132.完成
晴れやかな日差しの降り注ぐ穏やかなひと時に、カンカンという金属音が響き渡る。
ミントの相棒のドワーフ女のヘルガが“銃”の製作に取り掛かって既に一週間が経過していた。
彼女は商業区の鍛冶師とコンタクトをとり、鍛冶道具と作業場を借りてそこで製作に取り掛かっている。
『大樹の学院』で《魔術》の魔術書を購入したミントは相棒の不在で狩りにも行けず、暇を持て余していた。
そこで相棒ヘルガの様子を見に行く事にしたミント。
ミントがヘルガの作業場に赴くと赤熱した鉄を一心不乱に叩いている彼女の姿があった。
鬼気迫る表情の彼女は銃の部品を一つひとつ仕上げていっているが、その度に“遊底の形が気に食わない”とかなんとか言って数回造り直している。
それは傍目には病的なこだわりようであった。
ヘルガがふぃーと大きく息を吐いて汗を拭ったタイミングで、ミントは彼女に声をかけた。
「ヘルガ。どう、進捗は?」
尋ねるミントにヘルガが答える。
「ようやっといい感じのができた。ちょっと待ってな」
そう言うとヘルガは今までせっせと作っていたパーツを並べる。
そしてミントに向かって満面の笑顔で言った。
「ほら! 凄いだろ?」
ところがミントにはどう凄いのかさっぱりわからない。
「え? 何が?」
と、困惑を露にするミントに対してヘルガはもどかしげに告げる。
「んだよ。わかってないのかよ。もう鉄製部分は完成したってこと」
「え? ほんとう? 凄いじゃん!!」
「だからそう言ってんだろ」
「じゃあさ、試し撃ちしようよ!」
「落ち着け、相棒。これは骨組みだけの状態だ。それに弾の用意がまだできてない。明日には注文しておいた火薬が届くはずだ」
「あ、そっか」
「だから今日中に銃床も造っちまおう。骨組みだけじゃこの銃もかわいそうだからな」
そういいながらヘルガは幾つかの木材をノコギリで切り始める。
手に持った鉛筆で大まかな形を描きつつ、手際よくノコギリで木材をカットし、カンナやヤスリを使って形を整えている。
その様子を見つめながらミントはヘルガに問いかけた。
「鉄だけじゃなくて木材も扱い慣れてるんだね」
「そりゃあな。あたしは工房で働く前は大工をやってたんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「ああ、親父の手伝いでな。でも親父が腰をやっちまって廃業しちまった」
「うわ」
「そんな時、親父の知り合いだった職人に工房を紹介されてさ。そんで工房で今度は木じゃなくて鉄を相手に仕事をする事になったのさ」
「へぇー苦労してるんだね」
「そうでもないさ。ま、大工時代の癖で工房長の事を親方って呼んでは怒られてたけどな」
そう言って笑いながら木をヤスリがけするヘルガ。
ところが話しながらでも彼女の作業スピードはおそろしく速い。
そうして出来上がったパーツを組み合わせてヘルガ作のボルトアクションライフルが完成した。
「うおおーかっこいい!!」
「だろぉ?」
ミントの賛辞に満更でもなさそうなヘルガ。
シャキンという金属音を響かせてボルトハンドルの動作を確認する。
「うん、動作に問題はないみたいだ」
「完成して良かったねぇ」
しみじみと呟くミントだったが、一方でヘルガはまだ気を抜いていなかった。
「いやまだ実射が残ってるし、それに……」
「それに?」
「できれば実戦で使用して問題点を洗い出したい」
「なるほどね。ところで気になったんだけどさ」
「何?」
「ババババーってさ、連射できるタイプの銃も造らないの?」
ミントが見た映画ではどちらかと言うと、ボルトアクションライフルよりは連射が出来る自動小銃の方が主流であった。
「連射式ねぇ……。工房に送られた軽機関銃もそうだったな。確かに高性能なんだろうけど、でもあたしは嫌いなんだよなぁ。ああいう設計思想は」
表情を渋くしながらヘルガが言う。
「へ? どゆこと?」
「何ていうかさ。“数撃てば当たる”みたいなさ」
「あー……」
「それから工房で調べたところ、ああいう銃は発砲した時の反動を利用して次の弾を装填する仕組みっぽいんだけど」
「ふんふん」
「それだと撃てば撃つほど精度が悪くなるんだよ。銃口が上に跳ねちゃって」
「あちゃー、それじゃ敵に当たんないね。弾の無駄だし」
「そうなんだ。でもボルトアクションライフルはそんな事はない。一発ごとに手動で排莢するから精度は高いし、無駄に弾をバラ撒くわけじゃないから経済的だ………というよりも今のわたしの持ち金ではこれしか造れない」
「そっかぁ……」
銃の完成で高揚したミントの気持ちに急に冷水をぶっ掛けてくるヘルガ。
どうやら彼女も本当は自動小銃が嫌いというよりは、今の経済状況では開発できない事からくる僻みのような感情を抱いているだけのようである。
