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142.トライアル



「おい、二人とも。きりきり歩け」


 先頭をきびきびとした動作で歩く女性兵士が、テオドールとフォルトナに鋭く告げる。

 周囲からは“冷血女”と渾名され恐れられているキーラ・フロスト少尉だ。


 速いペースで歩く彼女の後に続くテオドールとフォルトナ。


「チッ、了解」

「ッス」


 現在、テオドールたちは、ザルカ帝国の中では帝都の次に大きい都市アレスに居た。


 テオドール開発のライフルの制式採用トライアルのためだ。

 トライアルはこれまでは工廠で実施されていたのだが、今回はジュノー社のお偉いさんが直々に視察したいとのことで、ここまで呼ばれたのだ。


 アレスの街並みはレンガ造りの建物が多く、全体的に赤茶色の落ち着いた外観の街である。

 通りは綺麗で通りにはゴミひとつ落ちていない。

 しかし漂う雰囲気はどこか陰鬱で、得体の知れぬ居心地の悪さをテオドールは感じていた。


 しばらくフロスト少尉の後をついて歩くテオドールとフォルトナ。


 物静かな冷血女フロスト少尉は自分からは話題を振ってはこなかった。

 否、単に彼女はテオドールたちの事が気に食わなかっただけかもしれない。


 沈黙に耐えかねたのか、フォルトナが話を振る。


「あのう、少尉さん」

「……何だ?」

「ラルフさんって今どちらにいらっしゃるんッスか?」

「大尉殿ならルサールカに戻っている」

「え? 急な話ッスね。何でッスか?」

「……機密だ」


 そう言うなり再び押し黙るフロスト少尉。


 テオドールとしても、スラムでゴミ漁りスカベンジャーをしてた頃から自分を気にかけてくれていた兄貴分のラルフの動向は気になっていた。

 しかしフロスト少尉の様子を見るに、とても聞き出せそうな雰囲気ではない。


 その事を感じ取ったテオドールはじっと黙っていた。

 ところが、十歩ほど歩いた後フロスト少尉が口を開く。


「……お前達になら教えても、問題はないか。どうせ……」


 どうせ。


 フロスト少尉の言葉に妙な引っかかりを覚えるテオドール。

 だが、その引っかかりを具体的な形にする前にフロスト少尉が言葉を紡ぐ。


「大尉殿はな、ルサールカで現在暗躍しているという組織について調査する任務にあたっている」

「組織?」

「ジュノー社に反抗している新興の組織があるらしい。どこぞの企業に飼われているのか、それともただの野良犬の集まりかはわからんが、とにかく放置しておくのは危険だろうな」

