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145.続・自由へ



 テオドールたちが普段寝泊りしている寮。

 そこから北へ一キロほど進んだところに寂れた廃屋がある。


 フォルトナはその廃屋に“ちょろまかしたモノ”を隠したらしい。


 ラミレズ軍曹とダン伍長を返り討ちにしたテオドールとフォルトナはその廃屋の前へと車を走らせた。

 そうしている間にも段々と日が暮れてきて、辺りは既に薄暗い。


 尚も車を走らせると件の廃屋が姿を現した。

 ボロボロの木造の小さな建物で、ルサールカの技術は使われていない。


 廃屋からやや離れた所に車を停車させ、フォルトナがその廃屋に向かう。


「一応、用心の為にテオはここに待っていてくださいッス」

「ああ」


 マグナム銃《ウステンファルケ》を握り締めながら、フォルトナが慎重に歩を進める。

 彼女は廃屋内部に踏み込んで一分ほど経った後に、大きめのアタッシュケースを持って戻ってきた。


「どうやらここは感づかれてなかったみたいッスね。モノは無事でした」

「そうか。ちなみに、モノって何だ?」

「それはッスね、ぬふふ~」


 フォルトナは満面の笑みでアタッシュケースを開いた。

 中には二人分のヘッドライト、ホルスター、アーミーナイフ、携帯食糧、そしてテオドールの見た事のないタイプの白い突撃銃アサルトライフルが一丁と、銀色の液体が入った瓶が入っていた。


