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140.続・テオとフォルトナ



 ザルカ帝国領の兵器工廠にて。


 ルサールカ人工島から来た身体拡張者サイボーグのテオドールは引き続き、銃器開発に勤しんでいた。

 前回没を食らったモデルからさらに改良を重ねた今回のモデルに、テオドールはそれなりの手ごたえを感じていた。


 テオドールの作業部屋は工廠の隅にひっそりと存在しており、そこで彼は一心不乱に作業していた。

 もうすっかり日も落ちて、外は暗くなっている。


 日中は他の作業員達が工廠を稼動させていたが、彼らは既に寮に戻っており現在残っているのはテオドールくらいのものであった。


 他の作業員達は通信機器や人員輸送用と思しき車両の製作に勤しんでいた。

 それらの用途についてはテオドールは特に聞いてはいなかったし、聞きたくもなかった。

 仮にそれらが戦争用に生産されているのだとしたら、この大陸の人たちには気の毒なことである。


 しかし、自分には関係ない。

 さっさと仕事を終わらせて、母イザベラと幼馴染のリリーと共に暮らしたい。

 それだけが彼の望みであった。


 テオドールが黙々と作業していると忠実なアンドロイドであるフォルトナが入って来た。

 両手に水の入ったカップを持っている。


「テオー、お水持ってきたッスよー」

「ああ、わりぃな」

「いえいえッスー。はい、どうぞッスー」


 言いながらカップを手渡してくるフォルトナ。

 テオドールはその水を口に運ぶと感嘆の声を漏らした。


「しっかし、信じられねぇよな。こんなに澄んだ水がタダ同然なんてよ」

「ほんとッスねぇ。こんなきれいな水が地下水やら川やら湖やらで、いっくらでも入手可能なんて……」

「ルサールカの水をフィルターでどんだけ濾過ろかしてもこれより汚いぜ」

「たしかにッス」

「ルサールカではこのカップ一杯で一万リッターくらいしそうだな」

「そうッスね。金持ち以外はこんなの飲めないッスよ、きっと」


 ため息混じりに呟くフォルトナ。


 リッターというのはルサールカにおける通貨の名称である。

 もともとは水の量を表す単位であったそうだが、それが転じて通貨を表す言葉となった。


 一万リッターもあれば一、二週間は余裕で食いつなげる。

 ルサールカではそれほどまでに水は貴重であった。


 喉を潤し、一息つくテオドールにフォルトナが問いかけてくる。


「で、お仕事の方は順調ッスか?」

「ああ、次はこいつを提出しようと思ってる」


 そう言ってテオドールは製作した試作品をフォルトナに見せた。

 今回は前回までと違って銃床ストックも木製である。

 ルサールカには存在しない“木”という素材を加工したものだ。


 本当は木の加工について現地人に聞きたかったのだが、この工廠にマリネリス大陸の人間は滅多に訪れない。

 そのためテオドールはほぼ独学で木を加工して銃床にしたのだった。


 そうして出来上がった銃はテオドールが当初想定していた突撃銃アサルトライフルではなく、セミオートの自動小銃であった。


 当然、フルオート銃に比べれば連射能力は低い。

 威力と精度を確保するため銃身を長くした結果、取り回しが悪く扱い辛いものになってしまった。

 装弾数も二十発と主力武器プライマリウェポンとしては物足りない数字だ。


 しかし現状テオドールが製作できる武器の中で最もコストパフォーマンスに優れたものが出来上がったと確信できる内容であった。

 これで制式採用も狙えるだろう。


「おー、良さそうじゃないッスか。セミオートライフル」

「だろ? っていうかお前、“手伝うッス”とか言っておきながら全然手を貸さねえじゃねえか」


 彼女は以前テオドールの事を手伝うと宣言しておきながら、姿を見せないこともしばしばあった。

 テオドールが糾弾するような視線をフォルトナに向けると、彼女は視線を逸らしながら答える。


「それは……ええとッスねー……。あ! そんな事より」

「話題逸らすのヘタクソだな、お前」


 テオドールの辛らつな物言いを無視してフォルトナは続ける。


「面白いもの見つけたんスよ。ほら、これ」

「どれ」


 テオドールはフォルトナの差し出してきた物を見やる。