「……」


 新興の組織。

 何やら剣呑な響きを含んだ単語である。


 しかもジュノー社に喧嘩を売っているとなると、下手するとテオドールの母イザベラや幼馴染のリリーも抗争に巻き込まれてしまうかも知れない。

 彼女らの住むシェルターはジュノー社管轄なのだ。


 テオドールが黙して二人とラルフの無事を祈っていると、フロスト少尉が話しかけてくる。


「ときに“まだら髪”よ」

「何ですかい、少尉さんよ」

「お前は汚染された空気を吸い込んだのだったな」

「そんなこと、見りゃわかるだろ」

「どのくらい吸い込んだら、そんな“まだら髪”になるんだ?」

「……さぁ」


 急に饒舌になったフロスト少尉。

 その真意がわからず困惑するテオドールに、フロスト少尉は質問を重ねる。


「では、お前のような“まだら”ではなく全ての髪が白く変色した人間を見た事があるか?」

「全ての髪が変色? そこまで症状が進行する頃には、そいつは死んでるぜ」

「ほう、そうなのか?」

「ああ。っていうか俺だって50パーの“まだら”だけどよ、それでも死にかけてるんだぜ」


 ルサールカの汚染空気に含まれる有害物質にはヒトの色素を破壊するものが含まれている。

 そのためテオドールのような“まだら髪”を見れば、その人間がどれだけ症状が進行したかわかるようになっている。


 一般的な生存ラインは30%で、テオドールのように50%を超えて生きているのは、文字通り奇跡のようなものだ。

 まして100%など夢物語であろう。


「なるほど、そうなのか」

「ああ。そもそも何で急にそんな事を聞いてきたんだ?」

「例の組織の中心人物が白髪はくはつの若い男らしいのだ」

「……ありえねぇ。どうせ染髪だろ」

「ふむ、そうなのか」


 無表情で呟くフロスト少尉。


 その様子がテオドールの癇に障った。

 彼女はうなじの部分の外部記憶装置以外は生身だ。


 エリート軍人としてずっと日の当たる場所を歩いてきた彼女には、テオドールのような身体拡張者サイボーグの苦しみは絶対にわからないだろう。

 その負の感情を抑えきれなくなったテオドールは、フロスト少尉にぶちかます。


「けっ、不勉強が過ぎるぜ。少尉さんよ。あんたみたいな生身の小奇麗なク○○ッ○には俺らの苦労はわからねえだろうよ」


 口汚くフロスト少尉を罵るテオドール。


 だが言われた方のフロスト少尉は激昂するでもなく、ただテオドールを冷めた目で一瞥しただけだった。

 一方、二人のやり取りをあたふたしながら見守っていたフォルトナはフロスト少尉に頭を下げる。


「しっしし少尉殿、たいへんももも申し訳ございませんッス。この悪ガキには責任を持って、わわわ私が言い聞かせまッスから……」

「気にするな」

「へっ?」

「私の様な生身が身体拡張者にどう思われているかくらいは理解しているつもりだ。私の言い方も少々配慮に欠けていたな」


 フロスト少尉は静かに述べるとテオドールに向き合う。

 そしてテオドールの目をじっと見て告げる。


「私の事をけなすのは構わないが、これから会うハロルド様の前では大人しくしていろよ。下手を打つとクビが……いや首が飛ぶぞ」



 フロスト少尉に連れられて都市アレスの中で最も大きな建物に入る。

 その建物は周りのレンガ造りの建物とは違うコンクリート製のもので、ルサールカの技術で建造されたのは明白であった。


 その建物に入り、中のオフィスに通される。

 そこには多数の護衛に囲まれた黒髪の少年が、ごつい革張りの椅子に優雅に腰掛けていた。


 その少年はこちらに気付くと、気さくな調子で声をかけてくる。


「フロスト少尉、ごくろうさま。その二人がテオドールとフォルトナかい?」

「はっ」

「そっか。僕はハロルド。二人とも、よろしくね。それじゃ早速だけどトライアルに出す銃を見せてよ」


 言われてテオドールは持ち込んだセミオートライフルを、ハロルドの護衛に預ける。

 ハロルドは護衛からライフルを受け取るとそれを検分し始めた。


「ふうん、ほうほう。なるほどねぇ……」


 ぶつぶつと言いながら銃をつぶさに観察したハロルド。

 やがて彼はこう言った。


「よし、とりあえず地下の射撃練習場に行こうか。実際に動作しているところも見たい」


 そして練習場で実弾射撃が行われる。

 この時、テオドールは生きた心地がしなかった。


 万が一弾詰まりジャムなどしようものなら、この場でクビを切られるかもしれない。

 いやそれだけでは済まず、先ほどのフロスト少尉の発言通り“物理的に”首を斬られるかもしれないのだ。

 そう考えると手の平にじんわりと汗をかいてしまう。


 だが、それは杞憂だった。

 満足した様子のハロルドがテオドールに告げる。


