表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/327

144.自由へ



 ザルカ領の都市アレスにて。

 無事、試作のセミオートライフルのトライアル一日目は終了し、帰路につくテオドールとフォルトナ。


 現在、彼らはハロルドが手配してくれたジープに揺られている。

 運転席には先ほどフロスト少尉の指示を受けていた軍曹が座り、助手席にはマリネリスの現地人が陣取る。


 軍曹はキーを回し車を発進させると後部座席のテオドールに話してくる。


「寮に着くまでにはまだ時間がかかるからよ。寝てていいぞ」

「助かるぜ。緊張でうまく頭が回らねぇ」

「ははは、無理も無いな。ああ、一応名乗っとこうか、俺はラミレズ。こっちのマリネリス人はダンさんだ。この辺の地形のガイドをしてもらっている」

「ああ、どーも」

「そんで、そっちのお嬢さんは……寝たりすんのかい?」


 ラミレズ軍曹の問いにフォルトナが答える。


「エネルギー消費を抑える為にスリープ状態になることはありますが、基本的には寝なくても活動に支障はありませんッス。どうぞお構いなく」

「へぇ、そうなのか。無知で悪いな」

「いえいえッス」


 フォルトナがにこにこと笑いながら言う。

 こういう人懐っこさが彼女の取り柄だ。


 いや、無愛想でぶっきらぼうなテオドールに仕えるうちに、自己判断でこういう性格に自分を設定しなおしたのだろうか。

 とにかく彼女の明るさにはテオドールも大いに助けられていた。


 そんなフォルトナがテオドールに告げる。


「テオ、疲れてないッスか? 寝ててもいいッスよ。私起きてるんで」

「んー、ああ、そうだな。しばらく景色見てから眠くなったら寝る」

「そうッスか」


 そしてテオドールは車窓に目を向ける。

 辺りは荒涼とした大地が広がっている。


 むき出しの岩肌が続いており、ところどころに背の低い草が生えている。

 この辺りは土地がやせているので、あまり作物がとれないと聞いた事がある。


 だがルサールカのように大気が汚染されているせいで、外を出歩くのにガスマスクが必須の環境に比べれば相当恵まれた環境であるといえる。


 テオドールが頬杖をつきながら車窓を眺めていると、ラミレズ軍曹とダンの会話が聞こえてきた。

 といっても彼らの会話は当然『マリネリス公用語』だ。

 自分にはわからないはずであった。


 そこまで考えたテオドールは、フォルトナに唆されて言語データをインストールしたことを思い出す。

 外部記憶にダウンロードされたそのデータのおかげで連中の会話内容が理解できた。


<しっかしよくできたアンドロイドだぜ。人間と変わらないじゃねぇか。すげえな、触りてぇ>

<おいおい、ダンさんよ。機械なんか触ってもたぶん面白くないぞ。手触りも固いんじゃないか?>

<何言ってるんだよ、ラミレズ。きっと人間みたいな手触りを再現してるに違いねえよ。お前触らしてもらえよ>

<ふざけんな、自分で触れよ。俺を踏み絵にするんじゃない>


 などとしょうもない会話をしている二人。

 その会話を聞いてフォルトナがどう思っているか気になったテオドールは、ちらりと横目で彼女の様子を見る。


 フォルトナは無表情を貫いていたが、目元がいつもより細い。

 たぶん笑いをこらえているのだろう。


 だが、二人はそんなフォルトナの様子には気付かずに話を続ける。


<じゃあ、ラミレズはどんな女が好みなんだよ? まさかあの少尉さんじゃねえだろうな>

<ないない、あんな冷血女と付き合ったら一生尻に敷かれるに決まってる。いやもっと酷いことになるぜ。たぶん俺の給料全部ブランドのバッグに化ける>

