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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
13/327

13.ちょろい女を落とす方法



 ジョスリン少年に施した心肺蘇生法はなんとか成功したようだ。

 来栖はほっと胸を撫で下ろす。

 目を覚ましたジョスリンにダラハイド一家が駆け寄る。


「ジョスリン! 無事か!」

「父上、僕は……」

「よく、よくぞ戻ってきたぞ、我が息子よ!」


 ダラハイド男爵が息子を褒め称えているところにフレデリカとキャスリンが駆け寄る。。


「ジョスおにいちゃん~ヴぇーーーん!!」

「まったく……心配をかけてこの子は……」


 家族が抱き合って喜びを分かち合っている様子を見て来栖は安堵した。

 ふぅ、と来栖は少し離れて腰を下ろす。

 先ほどは胸部圧迫に集中していて気づかなかったが、さっきから来栖の腕は震えていた。


 いくら空想世界の中でとは言え人の生き死にに関わったのだ。

 緊張で腕が震えるのも無理は無いのだろう。


 程なくして、ダリルに連れられた神官ベルナールが到着した。


「良かった、ジョス坊目覚めたのか!」

「おや、どうやら私などが来ずとも神の祝福を得られたようですな」


 確かに蘇生には成功したが、来栖がやったのはあくまで応急処置に過ぎない。

 来栖はその事を神官に伝える。


「いえ神官様。呼吸は戻りましたが彼は井戸に落下した際におそらく頭を打っています。どうか《奇跡》を」

「ふむ、なるほど、わかりました」


 そう言うとベルナールは奇跡《大いなる回復》を発動する。

 これで怪我は完治したはずだ。

 その様子を見届けると男爵が来栖に近寄ってきた。


「クルスよ、今回は本当に助かった。深く、深く感謝する」

「いえ、旦那様に受けた恩に比べれば」

「そう謙遜するな。お前の悪い癖だ。感謝というのは素直に受け取っておく物だぞ、クルス」


 男爵の後ろからキャスリンも同意する。


「そうよクルスちゃん。あなたには本当に何てお礼を言えばいいのか……とにかく有難うね。私の宝物を救ってくれて」


 目を真っ赤にしながら感謝の念を述べる二人に、来栖も思わずもらい泣きしそうになる。


 そこへ冒険者の二人組みが現れる。

 女剣士レジーナと魔術師コリンだ。

 レジーナが口を開く。


「ここにも犬っころ共が来たのか」


 そう呟いたレジーナは周りの人間の顔を見回し、男爵に話しかける。


「あんたがここの農場の持ち主かい?」

「如何にもそうだ」


 すると、レジーナとコリンは居住まいを直し、頭を下げた。


「今回は我々の不手際でこちらの農場に大変な迷惑をかけた。陳謝する」

「ふん、体を張って狼共を仕留めてくれたのだ。そんな戦士達を罵倒するほど私は狭量ではない」


 おそらくジョスリンが生きてるから言えるセリフであろう。

 無事でなかったらダリルの時のように鉄拳が飛んだに違いない。


