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153.お願い



 エドガー達に情報提供を終えたハルはナゼールと共に、ミント達が寝床を借りているという兵舎へと足を運ぶ。


 兵舎までの道のりを二人で歩いているとナゼールが口を開く。

 彼はハルの今後が気になるようだ。


「ハルさん、これからどうするんだ?」

「そうですね……。マスターの探していた『世界の歪み』を探し出すのが最優先の目的なのは変わりません」

「そうか……」

「ですが、その前にやりたい事もあります」

「へぇ、どんな事だ?」


 ナゼールの問いにハルは微笑を浮かべながら答える。


「色々あるんですが、まずはポーラさんが勤めている語学教室とやらを見学してみたいですねえ」

「あそこか。結構立派なところだぜ」

「おや、ナゼールも行った事があるんですか?」

「ああ。実はこう見えて、そこの教壇に立ったこともある。ポーラの代打でな」

「へぇ、凄い!」

「だろ? まぁ“ポーラ先生の方がわかりやすい”って専らの評判だけどな」


 などと会話をしつつ、宮殿廊下から練兵場へと出る。

 そこをしばらく歩くと兵舎にたどり着くはずだ。


 訓練している兵隊たちの邪魔にならないように、だだっ広い練兵場の端っこを歩くハルとナゼール。

 すると兵舎への道のりへの途中で乾いた銃声が聞こえてきた。


「ナゼール。今のって……」

「銃声だな。ヘルガがまた何かやってんのかな」

「えっ、ヘルガさんが?」

「ああ、言ってなかったっけ。ヘルガはハルさんが持ってた機関銃を参考にして銃を作ったんだ」

「なんとまぁ……」


 銃声に引き寄せられるように音の方へと向かうと、簡素な急ごしらえの射撃場が見えてくる。

 そこではヘルガが何やらライフルを検分しては射撃していた。

 そんな彼女にハルは声をかける。


「ヘルガさーん」

「ああ、ハルさん。もういいの?」

「ええ、解放されました。で、その銃なんですけど……ヘルガさんが作ったんですか?」


 ヘルガが手に持っている銃を指差すハル。

 彼女が手にしているのは木製ストックのライフルで、簡素な照準器と銃剣が装着されている。

 それは明らかにルサールカのものではなかった。


「ああ、ちょっと調整射撃をしてた。見てみる?」

「ええ、なかなか良いライフルですね」

「だろ? これ、ハルさんの持ってたっていう銃を参考にしたんだよ」

「えっ」


 ヘルガの発言に驚くハル。

 ハルの持っていた軽機関銃ライトマシンガンとボルトアクションライフルは構造からしてまったくの別物と言って差し支えない。


 一体どこをどう参考にしたらボルトアクションライフルが出来上がるのかが謎であった。

 まったく人間の創造性というのは凄まじいものだ、とハルは内心舌を巻いた。


 そして気を取り直してヘルガに尋ねる。

 机にはもう一丁ハルの知らない銃が置いてある。


「すごいですね、ヘルガさん。じゃあこっちの銃もヘルガさんが?」

「いや、こっちはオットー工房の職人達が作ったやつ。陛下が貸してくださったんだ」

「ふむふむ」


 その銃は上下二連装の散弾銃ショットガンであった。

 ヘルガはその散弾銃に実包ショットシェルを込めると、構えて射撃する。


 大きな音を立てて散弾が大きく散らばって着弾した。

 散弾銃の実包の中には細かく粒にされた弾丸が入っており、射撃された際にそれらが散らばる。

 そのため、狙いが多少甘くても命中しやすいという利点があった。


 射撃を終えたヘルガが呟く。


「しっかしオットー工房も侮れないなぁ。こんな銃を開発してるなんて」

「私にはどっちも驚きですよ」

「ふーん、本当?」

「ええ、どちらも創意工夫の賜物です」

「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でもさ、昨日テオドール達に見せてもらったんだけど、ルサールカの銃の方が明らかに高性能だよ」

