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152.プンプン



 サイドニア王国の一室で行われている亡命者テオドール達に対する事情聴取。


 ナゼールを伴い、そこに招かれたハルはエセルバードに紙を見せられる。

 速記者達が記録した紙だ。


「これを見てくれ、ハル。今までテオドール達から聞いた内容を速記者に記させたものだ」

「はい、えーどれどれ……」


 その紙に目を通すハル。

 それに書かれている内容は、クルスの設定した事と変わりは無い。


 ただ一点を除いては。


 マリネリス大陸のザルカ帝国と、ルサールカ人工島のジュノー社が協力している。

 その結果ジュノー社が一人勝ちの状況であるらしい。

 これはクルスも予期していなかった事に違いない。


 ハルはそのことについて確認する必要を感じて、テオドールに問いかける。


「ルサールカでは今ってジュノー社がトップなんですか? ヴェスパー社じゃなくて?」

「ああ、お前の言いたいことはわかるぜ。確かにちょっと前まではヴェスパー社がトップ企業だった。だがザルカと手を組んでから、一気にジュノー社が巻き返したんだ」

「へぇ……」


 これはハルにも予想外の事態であった。


 クルスの書いた小説『機械仕掛けの女神』では圧倒的な資産で他を圧倒し、迫害していたヴェスパー社に対して他の企業が協力して対抗するのが話の本筋である。

 小説上の役割ではヴェスパー社は悪役であり、ジュノー社は主人公側である。


 だが、現在の状況はどうもそういうわけでもないらしい。


 テオドールの話を聞いていたエセルバードが割り込んでくる。


「ハル。ちょっといいだろうか?」

「何ですか?」

「もし我々がルサールカへの航路を発見できた際には、当然どこかの企業と接触することになるが、どこが適切だと思う? 先ほどの話だと有力なのはヴェスパーだそうだが」

「うーん、そうですねぇ……」


 ハルが答えに困っていると、テオドールが割り込んでくる。

 彼はエセルバードの問いに難色を示していた。


「ヴェスパーだけは……ダメだ。あいつらはクズだよ」

「む、そうなのか? しかし、他の企業では心もとないのだろう?」

「……たとえジュノーとザルカに対抗できる力があっても、あいつらは信用ならない。過去にヴェスパーが主導した新造シェルターの建設事業があったんだが、その作業中に爆発事故が起きた」

「ほう」

「だが、あいつら……ヴェスパーのクソったれどもは自分達の非を一切認めなかった。それどころか全ての責任を当時建設作業の指揮をとっていたリーダーに全て被せて、被害者遺族への賠償金まで踏み倒しやがった」

「それは酷い話だな」

「ああ、だからこれだけは言っておきてえ。ヴェスパーはクソ○○○○○ナメクジ野郎の集まりだ。ここぞという時には絶対に裏切るぜ」


 思いつく限りの罵倒の言葉を並べてまくし立てた後、むすっとして黙りこくるテオドール。



 その出来事エピソードはクルスが設定したものだ。


 テオドールが言っていた当時の建設現場のリーダーというのが彼の父親である。

 そしてその現場では、テオドールの幼馴染リリーの両親も一緒に働いていた。


 しかしテオドールの父とリリーの両親はその現場で事故に遭い、三人とも他界した。

 たまたま父親の仕事場を見学していたテオドールも爆発に巻き込まれ防護服が壊れた結果、汚染された空気を吸い込み“まだら髪”になってしまう。


 テオドールがヴェスパーに恨みを抱くのも無理も無い話であった。


 悲痛な表情でうつむくテオドールを見て、エセルバードはひとつ咳払いをする。


「ゴホン、辛い話をさせてしまったな」

「……」

「話を変えよう。次は……」


 エセルバードが話題を転換しようとしたところで、新たに部屋に入ってくる者が居た。

 その人物は無遠慮にずかずかと踏み込んで来る。

 ハルが“あのヒゲ”呼ばわりして嫌っているサイドニア国王ウィリアム・エドガーであった。

 彼は入室するなり腹心エセルバードへと話を振る。


「首尾はどうだ? エセルバード」

「へ、陛下! わざわざご足労戴かなくても」

「いや、今回の話は余も自らの耳で聞きたくなってな。なぁ、ハル?」


 そう言ってハルを一瞥するエドガー。

 流石に無視するわけにもいかず、ハルは渋々頭を下げる。


「お久しぶりです……陛下」


 口では下手に出てはいるが、その目はエドガーを睨みつけている。

 ハルはエドガーがかつてクルスに強引に銃を造らせようとして、ポーラを人質にとった事を根に持っていた。


 険悪な雰囲気を醸し出す二人に焦ったナゼールが、ハルに声をかけた。


「は、ハルさん。落ち着いてくれ」

「……私は見ての通り“冷静プンプン”ですよ、ナゼール」

「いや、腹ん中煮えたぎってるだろそれ。でもハルさん、聞いてくれ。陛下はポーラの希望していた語学教室に多大な額の支援をしてくれたんだ。もう俺たちは過去の事は水に流してる」