 男爵とレジーナが話している最中、ベルナールが来栖に声をかけてきた。


「そういえばクルスさん、でしたか。男爵のご子息の呼吸は本当に止まって居たのですかな?」

「ええ、私はジョスリンの心臓が再び動くように手を貸したに過ぎません」

「ふむ、あなたの今日の行いは大変素晴らしいですし、神にもきっと貴方の往く道を照らして頂けるもの

と、私は信じております。だからこそ、私から忠告を申し上げなければなりません」

「何でしょうか?」

「決して大っぴらに、その医術を見せ付けてはいけません。特に“聖職者”の前では」


 来栖はその言葉の意味を考える。

 聖職者は今目の前に居るこのベルナールのように、奇跡を用いて人を癒しその見返りに喜捨やらお布施やらを受け取って生活の足しにしている。


 もし来栖が医術の知識を広めてしまえば、食いっぱぐれる聖職者も出てしまうのか。

 最悪、教会の上層部に命を狙われるかも知れない。


「わかりました。ご忠告感謝します」

「ええ。ですが、私個人としては貴方の幸福をお祈りしておりますよ」





---------------------





 明けて翌日、町ではちょっとしたお祭り騒ぎであった。


 昨夜の襲撃では幸いにして人的被害は皆無であり、しばらくの間住民を悩ませ続けた狼が居なくなった事は彼らにとって朗報以外の何ものでもなかったのだ。

 よって今までの抑圧された感情の反動としてこのようなお祭り騒ぎになってしまったのだろう。


 来栖はそろそろ復帰が近い本来の経理のジャニスさんに軽く挨拶をするために町に来ていた。

 近日、業務の引き継ぎをする予定である。


 ジャニスさんとの接見を終えた後、バーラムの町の食堂で来栖はダリルと昼食をとっていた。

 そこでダリルから不意打ちの情報がもたらされる。

 それを聞いた来栖は驚きの声をあげた。


「えっ! マジかよダリル。今日、拳闘会やるのか?」

「あぁ、何でも“予定を前倒しで今日やっちまえ”って話になったらしい。町も浮かれてる事だし」

「嘘だろ、まだ仕上がってないぞ新技」


 勝ち逃げする気マンマンだった以前と違い、すっかりやる気の来栖。

 初戦敗退の憂き目を見た前回の教訓を踏まえ、新技の練習をしていたのだ。

 慌てる来栖にダリルが言う。


「ぶっつけ本番で何とかなんだろ」


 前回覇者のダリルは余裕綽綽よゆうしゃくしゃくだ。

 彼も来栖の知識を吸収して、更に力をつけている。

 そして彼は思い出したように更なる情報を投げかけてきた。


「そういやクルス、聞いたか?」

「なにを?」

「シモンズのおっさんが、あの赤毛女を参加させようって企んでいるらしいぜ」


 町長は一体何やってるんだ……あんな災いを招く女を。

 そう暗澹たる表情で頭を抱える来栖。


 今回だって、安全と思われていたバーラムの町がしっかり巻き込まれている。

 来栖は昨日のジョスリンの件でやはりレジーナには近付かない方が賢明だという考えを確かなものにする。


 誰だ!

 あんな奴を主人公に据えた奴は!


