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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
14/327

14.どもる少年、笑う少女



 狼の脅威から開放されたバーラムの町。

 そこで開かれる拳闘会なるイベント会場に訪れたコリン。


 相棒レジーナと別行動になった彼はオッズ表を眺めながら思案する。


 今回は十六名参加のトーナメント。

 四回勝てば優勝だ。


 周りの観客達の話を総合するにどうやら前々回の大会が余程盛り上がったらしく、それ以来出場者の数は増えているらしい。


 中でも要注意なのは前回覇者のダリルとかいう男だろう。

 この農場の護衛をしているがその割りに体格は良くない。


 昨日コリンとレジーナが農場に行った時ダリルは腰に細身の刺剣を差していた。

 その見た目から察するに技量系の剣士だろう。


 一撃必殺のカウンターで体格差も跳ね返すらしい。

 こういうタイプの相手はイノシシ女であるレジーナにとっては厄介だと思われた。

 万が一カウンターで脳を揺らされればレジーナとて負けはあり得るのだ。


 他にはランドルフだとかアランが有力と見られているようだが、この辺の連中は正直レジーナ相手に一分立って居られたら上出来だろう、とコリンは見ていた。

 一流の前衛であるレジーナをずっと隣で見てきたコリン少年の目利きである。


 その時、他の観客がクルスとかいう異民について話しているのが聞こえてきた。

 やたら周囲の評価が高いようだったが、コリンにはよく分からない。


 ぱっと見たところダリルとあまり体格は違わない。

 そんな彼がレジーナと殴りあったところで二分を持つまい。

 周りの連中の方がよっぽど屈強だ。

 

