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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
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15.続・ちょろい女を落とす方法



 バーラムの農場で行われている拳闘会は一回戦が全て終わり、二回戦に移っていた。


 コリンは手早く次の試合の券を買うと思案に明け暮れた。

 次は彼の相棒レジーナの試合だ。

 当然レジーナに多額を賭けている。


 コリンの目の前ではレジーナが対戦相手の男をぶちのめしている。

 その光景はコリンの目に映ってはいたが、コリンは全く別の事を考えていた。


 この田舎に新技術を持ち込んだ黒髪の異民について、である。

 あの男は間違いなく厄介な存在になるだろう。

 そんな予感がコリンの中に渦巻いていた。


 二回戦第一試合もレジーナは問題なく勝利を収めた。

 相変わらずの筋力に物を言わせた試合展開であった。

 問題は次だ。

 コリンが真剣な眼差しで佇んでいると、隣に居るフレデリカが話しかけて来る。


「ねえ、コリン。レジーナさんってホント強いねー」

「うん。戦っている時はいつもあんな感じだよ」

「ふぅーん、じゃあ、戦ってない時はどんな感じの人なの?」

「普段は……そうだね。粗野でガサツで荒っぽい。依頼の後はいつも調子に乗ってお酒を飲んで二日酔いで苦しんでる」

「へ、へぇ……」


 フレデリカはコリンの愚痴に対して曖昧な返事を返した。

 しかしコリンの愚痴は止まらない。


「今回だってそうさ。酒をたらふく飲まされて、挙句まんまと拳闘会の客寄せパンダになっちゃって。全部町長さんの書いた筋書き通りさ。まったく……本当にチョロいんだから」

「ふーん、そんなに心配なの? コリンはレジーナさんの事を大事に思ってるんだね」


 フレデリカの問いかけにコリンは少し動揺する。


「そんなんじゃないさ! ただ、あいつはその……僕にとっての一番優秀な仕事仲間だし……」

「仕事仲間、ねぇ」

「そ、そうだよ、あくまで仕事仲間! ほら次の試合が始まるよ!」


 照れくささを隠すようにコリンは前方に指を差した。

 次は例の異民の試合だ。





--------------------





 ダリルが試合の見える位置で静かに佇んでいると、こちらに歩いてきたレジーナがまたも声を掛けて来た。


「よぉ、さっきの技は何だ? 凄かったな」

「何の変哲も無い足関節技アシカンだぜ」

「いやいや、変哲はありまくるだろ。あたしにも教えろよ」


 教えたら対策とるだろうが、お前は。

 と、内心で毒づくダリル。

 彼は話をはぐらかす。


「うるせぇな。後だ、後。それよかクルスの試合見なくて良いのかよ? 次、当たるぜ多分」

「むぅ……」


 レジーナにとっても黒髪の異民は確かに無視できない存在になってきていたようで、彼女は顔を曇らせる。

 彼女の視線の先では来栖とモーリスが向かい合っている。


 先ほどの試合は守りを捨てた特攻と奇襲で瞬く間に勝利を得た来栖。

 対するモーリスはロー攻めからの左ハイで鮮やかに勝利した。


 その時、審判役の男の合図を受けて試合が始まる。


 来栖は先ほどの開幕特攻とは違い、どっしり構えている。

 一方モーリスは早速右ローで仕掛ける。


 終わり際に反撃の来栖のロー。

 負けじと蹴り返すモーリス。

 更に返す来栖。

 そうして四発ほどローを交換した後、モーリスが前蹴りで来栖を蹴飛ばして距離を離す。


 それを見てレジーナは不思議がった。


「あ? モーリスの野郎、距離を離しやがったな。ローの打ち合いがお望みじゃなかったのかよ」


 腑に落ちない様子で言うレジーナにダリルが解説する。


「そりゃクルスがモーリスのローを全部カットして、しかも反撃まで決めてきたからだろ」

「カット?」

「クルスは相手のローをただ受けるんじゃなくて、直前に脛やら膝……つまり足の硬い部分が相手の足に当たるように仕向けてんのさ。こうすると蹴ってる方がダメージが溜まったりする」