 心中で憤る来栖だったが、すぐに気を取り直してダリルに尋ねた。


「あいつらを呼んで客寄せでもするつもりかねぇ……っておいダリル。二人はもうとっくに帰ってるんじゃないのか? 普段は王都かどっかで仕事してるんだろ?」

「昨日、酒をたらふく飲ませて今頃はお昼寝中だろ」

「用意周到過ぎるだろ、町長さん」

「全くだ。まぁでもあんな大剣をぶん回す女だ。一回、拳を合わせてみたくはあるな」


 はやくも目つきが鋭くなるダリルであった。





-------------------





「早く起きなよレジーナ。もうすぐ夕方だよ」

「ヴぅうう……」


 頭が痛い。

 昨日は飲みすぎたようだと、レジーナは反省する。

 一仕事終えた開放感と、町長のおごりという要素が重なってうっかり深酒してしまった。

 苦しげな表情を浮かべるレジーナにコリンが尋ねてくる。


「水いる?」


 持つべきものは気が利く相棒だ。


「くれ……」


 レジーナがそう言った瞬間、魔術《水撃》が飛んできた。

 もちろん大分加減はしてあるようだ。

 だがそういう問題ではない。


「目が覚めたでしょ?」


 しれっと言い放つコリンにレジーナは掴みかかる。


「てめぇ、コーリーンー!!」



 数分コリンと追いかけっこをしていたら、レジーナの酔いが僅かに紛れた。

 若干顔色が良くなった彼女にコリンが提案してきた。


「二日酔いは外の風に当たると良くなるって言うよ。外に出ない?」


 彼もずっと宿に居て退屈だったようだ。

 レジーナはそんなコリンの発言に突っ込みをいれる。


「おめぇ二日酔いになった事ねぇだろ」


 当然コリン少年は飲酒するには若すぎる年齢だ。

 だが彼はその突っ込みを気にも留めず強引にレジーナを誘い出した。


「そうだっけ? とにかく町に出てみようよ。今日は面白いイベントがあるみたいだよ」


 二人が支度をして外にでると何やらお祭り騒ぎである。

 恐ろしい狼の群れが居なくなって住民達は幸せそうだ。


 だがどうせすぐに別の何かに困ることになるだろうと、冒険者であるレジーナは見ている。

 狼が居なくなったら、次は猪か、熊か、それとも魔物か。


 せいぜい今のうちに楽しんでおけばいい。

 助けが欲しければ依頼をだせ。

 依頼をくれれば、すぐになんでもぶった切ってやる。


 自分には、やらなければならないことがある。

 冒険者稼業はそれを遂げる為の自己鍛錬だ。


 そんな事をレジーナが考えながら歩いていると、コリンが声をあげる。


「ねえ、拳闘会だってさ。面白そう。行って見ようよ」


 祭りの持つ独特な空気に感化されてか、コリンの持つ人見知りが緩和されているようだ。


「おう、行くか」


 会場と思しき農場の敷地内に行くとシモンズ町長が声をかけてきた。


「冒険者のお二人ではないですか。この町の祭りはいかがですかな?」

「お陰さまで楽しめてるよ」


 実際は二日酔いに苦しんでいる。


「そうですか、それは何よりです。ところでレジーナさんは拳闘会に参加される気はありませんか?」

「拳闘? 殴り合いか。実は昨日ちょっと飲みすぎてな。観戦だけしようとだけ思ってたのさ」

「そうですか、それは残念です。参加者の方は神官様の奇跡を無料で受けられる上に、ささやかながら賞金も用意しておいたのですが」


 ぴくり、とレジーナの眉が動く。

 この二日酔いの気だるさを奇跡によって無料で吹っ飛ばして、かつ賞金を得るチャンスが巡ってきた。

 こんなおいしい話に飛びつかないわけにはいかない。


「今からでもエントリーは間に合うかい?」

「ええ、もちろん」


 実は、この赤毛女待ちで開会を遅らせていたシモンズ。

 まんまと彼の計画通りに動いてしまったレジーナだが、その事には気付かなかった

 恩着せがましくシモンズに告げる。


「しょうがねぇなぁ、今回だけだぜ」

「ありがとうございます。“銀”の冒険者様が参加されたらきっとイベントも盛り上がります。ささ、こちらへ」

「ようし行くか。あ、おい、コリン! ちゃんとあたしに賭けとけよ! 祝杯の準備しときな!」


 勇ましく宣言するレジーナを見送り、コリンは回想する。

 昨夜の酒盛りの時点から、レジーナはあのシモンズというおっさんの手のひらの上で踊っていた。

 冒険者がそんなにチョロくていいのかと思わなくもないが、コリンには何ら不都合はない。


「ま、いっか」


 それだけいうと、コリンはオッズ表を確認しに行く。





---------------





「ええ、何と! 本日の拳闘会には急遽、狼殺しのレジーナ殿にも参加して頂くことになりました」


 シモンズがさも先ほど決まったかのように発表した。

 しかしながら事情を知っている人間にとっては予定調和だとバレバレである。


「うおおおおおおおおーっ!!」


 この発表に会場の熱気も更に上がる。

 一方、前々回覇者の異民の男は渋い顔だ。


「うわ、本当に来たよ……」


 災いを呼び寄せる女の登場に、来栖はまたも頭を抱えていた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月21日(金) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 2月17日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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