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141.三枚の肖像画



「うわぁ……すげぇ…」

「でしょでしょ。ほら、ヘルガ。こっち」

「お、おう」


 狩人ハンターにして冒険者である二人組み、ミントとヘルガ。

 彼らは今ハルマキスの王族が暮らす宮殿の廊下を進んでいる。

 ミントにとっては久方ぶりの帰還であった。


 そんなミントとヘルガの首からは“銅”のタグがぶら下がっている。

 二人は狩りと並行して冒険者稼業に精を出し、順調に依頼クエストをこなし見事昇格に至っていた。


 ヘルガのライフルは狩りだけでは無く、魔物討伐にも大きな効力を発揮した。

 長距離狙撃の持つアドバンテージはやはり圧倒的で、大抵の魔物はミント達の存在に気付く前に眉間に風穴を開けられる結果となった。


 接近戦はミントの担当だ。

 非力な彼ではあるが多彩なナイフと雷系《魔術》を使ってそれをカバーしていた。


 そんなミントとヘルガがスピード昇格をするのも必然の流れだったのかも知れない。

 そして二人が昇格したその日の夜にセシーリアから手紙が届いたのであった。

 おそらく“千里眼”を使って見ていたのだろう。


 心配性なお婆ちゃんである。


 ミント達が廊下を歩いている最中にも、知り合いの女中や衛兵が話しかけてくる。

 久方ぶりに帰ってきた獣人族ライカンスロープを彼らは暖かく迎えてくれた。

 その様子をヘルガは驚愕の表情で眺めている。


 話しが一段落して再び廊下を歩き出した時、ヘルガが話しかけてきた。


「正直、私はお前がここの王族と知り合いだっていう話も半信半疑だったんだけどな……」

「え、そうなの? ヘルガ、ひどいなぁ」

「だって、しょうがねぇだろぉ。お前に“金持ちオーラ”無いもん」

「にゃんだとー? ヘルガ、言っとくけどね。この宮殿を裏で牛耳っているのは、何を隠そうこのボクだと言っても過言じゃ……」


 そこまで言いかけて固まるミント。


 彼の視線の先には、多くの臣下を引き連れて歩いている男性の姿があった。

 この宮殿の主にしてハルマキスの王、アレクサンテリ・カールシュテインである。


「あ? どうした、相棒?」

「ヘルガ、こっち」


 事情が飲み込めないヘルガを廊下の端っこまで引っ張るミント。

 だが彼女は未だに困惑している。


「何だよ?」

「いいから! 膝をついて頭を下げて」

「わぁったよ……」


 そうして二人並んで廊下の端で跪く。

 二人の目の前をぞろぞろと歩いてゆく一団。


 そのまま通り過ぎるかと思われたが、ふとアレクサンテリが立ち止まり一団が停止する。

 そしてアレクサンテリはミントに声をかけてきた。


「ほう、久しいな。ネコよ。顔を上げよ」

「はっ」

「今日はどうしたのだ? お前は宮殿を出たと聞いていたが」

「はい、おば……セシーリア様に呼ばれまして」

「なるほどな。婆様にか」


 アレクサンテリは顎をさすりながら頷いた。

 そしてミントの顔をじっくりと見ながら言葉を続ける。


「婆様も随分とお前を気にかけておるようだな」

「はい、大変光栄な事と存じます」

「うむ。だが婆様もああ見えて寂しがりだ。たまにはこうして顔を出してやれ」

「ははーっ」

「ではな」


 そう言って去ってゆくアレクサンテリにミントは深々と頭を垂れた。

 一団を見送った二人は立ち上がる。


 そしてミントは大きく息を吐きながら言った。


「ふぅー、まさか王様がボクに話しかけてくるなんてびっくりしちゃった。今までそんなこと一回も無かったのに」


 そんなミントにヘルガが詰め寄る。


「お前、さっき言ってたよな。何だっけ? “ここを牛耳っているのはボク”とかなんとか」

「は? 何言ってるのヘルガ。そんなわけ無いじゃん。それよりさ、早くお婆ちゃんのところに行こう」





----------------------





 ハルマキスの宮殿の離れの自室にて。

 セシーリアは落ち着かない様子で部屋の中をうろうろしていた。