 その突撃銃は通常のものとは異なり、弾層マガジンを装填する部分に何やら別のパーツが装着されている。


「何だそのライフル? オレ見た事ねえぞ、それ」

「これはッスねぇー、超レアモノッスよ。《グレンゼンロス》ッス!!」


 目を輝かせながら言うフォルトナだったが、テオドールには何がどう凄いのかさっぱりだ。


「はぁ」

「何スか、そのリアクション。まぁいいッス、とりあえず車出してくださいッス。解説するんで」

「わかったよ」


 そう言いつつテオドールはアクセルを踏んだ。

 助手席ではアタッシュケースの装備を確認しながらフォルトナが解説してくれる。


「この《グレンゼンロス》は、ヴェスパー社製アンドロイドの専用兵装の高性能小銃ハイブリッドライフルなんスよ」

「高性能? どこが?」

「それはッスねぇ、従来の弾丸を込めた弾層マガジン形式ではなく、特殊な液体金属を中に入れるんス」

「液体金属?」

「ええ、その液体金属を銃に内臓されている3Dプリンターで弾丸の形にプリントするんスよ。そうすることで持ち運べる弾丸の数が飛躍的に増加したッス」

「そりゃ、すげえな。ってことはその瓶の中身が?」

「ええ、弾丸になるわけッス」


 そう言ってフォルトナはその瓶の中身をグレンゼンロスに注入し始める。


「で、それで何発分?」

「三百ッスね。プリントされる際に膨張するんで」

「すっげぇ」

「そッスね。まさに無制限グレンゼンロスッスね! といってもあまり無駄撃ちは出来ないッスけど」

「え? 何でだよ?」

「弾薬の生成の過程でエネルギーを食うんス。そしてそれはアンドロイド側が供給しないといけないんス」


 フォルトナはグレンゼンロスから供給用コードを引っ張り、自分の腕に接続した。


「そりゃ、面倒くせぇな」

「そッスね。でも万が一液体金属が底をついても、そこらの石ころとか鉄クズで弾作れますよ。中で溶かせるんで」

「マジかよ」

「マジっす。ただし、その際は弾丸の生成にかなり時間がかかりますし、威力も低下しますけどね」


 フォルトナの話を聞く限り、本当に高性能なライフルのようだ。


「そりゃ、マジで良いもんを手に入れたな。それにしても……」

「どしたんスか?」

「なんでヴェスパー社のライフルがこんなとこに」

「きっとルサールカで鹵獲したんスね。あとこれは私の推測ッスけど、もし工廠が敵の襲撃を受けた際には、私を前線に立たせようって魂胆だったんじゃないッスかね」

「そりゃムシの良い話だな。けっ、ザマみろって感じだな」

「本当ッスよ。ところで、テオ」

「あ?」

「これから、どこへ行きましょう?」


 当面の武器の心配は無くなったものの、やはり行くアテが無い。


「……とりあえず、あっちだな」


 適当な方向を指差すテオドール。

 その方向は、都市アレスから反対方向である。


「は、はい」

「とにかく、早くザルカの勢力圏を逃れないとヤバい。止まってる時間はねえな」

「そッスね。あ、テオ。運転代わるッスよ。体力温存しないと」

「いや、まだ大丈夫だ。お前こそエネルギー無駄にできないだろ? それに」


 そこまで言いかけてテオドールはバックミラーに違和感を感じた。

 だが、何も異常は無い。


 気のせいか。

 そう思った次の瞬間、何かが光った。


「フォルトナっ!! 伏せろ!!」


 そう叫びながら自らも身を屈めるテオドール。

 今の光は、銃の発砲の際に発生するマズルフラッシュだ。


 次の瞬間、凄まじい音を立てて後部ガラスが割れる。

 更に座席のヘッドレストが吹き飛んで中からクッション素材が零れ落ちた。


 そしてガラスが割れてから一秒ほど遅れて銃声が聞こえてきた。

 超遠距離狙撃のため、銃弾よりも銃声が遅れてやってきたのだ。


 フォルトナがちょっとだけ頭を出して後方を確認する。


接敵コンタクト! 約一キロ後方に敵車両一台。精密狙撃の為か停車中。テオ、スピードを上げてください!」

「言われなくてもわかってるよ! ちきしょう! あの冷血ド腐れ○○○ッチめ」


 悪態をつきながらジープをジグザグに走らせるテオドール。


 今テオドールたちを狙っているのは、疑いようもなく冷血女フロスト少尉だ。

 薄暗い夕闇の中、一キロ先の動く車両を正確に狙える狙撃手など、そうそう居るものではない。


 少尉の部隊が車両一台ということは、ラミレズたちが消息を絶ってから即座に追ってきたようだ。

 であるならば、向こうの準備も万全ではないかもしれない。


 逃げ切れる望みはゼロではない。


 そう自分に言い聞かせてアクセルを踏み込むテオドール。

 直後に、後部の様子を伺っていたフォルトナが叫ぶ。


「テオ!! 左ぃっ!!」


 言われるままにハンドルを切るテオドール。

 次の瞬間、強烈な衝撃が車体を襲う。


 対物ライフルの弾がテールランプに当たり、車体がフラつくが何とか立て直す。

 テオドールはハンドルを握りながら、フォルトナに告げる。


「フォルトナ! 地面を撃て! 砂埃で煙に巻くんだ!!」

「了解ッス」


 身を屈めながら後部座席に移動したフォルトナは、指示通り地面に向けてグレンゼンロスをフルオートで発射した。


 このあたりの荒地は水気が無く乾燥している。

 そのため砂埃が巻き上がりやすい。


 この程度の妨害で狙撃を邪魔できるかはわからなかったが、それでも祈るような気持ちでアクセルを踏み続けるテオドール。



 どのくらい走り続けただろうか。

 後方を《望遠ズーム》で確認したフォルトナが静かに告げる。


「テオ、撒いたみたいッスよ」


 途端に全身から力が抜ける。


「はぁ、生きた心地がしなかったぜ」


 ぐったりとしながら、ため息を吐くテオドール。

 一方、後部座席から助手席に移ってきたフォルトナ。


 彼女は前方の景色を注意深く見やると、テオドールの肩を揺らしてきた。


「まだ、気を抜くのは早いッスよ。テオ」

「あ?」

「前! 検問があります。たぶん、あそこがザルカ領の端っこです」


 テオドールが慌てて前方を見ると、薄暗い中に米粒のような人影が遠くに見える。


 フロスト少尉は追跡を諦めたのではない。

 そこに二人を誘いこんだのだ。


