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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
133/327

133.火薬の音



 ヘルガ式ボルトアクションライフル完成の翌日の昼下がり。

 駆け出し狩人ミントは相棒ヘルガを伴って森の奥へと入り込んでいた。


 ところがヘルガの表情はあまり明るくない。

 どうやら昨日ミラベルから聞いた『ジャイアントモス』の事が気がかりなようである。


「おいぃ、ミントぉ。こんなに奥に踏み込んで大丈夫かよぉ……」


 いつもの彼女からは想像もつかない弱々しい声でミントに話しかけてくる。


「大丈夫だよ、ヘルガ。ここまで来たらそうそう人も来ないし、試し撃ちにはもってこいでしょ」

「そうじゃなくてよぅ……『ジャイアントモス』が……」

「その蛾のおかげで今日は森には人がいないんでしょ。誤射の危険を減らしてくれてありがたいよねぇ」


 ミントが満面の笑みを浮かべるが、ヘルガの顔は相変わらず暗いままだ。


「うう……お前はいいよなぁ。逃げ足に自信があって」

「心配しすぎだよヘルガ。大丈夫、きっと逃げ切れるよ」

「他人事みたいに言いやがって……。ってかお前《魔術》覚えたんならそれで追っ払えないのかよ」

「残念ながら炎系の魔術は覚えてないよ」

「ちっ、使えねぇネコだ」

「にゃんだとー? いいもん、いざとなったら《風塵》でヘルガを吹っ飛ばしてあげるから」


 ミントが覚えた魔術は三つ。


 風を巻き起こして移動の助けとなる《風塵》。

 自分の周囲に素早く、だが弱い電気的な衝撃波を発生させる《電磁》。

 そして武器に強い雷の力を付与するエンチャント系魔術の《雷剣》である。


 ミントは“こども先生”ことマシューの講習を参考に、シンプルな補助系魔術をチョイスしたのだった。


 互いに悪態を吐きながら二人が歩いていると、試し撃ちに丁度良さそうな場所を発見する。

 そこは木々が途切れて草花の生えていない荒地になっており、土が盛り上がって斜面を形成している。


 過去の大雨か何かで土砂が崩れてこうなったのだろうか。

 とにかくその土の斜面は射撃の的にするのに適していた。


「ねぇ、ヘルガ。見てみて、あそこ」

「ああ、ここでやっちまうか」


 言いながら試し撃ちの準備をするヘルガ。

 自作のライフルに商工会で受け取った火薬を詰めた弾丸を込める。

 装弾数いっぱいの五発を込めて構えたヘルガはミントに注意を促した。


「おい、ミント。お前耳いいだろ。大きな音が出るから塞いどけ」

「うん」


 そう言って自慢のネコ耳をぺたんとさせるミント。

 それを見届けてからヘルガは射撃を開始した。


 パァン、と乾いた破裂音が静かな森に響く。

 そして素早くボルトハンドルを操作し排莢するヘルガ。


 続けて第二射を放つヘルガ。

 一発目とはやや離れた場所に着弾した。

 再び排莢しライフルを上に向ける。


「うん、射撃動作に問題はないな」

「おおー、すごいじゃん!」

「でもちょっと精度がなー……」


 言いつつ、着弾地点に歩み寄る。

 一発目と二発目の着弾場所は二十センチほど離れている。

 どうやらヘルガは両方とも重ねるつもりで撃っていたようだ。


「どうなの? 銃のせい? それともヘルガの射撃の腕のせい?」

「わっかんねぇな。もうちょっと撃ってみるか」


 そう言って先ほどの射撃場所に戻る二人。

 再び試射を開始する前にミントはヘルガに提案した。


「ねぇヘルガ。しゃがんで撃ったら? 映画ではそうしてたよ」

「へぇ、どんな感じ?」

「えっとね、こう、かな」


 そう言って片膝をついて、映画で見た射撃姿勢を再現するミント。

 それを見たヘルガは得心がいったようだ。


「たしかにその方が姿勢が安定するな。どれ、やってみるか」


 試射を再開するヘルガ。

 結果は先ほどよりも上々だった。


「おー、良くなったねヘルガ」

「ああ、だがこれだと咄嗟の時に撃ち辛いな」

「それはアレだよ。使い分けってやつだよ。状況に応じてさ」

「それもそうだな」

「そんで、どうするの? もうちょっと撃っていく?」

「ああ、そうな。もうちょっとだけ」


 そう言って更に試射をするヘルガ。

 どうやら試し撃ちをしている内に“でっかい蛾”の事は頭から飛んでしまったようだ。


 更に十発ほど姿勢を変え、距離を変えて試し撃ちしたヘルガは満足したようだった。


「よし、こんなもんかな。弾も残り少ないし」

「で、どう? 狩りで使えそう?」

「動いてる獲物を仕留めるには不安が残るな。でも不意打ちで使うなら充分な性能だろう」

「おおー」

「とりあえず、動物相手にも試してみるか」

「うん、そうだね。じゃあ早速……」


 言いかけたミントだが、言い終わる前に甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 若い女の声だ。


「ヘルガ、聞こえた?」

「ああ、あっちだな」


 ミントの問いかけにヘルガは森の方を指差す。


「行こう!」

「ああ!」





-----------------------






「ねぇ、なんか向こうでパンパン鳴ってない?」


 つば広の帽子を被った女魔術師スサンナが不安げに呟く。

