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149.HL-426型、再起動



 王都サイドニアの中心部に力強くそびえ立つ白い城。

 サイドニア王城である。


 城壁内部の練兵場では多くの兵士が有事に備えて鍛錬を積んでおり、そこでは訓練以外に時たま開発中の武器や魔術の試験も行われる。


 サイドニアを統べる王、ウィリアム・エドガーは腹心である近衛兵長のエセルバード・スウィングラーを伴って練兵場に視察に訪れていた。


 王の姿を見るなり兵士達が敬礼動作を取るが、エドガーはそれを片手で遮る。

 “いいから訓練に集中しろ”というサインだ。

 それを受けて兵士達は先ほどよりも気合に満ちた表情で訓練を再開する。


 彼らの様子を見たエセルバードがエドガーに話しかけてくる。


「陛下の御前で手を抜くマヌケは居ないようですな」

「ふん、余が居ないと本気になれんような奴は二流だ。して、あやつらは?」

「ええ、この先です」


 そうしてずんずんと練兵場を突き進むエドガー達。

 その先に、明らかに兵士と違う一団が居た。


 エドガーとも面識があるプレアデスのナゼール・ドンガラとお付きのレリア。

 アイテム蒐集癖の強い貴族であるバフェット伯。

 そのバフェットと懇意にしているという骨董屋チェルソ・パニッツィ。

 見知らぬ獣人族ライカンスロープの少年にドワーフ女。


 そして異民と思しき若い男女だ。


 一人は奇妙な白黒の“まだら髪”の少年だ。

 そしてもう一人は金髪の美しい女性で、こちらはかつてエドガーと会った事もあるハルに大変よく似ていた。

 今日、この一団は異民とエドガーを引き合わせる為に王城を訪れたのだ。


 彼らはエドガーの姿を視認してすぐに一斉に膝をついた。

 エドガーは彼らの前に仁王立ちすると、まずはナゼールに話しかける。


「皆、顔を上げよ。久しいな、ナゼール」

「はい、陛下もご健勝そうで何よりです」

「うむ。で、そやつが……」


 そう言ってエドガーはナゼールのすぐ隣に居る金髪の女性を見つめる。


「はい、彼女がフォルトナです。ハルさんと非常に近しい存在です」

「なるほど、確かに似ておるな」

「ええ、そして彼女とテオドールは亡命を希望しておりまして」

「うむ、それについては事前に受け取った手紙で読んでおる。亡命を受け入れるかどうかは、お前らが何を成すかだ。なあ、テオドールとフォルトナよ。お前らは何が出来る? 亡命の見返りに余に何をくれるのだ?」


