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143.脂っこい



 ハルマキスの王族が住まうという大きな宮殿。


 ドゥルセから来た冒険者ナゼール・ドンガラは、ギルド職員のミラベルに先導されてだだっ広い廊下をを歩く。

 ナゼールの後ろからはレリアとチェルソ、そしてバフェット伯爵とお供の執事ギルマンもついてくる。


 ドゥルセから出発した彼らはハルマキスに到着後、ギルドにてミラベルに接触することに成功した。

 そこでミラベルにポーラから貰った手紙を見せると、彼女は快く協力してくれた。


 ミラベルは手際よく宮殿の衛兵に話を伝えて会う約束を取り付けた後、こうやって案内してくれているのである。

 しっかり者のメイベルと違い、多少“ものぐさ”な印象を受けたミラベルであったが、どうやら根は優秀であるらしい。


 やがて宮殿の離れにある小さな小屋へとたどり着く。

 ここがセシーリアの自室であるらしい。


「セシーリア様ー、来ましたよぉー」


 気さくな調子で声をかけるミラベル。

 その気兼ねの無い声色から察するに、彼女がこうやってここを訪れるのも一度や二度ではないのだろう。


「おおぉー、皆よく来たのぉ」


 綺麗な栗色の長い髪をした少女がナゼール達を出迎える。

 ポーラの話によればこの少女こそがセシーリアだろう。


 皆を代表してナゼールが声をかける。


「今日は急に押しかけちまってすまねぇな」

「気にするでない。むしろ丁度良いタイミングじゃ。ほれ、座るのじゃ」


 促されるまま、ソファーに座るナゼール達。

 そして足りない人数分の椅子を女ドワーフが持ってくる。


 ナゼール達はそのドワーフに見覚えがあった。

 女ドワーフが話しかけてくる。

 

