

「手品師……」

「こっちではみんな手品を使えるんスか?」


 フォルトナが周りを見渡しながら聞くと各々の返事が返ってきた。


「私使えないよ、からきしダメ」


 気だるげにヘルガが返事をする。


「俺も苦手だな。《祈祷》をちょっと使えるくらいだ」


 とはナゼールの弁である。


 一方で、ミントは得意げだった。


「ボク得意だよー。フォルトナ、また“ビリビリ”する?」

「あっ結構ッス。もう勘弁してくださいッス……」


 そしてフォルトナはハルに耳打ちする。


「ハルさん、ミントさんには気をつけてくださいッス」

「えっ?」

「ミントさんは武器に電気を纏わせられるッス。アンドロイドにとって天敵ッス」


 どうやら彼女はかつて痛い目にあったらしい。

 そこへテオドールが質問をしてくる。 


「じゃあよ、その指輪で銃とか幾らでも造れるんじゃねえか?」


 その問いに答えるのはレリアだ。


「それの構造を知ってないと厳しいかもしれないわね。前にもポーラが造った“鐘”も造れなかったし」

「ちょっとやってみてくれよ」


 そう言って持っていた《リューグナー18》を差し出す。


「これを造ればいいのね。ちょっと待ってて」


 再び念じるレリア。

 先ほどスプーンを造った時と同じように指輪が光輝く。

 そして《リューグナー18》が姿を現す。


「おお、凄え!! 出来るじゃねえか」

「いえ、どうかしらね」


 レリアは出来上がった銃をテオドールに渡す。

 それをいじくるテオドール。

 やがて歓喜に満ちた顔が落胆に変わった。


「うーん、ダメだなこりゃ。外見だけだな」

「やっぱり? うーん、私程度の魔力じゃダメみたいね」

「あ、別にあんたをけなしたわけじゃねえぞ」

「ええ、わかってるわ」


 やはり、そう都合よく事は運ばないようだ。

 そこへチェルソとポーラがカモミールティーを持ってきた。


「ハルさん、お茶どうぞー」

「ありがとう、ポーラ」


 ポーラから貰ったカモミールティーを啜るハル。

 アンドロイドのハルには消化を助ける作用は実感できないが、それでもなんとなく気分が落ち着く。


 皆がお茶を飲んでゆったりとしていると、唯一人落ち着かないのがミントだ。

 彼は見た目どおりのネコ舌だそうだ。


 ちなみにポーラは長いマリネリス暮らしで、すでにネコ舌を克服している。

 暇を持て余したミントがレリアに話しかける。


「ねえ、レリアー。指輪貸して」

「いいけど、あまり変なもの造っちゃダメよ」

「わかってるよー」


 そう言って指輪を嵌めてミントは何かを念じる。

 やがて光が溢れ、それは何やら四角い携帯端末を形作る。


「やったー。出来た、スマホ!!」


 そう言ってはしゃぐミントは、お茶を飲んでリラックスしている皆にスマートフォンを見せびらかす。


「ほら見て、凄いでしょ。待ち受けの画像はボクと“おにいちゃん”だよ」


 言われてその画面を見てみると、そこには灰色の毛並みのネコを抱っこしているクルスの姿があった。


「……マスター……」


 その画面を食い入るように見つめるハル。

 そこにはハルの見た事が無い主の姿があった。


 その画像をヘルガが見て呟く。


「へーこれがネコ時代のミントか」

「そうだよー、昔からイケメンでしょ」

「え? ……うん、そうな」

「あ、ヘルガ。今適当に相槌打ったね」

「っていうかお前、本当にネコだったんだな」


 そして画像よりも端末の方に興味があったテオドールがミントに頼み込む。


「おい、ミント。ちょっとそれ見せてくれ」

「いいよー」

「ありがとよ、ええとロック解除はスワイプでいいのか?」

「すわいぷ? んーと、“おにいちゃん”は指でシュッってやってたよ」

「スワイプだな」


 言うなり画面をスワイプさせてロックを解除したテオドール。

 クルスの設定では腕利きのハッカーである彼は様々なアプリを次々起動して色々試している。


 その時。

 突如としてスマートフォンの着信音が鳴り響く。

 その音にびくっと身を震わせるテオドール。


「うおっ、びびった! 着信かよ。 何かヤバそうだけど、出ていいのか?」


 そう言ってテオドールはスマートフォンの画面を気味悪そうに眺めている。


 ハルは思い出していた。

 かつてクルスが一回だけハルの目の前でその電話で会話しているのを。

 

