146.尋問
「手はそのままで、両膝を地面に付けろ」
「……はいッス」
ナゼールと呼ばれた浅黒い肌の男の指示に従い、両手を頭の後ろで組んだまま跪くフォルトナ。
彼女の後ろでは依然、背の低い女がボルトアクションライフルを構えていた。
その隣ではネコ耳の少年が両手に二本のナイフを持って武装している。
ナゼールがレリアという女に呼びかける。
「レリア、ロープ持ってるだろ。縛ってくれ」
「わかったわ」
武器を持った連中に取り囲まれ、テオドールとフォルトナは迂闊に動けない。
大人しく従う他なかった。
両手を後ろ手に縛られ、更にその上から胴体をロープでぐるぐる巻きにされる。
一連の作業が終わったところでナゼールが口を開いた。
「さてと、お二人さん。手荒な真似をしてすまねえが、こっちとしても逃げられるわけにはいかねえからな。我慢してくれよ」
「……」
「さてと、何から聞こうか」
しばし考え、ナゼールは尋ねてきた。
「まずは、そうだな。名前は?」
「……テオドールだ。こっちはフォルトナ」
「テオドールにフォルトナか。で、お前らはどこから来た?」
「……」
どう答えたものかと思案するテオドール。
彼からすれば、今自分達を取り押さえている連中が何者なのかも不明である。
テオドールが思うに、この連中はおそらくザルカの軍人ではないだろう。
わざわざ拘束して尋問までしている事から、追い剥ぎというわけでも無さそうだ。
その時、隣のフォルトナが口を開いた。
「あっ、あの。その質問に答える前に、ちょっといいスか?」
「……何だ」
ナゼールはちょっと面食らった様子で答える。
先ほどよりは少しは落ち着いたようだが、やはりフォルトナの姿に動揺しているように見える。
そんなナゼールにはお構いなくフォルトナは問いかけた。
「ここってどこッスか? まだザルカ領だったりしますか?」
「ザルカだと……」
その言葉を聞いて一同の顔が険しくなる。
フォルトナは何かマズい事を口走ってしまったのだろうか。
口を真一文字に結び、ナゼールの言葉を待つテオドールとフォルトナ。
だが、彼から発せられた言葉は意外なものだった。
「ここはザルカ領じゃない。ハルマキス領のやや外だな。ほら、向こうにレウル山脈が見えるだろ」
ナゼールが指差して説明してくれるが、意図的に情報を与えられていなかったテオドールとフォルトナにはさっぱりだ。
曖昧に頷いた後でフォルトナが改めて尋ねる。
「は、はぁ。とにかく、ここはザルカではないんスね?」
「ああ」
それを聞いて胸を撫で下ろす二人。
とりあえずはザルカの勢力圏からは脱したらしい。
だが一息つく間もなくナゼールの尋問が再開される。
「で? こっちは質問に答えたぞ。次はそっちの番だ。お前らはどこから来た?」
その質問に答えるテオドール。
「海向こうのルサールカ人工島っていうところから」
「ルサールカ……」
「ああ、そこからザルカ帝国に出稼ぎに来た。でもそこで命を狙われて逃げてきたんだ」
「命を? 何故だ?」
「わからねえ。だが、何か偉い奴に嫌われたらしい」
ラミレズとダンが話していた内容によると、あのハロルド少年はテオドールとフォルトナのことを良く思っていなかったようだ。
「……ちょっと待ってろ。ヘルガ、見張っててくれ」
「あいよ」
テオドールの言葉を受けてナゼールは、レリアとネコ耳交えて何やら相談を始める。
その内容は聞き取れないが、微かに“本当だと思うか?”などと囁き会う声が聞こえる。
暫し話し合った後にナゼールは改めて二人に向き直る。
「その出稼ぎの内容を教えろ」
「兵器開発の片棒を担いでた」
「ほう……、具体的には?」
「銃の開発さ。こっちの素材を使ってな」
それを聞いた瞬間、ヘルガとかいう女の手がぴくっと動いた……ような気がした。
何か彼女の興味を引く部分があったのだろうか。
だがそれもほんの一瞬だけで、彼女は油断なくライフルを構えている。
ナゼールが質問を重ねる。
「他には?」
「いや、オレの担当は銃だけさ。他は知らねえ」
「……」
難しい顔をして下を向くナゼール。
テオドールの発言内容を吟味しているようだ。
そのナゼールに今度はテオドールから問いかける
「なぁ、お前らはザルカとは敵対してんのか?」
「いや、昔戦争していたが今は休戦状態だと聞いている。しかし向こうは一切の国交を絶ってるそうだ」
「なら良い事教えてやるよ。あいつらはその休戦をぼちぼち反故にするぜ。今は絶賛準備中だ」
「本当か?」
「おいおい、ウソ言ってどうするんだよ」
そんなテオドールの言葉に追随するフォルトナ。
「彼は嘘をついてはいません。私も勤めていた工廠で多くの兵器が開発されている光景を見ました。どうか、信じてくださいッス」