 エドガーの問いに白黒の“まだら髪”をした少年、テオドールが答える。


「『HL-426型』アンドロイド、ハルを直します」

「ふむ。それだけか?」

「『ルサールカ人工島』の内情について、そしてジュノー社がザルカ帝国領で何をやっているのか。知っていることを全部話します」

「ほう……」


 エドガーはじいっとテオドールの目を見据える。

 そして彼の眼から強い意志を感じとった。


 王という人種は人を見る目がなければならない。


 その人物は有能か、ろくでなしか。

 そいつは敵か、それとも味方か。

 それらを見極められなければ、失脚するのはあっという間だ。


 テオドールの瞳から紛い物ではない強い意志を感じ取ったエドガーは決断を下す。


「よかろう、では早速責務を果たしてもらおう。おい、地下に連れて行け」


 エドガーが指示すると近衛兵が二人やって来た。

 彼らに王城地下に安置されているハルの残骸まで案内させるのだ。


 そしてエドガーはナゼールと、その隣のレリアにも声をかけた。


「お前らも行ってやれ」

「はい、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるナゼール達。

 彼らは衛兵に連れられて地下へと向かって行った。


 それらを横目にエドガーは他の者に声をかける。


「さてと、次は銃を見せてもらおうか。ヘルガというのはどいつだ?」

「は、はい。私でございます」


 幾分緊張した様子でドワーフ女が答える。


「お前か、どれ“銃”を見せろ」

「はいっ」


 そう言ってヘルガが銃を取り出す。

 遠目に見れば細身の槍のような外見である。


 細長い木製の銃身の穂先に小さな剣が取り付けられている。

 そして遠くを見通せるようにか、単眼の望遠鏡が装着されていた。


「ほう、面白い。実際に撃ってみろ」

「はい」


 ヘルガは準備すると、練兵場に急遽用意された簡易な射撃スペースへと移動する。

 そして弾を込めると射撃の実演を開始した。


 パァン、という乾いた音が響き渡る。

 続けて五発射撃した後、ヘルガはエドガーに視線を移す。


 エドガーはヘルガに近付くと質問した。


「ふむ、良い物だな。もっと遠くは狙えるのか?」

「ええ、精度だけだったらルサールカの銃にも引けをとりません」

「ほう? ルサールカの銃を見たことが?」

「ええ、テオドールとフォルトナが持っていました」

「なるほどな、後でそちらの銃も確認せねばな。ところでヘルガ。お前はオットーの工房に居たそうだな」

「は、はい……」


 途端に怯えた表情へと切り替わるヘルガ。


「む、どうした? 顔が引き攣っておるぞ」

「あ、あの。陛下が銃のことを機密にされていたとは知らず、ハルマキスで散々ぶっ放してしまいました……」

「ああ、その事か。たしかに問題ではあるがその事について責任があるとしたら、機密を守る努力を怠った工房側であろうな。お前が気に病むことはない」

「で、では、親方…いや工房長が何らかの処罰を…?」

「それも考えたのだが、処罰など与えたらモチベーションに悪影響を与える。せいぜい厳重注意だ」

「そうなんですか、よかった……」

「何より、彼らは彼らの“銃”を完成させている。そんな人材を切るほど余は愚かではない」


 その言葉を聞いた瞬間、ヘルガの表情が一変した。


「えっ!! どんなやつですかっ!? それ」


 そう質問してくる彼女は、数分前まで自分や工房の人間の心配をしていたとは思えないような明るい表情である。

 未知の銃への好奇心の前に他の感情がどこかへ行ってしまったらしい。


 どうやらヘルガは根っからの職人気質のようである。

 こういうタイプは変に束縛せず、自由に泳がせておいた方が結果を出すだろう。

 などとエドガーが打算的な考えをしていると、興奮したヘルガを獣人族の少年が諌める。


「ヘルガ、落ち着いて」

「あ、ああ。ありがとう相棒。陛下、申し訳ございません。取り乱してしまいました……」


 しゅん、とするヘルガにエドガーは告げる。


「構わん。それより、お前にも工房製の銃を見てもらおうか。新たな構想が浮かぶやもしれん」





--------------------------





 衛兵に連れられて王城地下へと続く薄暗い階段を下りていくナゼール。

 彼の後ろからはレリア、フォルトナ、テオドールがついてくる。


 しばらく歩くと、二人の衛兵が守る厳重な扉にたどり着く。

 見たところ、宝物庫か何かのようであった。


 その扉が重い音とともに開かれ、中へと入っていくナゼール達。

 様々な貴金属やら宝石、価値がよくわからない絵画や骨董品を横目に宝物庫の最奥へと進む。


 そこには体の大部分を『レヴィアタン=メルヴィレイ』の吐いた酸に溶かされたハルの残骸。

 そしてハルの予備の体が入っていると思われる鉄製の棺桶が置かれている。


「さてと、仕事だぜ。お二人さん」


 ナゼールがテオドールとフォルトナに声をかけると、彼らは頷く。


「任せろよ、で、アレは? 『ブラックボックス』」

「『ブラックボックス』?」


 聞き返すナゼールにフォルトナが補足した。


「小さい黒い水晶みたいなやつです。それがあればハルさんの記憶データとかを新素体へと移せるッス」

「あ、それならコレだ」


 ナゼールは棺桶の隣に置かれていたそれを手渡す。


「どもッス」


 フォルトナはそれを棺桶の前にかざすと、棺桶から赤い光線が照射されて文字が浮かび上がる。

 レリアがフォルトナに訪ねた。


「それ、何て書いてあるの?」

「あーこれは“マスターの指紋を認証します。指を置いてください”って書いてあるッス」


 マスター。

 クルスのことだ。