 ローは当然、蹴る側にもダメージはある。

 伝説的キックボクサー、ピーター・アーツは自らの強烈過ぎるローキックで怪我を負ったこともあるくらいだ。


「まじかよ……」


 レジーナはため息混じりに目の前の光景を見つめる。


 堪らず距離を離した後、隙をうかがうモーリス。

 来栖は相変わらず防御重視だ。

 おもむろにハイキックを放つモーリス。


 来栖は事も無げにスウェーでよけると、隙に低めのボディストレートで腹を抉る。

 一瞬息ができなくなるモーリスであったが持ち直し、めげずにローキック。

 それを待ってましたと言わんばかりに来栖にローをキャッチされ倒されるが、即座に後転して起き上がる事に成功したモーリス。


 しかしその起き上がり“際”を見逃すほど来栖は優しくなかった。

 即座に間合いを詰めて、またも水平に一回転。


 先ほどの試合で火を噴いた回転式裏拳《バックハンドブロー》だ。

 そう判断したモーリスは、一回戦で来栖の奇襲技に対応するべくガードを上げる。


 しかし、違った。

 直後に受ける鳩尾みぞおちへの鈍い衝撃がモーリスを襲う。


 来栖はバックブローではなく後ろ向きに相手を踵で蹴りつける《ソバット》を見舞っていた。

 モーリスが身をよじる程の痛みに襲われたのは、ソバットを食らってから約一秒後。

 遅れてやってきた痛みにもはや立っている事もままならず、うずくまるように彼は倒れた。





--------------------





 来栖のソバットで会場はどよめいていた。


 バックハンドブローに続いてのド派手な回転技。

 モーリスの対応をあざ笑うかのような一撃にコリンは戦慄を覚える。


「ひええ……すごい」


 コリンと共に観戦していたフレデリカも思わず感嘆の声を上げる。

 そんな彼女にコリンは話しかける。


「あれはモーリスさんの対応が悪かったとかではなく、クルスさんが上手すぎたね」


 コリンも感心する他なかった。

 前の試合で“見せた”技を逆手にとって裏をかく。

 どこまでもクレバーな奴だ。


「うん」


 そう言いながら、フレデリカはにこにこ笑っていた。


 この時コリンには自覚がなかったが、現在彼はとてもスラスラと喋ることができている。

 先ほどまでは極度の緊張のせいで、ただたどしい喋り方しか出来なかったのに。


 彼は気付かぬうちに人見知りを克服しつつあった。



 そして、試合は進む。

 二回戦第三試合はダリルが危なげなく勝利を収め、第四試合はランドルフが制した。

 これで、準決勝進出の顔ぶれは、レジーナ、クルス、ダリル、ランドルフの四名である。



「次の券を買ってこないと」


 そういって席を離れようとするコリンに、フレデリカは尋ねる。


「レジーナさんとクルスさん、どっちに賭けるの?」


 正直、決めかねていた。

 普通に考えればレジーナのはずなのだが、来栖相手にはその“普通”が通用しないように思える。


「フレデリカはどっちが勝つと思う?」


 コリンが尋ね返すと、フレデリカは本日の予想で初めての長考を見せる。

 てっきり即答で来栖の名を挙げると思っていたコリンにとっては少々意外だった。


「…………クルスさん」


 たっぷり考えて、そう断言する。

 彼女はここまで予想をすべて的中させている慧眼を持っていた。


 その言葉はコリンを大いに悩ませた。



 しばらく券売所前で悩んだ後、コリンは券を買わないことを決断する。

 行方の分からない勝負に大金をつぎ込むのは愚か者の思考だと考えてのことだ。



 その様子を満足げに眺めるギャンブラー。

 自分の教えを守ってくれたと彼・ダラハイド男爵は思っているようだった。

 コリンは自分の考えに従っただけなのだが。



 コリンが券売所から戻ってくると、フレデリカが手招きをしていた。


「はやくはやく! 始まっちゃうよ」


 どうやら少々悩みすぎたようだ。

 コリンが席に着くと、もう二人は向き合っており、レジーナは自らの拳を打ち鳴らしながら凶暴な笑みを浮かべている。

 まるで狂戦士ベルセルクだ。


 対する来栖はどこ吹く風。

 ポーカーフェイスで狂戦士を観察していた。



 試合開始。


 いつものように距離を詰めて拳を見舞うレジーナ。