 ハルはテオドールに尋ねた。


「発信者は何て表示されてますか?」

「うーん、わかんね。文字化けしてる。なぁ、ヤバいぜこれ」


 文字化けと聞いて、ハルは確信する。

 おそらく、その電話の主はクルスの“無意識”だ。


 “無意識”は時折クルスに情報を流していた。

 そして彼からの着信は文字化けしていたと聞いている。


 その着信には応じなければならない。

 そう考えたハルはテオドールに告げる。


「出てください。それはたぶん大事な電話です。最悪の場合、電話は壊れても構いません」

「……チッ、わあったよ。もしもし」


 そう言ってスマートフォンを耳に当てるテオドール。

 ハルも通話音声を聞き取るためにテオドールに近付いた。


「やぁ、もしもし。その声はテオドールかい? まったく残念だよ、まさか生きていたなんて」


 それはクルスの無意識の声ではなかった。

 幼い少年の声だ。

 声質から推測するに、歳は十歳前後だろうか。


「てめぇ!! ハロルド・ダーガー!!」

「ははは、そんな怒鳴らないでくれよ。テオドール」


 テオドールは電話の向こうのハロルドという少年に激昂している。

 ハルはその名に憶えは無かった。

 クルスからは聞いていない名前だ。


「うるせえ、この○○○野郎!! てめえ、なぜこの端末がわかった。どうやってかけてきた!?」

「その端末はね。ちょっと特殊なものなのさ。この世界の創造主の持ち物さ」

「創造主だぁ?」

「うん、ところでさ。そこにハルってアンドロイドは居るかい?」

「それがどうした」

「あ、やっぱり居るんだ? 代わってよ、彼女の方が事情に詳しい」


 テオドールは普段から悪い目つきを更に悪くして、ハルにスマートフォンを渡してくる。

 ハルは無言でそれを受け取るとハロルドに話しかけた。


「もしもし、初めまして。ハロルド・ダーガー……いや『バルトロメウス』」

「おっ、やっぱり気付いていたね。こちらこそ初めまして、ハル」

「ラシェルさんを手紙で唆して、操っていたのはお前ですね。ハロルド」

「ラシェル……? ああ、あのプレアデスの族長オサか。うん、そうだよ。よくわかったね」

「ラシェルさんの部屋にH・Dってイニシャルの便箋があったんですよ」

「あっそう。捨てろって言ったのに……。使えない女だね」


 その発言にハルも冷静さを失いそうになる。


「それ以上言うとその口を縫い合わせますよ、ハロルド」

「おおーこわ。ごめんごめん。死者に失礼な物言いだったね、うん」

「で? 何の用ですか? 用があるから電話をかけてきたんでしょ?」

「うん、そうだったね。クルスの意識の深いところを探っていたら、その端末の気配を見つけてね。ちょっと挨拶しとこうと思って」

「挨拶? 偵察の間違いでしょ?」

「まぁそうだね」


 などと悪びれずに言ってのけるハロルド。

 ハルはそんな彼に毅然として告げた。


「ふん、お前が何を企もうと私がマスターを守ります」

「へえ、どうやって? 現に君は二年近くも眠っていたじゃないか。そんな体たらくでどうやって僕を退治するのさ?」

「……もう私は完全復活しました。お前の好きにはさせません」


 痛いところを突かれながらも、ハルは強硬な態度を貫く。

 そんなハルにハロルドは諭すように言ってきた。


「うーん……。何か勘違いしてるみたいだね、ハル」

「何がですか?」

「僕は別にクルスを殺したいわけじゃないんだよ」

「病原菌風情が今更何を……」


 ハルが嫌悪感を露にして言うと、ハロルドは意外そうに言った。


「おや、クルスから聞いてないのかい? 僕の正体について」

「……?」

「まぁ無理も無いか。他人に言いたくないよねぇ、こんな事」

「何が言いたいんですか?」

「僕はウィルスじゃないよ。微細でか弱い寄生虫さ。今はクルスの脳内にお邪魔している。凄く快適だよ、ここは」


 それを聞いた瞬間ハルの堪忍袋の緒が切れる。

 今まで出した事のない声量で粗野に叫ぶハル。


「出て行けっ!!! マスターの頭から!! 今すぐっ!!!!」

「落ち着けよ、ハル。さっきも言ったけど僕は宿主であるクルスを殺したくはない。外は危険だからね」

「その宿主を昏睡させておいてよく言う」

「その事については申し訳なく思っている。本当だよ。だから僕としてもクルスには長生きしてもらって理想的な“共生関係”を築きたいんだ」


 耳障りの良い言葉を並べる寄生虫。

 だが、ハルには聞く耳を持つ気にはなれなかった。


「“強制関係”の間違いだろう、寄生虫?」

「だからハル、落ち着いてくれって。これじゃ僕のしたい話ができないじゃないか」

「話だと?」

「うん。……そうだ、クルスの好きな小説の話をしよう。ハル、『パラサイト・イヴ』は読んだ事ある? もしくはクルスからあらすじを聞いたりしたことは?」

「……ない」

「そっか。その小説のあらすじを簡単に説明するとね。人間の体内に居るミトコンドリアが反旗を翻す話なんだ」

「……」

「他には、貴志祐介の小説で人間の体内に線虫が入り込む話があってね。それで段々みんなおかしくなっていくんだけど……ええと、タイトルをド忘れしちゃったなぁ」

「……おい、虫。何が言いたい?」

「ああ、ごめんごめん。僕が言いたいのはね。僕はそいつらとは違うってこと。共生する意志がある」

「信用できない」


 あくまで頑なに拒絶するハル。

 そんなハルにハロルドはため息混じりに言ってきた。


「ねぇ、ハル。君はこう考えた事はないかい? “ひょっとしたらクルスは目覚めたくなんかないかもしれない”って」




用語補足


パラサイト・イヴ

 瀬名秀明の小説で、第二回日本ホラー小説大賞受賞作品。

 当時薬学研究の博士課程に進んでいた著者によって、SFとホラーの融合が成されている。

 スクウェアによってゲーム化もされているが、原作の設定を基にしたオリジナルストーリーである。


貴志祐介

 ホラー・SF・推理など多彩なジャンルで執筆活動を展開する小説家。

 日本ホラー小説大賞に応募する際には『パラサイト・イヴ』と内容が被ってしまっていた為、当時書いていたプロットを泣く泣く全ボツにしたという逸話がある。





お読み頂きありがとうございます。


既に次話は掲載済みです。

告知を載せ忘れてしまいました。


お詫び申し上げます。



※ 5月 3日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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