「テオ、どうするッスか?」

「……どうせ戻っても、クソ女の対物ライフルに体ブチ抜かれてお終いだ。だったらここを突っ切った方がまだ良い。フォルトナ、覚悟を決めろ!」

「了解ッス……!」


 グレンゼンロスを構えてルーフに昇るフォルトナ。

 テオドールも片手でハンドルを握りながら《リューグナー18》を空いてる手に持つ。


 そしてアクセルを思いっきり踏み込んだ。


 急加速したジープの音に気付いた検問の兵士達の動きが慌しくなる。

 そのうちの一人がジープの前に立ちはだかり叫ぶ。


「おい!! 止まれ!!」


 テオドールはアクセルを更に強く踏みながら返事をした。


「誰が止まるかバカ!!」


 止まる気配のないジープの様子を見た兵士達が各々にライフルを構えたが、即座にフォルトナの正確な銃撃が彼らを襲う。

 それにより数名を無力化できたが、残りの兵士達が車に向けて撃ってきた。


 テオドールも応射しつつ全速力で突っ切り検問のバリケードを突き破る。


「テオ! 止まらないで走るッス!!」

「ああ! わかってんよ!!」


 そうして二人は疾走を続けた。




 どのくらいの距離を走っただろうか。


 交代しながらも、丸三日ほどぶっ続けで走り続けたテオドールとフォルトナ。

 だが、それももう不可能だ。


 とうとう車の燃料が尽きてしまったのだ。

 だだっ広い平原で途方に暮れるテオドール。


 見渡すと遠くに清涼な水の流れる川が見える。

 そして更に遠くには三角錐状に隆起した地形が連なって見える。

 ああいう地形を“山脈”とかいうらしい。


「とりあえず、今日のところは休息しましょう。テオ」


 フォルトナが提案してくる。


「いや、少しでも距離を稼がねえと……。ここが本当にザルカの勢力圏外かわからねえ」


 そう言いつつふらふらとした足取りで歩き出すテオドール。

 だが険しい顔をしたフォルトナに止められた。


「テオ、そんなやつれた顔で言われても承服しかねるッスよ。とにかく休息ッス。休息!」

「……」

「テオはそこで休んでてくださいッス。何か食物が無いか探してきます」

「食物って……その辺にあるのか?」


 生粋のルサールカ人であるテオドールは加工食品しか食した事は無い。

 それはマリネリス大陸にきてからも変わりはなかった。


「私のデータベースと照合して人間が食せるものを探します。大丈夫、すぐ戻るッスよ」


 そう言ってフォルトナは、すたすたと川辺に向かって歩き出す。

 その様子を車にもたれかかりながら眺めるテオドール。


 数分ほどそうしていると、風に乗って微かに物音が聞こえた……ような気がした。

 誰かがそっと地面を踏みしめるような、そんな音だ。


 テオドールはリューグナーを握ると立ち上がる。

 その時、背後から男の声が聞こえてきた。


「動くな、武器から手を離せ」

「……」


 声の主はテオドールの斜め後方に居るようだ。

 どうしたものか、とテオドールが逡巡していると直後に風きり音が聞こえてくる。


 そして木で出来た何かにリューグナーが叩き落された。

 それは切っ先を鋭く尖らせた、細い木の棒である。


 テオドールが反射的に振り返ろうとすると、急に足の自由を奪われる。

 見ると、地面から緑色の植物が多数伸びてテオドールの足に絡み付いていた。


「な! んだコレ……」


 パニックに陥ったテオドールはうつ伏せに転倒してしまう。

 そしてそのまま取り押さえられてしまった。


 何とか首を動かして周りをを見ると、浅黒い肌をした男女の二人組みだった。

 男がテオドールを取り押さえていて、女の方は何やら地面に手をつけている。


「何しやがる! この○○○○野郎ども! 離せっ!! 離せよ!!」

「口の悪いやつだな、じっとしてろ」

「ざけんな、てめえ!」


 なんとか暴れて脱出しようとするテオドールだが、男の力は強くビクともしない。

 独力での脱出は不可能だと悟ったテオドールはフォルトナに注意を促すべく叫ぶ。


「フォルトナ!! 無事か?! 気をつけろ、敵がいるぞ!!」


 だが、テオドールが叫んでも返事は無い。


 やがて、女の方が口を開いた。


「向こうは終わったかしら?」

「わかんねえな。レリア、見てきてくれ。《樹縛じゅばく》は解いていい」

「わかったわ、ナゼール」


 そしてレリアを呼ばれた女が川辺へと歩こうとしたその時、両手を頭の後ろに組みながらフォルトナがゆっくりと歩いてきた。

 その後ろからは猫のような耳をした少年と、ボルトアクションライフルで武装した背の小さい女が歩いてくる。


 何という事だ。

 彼女も捕まってしまっている。


 絶望に身を震わせるテオドール。

 そんな彼の耳にナゼールとレリアの会話が聞こえてくる。

 だが、二人の様子がおかしい。


「なんだ、終わってたみたいだな。意外と手際がいいぜ、あの二人」

「そうね。……あら、あの人……」

「……な……う、うそだろ…?」


 どうやらフォルトナの姿を見て動揺しているようだった。

 過去に『HL-426型』を見た事でもあるのだろうか。


 そしてナゼールが掠れ声で小さく呟いた。


「ハルさん……?」



用語補足


グレンゼンロス(grenzenlos)

 ヴェスパー社開発のアンドロイド向けハイブリッドライフル。

 射撃も含めたほぼ全ての動作を電子制御で行う。

 だが高性能が祟り、高コスト化を避けられず生産数はごく僅かである。

 クルスが設定したオリジナルのアサルトライフルで、実銃ではモデルは存在しない。

 




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月 7日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月 6日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 4月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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