 たぶん過大評価だろう。

 こいつは気にしなくて良さそうだ。


 そして思案しながらトーナメント表を眺める。


 組み合わせ表的にはレジーナが勝ち進めばダリルと当たるのは決勝。

 それまではレジーナに多額を突っ込めば負けはなさそうだ。

 楽なギャンブルの予感に、コリンはにんまりと笑う。




-------------------





 一回戦第一試合が来栖の目の前で行われている。

 厳正なるくじの結果、初っ端から登場するのは今大会の台風の目・レジーナである。

 彼女は既に一試合目に向けて準備を完了させていた。


 来栖がレジーナを眺めているとダリルが話しかけてくる。


「うお、初戦からいきなりあいつかよ」

「ああ、相手は……アランか」


 来栖が前回パワー負けを喫した相手である。

 アランは闘志を秘めた眼差しでレジーナを睨みつける。


 向かい合うレジーナとアランの姿を見て会場の熱気も高まってきた。

 それを感じ取ったダリルが笑う。


「へへっ、楽しみだな。クルス」

「ああ、お手並み拝見だ」


 丁度その時、第一試合が始まった。


 開幕から両者は挨拶抜きのフルスイングのフックを交錯させる。

 さらに返しの左フックを打ち込むアラン。

 一方レジーナは左ボディ。

 その後数発の打撃の応酬があるがお互い有効打はあるが致命打は未だ無し。


 しかし、打撃は同じ数ヒットしているはずなのに明らかに両者のダメージが違う。

 一発一発の重さが違い過ぎるのか、アランの動きが鈍くなってきた。


 それを感じ取ったレジーナは一気に勝負を決めに行く。

 左右のパンチのラッシュで攻め立てた。


 アランは亀のように両手でガードを固めるが、次の瞬間レジーナの渾身の右ストレートでガードごと吹っ飛ばされてしまう。

 ガードの上から拳を効かされてしまったアランは起き上がる事が出来ず、そのままKOとなった。


 衝撃的なKO劇を目の当たりにしたダリルが呟く。


「ガードごとぶっ飛ばしやがった……。なんつう女だ……」

「ダリルはあれと拳を合わせたいんだろ? 俺はいいや、譲るよ」


 あんなのと打ち合ったら命がいくつあっても足りない。

 来栖は早くも気が重くなってしまった。

 そんな来栖にダリルは依頼する。


「組み合わせ的にはお前の方が当たるの早いんだから、お前倒しとけよ。俺のために」

「そこまで勝ち上がれたらな」


 その時、ダリルと来栖の会話に割り込んでくる者がいた。


「いや、クルスさんなら余裕で勝ちあがれるでしょう」


 誰かが話しかけてきた。

 十七、八歳くらいの少年だ。

 バーラムの町で何度か見かけた気がする。


 だが来栖には誰かよくわからない

 しかしダリルは顔見知りだったようだ。


「あれ、お前はパン屋の倅の……」

「モーリスです」

「モーリスか、そういやお前もエントリーしてたっけ」

「そうです」


 モーリス少年はクルス達より更に体格が小さい。

 そんな彼がなぜ拳闘会に参加する心境になったのだろうか。


「実は僕、クルスさんの試合を見て憧れてしまって……」

「あぁ、それはどうも」


 なんだか気恥ずかしい気持ちになる来栖。


「だから、この後戦えるように一回戦頑張ります」

「うん、応援してるよ」





--------------





 次は一回戦第三試合か。


 コリンは欠伸をかみ殺して背伸びをする。

 そしてトーナメント表を見ながら、周りの観客の声に耳を傾ける。


 次のレジーナの試合まで退屈だったので知らない選手の試合にも小額を賭けていたのだ。


 さて、次はどちらに賭けようか。

 どうせなら高配当の方にしよう。


 そう思ってモーリスとやらに張るコリン。

 するとコリンの様子を見ていたギャンブラーが声をかけてきた。


「少年、引き際を誤るなよ……」


 それだけ言うとさっさと移動してしまった。

 たしか彼は農場の経営者か何かだ。

 過去に何かあったのだろうか。


 ま、いっか。

 コリンはすぐに彼の事を頭から切り離す。


 そして試合が見える位置にコリンが陣取ったところで、急に女の子が話しかけてきた。


「ねえここ、一緒に座っていい?」

「ふぇっ!?」


 思わず奇声を発してしまうコリン。


「どうしたの? やっぱりいや?」


 祭りの開放的な雰囲気にほだされて、多少は人見知りが緩和されていたコリンではあったが、同年代の女の子に話しかけられるとやっぱり緊張してしまう。


 だがこれはひょっとしたら人見知り改善の良い機会かも知れない。

 何とか頑張って話してみよう、とコリンは決心する。


「い、い、嫌、じゃ、ない、よ……」


 盛大に、どもりながらも頑張るコリン少年。


「そう? やたっ!」


 といって女の子は腰を降ろした。

 あ、そうそう、といって女の子は自己紹介をする。


「私はフレデリカ。魔術師さん、あなたのお名前は?」

「こ、コリン」

「よしくねコリン!」

「よ、宜しく、フレデリカ」



 そうして二人が会話していると、試合が開始した。


「ねぇ、コリンはどっちが勝つと思う?」


 フレデリカが試合の方を指差して尋ねてきた。


「う、うん、モーリス、っていう、人、に賭けたよ」

「へー賭けしてたんだ。普通は子供はダメなのに」


 そう、普通はだめだ。

 だがコリン少年がどもりながら“れ、レジーナ、に、言われて、その……”などと言うと、券売所の大人達は何かを察してか黙って売ってくれた。

 本人の自由意志で買っているのだが。


 試合の方はモーリスがローキック攻めを敢行している。

 それを見て歓声をあげるフレデリカ。


「わぁ! モーリスさんすごーい!」

「足、ばっかり、け、蹴ってちゃ、勝てない、んじゃ、ない?」

「ふふーん、分かってないなぁ、コリンは!」

「え、な、何が?」

「べチン! ヒョイッ! バァーン! だよ」


 彼女が何を言ってるのかコリンには全く分からなかったが、試合はモーリスの右ハイキックでのKO決着となった。


 なるほど、意識を下に持っていってからの上か。

 コリンはモーリスとやらの戦略的行動に舌を巻く。