「トライアルに上がってきた他の銃よりもだいぶ性能は良いね。よしわかった、検討しよう。良い仕事だったよ」

「あ、ありがとう、ございます」


 緊張でピンと張り詰めていたテオドールに投げかけられた優しい言葉。

 全身の力が抜けそうであったが、なんとか気力を振り絞り口を開く。


「そ、それで、ハロルド様」

「ん? なんだい?」

「もしこの銃がトライアルを通過したら……その……」

「ああ、ええと、家族をこっちに呼びたいんだっけ?」

「はい」

「もちろん、いいよ。但しトライアルはまだ完了していない。この後に耐久性のテストとかもあるし、結果は追って連絡させるよ」

「あ、ありがとうございます」

「うんうん、今日は疲れたろう。車を出してあげるからゆっくり帰るといい。フロスト少尉、頼むよ」



 再びフロスト少尉に連れられて建物を出るテオドールたち。


 三人で車庫に向かうが途中でテオドールは妙なものに目が行った。

 フェンスで囲われた訓練場のようだが、中の様子が少しおかしい。


 中にはずたずたに引き裂かれた廃棄車両の山。

 さらには強化外骨格パワードスーツの残骸も目に付く。

 まるで嵐でも過ぎ去った後のような惨状である。


 テオドールはフロストに尋ねた。


「少尉さん、あれはなんだ?」

「む、あれか。あれは“グスタフ”の実験場だ」

「“グスタフ”?」

「ああ、丁度始まりそうだな。ちょっと見物していくか」


 そうしてフェンス際まで近寄る三人。

 中ではみすぼらしい格好をした男がよろよろと歩いている。


 だがその男は物乞いなどではなく被験者のようである。

 耳にインカムを装着しており、そこから指示を受けているらしい。


 やがて被験者が苦しみ出した。


 両手を地面について、げほげほと苦しそうに咳き込んでいる。

 そして目からだらだらと血を流し始めた。


 フォルトナが心配そうに被験者を見る。


「え? あの人、ちょっとやばくないッスか?」

「いや、いつものことだ。まぁ見てろ」

「はぁ」


 次の瞬間、被験者の体からドロドロに溶けた白いでんぷんのような物質が溢れてくる。


 あまりの事に絶句するテオドールとフォルトナをよそに、被験者はでんぷんに包まれていった。

 さらに、その白いでんぷんに段々と色がついていく。


 緑色になったそれはとある生物を模した形へと変化していった。


「トカゲ……か?」


 掠れ声で呟いたテオドール。

 だがフロスト少尉に訂正される。


「いや、竜というらしい」

「竜……」

「とはいっても人工的に作られたまがい物のようだがな」


 まがい物の竜“グスタフ”は、しばらくは大人しく指示に従っていたようだった。

 だが五分ともたず突如暴れ始める。

 ごああぁぁ、と咆哮をあげて目に付く物を片っ端から壊し始めた。


 それを見てため息を吐くフロスト少尉。


「今回もダメみたいだな」

「なんなんだよ、あれ? 新手の生物兵器か? あんなの作ってジュノー社はどうしたいんだよ?」

「いや、あれはジュノー社開発ではない。ザルカ帝国が研究しているものだ」

「……」

「本当は成功作が一体だけ存在したようだがな。逃走を許してしまったらしい。それはあのような緑色ではなく紅い色の竜だったと聞いている」

「へぇ……」

「さて、もう行くぞ。巻き込まれたら、かなわん」


 その意見に全面的に賛同したテオドールとフォルトナ。

 三人は足早に車庫へと急ぐ。


 程なくして車庫へとたどり着く。

 そこでルサールカの兵士風の男とマリネリスの民と思しき男が待っていた。


 フロスト少尉が兵士に話しかける。


「軍曹、こいつらを寮に送り届けろ」

「了解です、少尉殿」


 敬礼しつつ答える軍曹。

 そして軍曹はテオドールたちに向かって笑いかける。


「ほら、乗ってくれ。寮まで寝てていいからよ」


 礼を言いつつ車に乗り込むテオドールとフォルトナ。

 年季の入った軍用のジープでお世辞にも乗り心地は良さそうではないが、トライアルの緊張で疲れている今ならどんな劣悪な車両でも眠れそうだ。


 そしてジープは走り出す。

 だが、そのジープが寮に着く事はなかった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月 2日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 6月 1日  後書きに次話更新日を追加 

※ 4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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