「語学教室? へえ、ポーラさんが……」


 思えばポーラはナゼール、レリアに比べて言葉の習得が遅かった。

 だが、だからこそ他人がどこで躓くのかがわかるのだろう。

 それは教育者にとって重要な資質であった。


 ナゼールの話を受けて、エドガーが続ける。


「そういう事だ、ハル。お前にもそろそろ態度を軟化させて欲しいものだな」

「わかりました。ポーラさんが恩を受けたのでしたら仕方ありません。たいへん失礼致しました、陛下」

「構わん、それより話の続きだ」


 そう言ってエドガーはハルの持っていた速記者の記録に目を通す。

 一瞬でそれらに目を通した彼は、テオドール達に問いかける。


「これだけか?」


 何の事を言っているのかわからないテオドールが聞き返す。


「は? え、何が……ですか?」


 普段は大変口の悪いテオドールもエドガーの覇気に気圧されたのか、丁寧語である。

 そしてエドガーはもう一度、今度は意図がはっきり伝わるようにテオドール達に問いかける。


「お前達の知っている事が、だ。……本当に、これだけか?」

「……うーん」


 口元に手を当てて考えるテオドールとフォルトナ。

 熟考したのち、やがてテオドールが口を開く。


「そういえば……、ザルカが何か実験しているのを見ました。“グスタフ”とかなんとかいう……」

「グスタフ? 何だそれは」

「ええと、人間を“竜”とかいうでっかいトカゲにする計画らしいです。失敗してましたけど」


 “グスタフ”。


 それについてはハルもクルスから聞いていた。

 フィオレンティーナのパーティが壊滅した際に、ナブア村でハル達が遭遇した巨大な“トカゲの悪魔デーモン”がそれである。


 現在実験中となると、遠からず実用化されてしまうかもしれない。

 クルスの書いた小説『ナイツオブサイドニア』では終盤に、量産型のグスタフが登場して暴れまわるのだ。


 対策を考えなければ。

 ハルが思案していると、エドガーがフォルトナに尋ねる。


「フォルトナ、お前はどうだ?」

「そうッスねぇ。ルサールカでの話なんスけど、実はジュノー社に喧嘩を売っている謎の組織があるらしいんス」

「謎の組織? 胡散臭いな、どういう連中だ?」

「それがわからないんスよ。ジュノー社の少尉さんに聞いたんスけど、彼女らも全容を知らないみたいで……。ただ、その組織の中心人物は白髪はくはつの若い男らしいんス」


 白髪の男が率いる組織。


 そっちはクルスの設定にない話だ。

 しかも老人ならともかく、若い男で白髪というのは不自然だ。

 特にルサールカでは。


 ハルはフォルトナに問いかける。


「その男の白髪って地毛なんですか?」

「だぶん……違うと思うッス。100パーの白髪まで症状が進行して助かった例なんて聞いた事ないッスし」

「……ですよねぇ」


 どうにも気になる存在である白髪の男だが、現状では情報が少なすぎる。

 ハルは頭の片隅に記憶して置くに留めた。



 一方、二人からひと通りの話を聞いたエドガーは満足したようだった。


「とりあえずは目ぼしい話は聞けたようだな。さて、次はハルに聞きたい」

「え? 私ですか?」

「ああ、といってもおまえ自身の事ではない。お前が寝ている間に、フォルトナからアンドロイドの事は聞いている」

「え、じゃあ何を?」

「クルス・ダラハイドの事だ」

「……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 この空想世界がまだ続いていると言う事は来栖本体はおそらく無事なのだろうが、それでもクルスの死はやはりハルにとって辛いものであった。

 それこそ身が引き裂かれるような。


 思わず悲痛な表情を浮かべるハルだったが、エドガーは敢えて無神経を装って聞いてくる。

 いや、彼もひょっとしたら心を痛めているのかもしれない。


「お前には悪いとは思っているが、これも余の責務でな。ルサールカで同盟先が見つからない場合は、奴の居たという『ニホン列島』で見つけることも視野に入れなければならない。何か聞いていないか?」



 ニホン列島へは私たちは絶対に行けませんよ。



 その言葉を腹の中へしまいこみつつ、ハルは答える。


「ニホンの場所は、わかりません。マスターも知らないと仰っていました。ひょっとしたら異世界にあるのかも」

「異世界? 戯言を……。それで、他には? 何か聞いていないか?」


 尚もエドガーはクルスに関する質問を重ねてくるが、ハルはその多くを“知らない”と答えた。

 隠しているのではなく、本当に知らないのである。


 そう、自分はマスター・クルスと共に多くの時間を過ごしながら、彼のプライベートな事に関してはあまりにも無知であった。

 その事で段々と胸が痛くなり、表情が暗くなってゆくハル。


 それを見たナゼールがエドガーに告げた。


「陛下、もういいでしょう。ハルさんは必要な事は喋ったはずです」

「……そうだな。わかった。ハル、協力に感謝する」


 労うように微笑みかけるエドガー。

 それは今日初めて彼が見せた表情だった。


 驚きつつも返事をするハル。


「いえ、こちらこそ大した情報も喋れずにすみません」

「いや、充分だ。とりあえずハルとナゼールはもう下がってよい。部屋を用意させているから今日は泊まっていけ」

「あ、ありがとう、ございます」


 いけ好かないヒゲと思っていたエドガーだが、なぜだか今日は親切であった。

 そしてエドガーはテオドールとフォルトナに告げる。


「テオドールとフォルトナは引き続きこの部屋に残れ。ルサールカの銃について聞きたい事がある」

「了解です」

「ッス」


 ナゼールに連れられて部屋を出る間際、ハルはエドガーに話しかける。


「あの、陛下。失礼を承知でお聞きしますが、どうして今日はそんなにお優しいのですか?」

「優しいだと? 勘違いするな。わが国は二年前にクルスのヘソを曲げた結果、技術水準でザルカに大きく水を開けられている。“あの時もっと優しく接しておけば良かった”と後悔しているだけだ」


 その理屈で言えば、既に話を聞き終えたハルに優しくする理由も無いはずだが。


 その事に思い至ったハルはこの日初めてエドガーに笑顔を向けた。


「後悔先に立たずですね」

「うるさい、ほれ。早く下がれ。しっし」


 虫でも追い払うように手を払うエドガーに見送られながら、ハルは幾らか心が軽くなった面持ちで部屋を出たのだった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月16日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月15日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 5月 1日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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