139.改造
「今“きゃっ!!”って言いました? チェルソさん……?」
「……」
「それとも…あなたが、チェーリアさん、なんですか?」
恥ずかしそうに頷くチェーリアを信じられない面持ちで見つめるポーラ達。
レリアは目を見開き、隣にいるナゼールも口をあんぐりと開けて驚いている。
そんな三人を見やって、ため息まじりにチェーリアは呟いた。
背筋をぴんと張った男性らしい座り方を崩して、足を斜めに崩す。
「あーあ、ぼろが出ちゃったわ。やっぱり焦るとダメね」
艶のある声で呟くと、彼女は自身の胸元をいじる。
「あらやだ、“さらし”まで濡れちゃったじゃない。ナゼール、ちょっと向こう向いててくれる?」
「あ? あ、ああ……」
呆けた様子でそっぽを向くナゼール。
その隙にチェーリアは“さらし”を脱ぎ捨て、気を利かせたルチアが持ってきたローブを羽織る。
「ルチア、ありがとう。もういいわよ、ナゼール」
振り返ったナゼールが言葉を搾り出す。
「あ、ああ。いやぁ、しかし……たまげたぜ」
「あら、ずっと男だと思ってた?」
「ああ」
「ふーん、そう。それにしても……」
言うとチェーリアはポーラに向き直る。
「ポーラ、私の名前をどこで聞いたの? まさかセシーリアお嬢様からじゃないわよね。彼女はもう皺くちゃのお婆ちゃんのはずよ」
「いえ、まだ若々しい姿を保っておられます……というか」
「ん?」
「外見上はまだ子供です」
「は? そんなはずないでしょ」
「いえ、確かです。そもそも、チェーリアさんがセシーリア様に会った時点で彼女は百歳を超えてます」
セシーリアは自称三百二十二歳である。
「え? ポーラ、本気で言ってる……?」
「はい、ええと“チェーリアという女子と二百年ほど前に会ったのじゃ”とかなんとか言ってました」
「その老人言葉を履き違えたような無駄に古風な喋り方……本当にセシーリアお嬢様なの?」
「だと思いますよ。ご高齢なのは間違いなさそうですし」
「はぁ、それこそたまげたわ……。でもそうなると困ったわ。私、ハルマキスに行けないじゃない。彼女に私が“吸血鬼”だとバレたら皆に迷惑がかかるもの」
チェーリアは頭を抱える。
そんな彼女にポーラは提案した。
「でしたらセシーリア様にも私の方からお手紙を書きましょう。“チェーリアさんは吸血鬼だけど良い人ですよ”って」
「それはありがたいんだけど、でもそれで納得してくれるかしら……」
「大丈夫だと思いますよ。それに彼女に会わなくても遅かれ早かれ露見する危険もありそうですし」
「え? どういう事?」
「セシーリア様は“千里眼”という能力を使えます」
聞きなれない言葉にナゼールが疑問を投げかけてくる。
「あ? なんだそりゃ。デボラの占いみたいなもんか?」
「いえ、占いとはまったくの別物です。どういう原理かは知りませんけど遠く離れた人物の様子を“視る”事ができるそうです」
「何? じゃあ、まずくねぇか? 今、チェル、じゃなくてチェーリアさんが思いっ切り自分の正体喋っちまったぜ?」
ナゼールの言葉に顔を青くするチェーリア。
そんな彼女を落ち着かせるようにポーラは告げる。
「その点なら心配いりませんよ。私がセシーリア様に聞いた話では“千里眼”では音声は聞こえないそうです。彼女がこの光景を“視てた”としても、バレたのはたぶん男装癖くらいです」
ポーラがばっさりと言うのを小声で否定するチェルソ。
「へ、癖じゃないわ……。仕方なくよ、仕方なく」
「あ、そうなんですか? てっきり好きでやってるのかと。まぁとにかく、セシーリア様に直接会って説明した方が後々の為になると思いますよ。もしかしたら後ろ盾になってくださるかもしれませんし」
「そ、そうね」
ポーラの助言を素直に聞き入れるチェーリア。
だがすぐに疑問点に思い当たったようで、ポーラに聞いてくる。
「でも、セシーリアお嬢様にはどうやって接触するの? あの方って今も宮殿にいらっしゃるのでしょう?」
「そうですね。先ほど話題にあがったミラベルさんにお願いするか、それとも……」
「それとも?」
「ミントに言えばたぶんすんなり宮殿に入れるかと」
「ミント? ポーラの知り合いなの?」
「ええ。そうですね。そろそろ彼についてお話した方が良いかもしれませんね」
そう前置きするとポーラは自身の風変わりな教え子にして、クルスの飼い猫であるミントについて語り始めた。
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「ふしゅっ!!!!」
女ドワーフのヘルガが作業している横で急に大声を出すミント。
一瞬彼の事を怪訝な目つきで見たヘルガはミントに問いかける。
「ミント、何? 今の」
「え、くしゃみだよ」
「お前のくしゃみ、変わってんな……」
