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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第七章 Our Time Is Running Out
130/327

130.狩り



 まだ夜も明けきってない薄暗い森林。

 狩人ハンターミントは木の上にじっと身を潜めていた。

 ここ最近の日課である狩りの最中である。


 ミントはギルドで講習を受けた後、試験にも合格して狩猟免許を得る事に成功した。

 それからはこうして相棒ヘルガとともに早朝から狩りに出かけているのであった。


 ミントはY字型のスリングショットを手に携えている。

 これはミラベルの勧めでギルドで購入したものだ。


 スリングショットの持ち手部分には腕がブレないように固定するアームカバーがあり、Y字の頂点部分には獣毛を材料にした弾力のある紐が取り付けられている。

 その紐を引き絞り、つがえた石などを射出するのだ。

 つまりはパチンコである。


 だがスリングショットを“たかがパチンコ”と侮るなかれ。


 弓のように高い技量を要求される事もなく、クロスボウのように装填に時間を要する事もない。

 かさばらないので持ち運びも容易だ。


 小柄で非力なミントにはこれ以上ない遠距離攻撃のできる武器であった。


 その時、がさっと近くの茂みが揺れる。

 集中して目を凝らすミント。


 薄暗くてよく見えないが、シルエットはイノシシのように見える。

 イノシシを仕留めるには頭を的確に狙わねばならない。


 ミントはポケットから鉛玉を取り出してスリングにつがえる。

 鉛玉は完全な円形ではなく、一方向に鋭い突起が設けられていた。

 これはヘルガが考案したもので膂力に自信の無いミントでも殺傷力を確保できるように、という配慮である。


 スリングを引き絞りつつ慎重に狙いを定めるミント。

 腕の力が限界を迎えそうになったところでスリングを放ち鉛玉を発射した。


「あっやばっ」


 発射した鉛玉はイノシシの頭部を僅かにそれ、胴体部分に命中する。

 体の小さい鳥などなら致命傷であったが、イノシシ相手だとそうもいかない。


 イノシシがブフッと息を漏らし、走り始めた。

 ミントもそれを追うべく木から飛び降りる。


 スリングショットをしまいつつ、愛用のダガーナイフを鞘から抜きイノシシを追いかけるミント。

 だがやはり野生のイノシシの突進は凄まじく、距離を詰めることができない。


 だが、これでいい。


「ヘルガ!! そっち行ったよ!!」


 ミントが声を張り上げると、茂みに隠れていた相棒が勢い良く飛び出した。


「ま か せ ろ ! 」


 手に持ったハンドアクスを振りかざしイノシシの頭をカチ割るヘルガ。

 頭から鮮血を噴出しながらびくびくと身を痙攣させイノシシは地に伏した。


 汗と血を拭いながらヘルガが呟く。


「ふぅ……こりゃ大物だね。運ぶのが大変そうだ」

「その前に血抜きしないと。川まで運ぼうよ、ヘルガ」


 講習を受けるまでは知らなかったが、動物の肉は血抜きをしないと臭くて食えたものではないらしい。


「いや、できれば心臓が動いているうちに血抜きしたほうが良い。そこの斜面でやっちまおう」

「わかった。ヘルガ、イノシシの頭を下向きにして」

「あいよ」


 膂力のあるドワーフ女ヘルガがイノシシの体を斜面まで持って行き、そして頭を下向きにした。

 そしてミントが手にしたナイフでイノシシの喉元に切り込みを入れる。


 するとイノシシの体内の血が喉の動脈からどくどくと流れ出した。

 まだ動いている心臓がポンプとなって体内に血を巡らせているのを利用して、血抜きをしているのである。


 血抜きをした後、イノシシの足を縛って逆さ釣りにして二人で運搬する。

 一人で活動している狩人は肉だけを持ち帰るそうだが、ミントとヘルガのコンビはなるべく全身を持ち帰るように心がけていた。


 肉だけでなく毛皮にも買い手がつくし、オスの牙も加工素材としてアクセサリー職人に人気がある。

