155.イメチェン
「「え”--------っ!!」」
ドゥルセのギルド内にメイベルとアンナの悲鳴が響き渡る。
ハルはそれを冷ややかな表情で見つめていた。
再会を喜んでくれるかと思いきや、フォルトナに間違えられた挙句にこの絶叫である。
内心傷ついていたハルであったがそれを表には出さず、二人の絶叫が尽きるのを待つ。
そしてタイミングを見計らって口を開いた。
「落ち着きました?」
「は、はい……本当にハルさんですか? フォルトナさんじゃなくて?」
「本物っす!」
わざとフォルトナの口調を真似るハルだったが、普段使わないせいかぎこちない発音になってしまう。
それを聞いたメイベルが放心状態で言葉を搾り出した。
「本当に本物のハルさんなんですね……。びっくりしました……」
「はい、それで私が死亡した事になってると思うんで取り消していただけるとありがたいんですが」
それを聞いたアンナが立ち上がる。
「私、ギルド長を呼んできます!」
言い終わるなり二階へと向かい、ギルド長ブライアンを呼びに行くアンナ。
それを見送りながらメイベルは引き出しの中から書類を漁る。
「ええと、どこにあったっけ死亡届け取り消しの用紙……。滅多に使わないんですよねアレ。あ、あった。ハルさんこれに記入をお願いします」
「はい」
スラスラと用紙に記入を進めるハルだったが、一箇所不明な点があった。
それをメイベルに尋ねる。
「メイベルさん。この“第三者の署名”っていう欄は?」
「あっそれは“本当にその人かどうか”っていう確認の欄ですね。成りすまし防止のためです。そちらはこちらで記入します」
「お願いします」
丁度記入を終えたタイミングでブライアンが階段を降りてくる。
「まったく……どえらい悲鳴が聞こえたと思ったら、死人が帰ってきやがった。久しぶりだな、ハルちゃん」
「お久しぶりです、ギルド長。死人ですが肉は腐ってませんのでご安心を」
「ははは、渾身のジョークだな」
笑いながらブライアンは懐から何かを取り出す。
それは“金”のタグであった。
そしてそれをハルに差し出してくる。
「ほれ、お前さんのだ」
「えっ? 私たしか“銅”でしたよね?」
「お前の働きが認められて昇格してたんだよ。いいから受け取れ」
「はぁ、どうも」
いきなり渡されても、ハルはいまいち実感が湧かなかった。
だが隣にいるミントは我が事のように喜んでいる。
「うわー金ぴかだー!! ハル、凄いねー」
「え、そうですか?」
「うん、凄いよ! ボクなんかこの前やっと“銅”になったばかりだもん」
そう言って羨望の眼差しを向けてくるミントを見ると、ハルも悪い気はしなかった。
その時、背後から扉の開く音が聞こえてきた。。
振り返るとそこには、女エルフのイェシカを先頭にデズモンドのパーティが来ていた。
ハル達の姿を見るとイェシカが声をかけてくる。
「んだよ、まーた“ニセハル”が来てんのかよ」
ハルはその言葉に少々憮然としながら答える。
「お久しぶりです、皆さん。“ニセハル”じゃなくて本物の“パスタ女”ですよ」
“パスタ女”という単語を聞いて眉を顰めるイェシカ。
そのへんてこな渾名は他ならぬイェシカがハルに贈ったものである。
難しい顔をして固まるイェシカにミントが声をかける。
「イェシカ様ー」
「あっ、てめー“ごろねこ”。どういう事だよこれ、説明しろよ」
「うん。だから、今目の前に居るのがハルだよ。フォルトナは今別のところに居るもん」
「マ……ジで?」
恐る恐るハルを見やるイェシカ達。
そんな彼らにハルはちょっと不貞腐れながら言った。
「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか。もー」
口を尖らせて抗議するハルに、デズモンドが声をかけてきた。
「マジにハルちゃんかよ、ってことは誰かに直して貰ったのか?」
「はい、テオドール達に直してもらいました」
今度はブリットマリーだ。
「良かったわねぇ、あなたが居なくてちょっと寂しかったわ」
「ええ、ご心配をおかけしました」
そしてリオネルも。
「また会えて嬉しいぞ、ハル」
「こちらこそ、リオネルさん」
「それにしても驚いたぞ、フォルトナと見分けがつかん」
「ぐぬぬ……」
それはハルにとっても懸案事項であった。
個性消失の危機である。
時たまナゼール達にも呼び間違えられるくらいである。
二人とも金髪碧眼なので見分けがつかないのだそうだ。
歯噛みして唸るハルに、デズモンドが提案してくる。
「そんならよ、イメチェンしたらどうだ? 心機一転って感じでよ」
デズモンドに賛同するイェシカ。
「そりゃいい考えだぜ。おい“ごろねこ”ナイフ貸せ。あたしがゲージュツ的な髪型に仕上げてやるぜ」
などと言いつつ、ハルの髪に手を伸ばすイェシカ。