そう言って深々と頭を下げる。
そんな彼女に恐る恐る話しかけるのはレリアだ。
「ちょっと確認したいんだけど……、フォルトナ。あなたって……その、人間じゃないわよね?」
「あっ、はい。私はアンドロイドッス。よくお気づきで」
「あ、あんどろ……?」
「あれ? ご存知ないッスか? 私、機械なんスよ」
「きか、い……」
いまいち要領を得ない様子のレリア。
ナゼールや背の低い女も似た反応であったが、唯一例外が居た。
ネコ耳の少年だ。
「へぇー、これが機械なんだ。最近の機械はすごいね。何とかサミットとかに出せば大人気なんじゃない?」
などとわけのわからない事を言いながら、彼はフォルトナの方に歩み寄る。
それを諌めるナゼール。
「おい、ミント。あまり不用意に近づくな。危ねえだろ」
「大丈夫だよ、若様。もし暴れるなら“また”ビリビリさせてあげるから」
そう言って手に持ったナイフを黄色く発光させる。
それは明らかに電気的な光だ。
それを見たフォルトナが顔をしかめる。
どうやら意外にも先ほどフォルトナを無力化したのは、このミントとかいう少年であるようだ。
ミントはフォルトナに近づくと、じーっとフォルトナの顔を見つめながら、頬っぺたをつねったり髪の毛をさわったりして感心している。
「うおーすごいや、人間にしか見えないよ」
「ど、どうもッス……」
フォルトナが困惑しながら言うと、突然ミントが叫ぶ。
それにびくっと肩を震わせるテオドールとフォルトナ。
「あーーー! ボク、いい事思いついた!!」
自身の思いつきに飛び跳ねて喜ぶミントに、ナゼールが尋ねる。
「ミント、いい事って何だ? 何を思いついた?」
「それはね、ハルをこの二人に直させるんだよ。ボクは見てないからよくわかんないけど、壊れてるんでしょ、ハル?」
「んー……たぶんな」
ハル、というのは先ほどナゼールが呟いていた名だ。
それを聞いてテオドールにも合点がいく。
テオドールは一番話が通じそうに見えるミントに話しかけた。
「おい、にゃんこ」
「なにー?」
「そのハルってやつもフォルトナと同じ『HL-426型』なんだな?」
「んー……ボクはハルに会ったことないから、何ともいえないけど……。若様、そうなんだよね?」
ナゼールに確認を取るミント。
それに頷くナゼール。
「“エイチエルなんたら”ってのは、わかんねえが……そのフォルトナはハルさんと瓜二つだよ。いや、まるっきり同じ顔といってもいい」
それを聞いたフォルトナがナゼールに懇願した。
「な、なら私はハルさんの修復に協力を惜しまないッス! ですから、どうか……どうかテオは解放してあげてください……ッス」
「おい、フォルトナ……」
ナゼールは腕を組んで考え込む。
その横でミントが提案した。
「ねえ若様、二人とも解放してあげれば? っていうか、ボクはもともと取り押さえるの反対だったし」
「……」
「それに、テオドールはお婆ちゃんが言ってた“まだら髪”だよ。悪い奴のわけがないよ」
「……わかった、わかったよ。あとついでに言っとくが、俺だってこうしたかったわけじゃないからな。用心の為に仕方なく、だぞ」
「わかってるよ、若様。じゃあ、縄斬っていい?」
「ああ、頼む」
そう言ってロープを斬るミント。
二人が彼に礼を言っている横でナゼールが指示を出す。
「レリア、チェルソさん達を呼んで来てくれ。“この二人は危険な存在じゃなかった”ってな」
「ええ、今行くわ」
どうやら、他にも仲間が居たらしい。
下手に暴れなくて良かった、とテオドールは自分の判断に感謝する。
そうテオドールが安堵している横で、ヘルガがフォルトナに“銃を詳しく見せろ”とせがんでいる。
その職人的な様子から察するに、おそらく彼女の持つライフルは自作なのだろう。
そしてネコ耳のミントはというとすっかりご機嫌だ。
「よーし、じゃあこのままサイドニア王国までひとっ走りだね!!」
などと言ってテオドール達の乗っていたジープの運転席に陣取ってハンドルを握る。
そして何やら操作を始めるが、当然ながら車は動かない。
「ぶーん、ぶーん……あれ? 動かないよー?」
思ったとおりに動かないジープに不満顔のミント。
そんな彼にテオドールは短く告げた。
「燃料切れだからな。動かねえぞ、それ」
「……にゃんだとー」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 6月 8日(金) の予定です。
ご期待ください。
※ 6月 7日 後書きに次話更新日を追加
※ 4月29日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。