 一回の狩りで得られる利益は高い方がいいに決まっているし、その方が狩られたものたちも浮かばれるというものだ。


 生命いのちを奪っているのだから、そこに無駄があってはならない。

 それは講習で一番最後に教わった事であった。


 汗だくになってイノシシを運搬し、加工屋に引き渡す。

 その頃には薄暗かった空もすっかり明るくなっていた。


 今回仕留めたオスイノシシの成獣は七十キロ前後の個体であり、小柄なミントにとっては難物だった。

 だが力自慢のヘルガにとってはたいした重さでもなかったようである。


「ミント、どうする? まだ狩るか?」


 涼しい顔でヘルガが言ってくるのを青い顔でミントは応じる。


「ううん……今日はもういいんじゃない? あんまり狩り過ぎると生態系が崩れるって講習でも言ってたでしょ」

「とか何とか言って、ホントはもう疲れちまっただけだろ?」

「あれ、ばれた?」

「ばればれだよ。でもまぁ確かに朝っぱらから大物も狩れちまったし、今日は早くに仕舞いにしてもいいかもな」

「でしょでしょー? じゃあさ、早く朝ごはん食べようよ!」

「それな。あたしも腹へったよ」


 運良く早朝に大きなエモノを仕留める事が出来た二人は、根城にしているテルヴォ宿泊所へと向かう。

 帰ってきた二人を女主人が迎えてくれた。


「あら二人とも、今日はもうお帰り?」

「うん、大っきいイノシシを狩ったよ!」

「立派になったわねぇ、狩人に成り立ての頃は、夕暮れまで何も狩れない事もあったのに」

「そ、そんな事あったっけー? 覚えてないなぁ」

「もう……とぼけちゃって……。で、渡したお弁当はもう食べちゃったのかい?」

「ううん、まだ」

「なら、食堂で食べちゃいなさい。ちょっと待ってて、今スープ用意してあげる」

「ありがとう」


 二人は食堂のテーブルに向かい合って腰掛ける。

 そして弁当として渡されたハムとチーズが挟み込まれたパンを頬張る。


 腐り辛いように少し強めに塩がまぶしてあるが、そのしょっぱさすら狩りで疲れた体には心地良かった。

 女主人の持ってきたスープと合わせて食事を堪能した二人は、今後について話し合う。


「ねえヘルガ。お金、もう結構貯まったんじゃない?」

「うん、そうな。ボチボチ試作品でも造り始めるかねぇ」

「おおー」

「その間、あたしは狩りにはいけないけどミントはどうするんだ?」

「あー、うーん、どうしよう?」

「何も考えてないのか」

「うん」


 ミント一人で狩りに行く事も考えたが、二人の狩猟は役割分担がはっきりしている。

 小柄ですばしっこいが非力なミントと、力はあるが鈍重なヘルガ。

 今朝のイノシシ狩りのように、ミントが追いかけてヘルガが仕留めるのが二人にとっての基本スタイルであった。


 つまり、どちらかが欠ければ途端に上手くいかなくなるのである。

 そんな状態での狩りは危険だ。

 そうミントが思案しているとヘルガが提案してきた。


「だったら『大樹の学院』に行ってさ、魔術の一つや二つでも教わってくれば?」

「あれ、あそこって外部の人って入れるんだっけ?」

「ああ。中で魔術書スクロールが販売されてるし、一般向けの魔術教室もあるって聞いたよ」

「へぇー。行ってみようかな。する事無いし」

「ああ、行って来い行って来い。あたしも早速“銃”の製作に取り掛かるからさ」

「うん! ボクの魔術習得とヘルガの銃と、どっちが先にできるか競争だよ!」


 満面の笑みを浮かべながら告げるミントだったが、ヘルガの返しは冷徹だった。


「競争? 嫌だよ、じっくり造りたい」

「……つれないなぁ」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月12日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 4月11日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 4月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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