 今日は自慢の教え子であるミントがここに来る日だ。

 本当なら彼女自ら出向いて行きたかったくらいだが、そういうわけにもいかない。


 希少性の高い長寿エルフのセシーリアは護衛無しでの外出を固く禁じられていた。

 常人では有り得ないほどの知識を溜め込んでいる彼女を失うことは、ハルマキスという国家にとって大きな損失であるからだ。

 事実、過去に問題が発生した際にはご意見番として頼られた事も一度や二度ではない。

 その為セシーリアが外出できるのはせいぜい月に一度程度である。


 散々部屋を歩き回った彼女は、気を落ち着けるべくソファに寝っ転がって読書に耽ることにした。

 とはいえその本ももう数回読み終えており、内容は記憶している。

 あっという間に最後のページまでいってしまった。


 本を読み終えた彼女はテーブルに本を置き、そのままソファに横になる。

 今日は良く晴れた一日で、暖かい日差しと風の音が心地良い。


 読書による暇つぶしを断念したセシーリアは静かに目を閉じる。

 そんな彼女に良く知る人物の声が投げかけられた。


「あー、お婆ちゃん寝てるー」


 教え子のミントの声だった。

 セシーリアは喜色を表し声をあげる。


「おお! ミントか。よう帰ってきたのう。ほれ、早よう座れ」

「うん、ありがとうお婆ちゃん。あ、こっちの人はね。ヘルガっていうんだけど」


 ミントの横にはセシーリアが初めて会うドワーフの女性が立っていた。

 だが、セシーリアは彼女の事を知っている。


「ああ、知っておる。わしが視る時は大抵いつも一緒に居るな。良き相棒を見つけおったな、ミントよ」

「あーお婆ちゃん、やっぱり“千里眼”でボクを視てたでしょー」

「親バカってやつじゃ。いや、婆バカかのう?」

「もー、デリカシーが無いよう」


 そんなセシーリアとミントの会話をヘルガは不思議そうな顔で聞いている。


「え? 何、どうゆうこと? この子供がミントの言うお婆ちゃん?」


 事情を飲み込めていないヘルガにミントが教える。


「ヘルガ、この人がセシーリアお婆ちゃんだよ。こう見えて三百二十二歳でしかも“千里眼”を使えるんだ。凄いでしょ」

「……はぁ。……ごめん、よくわかんない」


 どうやらセシーリアはヘルガの理解の範疇を完全に超えた存在であるらしい。

 戸惑うヘルガにミントが根気強く説明する。


「だからー……この人はー…」


 ミントの説明をどうにか飲み込んだヘルガは、恐る恐るといった様子でセシーリアに挨拶してきた。


「ど、どうも。ヘルガっていいます。よろしく」

「うむ、よろしくなのじゃ。いつもミントが世話になっとるのう」

「いえいえ、私もミントに助けてもらってばかりで……」

「謙遜するでない。そのつつは見事なものじゃ」


 ヘルガが持つ長い筒状の武器を指差して言うセシーリア。

 布を巻いて隠しているそれはヘルガが幾度となくぶっ放している新型の武器だ。

 セシーリアの言葉にヘルガは文字通り目が飛び出んばかりに驚いた。


「これが何なのかわかるんですか?」

「そりゃあ、お前が使っているのを視たからのう。こうじゃろ?」


 撃つ真似をするセシーリア。

 ヘルガは頷く。


「は、はい。“千里眼”って本当なんですね……」


 それを横で聞いていたミントが口を挟んできた。


「それよりお婆ちゃん。ボク、前に言ってた通り“銅”になったよ」

「うむ、そうじゃな。有言実行をするとはたいしたものじゃ。どれ、わしも過去に言った通りお前に道を示さねばならんな」


 そう言ってセシーリアは部屋の奥から三枚の画を持ってきた。

 それぞれ別の人物を描いた肖像画であり、彼女がその技術でもって精緻に描いたものである。


 その三枚の画をミントとヘルガに見せながら、セシーリアは話を切り出す。


「お前達、これを見るのじゃ」

「この人たちがどうしたの?」

「この者らはな、わしが“千里眼”で視た中でも特に強い世界への影響力を持った者たちじゃ。この者達ならきっとお前の力になるはず。だからまずはこの者達を探すのじゃ」