「いや、まぁそれは否定できませんが……」

「だろ? 特にあの白い銃! なんてったっけ……グ、グレン……なんとか。ハルさん知ってる?」

「《グレンゼンロス》ですか?」

「そう、それ! だからさ、純粋な銃の性能では今更かなわないから、何かマリネリスらしいアレンジができないかって今考えてるんだ」

「そうなんですね……」


 そう言いながらハルは考えていた。

 《グレンゼンロス》の所有者がクルスの書いた筋書きシナリオと違う。

 本来の所有者は別のアンドロイドのはずだ。


 だが、その思考はヘルガによってすぐに中断される。


「なぁ、二人とも兵舎に行くんだろ?」

「はい」

「じゃあ、私も行くよ。案内するから着いてきて」

「ありがとうございます」

「いいっていいって。まぁあたしも疲れちゃったから休みたいだけなんだけどね」


 そう言いながらヘルガは手早く銃と弾丸を片付けると、近くの衛兵に預けた。

 そして三人で兵舎に向かって歩き出す。


「おっ、着いたぜ。ここが兵舎か」


 ナゼールの声につられて前を見ると兵士達が普段使っている宿舎が見えてくる。

 豪華絢爛な王城とは違い、こちらはたいへん質素な造りだ。


 その中を進んでいくとミント達が使っている部屋にたどり着く。

 二段のベッドと小さな机、そして窓があるだけの無駄の無いレイアウトだった。


 中に入るとチェルソが出迎えてくれる。


「やあ、ハルちゃん。もう用事は済んだのかい?」

「ええ、今はテオドールとフォルトナが話を聞かれてます」

「そうか、お疲れ様。まぁ座りなよ」


 そう言ってベッドを勧めてくるチェルソ。

 言われるまま座るハルにレリアがコップを持ってきた。


「ハルさん、お水よ。どうぞ」

「ありがとう、レリア」

「本当にまた会えて嬉しいわ……」


 しみじみとした様子で言うレリアにハルは笑いかける。


「ふふ、それは私もですよ。ところで」

「ん、何かしら?」

「あのネコ……ミントはどこですか? ちょっと彼に聞きたい事があって」


 ミントは先ほど『バルトロメウス症候群』と口走っていた。

 どこでそれを知ったのか聞いておきたいと、ハルは考えていた。


「ああ、ミントならそこに居るわ」


 レリアの指差す方を見るとミントがベッドに横たわっており、すぴーすぴーと寝息を立てている。

 お昼寝中のようだ。


 それを見たヘルガがミントの体を乱暴に揺らす。


「おーい! 相棒ー、起きろー」


 突然眠りから覚まされて体をびくっと震わせるミント。


「ふみゃあ……何だ、ヘルガかぁ」

「何だ、じゃねえよ。ほら、ハルさん来たぞ」


 それを聞いて飛び起きるミント。

 そしてハルの元へ駆け寄ってくる。


「ハルだー! うわぁ、やっと会えたよー」

「急に起こしてすみませんね、ミント」

「いいよ、気にしないで」

「それで、聞きたい事があるんですが……」

「なーにー?」


 ハルは一呼吸タメをつくると、本題を切り出す。


「ミントは『バルトロメウス症候群』について、どこで聞いたんですか?」

「おうちで聞いた。“おとうさん”と“おかあさん”が話してたんだ」

「おうち?」

「うん、“こっち”のおうちじゃなくて“むこう”のね」


 ミントがまたも訳のわからないことを口走るが、ハルは辛抱強く質問を続ける。


「こっち? むこう? ミント、それはどういうことですか?」

「ええとね、“むこう”はね、もともとボクと“おにいちゃん”が居た世界のことね。日本だよニホン」


 それを聞いたハルは仰け反って驚く。


「『ニホン列島』のことですか? 嘘でしょ!?」

「嘘じゃないよ」

「だって、獣人族ライカンスロープはニホンに居ないってマスターが……」


 そこまで言ってハルは気付く。


「ミント、もしかしてあなたがさっきから言ってる“おにいちゃん”って……まさか……」

「うん、“こっち”ではクルス・ダラハイドって呼ばれてるよ」

「じゃあ、ミント。あなたは一体……?」

「だからー、最初に言ったでしょー? ボクはネコだって。“おにいちゃん”の家で一緒に暮らしてた飼いネコだよ、ボクは」


 その衝撃的な一言にハルはぐらつく。

 想定外の情報が多すぎて演算が追いついていないが、何とか言葉を搾り出した。


「じゃ、じゃああなたは何故ここ……マスターの空想世界に……?」


 ハルの問いにミントはミントは静かに答えた。


「ハル、ボクも感染してるんだよ。『バルトロメウス症候群』に」

「……!」


 呼吸を必要としないアンドロイドのハルでも、ミントの発言に思わず息を呑んでしまう。

 そうして言葉を失うハルにミントは続けた。


「だからボクに協力してほしいんだ、ハル。お願いだよ。ボクと“おにいちゃん”を助けて。お願い」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月18日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月17日  後書きに次話更新日を追加

※ 5月 2日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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