 ブンッという風きり音がこちらまで聞こえてきそうなその拳を、来栖はスウェーやダッキング等を駆使してかわしている。

 そして、打ち終わりにロー。

 来栖は身長差から拳は届かないと判断しているのか、ロー主体で戦うようだ。


 その時レジーナの伸ばしてきた左のジャブ来栖の頬を掠める。

 一撃で来栖の頬が切れて出血した。

 しかし目の下なので視界には影響がないのが救いであった。


 すぐさまレジーナの右のフックが飛んできた。

 しかしそれを待っていた来栖はそのフックに合わせて、カウンターの左ショートフックを仕込む。


 身を屈めながら打ったその一発は、見事レジーナの顎を捕らえ脳を揺らすことに成功する。

 右フックを振りぬいたモーションのままガクッと腰から崩れるレジーナ。


 しかし、浅かった。

 フラッシュ・ダウン、一瞬意識が飛んだだけである。


 体格に劣る来栖がレジーナからダウンを奪うまさかの展開に会場も盛り上がる。


 しかし歓声を受けても来栖は冷静だった。

 すぐに立ち上がらせまいと追撃のパウンドを放とうとする来栖に、レジーナの下からの蹴り上げが襲ってくる。

 長身ゆえにリーチが長く見るからに威力も高そうだ。

 すんでのところでかわした来栖は無理な追撃はかえって危険だと判断したのか、距離を離す。


 少し下がって、手招きのジェスチャー“立て”という合図を送る来栖。


 しかし、これは失策であった。

 MMAを見慣れた来栖にとって、このジェスチャーは“スタンド状態で戦おう”という提案に過ぎなかったのだが、その知識がないレジーナはそれを“挑発”だと受け取ったのだ。


 怒りに燃えるレジーナは猛然とした勢いで立ち上がると、フルスイングのフックを振り回して来栖を襲う。

 なんとか初段のフックはかわし二発目はパーリングに成功する来栖だったが、続く三発目をガードの上から食らってしまう。


 打点がずれていたため致命打には至らなかったが、動きが止まってしまう。

 そこにレジーナのストレートが迫る。


 咄嗟に来栖は頭を振ったが、かわしきれず被弾。

 尻餅をついてダウン。

 しかしまだ辛うじて意識はあるらしく、動きは止まっていない。


 レジーナの逆転を引き寄せる一撃に会場も大いに盛り上がった。


「うおおおおおおおおおっ!」



 その大観衆の歓声を背にレジーナが凄まじい勢いのパウンドを来栖に見舞う。

 来栖は蹴り上げで遠ざけようとするが、意に介さず飛び込むレジーナ。


 一方、来栖は仰向けのまま左手でレジーナの足首をさりげなく掴み、部分的に自由を封じる。

 それに構わず強引に振り下ろし気味の鉄槌を放った瞬間に、足を絡みつかせる来栖。


 来栖の両足はレジーナの右肩と頭を絞め付ける三角形を形成していた。

 下からの絞め技の代表格《三角絞め》である。


 しかしレジーナは三角絞めの形のまま、来栖を腰くらいの高さまで持ち上げるとそのままバスターで地面に叩きつける。

 叩きつけられた来栖はそれなりの衝撃を感じたようだったが、背中から落ちたので比較的ダメージは軽いだろう。


 本能的にバスターでの脱出を図ったレジーナであったが、三角絞めは衝撃で外れ辛い技である。

 更にこの技は構造上、極められている側が頭を下に向けると頚動脈が絞まるように出来ている。

 よって下に叩きつけるバスターは、むしろ自殺行為だった。


 完全に技が入り死に物狂いで暴れるレジーナだったが、タップする気配がない。

 やがてガクッと力が抜けて、ぐったりするレジーナ。


 即座に来栖は技を解き、審判役に告げる。


「落ちた!」



 それを見たコリンは観客席を飛び出し、全速力で相棒の元へ駆け出す。


「レジーナッ!!!」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月23日(日) の予定です。


ご期待ください。




※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 2月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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