 クルスの事を思い出し、少し表情を暗くするナゼールにフォルトナは気まずそうに聞いてきた。


「あのー……ちなみになんスけど、今ハルさんのマスターさんってどちらに居るんスか?」


 一瞬、言葉に詰まるナゼールとレリア。

 だがナゼールは意を決して答える。


「ハルさんのマスター、クルスさんは数年前に亡くなった」


 それを聞いたテオドールがフォルトナをひっぱたく。


「このポンコツ! マスターが生きてるんならオレらに頼まずに自分で直すだろ。わざわざ傷口を抉るんじゃねえよ」

「うう、ご、ごめんなさいッス」


 謝罪してくるフォルトナにレリアが笑いかける。


「いいのよ、フォルトナ。大丈夫」

「は、はいッス」


 そうして二人は作業を始めた。

 テオドールが棺桶の背面下部にある部品を工具で外す。


 さらにその中からケーブルを引っ張り出した。

 そしてそのケーブルを自身のうなじに接続する。


 ケーブルを繋いだテオドールは、目を閉じて口をぱくぱくと金魚のように動かしている。

 その光景を不思議にに思ったナゼールは手すきのフォルトナに尋ねた。


「なぁ、フォルトナ。何やってるんだ?」

「ハッキングッスね。本当はそのアンドロイドのマスターしか記憶データの移し変えはできないんスけど、それを無理矢理やってるんス」

「な、なるほど……」


 説明を聞いても意味がまったくわからないナゼールには、そうとしか言えなかった。

 そんなナゼールの様子を汲み取ったフォルトナは安心させるように言う。


「まぁ見ててくださいッス。あー見えてテオは凄腕ッスから」



 その言葉から数分ほど後、突如テオドールが声を出す。


「フォルトナ、表示見ろ」

「はいッス。あ! 認証成功してるッス!」

「おし、オレはこっから動けないから、お前パネル操作しろ」

「了解ッス」


 そう言って操作パネルを指でなぞり始めるフォルトナ。

 てきぱきと手を動かしデータ引継ぎ手順を遂行してゆく。

 最後にブラックボックスを操作パネル下部の差込口にセットして彼女は言った。


「やったッス! ダウンロード開始きたーー!!」


 それを聞いたテオドールはケーブルをうなじから外して操作パネル側に歩いてくる。


「ふぅー、良かったぜ。やっと終わった」


 一仕事終えた二人に詰め寄るナゼールとレリア。

 堪らずにレリアが尋ねる。


「ねえ、終わったってことは、ハルさんの記憶……でーた、を移せたのね?」

「ああ」

「じゃあ、この棺桶から出てくるのね」


 その瞬間を今や遅しと待ちわびるナゼールとレリア。

 だがテオドールがそれに水を差す。


「ああ、あと十八時間後にな」

「え?」


 固まるナゼールとレリアをよそに、テオドールとフォルトナはパネル表示に目をやる。


「テオ、十八時間じゃないッスよ。残り時間どんどん延びてます。あと二十二時間ッス」

「あ? 本当だな。っていうか、まだまだ伸びてんじゃねえか」

「そうッスね。しっかし何でこういうダウンロード時間って最初の表示よりどんどん伸びるんスかね?」

「そんなことオレが知るかよ。おっ、二十八時間で打ち止めっぽいな」

「そッスね。でもたぶんどっかのタイミングで、ぎゅーんって一気に進むからもうちょっと短いッスかね」

「それもそうだな」


 顔中に疑問符を貼り付けながらナゼールは質問する。


「えっと……つまり、ハルさんがそん中から出てくるのはあと……」

「うーん、だいたい一日後くらいかな。正確な時間はオレにもわかんね。ひょっとしたらもっと早いかもな」

「そうか」


 それを聞いたレリアがナゼールに聞いてきた。


「ナゼール、どうする?」

「一泊させてもらえねえかどうか、頼んでみる。ここから離れたくねえ」


 ナゼールは自分を助けてくれたハルに一刻も早く礼を言いたかった。

 その考えをを聞いたレリアは呆れながら呟く。


「別にあんたが居たって時間は変わらないでしょ。でもま、どうしてもって言うなら私も付き合うわ」

「ああ、ありがとう。レリア」



 ナゼールとレリアは近衛兵長のエセルバードに頼み込んで、王城内の宝物庫で一泊する許可を得た。

 衛兵から毛布を借り、それにくるまりながら一夜を明かす。


 テオドールは呆れつつも“風邪ひくなよ”とだけ言い残してフォルトナとともに去っていった。


 じっと棺桶の傍らでハルの起動を待つナゼールとレリア。

 時折、チェルソやミント達が様子を見に来てくれた。

 彼らも兵士の宿舎を借りて泊まっているらしい。



 そうしてどのくらい時が経っただろうか。

 日の当たらない地下室では時間の感覚が希薄になる。


 ナゼールとレリアが肩を寄せ合ってまどろんでいると、不意にバンと音を立てて棺桶が開く。

 目を覚ましたナゼールとレリアがその音の方向を見やると、タンクトップにショートパンツ姿のハルがそこに居た。


「は、ハルさん……」


 ナゼールが発した声に反応してハルがこっちを向く。

 そしてハルは凄まじい速度でこちらに駆け寄って来ると、ナゼール達の肩を掴みながら言った。


「ナゼール!! レリア!! 良かった……。無事だったんですね。それで『レヴィアタン』はどうしました? それと船は? 船の皆は大丈夫なんですか?」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月12日(火) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月11日  後書きに次話更新日を追加

※ 6月26日  一部文章を修正

※ 4月30日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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