そんな彼女を元気づけるべく前向きな事を言うミント。
「じゃあ明日はその銃の実射が上手くいったらさ、そのまま狩りしようよ。今まではあんまり狩れなかった鳥も狩り放題だよ」
ミントとヘルガはどちらも弓が扱えなかったので鳥の狩猟に関しては半ば諦めていた。
たまにミントがヤケクソで撃ったスリングショットがヒットして、小型の鳥を仕留められるぐらいである。
「たしかに鳥も仕留められれば狩りの効率は上がるな」
「でしょでしょ。そんで銃の性能を確認したらさ……」
「満を持して依頼に取り掛かれる、か」
「うん」
元気良くミントが頷いたところで、ぐぅーと腹の虫が鳴る。
「ボク、なんだかお腹すいちゃった」
「へっ聞きゃあわかるよ。そうだな、昼メシにしよう」
「どこで食べようか?」
「あそこでいいんじゃね? 『カートラ・ベーカリー』。今ならまだ間に合うだろ」
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「あ”ぁぁ、良い、凄くいい……」
ひとり気味悪く呟きながら『カートラ・ベーカリー』のサンドウィッチを頬張る女性。
ハルマキスのギルド職員のミラベルである。
彼女はお気に入りのBLTをキメて、まるで麻薬中毒患者のような恍惚とした表情を浮かべていた。
ミラベルがトリップしていると、不意に話しかけられる。
「ミラベルお姉ちゃん」
「あ”-、ミント君とヘルガさん。奇遇ですねぇ」
「ボクにとっては奇遇でもなんでもないけどね。お姉ちゃんはお昼になると確実にここに居るし」
新米狩人の二人組み、ミントとヘルガだ。
彼らは狩猟免許を取得してから精力的に狩りを続けていたが、ここ数日は休んでいるようだ。
それが気になったミラベルは二人に尋ねてみる。
「それはそうと、お二人は最近狩りに行ってないみたいですけど何かあったんですか?」
するとヘルガが明るい顔で答える。
「あーそれはね、ちょっとした狩り道具をこさえててね」
「ほう、狩り道具。どんなやつですか?」
「それはまだ秘密」
「えー、教えてくださいよヘルガさーん。誰にも言いませんから~」
顔を摺り寄せながらヘルガに尋ねるミラベルであったが、彼女の口は固かった。
「駄目だよ、まだ動作確認も済んでないし」
「そうなんですか、それは残念」
「うん。明日、森で試してくるからさ、それまで待っててよ」
森。
その時、ミラベルは思い出す。
現在、森にちょっとした異変が起きている事実を。
「そうそう、お二人はここ数日ギルドに来てないから知らないと思いますけど」
「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」
ミントが大きな瞳をこちらに向けて聞いてくる。
「いや、ちょっとした注意喚起なんですけどね。今、森に『ジャイアントモス』が出没しているという未確認情報があってですね」
「じゃいあんともす?」
「はい、一言でいうと“大っきな蛾”です」
「うわぁ……」
「おととい狩人さんから目撃情報が寄せられたので現在、冒険者の人に調査してもらっているところです。二人も明日、森に行った際にはご注意ください」
「うん……」
静かに頷くミント。
その横のヘルガが質問してくる。
「危険なのかい?」
「ええ、とっても。『ジャイアントモス』が撒く燐粉は人体には猛毒です。炎系の魔術が無いなら戦ってはいけません」
「なるほどね。ならもし、出くわしちまったらどうすればいい?」
「その時は逃げてください」
「あたしらでも逃げ切れるのかい? 相手は空を飛ぶ蛾なんだろ?」
「ええ。たしかに蛾ではありますが、なにぶん成長し過ぎているので動きはむしろ鈍重です。逃げるのは容易かと」
「ほ、本当かい?」
逃げ足に自信が無いのか、不安そうに聞いてくるヘルガ。
どうやら怖がらせすぎたようである。
冒険者や狩人に注意を促す事は重要だが、かといって過度に脅かすようではいけない。
『ジャイアントモス』はあくまで適切に対処すれば、そう恐れる魔物でも無いのだ。
ミラベルはヘルガを落ち着かせるべく、優しく告げた。
「ヘルガさん、そう怖がらないで。森では過度な恐怖心は命取りです」
「う、うん」
「大丈夫ですよ。今こうしている間にも冒険者さんが既に排除しているかもしれません。もしどうしても不安なら、あんまり森の奥には踏み込まない事ですね」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 4月23日(月) の予定です。
ご期待ください。
※ 4月22日 後書きに次話更新日を追加
※ 4月28日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。