<ははは、そりゃ冷血だな。まあ安心しろよ。少尉さんもおまえに興味なんて無いだろうよ>

<当たり前だ。っていうかこれは、ここだけの話だからな。たとえ冗談でもあの女は怒りそうだ>

<誰が言うかよ>


 そこまで聞いたテオドールは再びフォルトナの様子を確認する。

 先ほどよりさらに目が細くなっており、口角がちょっと上がっている。

 ぎりぎりで笑いを堪えているように見えた。


 頼むから噴き出したりしないでくれよ、とテオドールが祈っているとその思いが天に通じたのか、話題が変わった。


<しかし、こいつらも不憫なもんだな。ルサールカから出稼ぎに来てもほとんど外に出られねえで工廠に缶詰だろ>

<そうだな。まぁでも、もうすぐ自由になれるだろ>

<自由? ああ、それもそうだな>


 それを聞いた瞬間、テオドールは全身で歓喜を表したいのを必死で抑えた。

 おそらくトライアルでテオドールのライフルが制式採用になる見込みが強いのだろう。


 つまり、もうすぐ母イザベラと幼馴染のリリーと共に暮らせるのだ。

 彼らから見えない位置で小さく握りこぶしをつくりガッツポーズをするテオドール。


 そうしてあくまで表面上は冷静に、しかし心は晴れやかにしてテオドールが車窓を見つめていると、引き続き二人の会話が聞こえてくる。


<で、いつ殺すんだ? この二人>

<もうちょっと進んでからだな。寮からも街からも離れたところでりたい>



 その瞬間、息が詰まる。

 彼らはいま確かに“殺す”と言った。

 テオドールの混乱をよそにラミレズ軍曹とダンは会話を進める。


<しかし、ライフルはちゃんと完成させたのに殺すんだな>

<それはまぁ、あれだ。たぶんハロルド様の気が変わったんだろ>

<そりゃあ、おっかねえな。で、順番は女、ガキでいいんだっけ?>

<そうだな、最初にガキを狙っても絶対にアンドロイドに防がれる。まずは女からだ。しくじるなよダン伍長>

<了解だぜ、軍曹殿>


 予想外の出来事に、手ががたがたと震えるテオドール。

 その時、隣に座るフォルトナがその手をそっと掴んできた。


 彼女の表情は相変わらず無表情だが、目元は鋭くなっている。

 テオドールとは違い、冷静なようだ。


 そして彼女はテオドールの手を掴んだその手に何かを握っている。

 それはフォルトナのうなじから伸びた外部接続用のケーブルだ。


 連中に気付かれないようにそっと伸ばしていたようだ。

 テオドールは首のあたりをポリポリと掻く仕草をしながら、ケーブルをうなじのソケットに差し込む。


 これで前の二人にバレずに意思疎通ができる。

 思考を自動で文章化して擬似的に会話できるのだ。


 ケーブルを繋いだ途端に、フォルトナの焦りに満ちたチャットがテオドールの網膜に映し出される。

 


-てっててテオ、おおお落ち着いてくださいッス!

-おい、お前こそ落ち着けよ

-だだだって……


 どうやら冷静に見えたのは表面上だけで、本人も内心はテオドール同様パニックだったらしい。

 テオドールは焦るフォルトナに指示を出す。


-いいから二人の武器エモノを《温度感知サーモ》で確認しろ

-はっ、はいッス。えー形状からの推測ですと、ダン伍長は《ウステンファルケ》ッスね。ラミレズ軍曹は《リューグナー18》を持ってます


 《ウステンファルケ》は強力な威力を誇る五十口径のセミオートのマグナム銃だ。

 拳銃サイズの火器としては最高クラスの火力を有している。

 おそらく対アンドロイド用として持ち込んだのだ。


 となるとダン伍長がフォルトナを破壊した後で、ラミレズ軍曹がテオドールを撃つ算段なのだろう。


-テオ、どうするッスか? 私たち、丸腰ッスけど

-フォルトナ、ダンを無力化できるか?

