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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
134/327

134.ジャイアントモス



 ヘルガの作成したボルトアクションライフルの試射の途中で聞こえてきた若い女の悲鳴。


 その音を聞きつけたミントは木々の生い茂るハルマキスの森を疾走していた。

 後ろからは相棒ヘルガが息を切らしながらついて来ている。

 

「ヘルガ!! 急いで!!」

「……ぜぇぜぇ、んなこと言ったってよぉ……」


 相棒に叱咤を飛ばしつつ快走を続けるミント。

 しばらく走ると前方に何か大きな黒い影が見えてきた。


 そしてその黒い影と対峙する二人の男。

 身なりから察するに冒険者だろう。


 さらに近づくと黒い影の正体がミントにもわかってきた。

 それは二メートルもあろうかという巨大な蛾だ。


 全身黒い体色に、胴体部分に白いまだら模様が走っている。

 そのまだら模様が髑髏に見えて不気味だ。

 そしてその胴体部分からは人工物と思われるロープがぶら下がっている。


 あれが話に聞く『ジャイアントモス』であろう。

 その『ジャイアントモス』の傍らには一人の女が仰向けに倒れており、何がおかしいのかケタケタと笑い転げている。

 悲鳴を発したのは彼女のようだ。


 前方の様子を視認したミントは歩みを止め、後続のヘルガに指示を出す。


「ヘルガ、伏せて。静かに」


 物言わずミントの指示に従うヘルガ。

 彼女にしてみればこれ以上走らなくて済むなら、どんな指示でもありがたかったのかもしれない。

 しゃがんで一息つくヘルガにミントが囁く。


「ヘルガ、あいつを撃って」

「おまっ……簡単に言うけどよぉ。もし外れてこっちに飛んで来たらどうするんだよ? 鱗粉でお陀仏だぞ」

「いや、少なくとも“お陀仏”は無いよ。あの女の人を見れば分かる」


 そう言ってミントは狂ったように笑い転げる女冒険者を指差す。


「もしあいつの鱗粉が命に関わるものだったらあの女の人はとっくに死んでると思う。あいつは鱗粉で動けなくなった獲物を本体で捕食するタイプの魔物なんじゃないかな」

「……」


 ミントの言葉をじっくりと咀嚼したヘルガは音を立てないように、ゆっくりとライフルの準備をする。

 五発フルに弾丸を込め、近くの木の枝を利用して支えにする。


 支えを得て銃身を安定させたヘルガはミントに短く告げた。


「おい相棒。万が一の時は頼むぞ」

「うん、鱗粉は残らず《風塵》で飛ばすよ」


 と、ミントは咄嗟に立てた防御策を伝える。

 それを実践すれば、敵は倒せなくともこちらがやられる事はない。


 ミントの策に納得したヘルガはすぅーと息を吸い込み呼吸を止めた。

 呼吸の際に生じる体の僅かなブレを抑制するのだ。


 そしてライフルの引き金を引く。

 パァンという銃声が森に響き渡る。


 胴体を狙った弾丸は狙いを僅かにそれ、『ジャイアントモス』の羽に命中した。

 羽に衝撃を受けた『ジャイアントモス』は一瞬バランスを崩したが、しかし飛翔に影響はないようだ。


 すかさずシャキンと音を立てて排莢するヘルガ。

 その音に反応した『ジャイアントモス』がこちらに向かって距離を詰めてきた。


 だがヘルガは向かってくる『ジャイアントモス』に怯む事無くじっと前方を見据える。

 絶対に外さない距離まで引き付けるつもりらしい。


 ヘルガの横に控えるコリンは自身もスリングショットを構えつつ、《風塵》の詠唱準備に入る。

 相棒を信じていないわけではないが、万一の備えは必要だ。


 ミントが最悪の場合を想定してる間にも『ジャイアントモス』は巨体に似合わぬ速度で距離を詰めて来る。

 そしてミントたちとの距離が五メートルもない距離まで近づいた時、ヘルガが第二射を発砲した。


 再び乾いた銃声が響き渡る。

 『ジャイアントモス』はそれに反応して再び銃弾を避けようとしたが、距離が近すぎたために間に合わず頭部に被弾した。


 そのまま頭部から体液をぶちまけて地に落ちる『ジャイアントモス』。

 まだビクビクと体を震わせているが、飛び立つ気配はない。


 しかし油断のないヘルガは更に頭部に一発、胴体部分に二発射撃をする。

 ライフルによる計五発の銃弾を浴びた『ジャイアントモス』は完全に動きを止めて息絶えた。


「ヘルガ、ナイスショット!」

「ああ、そうかい……ハハ。今になって手が震えてらぁ……」


 そう言いながら右手をひらひらと振るヘルガ。

 

