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148.人違い



「うわぁ、ここがドゥルセかー。すごく大きいね。それに獣人族ライカンスロープの人もいっぱいいるし」


 感嘆の声をあげるミントに誇らしげに答えるナゼール。


「だろ? 昔はプレアデスの異民なんて俺らくらいだったんだぜ」

「へぇーそうなんだ」


 タダル村を馬車で出発したミント達は一週間ほどの旅を経て、王都サイドニアの目と鼻の先である交易都市ドゥルセに到着していた。


 一行は雑多な露店が多く並ぶバザーを抜け、ナゼール達が拠点にしているという『骨董屋パニッツィ』に向かう。

 大通りに面したその店へとたどり着くと、客入りは上々であった。

 お洒落な小物が主力商品で、もはや骨董屋というよりはアクセサリと洋服を扱っている店という趣が強い。


 チェルソを先頭にして店内に入る。

 一階の従業員がミント達の到着に気付くと、声をかけてくる。


「店長、オーナーおかえりなさいませ」


 それに返事をするチェルソ。


「うん、ただいま。ちょっと上にお客さん連れてくから、あとはよろしくね」

「はいっ」


 はきはきと答える従業員に見送られ三階へと上がるチェルソ達。


 そこは店舗スペースではなく、チェルソ達のプライベートな場所らしい。

 大勢で食事できそうな大きなテーブルと椅子が置かれ、くつろげる空間となっていた。


 そこに置かれた椅子にどかっと座るヘルガ。


「あー、もう私疲れちまった。ちょっと休んでいいか、チェルソさん?」

「もちろん、どうせ王都入りは明日だからね。今日のところはゆっくりするといい」

「どうも」


 その時、上の階からとたとたと足音が響いてきた。

 小さな男の子と女の子の二人組みだ。


 その二人はチェルソの姿を見ると彼に飛びつく。


「おにいちゃん、おかえりなさい!!」

「ただいま。ルチア、ジルド。よくお留守番してくれたね」

「うん、ポーラお姉ちゃんも時々見に来てくれたよ」

「そうか、あとで彼女にもお礼を言っておかないとね」


 そこへバフェット伯爵が声をかける。


「二人とも、私たちが居ない間の店の様子はどうだった?」

「はい、特に変わりはございません。オーナー」

「うむ、そうか。よくやった」


 そしてバフェット伯爵はチェルソに向き直ると告げる。


「チェルソ。私はこれから明日の王城訪問の準備をしてくる」

「準備、ですか?」

「ああ、エドガー陛下はカールシュテインのように大らかではない。重要案件とはいえ、いきなりの訪問は失礼だからな。先に手紙にて謁見の予約アポをとる」

「わかりました」

「明日の朝に迎えに来る。それまでは自由時間だ。それではまたな」

「ええ、オーナーもお気をつけて」

「うむ」


 言い残して去っていくバフェットとお付きの執事ギルマン。


 すると、二人の子供が突如そして硬直する。

 不審に思ったミントが視線の先を見ると、フォルトナであった。

 彼らはまるで幽霊でも見たかのように唇を振るわせる。


「ハ、ハルさん……?」

「違うッス。初めまして、フォルトナッス」

「は、初めまして……」


 未だ硬直している二人にレリアが紹介した。


「二人とも、フォルトナはハルさんのそっくりさんで別人よ。それからこっちの人たちが今日泊まっていくお客さん。テオドール、ヘルガ、ミントよ」


 そうして互いに挨拶をするミント達と二人の子供。

 一通り打ち解けたところで、テオドールが言った。


「明日まで自由時間だろ? ちょっと町とか見物してぇ」

「ああ、いいッスねぇテオ。私も見て回りたいッス」


 フォルトナがテオドールに追従し、ミントもそれに同意する。


「ボクもー! ポーラ先生の塾に行ってみたーい」


 すると、椅子に座っていたヘルガが立ち上がる。


「あ、私もポーラに会いたい。久しぶりだもん」


 とドゥルセ見物を希望する四人。

 それを受けてチェルソが言った。


「ナゼール君、レリアさん。案内してやってくれるかい?」





-----------------





「それにしても、すっげぇなぁ。こんな騒がしくて明るい町は初めて見たぜ」

「そうッスねぇ、ルサールカはもっとこう……どんよりとしてますからねぇ」


 などと感想を述べるテオドールとフォルトナ。



 ドゥルセ見物に出たテオドールとフォルトナは、ナゼールに連れられて町を歩いている。


 ミントとヘルガはレリアに連れられて別行動中だ。

 何でも、語学塾で会いたい人物が居るらしい。


 多数の店が立ち並ぶドゥルセはテオドールたちが今まで暮らしていたルサールカの八番シェルターなどと比べて、遥かに雑多で、混雑していて、そして何より活気に満ちていた。


 ドゥルセの様子に感心している二人に、ナゼールが言う。


「へっ、どうだ。凄いだろ、マリネリス一の交易都市は」

「ああ、マジですげえ。食いもんもうめえし、珍しいものも一杯あるし、一日居ても飽きないぜ」


 興奮した様子で語るテオドール。


 その時、すれ違った商人がフォルトナに話しかけてくる。


「あれ? あんた確か、ハルちゃんじゃないか?」

「あー、ごめんなさい。人違いッス」

「ん、なんだ。そっくりだからわからなかったよ。悪いな」

「いえいえッス」


 だがその後も複数回、同様の事が起きる。