-できるッスけど……。でもそれだと、ラミレズがフリーになってしまいまッス

-ラミレズは俺が何とか抑える。殺すのは無理だが、動きくらいは止めてみせる

-わかったッス。開始はテオに任せるッス。合図してください


 テオドールはツナギのポケットにたまたま入っていたマイナスドライバーに手を伸ばす。

 それを握り締めると、運転席のラミレズ軍曹に話しかけた。


「なぁ、軍曹さん。ちょっといいか?」

「あ? どうした?」


 ラミレズ軍曹が横目でテオドールを見たその瞬間、その目をドライバーで突く。

 だが、ジープが揺れて狙いが逸れた。


 ラミレズ軍曹の頬に突き刺さるドライバー。

 ドライバーを持つテオドールの手を片腕で押さえるラミレズ軍曹。

 そして絶叫した。


「この、クソガキャア!! おい、ダン!!!」


 だが返事をするはずのダン伍長は、既にフォルトナによって首をねじられ絶命していた。

 それを見て取ったラミレズ軍曹はハンドルから手を離し、懐に手を伸ばす。

 《リューグナー18》を抜くつもりだ。


「フォルトナ!!」


 テオドールが叫ぶより早くフォルトナは指をラミレズ軍曹の喉仏にぶち込む。

 呼吸が出来なくなり、片手で首を押さえて苦しむラミレズ。


 その隙にフォルトナはダンの隠し持っていた《ウステンファルケ》を抜き放つ。

 拳銃にしてはだいぶ重厚な銃声が響く。


 五十口径の銃弾によって頭半分を吹き飛ばされたラミレズの体がぐったりと前に倒れこむ。

 テオドールは慌てて死体を横にどかすと、後部座席からハンドルを握った。


「フォルトナ、頼む!」

「了解ッス!」


 テオドールの指示を受けたフォルトナが運転席にうつり、アクセルからラミレズの足をどかす。

 何とか横転を避け、ジープは停車した。


 荒い息を整えテオドールが呟く。


「はあ、はあ。ちきしょう。どうすんだよ、これから……」


 そんなテオドールにフォルトナは静かに告げる。


「もう、寮には戻れないッスね。ダン伍長を現地人ってウソついてたことから察するに、入念に仕組まれてたんスね」

「……」


 連中は最初からテオドール達を使い捨てるつもりだったのだろう。


 言葉を失うテオドール。

 フォルトナはその肩を掴んで言ってきた。


「テオ、もうザルカ領では私たちの居場所は無いッス。亡命しましょう」

「で、でも俺らを受け入れてくれるとこなんて、あるのか?」

「諦めちゃ駄目ッスよ。探すんス」

「でも、それじゃルサールカに帰る手段が……」

「夢見ちゃいけないッスよ、テオ。おそらくザルカ発のタンカーに密航しようとしてもすぐバレます。帰る手段は亡命先で探すしかないッス」

「……マジか」

「マジッス。大丈夫ッスよ、テオ。私がいます。大丈夫ッス……」


 不安に押し潰されそうなテオドールをそっと抱き締めるフォルトナ。

 それでテオドールは少し落ち着きを取り戻した。


「ありがとうフォルトナ。少し落ち着いた」

「それは良かったッス。じゃあ、とりあえずこいつらの死体を埋めましょうか。多少は時間稼ぎになるッス」


 そう言いつつジープの中を検分するフォルトナ。

 そこで彼女はスコップを見つけた。


 本来はこれでテオドールたちを埋める予定だったのだろう。

 彼らから《リューグナー18》と《ウステンファルケ》の弾層マガジンを回収した後、死体を埋める。


 その後、ジープに乗り込む二人。

 運転席に座るのはフォルトナだ。


「テオ、ちょっと寄り道していいッスか?」

「あ? 何言ってんだ、こんな時に」

「こんな時、だからこそッスよ。こんな事もあろうかと備えてたモノがあるッス」

「あ? 何を?」

「実は工廠に居た時ちょろまかして隠してたモノがあるッス」

「お前なぁ……。言語データの時といい、その手癖の悪さ直した方がいいぞ」

「何でッスか? この手癖のおかげで今助かってるんスよ。さっきだって私たちが連中のナイショ話がわかったから奇襲できて助かったわけで」


 そう言われるとテオドールもぐうの音も出なかった。


「わかったよ、それを拾いに行ってくれ」

「了解ッス」

「ちなみに聞くけどよ。フォルトナ」

「何スか?」

「オレのライフル開発を手伝わないでサボってたのって……」

「ああ、ソレをちょろまかすのに忙しくて」

「お前よぉ……。それならそうとオレに言えよ。それともあれか? オレのこと信用してないのか?」

「ゆっ許してくださいッス、テオ。だって私、備えが無いと心配で……その……」


 そう言って目を伏せるフォルトナ。

 彼女は前のマスターを失っているせいか、他のアンドロイドに比べて異常なまでに過保護であった。


 そのフォルトナの様子を見るとテオドールも彼女の独断専行を責めることはできない。

 ため息を吐いてテオドールは告げる。


「わかったよ、気ぃ使ってくれてありがとな。フォルトナ」


 瞬間、フォルトナの表情がぱあっと明るくなる。

 そんな彼女に優しく声をかけるテオドール。


「よし、とりあえずモノ拾ってさっさと亡命先に行こうぜ」

「はいッス!!」


 こうしてジープは再び走り出す。

 その車中でテオドールは考えた。


 亡命先が見つかったところで果たして受け入れてもらえるだろうか。

 ザルカの兵器を作った自分を、受け入れてくれるだろうか、と。



用語補足


ウステンファルケ(wüstenfalke)

 イスラエル・ウェポン・インダストリー社のデザートイーグル50AEをモデルにクルスが設定した架空銃。

 実銃よりもバレルが長く、さらに弾薬も改良されている。

 ルサールカの無名ガンスミスが、過去に発掘されたデザートイーグルを真似て造ったコピー品という設定である。

 名称のウステンファルケは“砂漠の鷹”という意味であり、コピー品ゆえにイーグルではなくファルケにしたようだ。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月 6日(水) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月 5日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を追加

※ 4月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