 手の平サイズの外部記憶端末だ。

 特に不審な点は見られない。


「これがどうしたんだ? 中のデータは何だよ?」

「いいからいいから。テオ、見てみてくださいッス」

「どれどれ……」


 言いつつ端末から接続用のケーブルを引っ張り出して、うなじのソケットに差し込む。

 そうして情報を読み取ったテオドールは眉をひそめた。


「……“マリネリス公用語”? 言語データか、これ?」

「そうッス」

「“そうッス”じゃねえよ。マズイだろコレ。就業規定に抵触する」


 どういうわけか、ジュノー社の末端作業員は現地言語の習得を禁じられていた。


「大丈夫ッスよ。バレなきゃいいんス、バレなきゃ」

「お前なぁ……」

「だいたい、こんなデータを私の手の届くところに置いておくのが悪いんス。びっくりしたッスよ、ロクな防壁もなかったんスもん」

「おい、まさかこれって」

「へ? 通信室の端末をクラックして抜き取ってコピーしたデータッスけど」


 何が問題なのか分らない、とでも言いたげなフォルトナ。


「おいおい、ますますマズイぜそれ」

「だからー、大丈夫ッスよ。連中はいちいちテオの記憶領域なんか調べないッスもん。テオは今までに調べられたッスか?」

「……たしかに調べられてはねえけどよ。でもよ、どうするんだよ。こんなのダウンロードして」

「そりゃぁ、気になるじゃないッスか。たまにこの工廠に来るザルカの軍人さんが何喋ってるのか」


 にやにやと笑いながら言ってのけるフォルトナ。

 その態度から察するに彼女は具体的な考えはあまり持っておらず、単なる好奇心から今回の暴挙に及んだようだ。


 いたずら好きの少女のような笑みを浮かべるフォルトナをたしなめるテオドール。


「お前よ、こんな言葉知ってるか? “好奇心は猫を殺す”ってな」

「……」

「良い考えじゃないとオレは思うぜ。そのデータをインストールしちまうのはな」


 明らかに難色を示すテオドールに対して、フォルトナはそれまでの冗談めいた態度を捨てて真面目な表情で耳打ちしてきた。


「テオ、おかしいと思わないッスか?」

「何が?」

「その就業規定とやらッスよ」

「あ?」

「だっておかしいッスよ。絶対に現地人と協力した方が仕事が捗るッスもん。今回の銃器開発だってそうッス」

「そりゃまぁ……そうだけどよ」


 フォルトナが何を言いたいのかよくわからないテオドールは彼女の言葉を待つ。


「きっと、末端作業員を使い捨てるつもりッス。言語習得を禁じたのは私たちをここに縛り付ける為ッスよ。言葉がわからなければ逃げようが無いッスからね」

「……考えすぎじゃねえのか?」

「かもしれないッスね。でも、あれッスよ。転ばぬ先のなんとやらッス」

「杖な」

「そう、それッス。とにかく、備えておくに越した事ないッスよ」


 そしてテオドールの目を真っ直ぐ見つめてくるフォルトナ。

 それを見返しながらテオドールは思案する。


 アンドロイドである彼女は、とにかく仕えているマスターを第一に物事を考えている。

 今回もテオドールの身を案るあまり、存在しない敵を設定してしまっているようにテオドールには見えた。


 しかしながら、彼女の話を完全に否定できる材料が無いのも事実だ。

 そう考えたテオドールは件の言語データをダウンロードすることに決める。


「わぁったよ。落とすか、念のため」

「うん、それがいいッスよ」


 そうしてテオドールはマリネリス公用語のデータをダウンロードした。


 とはいえ、このデータを本当に使うことはおそらく無いだろう。

 きっとフォルトナの考えすぎだ。


 この時はまだ、そう思っていた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月 28日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 5月27日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 4月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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