だが、『HL-426型』アンドロイドであるハルに散髪の必要は無い。
ポリエステル素材の人工頭髪を出し入れする事で、髪の長さを調整できる。
それに加えて、髪に仕込まれた特殊な色素の配合比率を調整することで髪の色も自由自在であった。
マリネリスの民に溶け込むためにクルスの指示で金髪碧眼になったハルであったが、その姿を変える時が来たようだ。
「イェシカさん、デズモンドさん。どうぞお構いなく。イメチェンなら自分で出来ます」
こうしてハルは髪色と髪型、そして目の色も変更するのであった。
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ギルドの建物を出て骨董屋パニッツィに向かうミントとハル。
ミントの隣を歩くハルは、髪色を金髪から黒髪に変更していた。
ショートヘアだった髪も少し長く伸ばし、それをつむじの辺りで止めてポニーテールにしている。
そして彼女は瞳の色を赤色に変えたのだった。
ミントは歩きながら、隣のハルにイメチェンの意図を尋ねた。
「ねぇハル。何で黒髪にしたの?」
「マスターの髪色とお揃いにしたかったんです」
「ふうん、ポニテにしたのは何で?」
「フィオさんっていう私の憧れの人の髪型だからです」
「へぇ。じゃあ目の色は? 何で赤?」
「アンドロイドの私には血は流れていませんが、それでも仲間の皆と同じく赤い血を心に流しているつもりでいます。それを表現するためにこうしました」
「なるほどね、良いと思うよ」
「これで結構、印象変わりましたかね?」
「うん、ばっちり」
歩きながら黒髪を指先でいじるハル。
そんなハルにミントは問いかける。
「ハル、レジーナって女の人知ってる?」
「知ってますよ、探してるんですか?」
「うん。お婆ちゃんがね、言ってたんだ。世界への強い影響力を持った人たちが居るって」
「強い影響力……」
「うん、若様とテオドールとフォルトナ。それとレジーナって人。その人たちが特に強い影響力を持ってるんだって」
それを聞いたハルは口に手を当てて呟く。
「“主人公”だ……。今ミントが挙げた人たちは皆マスターの書いた作品の主人公達です」
「へーそうなんだ。ん? 作品ってなんの事?」
「マスターが書いていた小説の事ですよ」
「あー、そういえば“おにいちゃん”は休みの日によくパソコンをカチャカチャしてたよ」
「たぶん、それの事ですね」
「じゃあさ。その主人公達が集まったらさ、何か良い事が起きるのかなぁ?」
「そうですね、強い力を持っているのであればきっと『世界の歪み』も打ち砕けますよ」
「『世界の歪み』? なにそれ?」
「それにもついても、おいおい説明しますからご心配なく」
などと言いながら歩いていると骨董屋パニッツィが見えてきた。
その入り口では黄色い大きな耳が特徴的な彼女がミント達を今や遅しと待っている。
その姿を見るなり、ハルが駆け出す。
「ポーラー!」
「わっ、びっくりした。って、えっ! ハルさん?」
「そうですよ、イメチェンしてみました。似合ってます?」
「は、はい……」
その時、ポーラの目から雫が落ちる。
彼女はぽたぽたと涙を零し始めた。
「ポーラ……」
「わた、私、は、ハルさんのおかげで、今まで生きてこれて……。だ、だから凄く感謝、してます」
大粒の涙を流しながらハルへの感謝の言葉を述べるポーラ。
ハルは彼女の手をそっと握り、微笑みながら頷いた。
横で見ていたミントはポケットからハンカチを取り出すとそれをポーラに差し出す。
セシーリアが“こうすればモテるのじゃ”と言って、くれたハンカチであった。
「先生、ほら」
「ありがとう、ミント」
「中に入ろうよ、先生。そろそろ暗くなってくるから、体が冷えちゃうよ」
「うん、そうだね」
そう言って中に入るミント達。
既に骨董屋の営業は終了しており、三階からはチェルソの料理の匂いが漂ってきた。
その匂いに引き寄せられるように階段を上ると、ナゼール達が暖かく出迎えてくれた。
「おっ、来たな。待ってたぜ、ハルさん。料理が冷めないうちに……」
そこまで言って、ナゼールは固まる。
イメチェンを施したハルの姿を見て言葉を失っているようだ。
それに気付いたハルが髪をいじりながら告げる。
「ふふふ、イメチェンしちゃいました」
それを聞いたナゼール達が叫ぶ。
「「え”--------っ」」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 6月21日(木) の予定です。
ご期待ください。
※ 6月20日 後書きに次話更新日を追加
※ 5月 3日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。