 それに答えるのは革製の軽鎧を装備した弓使いのハンネスだ。


「ああ、俺にも聞こえてる。何の音だろうな」

「だよねぇ、ねぇどうする、マルック? これってまさか『ジャイアントモス』の立てる音じゃないよねぇ?」


 話を振られたマルックは少し思案してから答えた。


「これは明らかに人工的な音だ。誰かが火薬の実験でもしてるんだろ。放っとけ」


 “鉄”級の冒険者マルック、スサンナ、ハンネスの三人のパーティは『ジャイアントモス』の目撃証言の裏をとるべくハルマキスの森を調査していた。

 昨日、一昨日と調査は空振りで今日も未だ痕跡は発見できていない。


 目撃者の見間違い・勘違いの可能性がマルックの脳裏によぎってきたその時。

 スサンナが何かを発見する。


「あれ、何かしらこのロープ」


 それは明らかに人工物であるロープだ。

 そのロープの先を辿っていくと何やら黒い布でくるまれた物体がある。

 不思議そうな表情を浮かべつつロープを引っ張るスサンナ。


 その時マルックの五感が危険信号を発する。

 理由はわからないがスサンナの行動は危険だと直感した。


「スサンナ! やめろ!」

「え?」


 次の瞬間、黒い布が急にバサッと動き出す。

 否、それは布などではなく大きな蛾の羽だった。


 体長二メートルほどの大きな蛾が羽を広げて鱗粉を撒き散らす。

 咄嗟に指示を飛ばすマルック。


「スサンナ!! 《火球》で粉を焼き払え!」

「えっ、ちょっ!」


 だがその指示は間に合わず、スサンナは鱗粉をまともに浴びてしまった。


「きゃあああああああっ!!!」


 死に物狂いで懸命に腕を振るスサンナだったが、それもむなしく鱗粉を吸い込んでしまう。

 ばたっと仰向けに昏倒するスサンナ。


「スサンナ!!」


 思わず駆け寄ろうとするマルックを制止するハンネス。


「マルック、よせ! 手遅れだ! あの毒を食らっちまったら……」

「畜生……」

「それに、やべえぞ。あいつ……新種かもしれん」

「なんだと?」

「前に討伐された『ジャイアントモス』の標本を見た事がある。そいつは胴体がでかくて羽の小さいドン臭そうなやつだったが……こいつは……」


 今目の前にいる蛾の個体は、大きな羽に流線型の細い胴体を有していた。

 見た目から受ける印象では素早い飛翔が可能そうだ。


 その時、スサンナの体がびくっと震える。

 そして狂ったようにケタケタと笑い出した。


「ヒッヒヒヒヒっふふはは!! ヒャックククク……」


 それを見たハンネスは青ざめた顔で呟く。


「くそっ、やっぱり新種だぞこいつ。スサンナがあの燐粉で錯乱しちまってる」

「まじかよ、なんてこった……」


 これまで知られている『ジャイアントモス』の鱗粉は流血毒であった。

 吸い込んだり肌に触れると、激痛を伴いながら出血を強いる凶悪な毒だ。


 だが強靭な精神力で諦めなければ行動不能になる事はない。

 実際、鱗粉を浴びても諦めず鎮痛剤を打ちながら逃げおおせた冒険者も居る。


 しかしこの新種は神経に作用する毒の鱗粉を撒き散らし、行動不能にしてくるようだった。

 肉体的なダメージでは既存個体の方が危険だが、しかし凶悪度では明らかに新種の方が上だ。


 その時、新種の蛾が再び羽を広げる。

 瞬間的にマルックは判断を下した。


「ハンネス! 弓で牽制しろ! 隙を見て俺がスサンナを回収する!」

「本気かよ!」


 そう言いつつも弓を引き絞り狙いを定めるハンネス。

 羽を広げたもののまだ飛び立っていない新種に向けて矢を放った。


 しかし、ハンネスの動きに反応した新種は急上昇して矢をかわすとマルックたちに向かって飛んできた。

 見た目からの推測通り、飛翔速度はかなり速い。


「息を止めろ!!」


 そう言いつつハンネスを抱えながら横に飛びずさるマルック。

 すんでのところで体当たりをかわす。

 奇跡的に鱗粉も吸っていない。


「畜生、なんだよあの速さ……。森じゃ俺達逃げ切れないぞ……」


 絶望的な表情を浮かべるハンネス。


 彼の言うとおり、木々の生い茂るこの森で奴から逃げ切るのは不可能だ。

 ここで戦うしかない。


 だが弓は素早い動きでかわされ牽制にしかならない。

 有効と思われる炎系魔術の使い手スサンナは寝っ転がって哄笑を続けている。

 

 何とか回収して治療薬を使いたいが、新種はそれを警戒するかのようにスサンナの傍に再び陣取った。

 あれではマルックが近づけない。

 鱗粉でもう一人行動不能になったらもう“詰み”である。


「くそ、どうすれば……」


 突破口を見出せないマルックであったが、次の瞬間。


 背後から先ほどの火薬の音が聞こえてきた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月26日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 4月25日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 5月 2日  誤字を修正

※ 4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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