137.テオとフォルトナ
ザルカ帝国領の北方に広がる丘陵地帯。
そこに真新しい兵器工廠がひっそりと建っていた。
工廠では『ルサールカ人工島』から持ち込まれた物資をもとに様々な兵器が開発されている。
その工廠の内部の作業部屋で一人の少年が作業にあたっていた。
ジュノー社から支給されたツナギを着ており、ところどころ煤で汚れている。
少年の歳は十七ほどで肌は白い。
彼のうなじのあたりに外部記憶装置へアクセスするためのケーブルを差し込むソケット穴がついている。
また外見からはわからないが、肺と腎臓も人工臓器に換装されている
彼は身体拡張者であった。
そんな彼の表情は不健康な色白の肌に目つきの悪さが際立っている。
そして何より目を引くのは黒い髪のところどころが白くなっている“まだら髪”である。
その“まだら髪”は彼がかつてシェルターの外の汚染された大気を吸った事の表れであり、故郷ルサールカでは忌み嫌われる特徴でもあった。
彼の名はテオドール・ミュラー。
この工廠では銃器開発を命ぜられている。
彼が現在籍を置いているジュノー社はこのマリネリス大陸のザルカ帝国と協力関係にある。
ジュノー社はザルカから新鮮な水や食料を輸入するかわりに、ルサールカの科学技術や兵器などを提供していた。
この工廠もジュノー社の技術提供の一環である。
そしてここでテオドールは“マリネリス大陸に存在する素材を使って高性能な銃器を造れ”との命を受けて開発作業に従事していた。
その命令内容から察するに、どうもザルカ帝国は近々近隣の国と事を構えるつもりのようだ。
ルサールカの既存素材ではなくマリネリスの現地素材を使用するのも、銃の大量生産にかかるコストを下げる為であろう。
テオドールが作業していると、誰かが部屋に入って来た。
テオドールと同じツナギを着た金髪の美しい女性の姿をした『HL-426型』アンドロイド、フォルトナだ。
フォルトナが朗らかな声でテオドールに話しかけてくる。
「どんな具合ッスか? テオ」
「あんまり良くねぇな。素材が劣悪過ぎる。もっとマシな鉄はねえのかよ」
「んー、これでもマリネリスでは良質な方の素材らしいんッスけどねぇ」
「だとしたら、ここの製鉄技術はクソったれの○○○○以下だな」
伏字にせざるを得ない程の汚い罵倒の言葉を吐くテオドール。
彼の口の悪さには理由がある。
故郷ルサールカではテオドールのような身体拡張者たちは蔑まれていた。
ルサールカでは生身の体を維持することが、ある種のステイタスになっている。
社会的身分の低い者ほど危険な仕事に従事し体の一部を欠損するか、もしくは清浄ではない空気によって内臓がダメになるのだ。
そうして失った体の一部を機械部品で補う。
それがルサールカの貧困層の実態であった。
そういった貧しき者達をルサールカのセレブリティどもは“機械油くさい連中”などと言ってけなすのである。
それに加えてテオドールは“まだら髪”である。
周囲から向けられる侮蔑の目に晒され続けた彼は、いつの間にか大変口の悪い少年へと育ってしまった。
そんなテオドールの口の悪さを注意するフォルトナ。
「テオ、そんな言葉遣いはダメッスよ」
「うっせぇポンコツ。オレの教師かよてめえはよ」
「私はただマスターに立派な人間になって欲しいだけッスよ、テオ」
「けっ」
フォルトナは数年前、テオドールがスクラップの山からたまたま発見したアンドロイドである。
完全に機能を停止していた彼女を修理して以来、フォルトナはテオドールの事をマスターに設定していた。
フォルトナの昔のマスターはとうに亡くなっており、存在理由を失っていた彼女にとってテオドールは自分の新たな存在理由としてこれ以上ないものであった。
「とにかくテオ。早く銃器を完成させないといけないッス。イザベラさんもリリーちゃんも待ってるッスよ」
「そんなん、わあってるよ。オレだって二人に良い暮らしをさせてやりてぇし」
「そうッスね。イザベラさんもこっちの綺麗な空気の中で生活すれば、きっと体も良くなるッス」
テオドールの母親イザベラは内臓に深刻な疾患を抱えていた。
時折発作的に呼吸が苦しくなり息が出来なくなる。
イザベラ達が暮らしている八番シェルターのスラム街はお世辞にも空調が行き届いているとは言えず、たいへん空気が淀んでいる。
そしてその空気がどうやらイザベラの肺にかなりの負担をかけているようだった。
救命のためには人工肺の移植をするべきだったが、経済的な要因がそれを阻害していた。
人工臓器移植にかかる費用をテオドールは払う事ができなかったのである。
だが彼女の体もマリネリスの清浄な空気と綺麗な水、そして自然食によって改善するに違いない。
テオドールは今回の仕事が成功したら、母イザベラと幼馴染のリリーと共にこちらで生活させて貰える約束を取り付けていた。