 そのやりとりが面倒になってきたのか、段々と機嫌が悪くなるフォルトナ。


「何スか……。どいつもこいつもハルちゃん、ハルちゃんって……」


 などとぶつぶつ言っている。

 そんなフォルトナを宥めるテオドール。


「そんなに怒んなって」

「べ、別に怒ってないッスよ……」


 すると、ナゼールが思い出したように言った。


「あ、そうだ。用事を思い出したぜ。ちょっとギルドに寄っていいか?」

「用事?」

「ああ、ミラベルさんから手紙を預かっててな。それを届けに行く」


 それを聞いたフォルトナが投げやりな調子で呟く。


「通りから離れられるなら何でもいいッスよ」


 そしてナゼールの後について行くテオドールとフォルトナは、ギルドと呼ばれる建物にたどり着いた。

 ここは先ほどまで居た商業区とはまた違った印象をテオドールは受けた。


 ギルドの建物に入ると荒くれた男達がじろっとこちらを見てくる。

 が、先頭のナゼールを見て表情を崩した。

 そしてリーダー格と思しき男がナゼールに話しかけてきた。


「よう、ナゼール」

「久しぶりだな、デズモンドさん、元気だったか?」

「ああ、お前も元気そうだな」

「今日の依頼はもう片付いたのか?」

「ああ、今報告を終えたところさ」


 そして会話の後にナゼールはテオドールに告げる。


「じゃあ、ちょっと用事済ませてくるから二人はそこで待っててくれ。おーい、ミラベルさーん」


 と言ってさっさと受付に向かうナゼール。

 テオドールとフォルトナがギルド内部を眺めながら待っていると、先ほどの男がフォルトナに話しかけてきた。


「お、おい、あんた。ちょっといいか?」


 すると男の表情を見て用件を悟ったフォルトナが気だるい様子で答える。


「……何スか。私はハルさんじゃないッスよ」

「あ、ああ。それはわかるんだけど……似てるよなぁ。おい、ブリマリ。こっち来て見てみろ」


 などと言って男は仲間を呼び出し始める。

 そして気付くと人だかりが出来てしまっている。

 口々に“似てる”だの“瓜二つ”だのとまくし立てる彼らは皆、ハルの知り合いらしい。


「もう、勘弁してくださいッス……」


 フォルトナは泣きそうな顔で静かに呟いた。




------------------





 ミントとヘルガはレリアに連れられて、ポーラの立ち上げた学習塾へ訪れていた。

 扉を開けて中に入り、受付に向かう。


 すると、職員の男がレリアに話しかけてきた。


「あ、レリアさん。よくお戻りで」

「ええ、久しぶり。ポーラは居るかしら?」

「ええ、塾長は今講義中です」

「そう。じゃあ、ちょっとこの子達を連れて塾を見学してもいいかしら?」

「ええ、どうぞご自由に」

「ありがと、ほら行くわよ。ミント、ヘルガ」


 レリアに先導されて塾内を見学するミントとヘルガ。

 ガラス越しに講義風景を見ながら三人でゆったりと歩いた。


「へぇー、ボクの時は個人授業だったけど、ここでは皆で勉強するんだね」

「そうよ。ミントは運がいいわ。ポーラの個人授業なんて普通は、お金を積んでも受けれないわ」

「へぇ、そうなんだ。凄いんだね、ポーラ先生」

「そりゃそうよ。ドゥルセが今やマリネリス大陸とプレアデス諸島を繋ぐ重要な貿易拠点になっているのは、ほぼポーラの功績といっても過言じゃないわ」


 誇らしげに語るレリア。

 確かにそう聞くと凄まじい功績だ。


 そんな話をしながら三人で歩いていると、ポーラの担当する講義室に差し掛かる。

 ここは日常会話目当ての商人向けではなく、もっと学術意識の高いクラスのようだ。


 彼女が黒板の前に立ち、文法の説明をしている。

 普段の彼女とは違い、威厳と風格に満ちた立ち姿だ。

 ミントの知らない、古プレアデス語の権威の姿がそこにはあった。


 その時、鐘が鳴り響く。


「はいじゃあ、今日はここまで」


 ぴしゃりと言い放ち、講義を終了させたポーラ。

 そのタイミングを見計らい、ミント達は講義室に入り込む。


「ポーラ」


 レリアが呼びかけると、ポーラは大きなネコ耳をぴんと立てる。


「あ! レリア、お帰り……あれ、ミント!? とヘルガさんも?」


 言いつつ、ポーラが駆け寄ってくる。


「ポーラ先生。元気だったー?」

「うん、ミントもよく来たね。私うれしい」


 そして、ポーラはヘルガに向き直る。


「ヘルガさんも久しぶり。また会えてよかった」

「ああ、私もだよ」

「それにしても、何でミントと一緒に?」

「ああ、実は私とミントはパーティを組んで狩りに出ててな」

「えーそうなの? すごい偶然!」


 などと久しぶりの再開を喜ぶ三人。

 やがて、レリアがポーラに近付いて耳打ちする。


「ポーラ、ちょっと」

「どうしたの、レリア?」

「伝えておきたい事があるの」

「へえ、何?」

「ええ、実はね……ハルさん復活の目処が立ったわ」


 それを聞いてポーラは静かに息を呑んだ。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月11日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月10日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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