「あれ? 緊張してたんだ、射撃してる時は冷静に見えたのに」

「集中しないと死ぬ状況だったからな……。はぁ、もうこんなのゴメンだよ……」


 大きくため息を吐くヘルガ。

 そんなヘルガの片をぽんぽんとミントが叩くと漸く彼女の表情にも笑みが戻る。



「おい、あんたら」


 背後から声をかけられる。

 先ほど襲われていた冒険者三人組みのリーダーと思しき男だ。

 ミントは笑顔を浮かべて返事をした。


「ども。そっちは大丈夫?」

「ああ、おかげで助かったぜ」

「あの女の人は? 毒を浴びたみたいだったけど」

「今仲間が解毒薬を使ってるところだ。見た感じ致命的な毒でもないようだし、まぁ大丈夫だろう」

「そっか、良かったね」

「まったく何て言ったらいいか……。とにかくありがとう。礼を言う」

「どうしたしまして~」

「ところで……」


 その男はヘルガに向かって言った。


「凄い武器だな、それ」

「だろう? あたしが作ったんだ」

「本当か、そりゃあ凄いな。ちょっと見せてもらっていいか?」

「見るだけな。触るのはナシ」


 そう言ってヘルガはライフルを男の目の前にかざす。

 食い入るようにライフルを見つめる男はやがて諦めるように言った。


「ううむ、俺にはよくわからんな……。その穴から魔力が出るのか?」

「いいや、魔力は一切使わない。火薬による物理エネルギーの産物さ」

「それは、益々凄いな……。出すところに出せば大金を稼げるんじゃないか?」

「いずれはそうしたいけど、まだこれは試作品だよ。中途半端なものを世に出したくはない」

「なるほど、見上げた職人さんだな」


 感嘆した表情で唸る男。

 その男にミントは問いかけた。


「ねぇ、お兄さんたちはこの『ジャイアントモス』の討伐の依頼クエストで来たの?」

「ん? ああ、討伐というより調査だな。こいつが居るという確証もなかったしな」

「あ、そっか」

「そうだ、調査で思い出したぞ。コイツはどうやら新種らしい。できれば標本として持ち帰りたいが……む?」


 そう言って蛾の死体を検分する男が何かに気づく。

 蛾の胴体部分に打ち付けられた小さな金属の楔にロープが取り付けられている。


「何でロープがついてるんだろうね?」

「わからん。他の冒険者が捕縛しようとしたのか……? いや、そんな報告はギルドからは受けてないな。ううむ……」


 腕を組んで考え込む三人。

 だが考えても埒があかないと考えたミントは提案した。


「とりあえずこれを運ぼうよ。ボクらも手伝うからさ」

「そいつは助かるな。そうだ、俺の予備の手袋をやろう。蛾が死んだとはいえ素手で触れるのは危険だ」

「うん、ありがと」


 厚手の手袋をミントとヘルガが嵌めていると男が自己紹介してきた。


「さてと、そういや名乗ってなかったな。俺はマルック。向こうの弓使いがハンネスで魔術師がスサンナだ」

「ボクはミント、こっちはヘルガね。よろしくね」

「ああ、よろしくな。お二人さん」


 そしてマルックは二人の冒険者仲間に声をかける。


「ハンネス! スサンナの容態は?」

「今気がついたところだ」

「そうか。完全に回復し次第、こいつを皆で運ぶぞ」

「了解だ」


 その時、一同の近くの茂みがガサッと揺れる。

 音の感じでは野生動物ではなく人間の立てた音に聞こえた。


 即座に武器を抜き戦闘態勢に入るマルック達。

 ミントとヘルガもそれぞれ武器を構えた。


 そして皆を代表してマルックが誰何すいかする。


「誰だっ! そこに居るのは!!」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月 3日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 5月 2日  後書きに次話更新日を追加 誤字を修正

※ 4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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