「ああ、そうだな。さっさと銃器を完成させねえと……」
「そうッスね……っていうか、それは完成品じゃないんスか?」
そう言ってフォルトナが指差す先にはテオドールの製作した突撃銃が複数ある。
だがそれらは失敗作だ。
「こいつらはゴミだよ。こっちは精度が悪過ぎる。んでこっちはそれを改善したら今度はコストがかかり過ぎだってボツを食らった」
「世知辛いッスねぇ……」
「そうも言ってらんねぇよ。この失敗から方向性は見えてきた。要はバランスだ。今まではコストと性能、どっちかに偏り過ぎてたんだ」
「じゃあ、中間をうまくつければ……」
「そーゆーこと」
「おお、流石は私のマスターッス!! テオ」
「おだてても何も出ねーぞ。それよりお前もちょっとは手伝え。何が“クリエイティブなことは苦手ッス”だよ。甘えてんじゃねぇ」
「うう、わかったッスよー。手伝うッス」
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ザルカ帝国領内の都市アレス。
そこにある屋敷にて。
まだあどけなさを残した黒髪の少年がその屋敷の廊下を歩いている。
バルトロメウス、またの名をハロルド・ダーガーだ。
ハロルドはルサールカへ視察に赴いており、つい今しがたザルカ領に辿りついたばかりである。
彼の脇を固めるのはルサールカでスカウトした私兵の二人、キーラ・フロスト少尉とジョゼフ・バーンズ少尉だ。
私兵の二人を伴って屋敷を歩くハロルド。
そんな彼らを出迎えるのはハロルドの留守を任せていたラルフ・ヴィーク大尉であった。
「お帰りなさいませ、ハロルド様」
「ただいま、大尉。どう、こっちの情勢は?」
「特に変わりはございません」
「あ、そう。ならいいんだけど」
そう言いつつ椅子に腰掛けるハロルド。
海向こうのルサールカ人工島では、ジュノー社が最も力のある勢力へと成長していた。
マリネリス大陸から仕入れた良質な水や食糧を売りさばいて他の企業を圧倒している。
それまでのトップ企業であったヴェスパー社を経済的にも武力的にも追い抜いて、名実共に覇権を取ろうとしていた。
そんな彼らの支援を受ければハロルドの野望実現も容易いというものだ。
あとは戦争に必要な武器開発が進めば、ザルカ帝国もサイドニア王国を蹂躙できる。
と、そこまで思考を進ませたハロルドは武器開発を任せていた少年の事を思い出す。
「そういえば、銃器開発をさせてたあいつ……ええと」
「テオドールのことですか?」
「うん、そいつ。結構時間あげたと思うんだけど、銃は出来たの?」
「いえ。試作品は何個か上がってきているのですが、まだ制式採用レベルのものは……」
それを聞いてハロルドは大きく機嫌を損ねた。
「はあ!? まだ出来てないの?」
「ええ、ですが試作品の質は上がってます。このぶんだと……」
言いかける大尉の言葉を遮るように手を振るハロルド。
「大尉、これはお遊びじゃないんだ。早く彼らが完成させてくれないと今後の予定に差し障る。三日。あと三日だけ待つ。急がせて」
「かしこまりました」
恭しく礼をするラルフ。
それを冷ややかな目で見つめながらハロルドは思考した。
そういえばラルフはテオドールと親しいという“設定”であったか。
来栖の脳内の記憶を漁っていた時にそんな情報を目にした気がする。
ラルフは本来ならもっと開発を急かすべき立場のはずだが、彼らと親しい故に無自覚に甘さが出てしまっているのだろう。
そしてテオドールとフォルトナ。
こいつらは来栖の書いた小説『機械仕掛けの女神』の“主人公”のはずだ。
だから他の愚物どもとは違い何かを“持っている”と思い起用してはみたが、所詮は生意気なガキとポンコツに過ぎなかったようだ。
であるならば、奴らに用はない。
ハロルドに対する忠誠心も無いようだし、いつ裏切るとも知れない。
ここらで芽を摘んでおいた方が安全だろう。
ラルフが退室した後で、ハロルドはフロスト少尉に声をかける。
「フロスト少尉」
「はっ」
「三日経っても銃が出来なければ、あの二人を殺せ」
「……はっ。ですがラルフ大尉には……」
「うん、気取られないように。有能な彼とは仲良くしたいからね」
「……はい」
「方法は……そうだな、車両事故にでも見せかければ良いんじゃないかな」
「了解しました」
そう言ってフロスト少尉が敬礼するのをハロルドは満足げに眺めたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 5月 15日(火) の予定です。
ご期待ください。
※ 5月14日 後書きに次話更新日を追加
※ 4月29日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。