「何言ってんの。ネコのくしゃみはこんな感じだよ……ふ、ふしっっ!!」
言いつつも再び盛大にくしゃみをするミント。
『ジャイアントモス』討伐後、無事“鉄”級冒険者に昇格したミントとヘルガ。
そのまま狩りと並行して依頼に取り掛かろうとしたのは良かったが、そんな彼らに思わぬ問題が降りかかる。
二人の狩りの効率が良すぎてギルドからクレームが入ったのだ。
曰く“他の狩人の成果が芳しくないから自重してくれ”と。
ヘルガのライフルで銃声を立てながら狩りを続けた結果、どうも野生動物の警戒心を掻き立ててしまったようである。
森全体の狩りの難易度が上がってしまった。
よって狩りは数日おきに頻度を落として、依頼に集中しようかと考えた二人だったが生憎今日は依頼を取り損ねた。
そこでヘルガはかねてからの懸案であったライフルの改良に取り掛かっている。
ライフル製作の時と同じ作業場を再び借りたのだった。
「さてと……」
言いつつヘルガは装填の動作を確認する。
今回拵えたのはリロードの補助用のクリップである。
今までは一発ずつ弾を装填していたが、このクリップで五発の弾丸を一まとめにすることで装填にかかる時間を大幅に短縮できる。
実際にクリップで纏められた弾丸をライフルに押し込んでみると、その差は歴然だ。
その様子を見たミントが感嘆の声をあげる。
「おー早いじゃん!」
「ああ、これでだいぶ扱いやすくなった。あとは何か改善点はあるかねぇ。ミント、何かない?」
「え?」
「“えいが”とやらで見たんだろ? 何かない? 何でもいいから」
「うーん……そうだなぁ……」
腕を組んで考えるミント。
今回ヘルガがこのネコを横に置いて作業していたのも、こういう時に意見を募るためである。
しばし悩んだミントは何事かを思い出したようだ。
「あ! あれはどう? 照準器!」
「すこーぷ?」
「うーんとね、双眼鏡とか望遠鏡とかってあるじゃん?」
「ああ、あるな」
「それを銃につければさ、遠くからでも正確に狙えるよ」
それを聞いたヘルガは大いに感心する。
精度に優れたこのボルトアクションライフルにとって、照準器はたしかに大きな助けになるだろう。
相棒からの提案に気を良くしたヘルガは、彼から更にアイディアを引き出そうとする。
「ミント、他には? 他にはない?」
「ええ、そんなすぐには思いつかないよう」
「そこを何とか!」
「ええと、そうだなぁ。ヘルガは銃のどこを改善したいの?」
「この前ジャイアントモスが急接近してきた時みたいに、接近戦になったらどうしようかって」
射撃速度に難のあるボルトアクションライフル最大の弱点は接近戦だ。
あの蛾が突進してきた時はヘルガの射撃がヒットしたから良かったものの、もし外していたらどうなったかわからない。
「接近戦かぁ。斧じゃダメなの? ヘルガ持ってるじゃん」
「いや、持ち替えるのに時間がかかる。“えいが”ではどうしてたんだ?」
「映画では拳銃とかで対応してたよ」
「ぴすとる……」
「うん、小っちゃい銃。こんくらいの」
そう言ってミントが手で形を作る。
手の平サイズの小さな銃だ。
銃の機構を維持したまま、そのサイズに小型化するのも中々に大変そうだ。
今すぐに実現できそうなアイディアではない。
「うーん、そうかぁ……ちょっと難しいな」
そう言って唸るヘルガだったが、そこにミントが付け加える。
「あとは銃剣かなぁ。ここに小っちゃい剣を着けて突くんだ」
そう言って銃身下部を指差すミント。
これもヘルガの考えにはなかったものだ。
しかも、こちらはすぐに実現できそうである。
ミントから二つの効果的な改善案を引き出せてご満悦のヘルガ。
「照準器に銃剣か。中々良さそうだ。流石だな、相棒」
「でしょでしょー」
「とりあえず、道具屋と武器屋でモノを調達するか。それを改造して取り付けよう」
「うん! その後どこかでご飯食べようよ」
「ああ、もちろん」
「あ、そうだ。ヘルガ、良いアイディア出してあげたんだから今日はボクに何か奢ってよ」
などとずうずうしく提案してくるミント。
だが、今日の彼の働きには感謝しなければならない。
そう考えたヘルガはミントの喜びそうな台詞を言った。
「わかったよ。魚料理な」
「やったー!!」
そう言って二人は軽い足取りで歩き出したのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 5月 21日(月) の予定です。
ご期待ください。
※ 5月20日 後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正
※ 4月29日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。