「うん、わかった。でも、どこを探せばいいんだろう?」

「それを順に説明するぞい。まずはこの男じゃ」


 そう言ってセシーリアは浅黒い肌をした若者の肖像画を指差す。


「この者はナゼール・ドンガラ。プレアデス諸島出身のドンガラ族の若者で次期の族長オサと目されておる」

「あ、知ってる! ポーラ先生が言ってた若様ってこの人の事でしょ?」

「そうじゃ」


 それを聞いていたヘルガが呟く。


「ねえ私、この人と会った事あるよ。それとミントと同じくネコ耳のポーラにも」


 そのヘルガに聞き返すミント。


「え? ヘルガ、それ本当!?」

「うん、このナゼールとレリアとポーラって三人の異民に協力して『レヴィアタン』避けの鐘を作ったんだ。もう随分前の話だけどね」


 その話はセシーリアとミントにとっては初耳であった。

 セシーリアがにんまりと笑いながら呟く。


「ふむ、それは好都合じゃな。ヘルガよ、ミントにそのナゼールを引き合わせてはくれんか? 既に知り合いのお前がおるなら話は早い」

「うん、それはいいですけど……っていうか私もこの話聞いちゃっていいんですか? あんまり事情をわかってないんですけど」

「勿論じゃよ。事情の説明はとりあえず後回しにして、次じゃ」


 そう言ってセシーリアは別の肖像画を指差す。

 こちらは女性の画だ。

 赤毛の長髪をした精悍な顔つきの女性が描かれている。


「この者はレジーナというらしい。ポーラ曰く物凄く腕の立つ冒険者で、現在は超一流の冒険者に上り詰めておるそうじゃ」

「へぇー、今はどこにいるの?」

「わからん。頻繁に移動しておるそうじゃ。名が売れたせいで指名依頼が多いんじゃろ」

「ふーん」


 そこへ、ヘルガが質問をしてきた。


「あのう……それこそ“千里眼”とやらで視てしまえば一発でわかるんじゃ……」

「ところがそうもいかんのじゃ。“千里眼”は万能でもないしの」

「え? そうなんですか?」

「うむ。時によって良く視えることもあれば、まるで濃霧に包まれているかのように全然視えないこともある。不安定なんじゃ」

「なるほど」

「それともう一つ、視るという行為は非っっ常に疲れる。便利なものには代償があるんじゃ」

「そうなんですね。っていうことは、この最後の一枚も……」


 そう言ってヘルガは三枚目の肖像画に視線を移した。

 この肖像画だけはセシーリアが精緻に描けず、抽象画のようになっている。


 “彼ら”の姿だけはどうしても完全には視えなかったのだ。

 視ることができたのはおぼろげなイメージのみである。


「なんか……二人組み? なのかな、お婆ちゃん」


 ミントが首を傾げながら聞いてくる。

 その二人組みはどうやら男女であるらしい。


「うむ、そうじゃな。特徴はこの男の方の白黒の“まだら髪”くらいかのう。女の方は普通の人間に見える」

「ポーラ先生は何て言ってたの?」

「ポーラも知らんと言っておった。この二人は自力で見つけてもらうことになるのう」

「うん、わかった!」


 元気良く返事するミント。


「セシーリア様」


 その時、戸外から声がかかる。

 宮殿の侍女がセシーリアを呼んでいる。


「なんじゃ、どうした?」

「はい、ミラベル様が面会を求めています」

「ミラベルが? 用件は何じゃ?」

「はい。肌の浅黒い冒険者の方々をセシーリア様と引き合わせたい、と」


 それを聞いたセシーリアはにやりと笑みを浮かべる。

 そしてミントとヘルガに告げた。


「聞くのじゃ、二人とも。好都合な事に、向こうから来おったぞい」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月 30日(水) の予定です。


ご期待ください。



※ 5月29日  後書きに次話更新日を追加 

※ 4月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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