「よっ久しぶり、ナゼール、レリア。ノアキス以来だね」

「あ、あんたは、ノアキスのヘルガか?」

「うん、まさかこんなところで会うなんてねぇ」

「本当だぜ。鐘造りの時は世話になった」


 ナゼールが手を差し伸べるとヘルガがそれに応えて握手をする。


「いいっていいって。ポーラは元気?」


 ヘルガの問いにレリアが答える。


「ええ、元気よ。生憎、彼女忙しくて今回は一緒じゃないけど」

「そっかぁ。塾長さんって大変なのかねぇ」

「だと思うわ。本人は楽しそうだけど」


 そこへ小柄な少年が紅茶の入ったティーセットを持ってやってくる。

 その少年は灰色の毛皮をした獣人族ライカンスロープであった。


「はい、お茶どうぞ~」

「ああ、ありがとよ」

「ポーラ先生から聞いてるよ。あなたが“わかさま”でしょ」

「俺もポーラから聞いてるぞ。そういうお前はミントだな」

「うん、よろしくね」

「ああ」


 そしてミントは他の皆にもお茶を配りながら挨拶をしている。

 コミュニケーション能力は高そうである。


 ポーラの話が本当ならこの少年は元々はクルスの飼い猫だったらしい。

 このネコとは後で色々と話さなければならないとナゼールは考えていた。 


 その時、パンと手が打ち鳴らされる。

 音の方向を見るとセシーリアが手を合わせていた。

 視線を集めた彼女はゆっくりと口を開く。


「さて! とじゃ。どうやら皆わしらの事はポーラから聞いておるようだし、先ずはそちらの来訪の意図を聞こうかのう?」


 セシーリアの問いにバフェットが答える。

 相変わらずぽっちゃりとした体型の彼だが、レウル山脈をひいひい言いながら越えたおかげで少しばかり体を絞れたようだ。


「それについては私が答えよう」

「その前にどこのどちらさんじゃ? お主は」

「おっと失敬。私はジョー・バフェット。珍品・希少品の蒐集を趣味にしている」

「ほう」

「今日、ここにお邪魔させていただいたのは“銃”と思しき武器で狩りをしている者が居る、という情報を得たからだ。何かご存知ではないか?」


 バフェットの問いにセシーリアは頷きながら答える。


「ヘルガ、見せてやるのじゃ」

「はいよ、見るだけね。触るのはナシ。危ないからね」


 そう言ってヘルガが布にくるまれた長槍の様な物を取り出した。。

 彼女が布を丁寧にはがすと中から、木製の銃床の銃が顔を覗かせる。


 それは以前クルスが生成したものと比べると、随分簡素な造りに見えた。

 しかし、鉄製の引き金やら銃口を見るにやはりこれは紛れも無く同種の武器である。


「撃つ動作を真似してみてくれ」


 ナゼールが注文すると、ヘルガはすぐに応じてくれた。

 銃口を前に向けて構え引き金を引く。


 当然、弾丸は込められておらずカチンという乾いた音だけが響く。


「弾は?」

「これさ。弾頭を鋭く尖らせることで貫通力を上げてる。ゴブリン程度の頭蓋だったら遠距離からでも一発で打ち抜けるさ」


 その話を聞いていたバフェットが鼻息荒くヘルガに質問する。


「そ、それはまだどこにも出品していないのか? まだなら私が言い値で買い取るぞ。どうだ?」

「出品は、まだだけど……」

「欲しい! くれ!」

「でも、完成品じゃないし……」

「な、なら完成にかかる資金を負担するぞ。出資してやる! どうだ?」


 その言葉に目を剥くヘルガ。

 バフェットの提案は彼女にとって非常に魅力的なようだった。


「え? いいの? 本当に?」

「ああ、もちろんだとも! 支援者パトロンになってやる」

「やったー! これで開発に専念できるー!」


 どたどたと体を揺らしながら飛び跳ねて喜ぶヘルガ。


 しかし、ナゼールには一つの懸念事項があった。

 それの確認をしなければならない。

 彼はヘルガに話しかける。


「なぁ、喜んでいるとこ悪いけど、ちょっといいか?」

「え? 何?」

「ヘルガってオットーさんの工房に居たよな? 今も所属してるのか?」

「いんや、今はもう辞めてる」

「そうか……」


 腕を組んで眉間に皺を作るナゼール。

 その様子を不審に思ったヘルガが聞いてきた。


「何? どしたの?」

「たぶんだけどよ。いっぺん陛下に話を通さねえとヤバいかもしれねえ」

「へ、陛下? って、どこの?」

「サイドニアのエドガー陛下だよ。陛下がオットー工房に壊れた軽機関銃ライトマシンガンを送ったんだ。強力な武器を製造するためにな。当然、それは機密だ。エドガー陛下や、ノアキスのガンドルフォ猊下と一部の者しか知らない」

「……」

「支援だの、出資だのは陛下のお許しが出てからの方が良いだろうな。でないと機嫌を損ねて火の粉が降りかかるとも知れねえ」


 それを聞いて青ざめるヘルガ。


「ひょっとして、私やばい事しちゃった? 命の心配しなきゃ……ダメ?」

「さぁ……わからねえ。だが、こんな銃を作り上げたんだから命の心配はいらないと思うぜ。考えすぎだ」

「そう……かな」

「ああ、大丈夫だ。もしもの時は俺も陛下に上申する。あんたは鐘造りを手伝ってくれた恩人だ」

「本当?」

「ああ」


 その話を聞いていたセシーリアが提案してくる。


「ふむ。そういうことならヘルガ、ミント。折角じゃからこの機にサイドニアに連れてってもらえ」

「え?」

「どの道ハルマキスに篭っているだけでは、お前の目標も達成はできんぞい。行って来い」


 セシーリアの言葉に静かに頷くヘルガ。

 ミントも乗り気のようだ。


「ボクも他のところに行ってみたいよー。ね、若様、いい?」

「ああ、もちろんだぜ」


 快諾するナゼールにセシーリアが言う。


「礼を言うぞい、ナゼールよ」

「なんのこれしき、礼には及ばねえさ。それより、“銃”以外にもう一個用事があるんだけどよ」

「なんじゃ? ナゼール」

「えっと、用がるのは俺じゃなくて……」


 そう言うとナゼールはここまで一言も発していないチェルソを見る。

 彼、否、彼女はセシーリアに向き合うと深々と頭を下げる。


 困惑するセシーリア。


「な、なんじゃ急に。どうしたのじゃイケメン」

「セシーリアお嬢様、お久しゅうございます。以前ここで侍女をしておりましたチェーリアです」

「チェー……リア。ああ! おったなぁ。懐かしいのう………む?」


 その時、セシーリアはおかしい点に気付いた。


「それは変じゃ! なんで男の格好しておるのじゃ? と、というか、何で生きとるのじゃ?」


 セシーリアの問いに対して、チェーリアは懐から手紙を取り出す。


「それにお答えする前に、ポーラさんから手紙を預かっております」

「手紙じゃと?」

「ええ、それとこちらの“お土産”も」


 そう言って手紙とお土産のアクセサリを手渡すチェーリア。

 受け取った手紙をじっくりと読んだセシーリアはため息を吐きながら呟いた。


「“吸血鬼ヴァンパイア”じゃと。どうりでそんな若い見た目を保っているのじゃな。羨ましいぞい」

「いえ、あなたも大概ですよ。お嬢様」

「ふふ、違いないのう。それにしても“信頼できる吸血鬼”か……」


 その文言はポーラが手紙に特に強調して書いていた。

 彼女のチェルソに対する思いやりが文章に溢れている。


 もう一度、深く息を吐き出すとセシーリアは告げる。


「わかった。わしも信用するぞい」

「あ、ありがとうございます。お嬢様」

「その呼び方はやめるのじゃ。今はお主は“チェルソ”じゃろ?」


 それを聞いたチェーリアは、普段のチェルソの声色に戻る。


「……そうですね、いえ、そうだね。ありがとうセシーリアさん」

「なあに、気にするでない。お土産も貰ってしまったしのう。そうじゃ、忘れんうちに、代金を払っておこうかの」

「いや、これは僕からの気持ちなので……」

「わしがケチくさいと思われるのもシャクじゃ。いいから払わせるのじゃ」

「いえ、でも……」


 どうしても支払いたいセシーリアと、あくまで代金を受け取ろうとしないチェルソ。

 平行線の両者を見かねたナゼールが二人に提案する。


「なら、こういうのはどうだ? “血で払う”ってのは。チェルソさん、もう一週間くらい吸ってないだろ?」

「ああ、そういえばそうだね。まだ我慢できないほど“渇いて”はいないけど……」


 それを聞いたセシーリアはちょっと嬉しそうだ。


「おお、何か面白そうじゃのう! よかろう、血でお買い物じゃ」


 そう言うなり針で指先を少し刺して血を出すセシーリア。

 そしてチェルソに一滴の血を与える。


「どうじゃ、うまいか?」


 セシーリアの問いにチェルソは苦笑いしながら答えた。


「ええと、ちょっと脂っこいもの食べすぎだね。血がドロドロしてる」

「……やっぱり、お金で払うぞい」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月 4日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月 3日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 1月20日  一部文章を修正

※ 4月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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