 おっと次の券を買わねば。

 コリンは更なる勝利に向けて動き出した。

 券売所に赴く前にフレデリカに尋ねる。


「ね、ねぇフレデリカ。次の試合は、どっちが勝つ、と思う?」

「ん? それはねぇ……」





-------------------------





「そりゃクルスだろ」


 レジーナがダリルという農場の護衛に尋ねると彼は自信満々に答えた。

 それがいまいち信用できなかったレジーナはダリルに確認をとる。


「クルスってあの異民か? あいつそんなに強いのかよ?」


 レジーナの目にはクルスとやらは強そうには見えなかった。

 それよりも目の前のこのダリルの方がよっぽど厄介そうだ。

 だから声をかけてみたのだ。


 だがレジーナの問いにダリルは呆れたように声をかける。


「何言ってんだ。あいつは前々回優勝だぜ。この俺を倒してな」

「はぁ? 一回戦負けじゃねぇのかよ?」

「それは前回、だな。あれは不幸な事故だった。まぁ見てな」


 ダリルに促されてレジーナが前を向くと、ちょうど試合が始まった。


 試合開幕と同時にクルスは全速力でダッシュし対戦相手との距離を詰める。

 驚いた相手選手が思わずガードを固めたところに飛び膝をぶちかますクルス。

 すんでのところで両腕でガードする相手選手。


 ガードの上からでも勢いをつけた飛び膝はそこそこ効いたが、まだKOには至らない。

 クルスはさらにワンツー、左のショートアッパー、右ミドルキックと打撃を散らしていく。


 完全に防戦一方になった相手に対しクルスは一瞬、僅かに身を屈める。

 タックルが一瞬頭にチラついた相手のガードが緩くなったその瞬間。

 クルスは水平に体を回転させて遠心力を拳に乗せた。


 奇襲技の代名詞《バックハンドブロー》である。

 クルスの裏拳がテンプルを見事に直撃して、横向きに倒れる相手選手。

 新技のド派手な初お披露目であった。


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


 またも見せられる新技術に盛り上がる観客達。

 一方のレジーナは驚愕に目を見開いていた。


「おいおい、なんだよあの技……」


 それにダリルが答えてくれる。


「あいつ、あの技練習してたんだよなぁ。そんなに使える技では無いと俺は思っていたんだが」


 レジーナの見た限り、確かにバックハンドブローはリスキーな技でもある。

 しかし知らない相手にはこれ以上の奇襲技も無いだろう。

 レジーナはダリルに尋ねた。


「おい、他にもあんな技隠し持ってやがんのか? あの異民は」

「さぁ、どうだっけな。でも、ま、その体格ガタイがあればあんたなら楽に勝てるんじゃねえか」


 心にも思っていなさそうなことをダリルはのたまう。


「まぁそりゃ、そうなんだけどよ……」


 一方レジーナの発言は本心からだが、どうにも不気味なものを感じていた。





-----------------------





 券売所に向かう前に助言を聞いておいて正解だった。

 そうコリンは振り返る。


「すごーい!! コリン見た? くるんて回ったよ! やっぱりクルスさんは凄いね!」


 フレデリカが、ご機嫌な様子ではしゃいでいる。

 半信半疑で彼女の助言どおりに賭けてみたが、ここまで快勝するとはコリンにも予想外であった。

 コリンはフレデリカに問いかける。


「あの、異民、の人って、強いの?」

「うんすっごく強いよ。でも他の人たちがおっきいから勝つのが大変なんだって」


 なるほど戦術で勝つタイプか、とコリンは分析する。

 果たして我が相棒のイノシシ女にどういう戦術で挑んでくるのか。

 観戦の楽しみが一つ増えた。


 


「つ、次は、ダリルっていう、人、だね」

「うん。あ、もう券は買ったんだ?」

「優勝、候補、なんでしょ?」


 コリンは何の疑いもなく、ダリルに賭けていた。


「そうだよ、とっても強いんだ!」


 まるで我が事のように自慢してくる。

 実際彼女の住まう農場にとっては自慢の護衛なのだろう。



 試合が始まる。

 センス溢れるカウンターが持ち味だというダリルであったが、この試合は一味違った。


 いきなり相手に向かってスライディングすると、そのまま相手の足関節に絡みつく。

 そして足を掛けて相手を引き倒すと相手の右足を両足で挟みこみ、かかとを抱える。


 そして抱えた相手の踵を上半身の力を使って、思いっきり捻じる。

 一瞬で相手の膝を破壊する恐怖の足関節技《ヒールホールド》である。


 見た目からはあまり怖さが伝わらないかも知れないが、膝から下の部分だけを横方向に捻じる技といえば伝わるだろうか。

 ダリルは護衛稼業に身を置く故に極まるまでに時間がかかる締め技よりも、技の形に入れば一瞬で極まる関節技を好む傾向にあった。


 激痛に叫び声を上げながらタップをする相手選手。


「うわぁ、すっごい痛そうにしてる……」

「う、うん……」


 そう言いながら、コリンはだんだん訝しさを憶え始めていた。

 ただの田舎町の腕試しイベントか何かだと思って来てみたが、蓋を開ければ見た事も無い新技術のオンパレードだ。

 そういえばこの拳闘会が盛り上がってきたのは、前々回からだと誰かが言っていた。


「ね、ねぇ、フレデリカ」

「なーにー?」

「前は、ダリル、って人が、勝ったんでしょ。その前は?」

「クルスさんだよ。ダリルさんに勝って優勝したんだよ!」


 それを聞いて、コリンは考え込む。


 あのクルスとかいう異民は、もしかしたら危険な存在なのかも知れない。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月22日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 2月19日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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